コラム?-ビジネスていレベル研究所

2014-02-20

厄介な時代

21:21

新聞を読んでいると「介護保険料」が上昇するという。

介護保険は市区町村に「要介護」「要支援」の認定をされた方が、一定の給付を受けることができる制度で、2000年から40歳〜64歳までは収入に保険料率を乗じた額、65歳以上は年金から天引きされる形で徴収されます。当初は2,075円だった保険料も今年には約2.5倍にあたる5,273円となる見込みらしい。物価上昇にしても賃金上昇にしても、ほぼ横ばいといった感じである中、2.5倍の上昇は異常で、誰もが先行き、この制度が成立しないことを予測するだろう。

もちろん問題は介護保険だけではい。年金にしても保険料は上がり続け、それでも給付の半分は税金補填している。健康保険にしても同様で減ることはない。あと1か月も経てば消費税は8%となり、来年秋には10%になり、税金の上昇分を中小、零細企業が継続して納付できるかどうか不透明としか言い様がない。社会保険料税金は、いくら払っても追いつかない。それでも日本の借金は増大する一方で、もはや誰も解決できない状態に陥っている。

こうなると、かなりの長期間において経済が、好景気であることが必達条件となるのだが、もちろんそんなことが簡単に実現することもない。一時的ではいけない。

災害リスクはいつ訪れるか予測できない。軍事的なリスクも以前より顕著になっている。政治的なリスク政権交代や政策の転換など、これらはどの国でも起こり得る大きなリスクだ。しかし、以前これらのリスク要因は、他国からみて、あるいは他国と比較して日本は低く安定していた。少なくともそう理解されていたのだ。その上、優れた企業、優れた技術、平均的な勤勉さ、製品でもサービスでも不良を排除する思考は、投資を優位にさせていたのだ。

しかし、ここ20数年の間に状況はかなり変化した。数千人、数万人に及ぶ規模の災害が2度も起こっている。原発安全神話も崩壊した。近隣諸国経済発展からすれば、日本は中年を過ぎ初老となりかかっている。技術的な成功も、優秀さが必ずしも市場で認められるわけではない。小泉政権以外、政権が短命であることも大きなリスクで、民主党の政策変更や修正は、政治そのものの信頼性を失った。

不安定な要因は他にも幾つかある。少子化問題もこの先じわじわと経済的影響が出てくる。景気の持続性ならず経済そのものが危ない。子どもを産まないことに関して、経済性や将来性の悲観だけではない。そもそも結婚をしない、望まない女性が増えている。一部では婚活が盛況であるように報じているが、自立して一人で生きてゆく女性、結婚しない女性が、すべて素晴らしいキャリア持つキャリアウーマンばかりではない。親と共に暮らし、そのまま結婚しな男い性女性が増えている。経済面の問題だけではなく、そう言った価値観の変容が何よりも問題なのだ。経済的な面だけみると、たとえ低所得者どうしであっても、結婚して一緒に暮らした方が合理的だ。

非正規雇用についても増加傾向は強く、将来的な問題は深刻化を増している。非正規雇用比率労働者全体の4割弱で、2,000万人を突破して、この先どれくらい膨れ上がるのか問題だ。この中には主婦のパートや学生のアルバイトも含まれているが、女性に関しては非正規比率が過半数を超えている。正社員から転職しても、その4割は非正規となっているらしい。

非正規の問題もそう簡単に解決はしないだろう。企業は景気が良くなっても、安易に正社員を増加しない。非正規雇用者は企業にとって人件費の調整弁だ。もちろん非正規の方の能力が劣るわけでも、意欲がないわけでもない。企業側が正社員を増やさない限り、一定の割合で非正規が必要とされ、正社員の門は閉ざされたままで、個人的な努力より企業の制度の問題なのだ。
 
非正規雇用の期限についての法律、最長5年で、それ以降は「期限定めのない契約」とされ、あたかも「正社員」の雇用を義務付けているかのようだが、雇用契約に関しての期限がいわゆる定年までの雇用である条件だけで、正社員として給料等の待遇を同等に約束するものではない。企業側の就業規則にその旨を盛り込めば、正社員としての扱いを簡単に回避できるのだ。それならまだいいが、この法改正によって、5年以下で雇用を打ち切ることも多くなるだろう。

これらの現実からいけば「キャリアプラン」や「資格取得」はどれくらい役にたつのだろう。また、正社員崇拝主義が必ず人生において「幸福」を約束するものでもない。給料にボーナスに退職金経済的な格差が生じることが正規、非正規の最大の問題で、高卒の正社員と比較しても生涯賃金では1億円以上の差が出てくると言う。しかし、非正規すべての人が、どのような企業の正社員より年収が劣るわけでもない。

考えれば、考えるほど将来的に明るい希望は見えてこないが、これらのリスクは社会人にとって悲観論の本質なのだろうか?生きてゆくための経済的なリスクが、昔に比べてより具体的、より数値的になっただけの話なのだ。時代は、その時代を生きる人にとって常に「厄介な時代」なのだ。充実した日々や幸福、夢中になれることは、どのような時代であれ、個人の努力によって獲得する他にない。

社員といっても、やりたくないもない仕事を生活のために、時間を費やす者も大勢いる。本当は価値のある仕事、やりがいのある仕事、携わる本人の視点や気付き、価値観によるもので、その持続性がなかなか困難なのだ。継続できる「好きなこと」、このことを見つける、いや、本当は「身につける」だ。継続できる「好きなことを身につける」。このことが個人に起こるであろうリスク回避に、一番有効な手段ではないだろうか。



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