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真詮寺の日記

 

2017-05-25 傲れる者は、何処の国でも、等しき行いをする。二俣事件の山崎さん潰

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米国共和党候補が英紙記者に暴行 下院補選に影響も
2017年05月26日

 25日投開票の米西部モンタナ州連邦下院補選で、トランプ大統領支持を掲げる共和党のジアンフォルテ候補が24日、英紙記者に暴行したとして告発された。地元紙が相次ぎ支持を取り消すなど波紋が広がり、来年の中間選挙前哨戦である戦いへの影響が注目される。

 共和党作成の医療保険制度改革オバマケア代替法案により無保険者が急増するとの試算について見解を尋ねられたジアンフォルテ氏が突然激怒し、記者を床にたたき付けたという。

 記者が公表したテープには「おまえたちにはうんざりだ。出ていけ!」と罵倒する声や、もみ合う音も。(共同)


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二俣事件の真実の証言をした山崎氏潰しと類似の手法を国家社会ブラック労働党の党首安部晋三のお友だちである、日本会議に属する新聞や官房長官は採用し、醜い行動にでました。

前川氏会見:出会い系バーは「実地調査」 一部で報道
2017年05月25日


加計学園問題について、新聞記事を横に置いて記者会見する文科省の前川喜平前事務次官(左)。右は三竿径彦弁護士東京都千代田区弁護士会館で2017年5月25日午後4時6分、手塚耕一郎撮影

 「総理のご意向」などと記された文書の存在が表面化した後、読売新聞の22日付朝刊などは、前川喜平・前文部科学事務次官が「出会い系バー」に出入りしていたと報じた。前川氏は25日に異例の記者会見に臨み、反撃に出た形だ。

 出会い系バーは売春援助交際の交渉の場になっていると指摘されている。会見で前川氏は「行ったのは事実」と認め、「女性の貧困を扱う報道番組を見て話を聞いてみたくなった。食事をしたり、小遣いを渡したりしたことがあった。話を聞きながら女性の貧困と子供の貧困がつながっていると分かった」と説明。「実地調査の意味もあり、文科行政をやる上で役に立った」と強調して「わいせつ目的」との見方を否定した。

 そのうえで「個人的行動をなぜあの時点で報じたのか、全く分からない」とし、報道が脅しだと感じていないか問われると「そんな国だとは思いたくない」と述べた。

 野党報道を「官邸圧力の一環」とみる。民進党蓮舫代表は25日の会見で「時の権力者に不都合なことを言うと、極めてプライベートな情報が漏れるというリスクは相当怖い」と指摘。同党の山井和則国対委員長は「政権批判的な発言をした人間の口を封じようとする。背筋が凍るような思いだ」と語った。与党の閣僚経験者からは「官邸も締め付け過ぎだ。戦略ミスではないか」との声が漏れている。【松浦吉剛】

戦後まもなく続出させた冤罪事件の主犯である故紅林麻雄元警部らの精神構造を、具備し、その精神のままに、捏造した中身を、記者会見読売新聞など御用報道営利企業に垂れ流し、真相を語る者を潰す手法を今回採用し、のうのうと人格否認攻撃を展開する官房長官文部科学相などは、もはや、普通人の常識すら喪失した愚劣な存在と化している。今回、メモ文書は真実であり、友人の私的利益確保のために、国家秩序を紊乱した国家社会極右ブラック労働党首魁の安部晋三議員辞職せざるを得ない絶対絶命の危機、刑務所に収監服役の危機にさらされているため、彼を庇うためならば内閣構成員たる者は、なんでもすることを、全世界に公然と宣言しているのです。

現役官僚国会答弁、そんたくの嵐 官邸に人事握られ
2017年05月26日


国会で問題視される官僚答弁

 安倍晋三首相の友人が理事長を務める「加計学園」の獣医学部新設や「森友学園」の問題で、関係省庁の幹部は「首相官邸へのそんたく」を疑う野党国会質問に対し、資料の存在を真っ向から否定してきた。憲法が「全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない」と定めた公務員が過度に政権寄りになっていないか。官僚らの本音を聞いた。【まとめ・佐藤丈一】

 「職員へのヒアリングを通じて、文書の存在が確認できなかったと結論を出した」

 25日の参院文教科学委員会文科省の義本博司総括審議官は、加計学園に対する早期の獣医学部の認可が「総理のご意向」と記した文書の真偽の確認を避けつつ、再調査は否定した。前川喜平前事務次官は25日、記者会見内閣府の強い圧力があったと明かしたが、政権は「文書に書かれたような事実はない」(菅義偉官房長官)との一線を崩さない。

 森友問題でも、財務省佐川宣寿理財局長が2月以降、「資料は破棄した」「パソコン上のデータもない」との答弁を続け、なぜ破格の安値で国有地を売却したのか、詳細な説明を拒んでいる。

 野党首相の妻昭恵氏と森友側の関係を究明するため佐川氏を追及しているが、省内で擁護論は根強い。50代の幹部は「野党をけむに巻く答弁で、高く評価している」。他省庁にも「政権を支えるのは行政の責任だ」(内閣府・40代)と当然視する声がある。

 だが、財務省永田町霞が関の情報を握り、発言を文書に蓄積することで「最強官庁」として君臨してきた。「さすがに『書類がない』という答弁は疑問だ」(厚生労働省・50代)との声が一般的だ。政府内では「佐川氏には次のポストが用意されているはずだ」との観測もある。

 財務省は2回にわたり消費増税を延期した官邸と微妙な温度差がある。次の増税時期は2019年10月。首相が18年の自民党総裁選で3選すれば21年まで政権維持が可能だ。「安倍政権に貸しを作る思惑ではないか」(内閣府幹部)との見方が広がっている。

 「官邸の影響力がどんどん拡大している。顔色をうかがうのは当然だ」。局長級幹部の一人はこう語る。

 最大の原因が14年に発足した内閣人事局だ。各省庁の部長・審議官級以上の約600人の人事が、従来の各省主導から官邸の一元管理に移った。厚労省の50代の幹部は「大臣に従って仕事を進めるが、本当に気になるのは人事権を握る官邸だ。具体的な指示があれば腹をくくらざるを得ない」と語る。官邸意向から外れることなく、強気で野党批判をかわす姿は、こうした思考に重なってみえる。

 「官邸1強」をキャリアを志す学生はどう見るのか。「官僚はしょせん政権に逆らえない」(東大法学部4年)「政治家圧力は昔からある。バランスが大事だ」(京大法学部4年)と達観した見方がある。一方、かみ合わない答弁を繰り返す高級官僚の姿に「国民をみて仕事をする本来の姿ではない」(東大経済学部4年)と疑問を抱く学生も少なくない。

 官房副長官として5人の首相に仕えた古川貞二郎氏(82)は「政と官は上下関係ではなく、あくまで役割分担だ。政治に対して多様な選択肢を示し、より良い決断に貢献する姿勢が必要だ」と強調。「『国家、国民に仕えている』という筋を通してほしい」と注文を付けた。

加計文書自民、前次官の喚問拒否 野党「納得できぬ」
2017年05月26日

 民進、共産自由社民野党4党は26日午前、国会内で国対委員長会談を開いた。学校法人加計(かけ)学園(岡山市)の獣医学部新設計画を巡り、文部科学省の前川喜平・前事務次官の証人喚問と、衆院予算委員会安倍晋三首相が出席しての集中審議を開くよう与党に求めることで一致。会談後、民進党山井和則国対委員長自民党竹下亘国対委員長に伝えたが、竹下氏は証人喚問の実施には応じないと回答。集中審議については調整する意向を示したが、実現は困難とみられる。【真野敏幸、光田宗義】

 竹下氏は会談後、証人喚問を拒否した理由について、記者団に「政治の本質と何も関係なく、必要ない」と説明した。一方、山井氏は記者団に「拒否する理由にならない。納得できない」と述べ、引き続き要請する考えを示した。

 民進党蓮舫代表は同日午前の参院議員総会で「菅義偉官房長官は『怪文書』だと切り捨てたが、前川氏は本物だと言った。どちらかがうそをついている」と指摘。「行政がゆがめられたのかどうか、徹底的に明らかにしていきたい」と訴えた。

 野党国対委員長会談後、共産党穀田恵二国対委員長は「首相に対する疑惑が増している」と強調。

 山井氏は「野党要求というより国民の声だ。大きな疑惑になっており、説明責任をしっかり果たすべきだ」と語った。また、前川氏が25日の記者会見で、証人喚問に応じる考えを示したことに触れ「身の潔白を証明したいのであれば、自民党は証人喚問に積極的に賛成してほしい」と求めた。

2017-05-24 前文科次官の招致要求 加計学園問題で民進

【政治】
前文科次官の招致要求 加計学園問題で民進
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2017年5月25日 13時54分
 安倍晋三首相の友人が理事長を務める学校法人加計(かけ)学園」(岡山市)が系列大学の獣医学部国家戦略特区に新設する計画を巡り、前川喜平前文部科学省事務次官が「総理のご意向」などと記された一連の記録文書について「本物だ」と週刊誌で証言したことを受け、民進党は二十五日の参院文教科学委員会理事会で、前川氏の参考人招致を求めた。共産党のほか、自由社民両党でつくる会派「希望の会」などが賛意を示した。与党は反対した。 松野博一文科相は続く委員会審議で、前川氏の証言に関し「辞職した民間人の発言についてコメントする立場にない」と表明。文書の有無に関して再調査はしない考えを示した。共産党小池晃氏は前川氏の証人喚問、首相出席の集中審議も要求した。 公明党の漆原良夫中央幹事会会長は記者会見で、前川氏の証言について「要職にあった方の言葉は重い」と指摘した。 前川氏は二十五日発売の週刊文春で、学園の獣医学部新設計画を巡る一連の記録文書について「間違いなく本物だ」と指摘。担当の高等教育局専門教育課が松野文科相らへの説明資料として作成し、昨年十月十七日に受け取ったという。 その三週間前に「官邸の最高レベルが言っている」とする報告文書も受け取ったと説明文科省獣医師の不足を示す需給見通しがないことを理由に懸念を伝えたが、顧みられなかったと証言した。その上で「赤信号を青信号にしろと迫られた」と語っている。 前川氏は今年一月、同省の天下りあっせん問題で事務次官引責辞任した。(東京新聞

2017-05-19 正義の人 山崎平八さん

さて、警察から追われた山崎兵八氏はどうなったのでしょうか?
彼は職を転々としていました。

1983年10月21日付『朝日新聞』「冤罪系譜 (12)」によると、
愛知県ゴルフ場でボイラー技師をしているとのことでした。

本人は故郷に戻りたいと願っているが、奥さんが帰りたがらないそうで、
巡査の勇気ある告発が家族の人生にまで影を落としていることが偲ばれます。


それにしても、悲しかったのは、山崎元巡査内部告発を載せた新聞記者
退職後の世話はすると約束しておきながら、何の面倒も見てはくれなかった あくまで山崎氏側の一方的意見ですので、新聞社側の言い分も聞きたいところです。
ということです。


残念ながら、内部告発者が不遇の人生を歩むということは
稀なことではありません。

最近でも、愛媛県警裏金作りを告発した仙波敏郎氏、
自治労共済の不正契約を告発した田中純一氏、
オリンパス損失隠しを露わにしたマイケル・ウッドフォード元社長らは
その職を失っています。

もっとも組織に残る方が幸せとはいえないことは
トナミ運輸カルテル事件の串岡弘昭氏や
オリンパスの浜田正晴氏らの例を見れば分かります。

中国漁船の衝突映像を流した一色正春氏は職を追われ、
米軍による「副次的殺人」をウィキリークスに流したブラッドレー・マニング氏は
裁判にかけられてしまいました。

不正を告発した英雄に拍手喝采を送った人々も、往々にして
時が経てば忘れ去り、落ちぶれた英雄を見ないふりをするか、
「自身の正義感を満足できたんだからいいじゃないか」と自己責任に帰し、
忘恩の徒と成り果てるのです。

そんな中で、牛肉補助金詐欺事件を告発し、一度は廃業を余儀なくされた
西宮冷蔵」が、大勢の人の支援を受けて営業を再開した話は
勇気づけられるものです。
私もせめてこういう継続的な支援ができる人間になろうとと思います。



山崎刑事はSさんの命を救ったのみならず、脅迫的取り調べを少しでも改善するきっかけを作り、
日本人ひとりひとりがその恩恵に与っているといえます。

このような人物こそ勲章や褒賞に値すると思うのですが、
静岡県あるいは国は、なんらかの名誉回復をしたのでしょうか?

もし彼が、「組織の和を乱し、外部に恥を晒した密告者」のまま亡くなったのであれば、
悲劇というほかありません。



(2012/01/17 小修正)

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■ 政治
トランプ大統領の機密漏えい疑惑 情報が第三国に? 頭の痛いイスラエル
THE PAGE

 アメリカの複数メディアは15日、ロシアのラブロフ外相ホワイトハウスで10日に会談したランプ大統領が、機密性の高い情報をロシア側に伝えていたと報道。この直後からティラーソン国務長官やマクマスター大統領補佐官は「誤報である」と報道を強く否定した。トランプ大統領の側近が「火消し」に奔走していたにもかかわらず、大統領自身は翌日のツイートで「大統領としてロシア側とテロに関する事実を共有しておきたかった。私にはそれを行うための絶対的な権限がある」と、ロシア側に情報を伝えたことを示唆している。同盟国から提供された機密性の高い情報を、その国の了承を得ずに微妙な関係にあるロシアに提供したことで、アメリカと同盟国との間にすきま風が吹く危険性を指摘する声もある。
【写真】大統領選前に相次ぐサイバー攻撃 関与を指摘されるロシアとトランプの関係

外相との会談写真で出し抜かれる?
[画像]「ロシアと情報共有したかった」などと語ったトランプ氏のツイッター画面
 ロシアのラブロフ外相ホワイトハウスを最後に訪れたのは4年前。2013年の8月だ。翌年にウクライナで政変が発生し、親ロシア派として知られたヤヌコビッチ政権が崩壊すると、クリミア半島では親ロシア派によるデモが連日行われ、ロシアから国境を越えて多くの武装勢力クリミア半島侵入した(ロシアは軍の関与を否定しているが、武装勢力の多くがロシア軍関係者であったという説は現在も根強く残る)。その後、ロシアも自国民の保護を名目にクリミアに対して軍事行動を開始。3月18日にはクリミア半島全域がロシアに編入された。これによって、欧米各国とロシアとの関係が悪化。ラブロフ外相クリミア危機後にホワイトハウスを訪れることはなかった。
 先月12日、ティラーソン米国務長官ロシアを訪れ、モスクワでラブロフ外相、そしてプーチン大統領会談を行った。4月6日に米軍シリア空軍基地巡航ミサイルで攻撃していたこともあり、ラブロフ外相アメリカの軍事行動を違法として、新たな攻撃を行わないよう要請している。トランプ政権の閣僚として初めてロシアを訪れたティラーソン長官は「米露関係の改善を期待する」としか語ることができず、関係悪化が垣間見える結果となった。

しかし、この会談後にラブロフ外相の約4年ぶりとなるホワイトハウス訪問が決定している。
 前述したように、ラブロフ外相ホワイトハウス訪問は決して珍しい話ではない。しかし、今回は訪問の前後に、通常では考えられないような出来事がいくつも発生した。訪問の前日には、昨年の米大統領選ロシア選挙戦への介入やトランプ陣営ロシア政府との繋がりを捜査しているFBIのコミー長官が、出張先のカリフォルニア州で突如解任を告げられている。会談前後のメディアによる写真撮影は認められなかったが、ラブロフ外相の「専属フォトグラファー」は会談への同席を許可され、会談中も写真を撮影していた。会談でトランプ大統領やラブロフ外相が談笑したり、リラックスした雰囲気の中で固い握手を交わす様子をとらえた写真は、会談後すぐに世界中に発信された。
 ラブロフ外相の専属フォトグラファーは、国営イタルタス通信に勤務しており、親密な雰囲気で行われた会談の様子がロシア側から世界に紹介されたのだ。ホワイトハウス側は写真が通信社によって使われるとは知らされておらず、CNNは12日に「やつらに騙された」と憤慨するホワイトハウス高官のコメントを紹介している。しかし「騙された」と憤慨したのは、アメリカ側だけではなかったようだ。
無断で情報提供なら同盟国との信頼関係に影
 15日にワシントンポストニューヨークタイムズは「会談ではトランプ大統領からラブロフ外相に機密情報が提供された」とする複数のホワイトハウス関係者からの情報を紹介し、ロシア側に提供された情報が第三国からアメリカに渡された機密性の高い情報だったと報じた。
 会談にはラブロフ外相のほかに、昨年の大統領選挙時からトランプ陣営の関係者と何度も秘密裏に接触していたとされるセルゲイ・キスリャク駐米ロシア大使も同席している。2008年から駐米大使を務めているキスリャク氏は、以前にCNNが「アメリカ国内の政府職員などをロシア側の情報提供者に仕立てるリクルーター」として報じられたことがあり、ロシア外務省が激しく抗議したこともある。ラブロフ外相とキスリャク大使に伝えられた情報は、過激派組織「イスラム国」(IS)のテロリストノートパソコン爆薬をしかけ、探知されないまま機内持ち込みを可能にする技術に関するものであったとされる。

2017-05-18 正義の人 山崎平八さん

■ 政治
三文政治ドラマが目の前で繰り広げられている
町村泰貴

森友学園をめぐる騒動もいい加減劇場型という感じのスキャンダルだったが、第二の森友と呼ばれる加計学園問題はもっとベタな三文ドラマみたいだ。
加計学園疑惑リーク元 読売新聞が異例報道の「官僚の風俗通い」は安倍官邸からの“リーク”
前川喜平・前文科事務次官(62)の出会い系バー通いを報じたのは、読売新聞の5月22日付朝刊だった。新聞メディアでは異例ともいえる官僚の“風俗通い”追及記事だが、これは安倍官邸が主導したものだった。
前川さんは、文科省天下り問題で辞任した事務次官だが、その辞任にあたってのメッセージが話題になっている。
「気は優しくて力持ちの文科省に」次官、全職員へメール 2017年1月20日20時15分
ひとつお願いがあります。私たちの職場にも少なからずいるであろうLGBTの当事者、セクシュアル・マイノリティの人たちへの理解と支援です。無理解や偏見にさらされているLGBT当事者の方々の息苦しさを、少しでも和らげられるよう願っています。  そして、セクシュアル・マイノリティに限らず、様々なタイプの少数者の尊厳が重んじられ、多様性が尊重される社会を目指してほしいと思います。
文科省施策には、このメッセージでも言及されている原子力発電関係の政策といい、大学政策といい、首をかしげるようなことが多いとしても、辞任にあたってのメッセージでこうしたことをかける人がトップだったということは留意してもいい。
その前川さんが、加計学園獣医学部新設にあたって国家戦略特区として認め、他大学の申請ははねつけながら、加計学園申請だけは認めるということについて、安倍首相意向を踏まえて文科省の組織ぐるみで実現に動いたことを認める文書を明らかにし、正面からそれが本物であることを認めたのだ。
総理のご意向」私だって気にする 前川前文科次官・一問一答 加計学園問題
これに対する官邸内閣の対応は「怪文書」「存在確認できない」 政府文書に否定的発言 加計学園問題というもの。
加計学園獣医学部新設計画をめぐり文部科学省内閣府から「総理のご意向」などと言われたと記した文書が明らかになってから、菅義偉官房長官らは文書の存在や内容に否定的な発言を繰り返している。松野博一文科相も省内調査の結果、「文書の存在は確認できなかった」としている。
様々な問題に関して発揮されている菅官房長官の不誠実な対応が遺憾なく出ているが、怪文書と切り捨てて黙殺するには大物すぎる元事務次官が正面から認めてしまったのだ。
そこで出てきたのが、前川さんのフーゾク通い歴のスキャンダル。
絵に描いたような人格攻撃で、そのお先棒を担いだのが、あの、首相が熟読しろと国会で答弁した読売新聞だった。
辞任の前川・前文科次官出会い系バーに出入り
文部科学省による再就職あっせん問題で引責辞任した同省の前川喜平・前次官(62)が在職中、売春援助交際の交渉の場になっている東京都新宿区歌舞伎町出会い系バーに、頻繁に出入りしていたことが関係者への取材でわかった。
そしてこの「関係者」というのが、冒頭に引用した週刊新潮の記事によれば、安倍内閣官房長官が仕切る官邸からのリークだったというのだ。
「記事にしたあとに、官邸スタッフから、“安倍総理周辺は、どこかのメディアと組んで前川さんに人格攻撃を仕掛けようとしている。その結果、前川さんの出した文書の信憑性が問われ、丸々報じた朝日も恥を掻くことになるから”と言われました」
首相がお友達の学校経営者のために、国家戦略を振り回して例外扱いを官僚に指示し、官僚総理のご意向だと言って各方面を従わせて実現させる。それを追及されると、官僚側から物証がリークされて出てくる。これに激怒した内閣官房長官が、リーク元の官僚(元)の人格攻撃のため、下半身ネタを従順な御用メディアに書かせる。
なんか、今やっている「小さな巨人」とか、少し前に一世を風靡した「半沢直樹」のストーリー展開を髣髴とさせるではないか。

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正義の人、山崎兵八
丹2012/01/09 23:59
昭和時代中期の冤罪事件(および冤罪の疑いが濃厚な事件)を調べると、
静岡県に集中して発生していることに気付かされます。

1950年に近所の主婦を殺害したとされた男性が
差し戻し審で無罪となった「小島事件」。

1954年に幼女強姦殺害したとされ、死刑判決を受けた男性が
35年後、再審で無罪を勝ち取った「島田事件」。

1966年に起きた一家殺人事件で元ボクサーが死刑判決を受けた「袴田事件」。
先頃、血液の再鑑定でDNA不一致が指摘されたことで改めて注目されていますね。

以下に引用する「二俣事件」と「幸浦事件」も、冤罪でした。

死刑が無罪の二俣事件
[昭和]25年1月6日夜、静岡県磐田郡二俣町で大橋一郎さん一家四人が殺され、
現金などが奪われ、同町Sが逮捕されて犯行を自供、静岡地裁浜松支部
12月死刑判決があった。

被告側は東京高裁控訴したが、26年9月公訴棄却
さらに「自白は拷問によるもの」として上告した。

最高裁第二小法廷(裁判長霜山精一)は28年11月27日、
「自白の真実性は疑わしい」との理由で原審を破棄、静岡地裁に差戻した。
これは実質的には事実誤認を、上告理由に採用したものとして注目された。

静岡地裁の審理の結果、31年9月22日、証拠不十分として無罪の言渡しがあり、
死刑が無罪となった珍しい例となった。

幸浦事件」
第二の二俣事件といわれ、23年11月29日夜、静岡県磐田郡幸浦村の
アメ製造業荻原幸太郎さん一家四人が絞殺され、現金などを奪われ、
死体は付近の砂浜に埋められた。
容疑者として同村Kほか二名が検挙され、静岡地裁浜松支部で、
25年4月いずれも死刑判決をうけた。

東京高裁第一判決を支持して公訴棄却したが、被告側は
「警察の拷問で虚偽の自白をした」と主張。
最高裁に上告した。

最高裁第一小法廷(裁判長真野毅)は、32年2月14日、
強制、拷問の自白の疑いがあると被告側の主張を採用、
判決を破棄して東京高裁に差戻した。

二俣、幸浦両事件とも、ほとんど同一警察官が、捜査取り調べに当たっていたことは、
問題の一つのカギともみられている。



「二俣、幸浦両事件とも、ほとんど同一警察官が、捜査取り調べに当たっていた」

この警察官とは紅林麻雄刑事のことです。
彼はとても勘が良い優秀な警察官として一目置かれていました。

“犯人”のアリバイが出てくると、紅林刑事はそのアリバイが“犯人”の小賢しい罠で捏造されたものだと
ピタリと言い当てるのです。
“犯人”は紅林刑事の推理通りに自白します。

多くの事件で“犯人”を割り出し、数々の表彰を受けた名刑事でした。


さて、1950年の年明け早々、静岡県磐田郡二俣町(現在の浜松市天竜区二俣町)で、
残酷で奇妙な殺人事件が起きます。

夜中、民家に何者かが忍び込み、夫婦と子供2人を殺害したのです。
被害者夫妻には他にも子供が何人かいたのですが、隣室に寝ていた祖母とともに熟睡しており、
朝になるまで惨劇に気付きませんでした。

争っている時に壊れたと思われる時計が指していた時刻と、司法解剖の結果から、
犯行時刻は午後11時頃と推測されました。

現場から犯人の指紋と足跡が見つかりましたが、
犯人の目撃証言といえば、生き残った子供が寝ぼけ眼で見た人影だけ。

殺人事件に不慣れな二俣署だけの手には負えません。

そこで、あの名刑事・紅林氏が投入されます。
そして、この事件においても彼の超人的な推理能力は発揮されるのでした。


紅林刑事が怪しいと睨んだのは、以前窃盗を働いたことのある18歳のS少年でした。
さっそく殺人と無関係の窃盗容疑でS少年を逮捕し、取り調べを行うことにしました。

二俣署の山崎兵八巡査は、S少年のアリバイを調べるように命じられます。
すると、犯行時刻とされた午後11時頃、S少年にアリバイがあることが判明しました。

しかし、紅林刑事はそのアリバイが嘘だと見破ります。

― 実は、Sが4人を殺害したのは午後9時頃だった。
  Sは、愛読していた江戸川乱歩の小説からトリックを拝借したのだ。
  時計の針を11時まで進めて止め、午後11時に自身のアリバイを作ったのだ。 ―

ところが、S少年はなかなか認めようとしません。
紅林刑事の推理に間違いなどあるはずがないのに。

そこで、紅林刑事はS少年を警察署裏手の土蔵に連れて行きました。
外に声や悲鳴が漏れない土蔵で、日夜S少年に拷問を加えるよう、部下に命じたのです。

数日後、S少年は、紅林刑事が言い当てた通りの犯行を“自白”しました。

翌日の新聞とラジオは、残忍な殺人少年Sを実名で公表し、
事件は無事解決、紅林刑事の功がまた一つ増えたのでした。



もうここまで書けばお分かりでしょう。
紅林刑事は推理の天才ではなく、拷問と自白強要の天才だったのです。

紅林刑事に怪しいと疑われた人は、彼が先入観を膨らませて書いたシナリオ通りに
やってもいない犯罪行為を“自白”するまで拷問を受けていました。

ある強姦殺人事件では単独犯と推定されているにもかかわらず、
「私が殺しました」と複数の容疑者が“自白”する有様でした。

二俣事件においても、Sさんの前に別の人が“自白”寸前まで行ったのですが、
幸いにして釈放されています。

(余談1)
戦前戦中に形式的な法治主義によって拷問が横行していた事実を省みて、
1946年公布の日本国憲法は、アメリカ判例で発達した人身保護規定を
31条から40条まで詳細に明文化しました。
38条2項は、拷問による自白の証拠能力を否定しています。

刑事訴訟法アメリカ型の実体的デュープロセスを採り入れたものに改正され、
1949年に施行されています。

刑事事件において「実体的デュープロセス」とは、超簡単に言うと、
「適正な法によらなければ人を処罰することはできない」ということです。

たとえ本当に誰かが誰かを殺害したことが明らかだとしても、その事実を見つけ出すまでの
プロセスが「適正な法」から逸脱していた場合、有罪にできないという法理です。

法治主義を形式的に適用すると、国会が拷問を可とする法律を制定すれば
警察は合法的に拷問できるわけですが、法の支配を重んじる英米法の下では
そのような「適正の法」から外れた法律の制定は許されません。

刑事訴訟法の施行から1年しか経っていない過渡期に、二俣事件は起きました。
戦前とさほど変わらない意識の警察官も多かったのでしょう。

(余談2)
今の憲法アメリカが作ったものだからけしからん!
とか、
今の憲法人権を保護しすぎていてけしからん!
とか言う人がたまにいますが・・・
突然逮捕されて拷問を受けて、身に覚えのない殺人事件の犯人として死刑になりたい
というマゾな願望でもあるんですか?



1950年3月、S少年は起訴され、年内にも死刑判決を受けると見られていました。

ところが、ここに思わぬ横やりが入ります。
S少年のアリバイを調べた山崎兵八巡査が、取り調べの実態を新聞で暴露したのです。

一現職巡査が警察内部の違法行為をマスコミに漏らすなど前代未聞でした。
目前に迫っていた判決言い渡しは急遽延期されます。

二俣事件の捜査に疑問を抱いていた警察関係者は、山崎巡査だけではありません。
元刑事として二俣署から捜査協力を依頼されていた小池清松氏も、
S少年が犯人ではないことを突き止めていました。

山崎氏小池氏は法廷で証言しました。
S少年にアリバイがあること、自白が強要されたものであること。

しかし、静岡地方裁判所浜松支部は、1950年12月27日、
山崎氏小池氏の証言を重んじることなく、S被告死刑判決を言い渡します。

驚愕すべきことはこれだけではありません。

この判決日、山崎巡査偽証罪で逮捕されてしまいます。前坂俊之 「冤罪と誤判」(田畑書店 1982年)を参照。
検察官が、検察に不利な証言の信憑性を貶めようと、
証人に対して偽証罪の疑いをかけることは珍しくありません。
八海事件や甲山事件が有名ですが、2006年にもありました。
彼は、拘置所で精神異常と診断され、不起訴処分で釈放されたものの、
免職処分を受けてしまったのです。

・・・なんだか救われない話ですね。

罪のない者が死刑判決を受け、罪を犯した者が誰にも知られず自由に闊歩する。
濡れ衣を着せた者が手柄を称えられ、告発した者が追放される。
似たようなことは社会のあちこちで起きていますが。


さて、この後、関係者はどうなったのでしょうか?

S少年は最高裁まで争いました。

最高裁は物的証拠からSさんが犯人であることは疑わしいとして、
原審を破棄し、地裁に差戻しました。
こうして、最初に引用した文中にあるように、S少年は無罪を勝ち取ったのです。


紅林刑事はというと・・・・

幸浦、二俣、小島事件の失敗で、彼はまたたく間に栄光の座から転げ落ちる。
32年2月、最高裁二俣事件に続き幸浦事件でも有罪判決を破棄、差し戻したことから、
批判は「拷問捜査」の中心、紅林に向けられた。
外部からの批判に耐え切れなくなった県警は、御殿場署次長に昇進していた紅林警部を
吉原署駅前巡査部長派出所町に転出させた。
実質的な二階級降格。駅前での交通整理が主な仕事である。
勤務を終えると近くのおでん屋に立ち寄り、好きな日本酒で憂さを晴らす毎日となった。
「名刑事」から一転、「昭和の拷問王」として糾弾された紅林は、週刊誌に弁明の手記を寄せた。


その手記では、山崎巡査告発を「噴飯物のインネン付け」と一蹴し、こう書いています。

「おまえ、お父さんお母さんに会いたいだろう」
こう一言やさしくいってやると、ワッと泣きくずれて、
「刑事さん、助けて下さい。頼みは刑事さんだけなのです。そうです、わたしが殺しました」
と一切の泥をはき出すのが大ていの犯人だ。
乳房があったら犯人を抱きしめて、一緒に罪のおそろしさに
泣いてやりたいくらいなのが刑事であって、その刑事たちが、
なんで殴るけるなどということをするだろうか・・・


紅林警部は1963年7月末日付けで警察を辞め、
わずか1ヶ月半後の9月16日、脳出血で亡くなりました。

(余談3)
ことさら紅林氏個人を責めることは、彼がやったとされることと同じ過ちであり、
また無意味なので、やめておきたいと思います。

個人を責めるより組織のあり方、ひいては
自白の強要ができないようなシステムを作ることの方が
意味があるように思えます。

警察の取り調べも昔に比べれば良くなってはいるのでしょうが、
志布志事件など今でも強引な取り調べが後を絶ちません。たとえばhttp://www.youtube.com/watch?v=wpyYSUsSFtg

特に死刑制度を維持するならば、取り調べの全面可視化は必要でしょう。
警察・検察は「可視化されると容疑者との信頼関係が失われる」と主張しますが、
実際には単に今までの脅迫的取り調べが通用しなくなることを恐れているだけです。

自供に頼らず容易に犯人を特定できるようにするために、
プライバシーに配慮しながら防犯カメラの整備を進めることも
検討すべきでしょう。



さて、警察から追われた山崎兵八氏はどうなったのでしょうか?
彼は職を転々としていました。

1983年10月21日付『朝日新聞』「冤罪系譜 (12)」によると、
愛知県ゴルフ場でボイラー技師をしているとのことでした。

本人は故郷に戻りたいと願っているが、奥さんが帰りたがらないそうで、
巡査の勇気ある告発が家族の人生にまで影を落としていることが偲ばれます。


それにしても、悲しかったのは、山崎元巡査内部告発を載せた新聞記者
退職後の世話はすると約束しておきながら、何の面倒も見てはくれなかった あくまで山崎氏側の一方的意見ですので、新聞社側の言い分も聞きたいところです。
ということです。


残念ながら、内部告発者が不遇の人生を歩むということは
稀なことではありません。

つづく

2017-05-17 横浜事件を生きて


【社会】
横浜事件」の発端、富山の旅館 「共謀罪」戒めの地に
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2017年4月12日 夕刊
細川嘉六(後列中央)らが「紋左」の庭で撮った記念写真。この写真が横浜事件のきっかけとなった=1942年7月、平館道子さん提供
 新潟県との県境にある富山県朝日町の老舗旅館「紋左(もんざ)」は戦争中、治安維持法による言論弾圧横浜事件」の発端の地となった。「共謀罪」の趣旨を盛り込んだ組織犯罪処罰法改正案が国会で審議入りし、治安維持法の再来を懸念する声が強まる中、市民団体が訪れ、事件の教訓を学び取ろうとする動きが出ている。 (伊東浩一)
 「これが危険を企てる秘密の会議に見えますか」
 事件を研究している地元グループ代表の金沢敏子さん(65)=同県入善町=が、一枚の写真を見せながら問い掛けた。紋左の一室で耳を傾けるのは、金沢市市民団体石川県平和委員会」が募った「平和の旅」の一行二十八人。
 写真の中で、朝日町出身の国際政治学者・細川嘉六(かろく)らが浴衣姿で穏やかな表情を浮かべる。だが、一九四二年に紋左で撮影されたこの集合写真を基に、神奈川県警特別高等課(特高)は細川らが共産党再建準備の会合を開いたとして、関係者を投獄していった。
 「紋左に泊まった細川らは、船遊びをし、料亭芸者を呼んで酒を飲んだ。そういう写真の中から警察は一枚の写真だけを問題にし、拷問で事件をでっち上げた」。金沢さんの言葉にも力がこもる。「治安維持法が拡大解釈され、少しでも戦争に批判的とみられる人たちが取り締まりの対象になった」と解説した。
金沢敏子さん(右)から横浜事件について説明を受ける参加者たち=富山県朝日町沼保の旅館「紋左」で
 石川県中能登町から参加した山下美子さん(70)は「仲間と政治の愚痴を言っただけで密告され、捕まる恐れがあるかと思うと寒けがする」。法政大名誉教授で同県白山市の須藤春夫さん(74)は「共謀罪も何が違反かを決めるのは捜査機関。逮捕されなくても、警察が調べに来るだけで市民は萎縮する。政府批判的な動きを抑えるのが真の狙いでは」と警戒した。
 紋左には八月に東京からツアーが見学に来る予定。経営者柚木(ゆのき)哲秋さんは「近年、横浜事件を目的に訪れる人は途絶えていたが、再び関心が高まっている」と話している。
 横浜事件 1942年、細川嘉六(1888〜1962年)が雑誌「改造」の掲載論文を「共産党の宣伝」と批判され、警視庁治安維持法違反容疑で逮捕された。その後、神奈川県警特別高等課(特高)が押収した紋左の写真をもとに、細川らが共産党再建準備会を開いたとして、同容疑などで言論、出版関係者ら60人以上を投獄。拷問で4人獄死、30人余りが起訴される戦時下最大の言論弾圧事件となった。2010年2月、元被告5人の刑事補償を巡る横浜地裁決定は「共産党再建準備会の事実を認定する証拠はない」とし、「実質無罪」と認められた。
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横浜事件言論弾圧語る写真 元ディレクターが語り継ぐ
2017年05月02日


細川嘉六(後列中央)らが旅館「紋左」で撮った記念写真を手に「横浜事件を知ってほしい」と話す金沢敏子さん=富山県朝日町

 戦時下最大の言論弾圧とされる「横浜事件」。その発端となった富山県朝日町の旅館で撮影された1枚の写真を手に、地元民放の元ディレクターが事件を語り継いでいる。「共謀罪」の成立要件を改めた「テロ等準備罪」を新設する組織犯罪処罰法改正案が国会で審議される中、「権力による弾圧がいかに恐ろしいか。事件を知らない人に伝えるため全国で講演したい」と訴える。

 元北日本放送ディレクターの金沢敏子さん(65)。横浜事件の中心人物朝日町出身のジャーナリスト、細川嘉六(1888〜1962)研究会の代表者を務める。

 金沢さんは、旅館の隣町、入善町在住だが2005年の再審開始決定まで、横浜事件発端の地だと知らなかった。取材を始め、07年にドキュメンタリーを制作する中で出合った1枚の写真から冤罪(えんざい)の恐ろしさを学んだ。

 1942年7月、細川が出版編集者や研究者ら7人とともに旅館「紋左(もんざ)」で開いた慰労会で撮影された記念写真。特高警察はこれを「共産党再建準備会」の会合の証拠とした。金沢さんによると、船遊びなど旅行の様子が複数枚撮られていたが、警察はこの1枚を問題にした。「浴衣姿の写真を見て、危険を企てる秘密会議に見えますか」と金沢さん。料理旅館として営業を続ける紋左には今も事件を知ろうと訪れる人がおり、依頼を受ければ、写真を見せながら事件を語る。

 治安維持法は1925年の成立後、改正で取り締まりの対象が広がり、思想や言論弾圧の手段となった。拷問が使われ、歯止めがきかなくなった歴史がある。

 国会で審議中の「テロ等準備罪」について金沢さんは「お墨付きを一度与えてしまえば、治安維持法のように取り締まりの範囲が拡大される恐れがある」と強く反対する。フェイスブックツイッターなどSNSが普及した今の社会を踏まえ、「写真の後ろに写った人物が共犯者と考えられるかもしれないし、何気なくつぶやいた中傷が拡大解釈されるかもしれない。冤罪によって日常生活がどう変わってしまうかを考えるきっかけとして横浜事件を語りたい。写真1枚を持ってどこへでも行きます」と語気を強めた。問い合わせは金沢さん(0765・72・2565)。【鶴見泰寿】



横浜事件を生きて
 戦時下の最大の言論弾圧事件と言われる「横浜事件」だが、その全容はほとんど知られることはなかった。事件は1942年から45年にかけて多数の ジャーナリスト知識人が検挙され、事実無根の共産党再建をでっちあげられ特高から激しい拷問を受けたもの。死亡者も出た。慰安旅行の1枚の写真(右下) が、共産党再建準備会の証拠とされた。拷問による自白をもとに有罪とされたが、戦後関係者が立ち上がった。このビデオはその生き残りのひとりである木村亨 さん(写真左・右の写真の下段)の再審請求のたたかいを中心に構成されている。今も続いている事件なのだ。元特高警察官が電話インタビューで語る本音。古 いニッポンはまだ生きていた。平成の治安維持法共謀罪」を考える恰好の素材でもある。(1990年・58分・5000円)  申し込みはこちらから。


 ★万人に見てほしい=白井佳夫映画評論家

 ビデオ「横浜事件を生きて」は、抑制の効いたリアリズム日本の歴史のなかにある重要な事件を、万人にわかる形で映像化したきわめてユニークな 作品である。この題材は、もっとセンセーショナルにもっとイデオロギー的に、あるいは過激に映像化することも可能であったはずである。しかし、この映像の 作者はそれをやらなかった。まるで NHKテレビに放映されてもまったくおかしくないような抑制力と普遍的な映像表現力で、それを誠実にビデオ化した。1990年代の日本で、映像を使って表 現されるものは、このような形でなければならないと私は思う。あえてこのビデオを万人が見てくださるように願うゆえんである。

★「昭和」考えるヒント=土本典昭(記録映画監督)

 ビデオという方法を活かしたいい作品ができた。今まで横浜事件のことを知らなかったことが、まずいくらいの感じがしたが、その知らなかった引け目を感じ させないで見せてくれた。事件の発端となった紋左旅館の思い出から入って、時代背景を見せていく進め方、そして最後に現代の警察制度への問いかけ。二人の 特高が現在も生きていて、それをナマに木村亨さんにぶつけた時の効果もまずまず出ていた。話題性、発見性もある。この作品は、いわばテキスト映画という か、みんなで見て、改めて「昭和」を考え直すヒントになるだろう。

 *DVDのネット申し込みはこちらから。
  TEL03-3530-8588 FAX03-3530-8578 ●続編「横浜事件の問い」(35分・3500円)もあります。 
<新着情報>
 ・『毎日新聞』(横浜版・2005年12月6日号)に紹介記事。こちらへ。



あとおいニュース >
31憲法を考える映画の会「横浜事件を生きて」報告
公開日:2017/01/31: あとおいニュース
31憲法を考える映画の会報告 2017年1月30日の「レイバーネット・ニュース」で、1月29日の憲法を考える映画の会の様子について,『横浜事件を生きて』の監督の松原明さんから紹介いただきました。
会の報告として掲載させていただきます。S.H.
いまに通じる怖さ〜治安維持法共謀罪を考える『横浜事件を生きて』上映会
松原 明(ビデオプレス) 1月29日、東京千駄ヶ谷区民会館で『横浜事件を生きて』『横浜事件−半世紀の問い』の上映会が開かれ、100名以上が集まり大盛況だった。戦時下のジャーナリスト弾圧を描いた『横浜事件を生きて』(1990年・ビデオプレス作品)をなぜいま上映するのか? 主催者の「憲法を考える映画の会」の花崎哲さんはこう語った。「いま進められようとしている共謀罪が、いかに戦前の治安維持法と同じ危険性をはらむものなのか、国民の人権民主主義を破壊するのなのか。その手がかりになる映画を探していてこの作品に出会った」と。横浜事件は、1942年から44年にかけて起きた治安維持法事件で、ジャーナリストら約60人が逮捕され、拷問のすえ4人が獄死した事件である。映画はその史実をわかりやすく生々しく伝えている。
*感想を述べる武蔵大学永田浩三さん 上映後の反響は大きかった。会場からは、「不条理を感じた。二度と繰り返してはならない」「素晴らしい。拷問被害を受けた当事者の生の証言が重たい」「いまこの国に流れている危うい空気と同じものを感じた」「共謀罪問題でタイムリーな企画。遠くから観に来たかいがあった」など感想が語られた。 私も制作者としてコメントした。「取材で印象的だったのは、拷問をした元特高がまったく反省せずに、“あのころも法治国家でしてね”と居直るところ。彼らは多少の行きすぎがあっても、治安維持法という法律を守っただけで悪いことをしたとは微塵も思っていない。そして、戦後もぬくぬくと生きてきた。治安維持法アジア侵略戦争を支えたが、共謀罪もそうした言論弾圧の役割を果たすのではないか。あの時代を繰り返さないためにも、『横浜事件を生きて』を多くの人に観てほしい」と話した。 横浜事件被告木村亨さんの妻である木村まきさん(写真上)も参加した。横浜事件再審裁判が行われ、2010年横浜地裁で「免訴判決」で終結をみたが、まきさんは、いまも再審遅延の責任を問う「横浜事件国賠訴訟」をたたかっている。裁判の大きな争点の一つが、裁判所自ら戦後のどさくさに判決文など重要書類を焼却したことだった。司法が自ら証拠書類を隠滅した、そのため横浜事件再審裁判は困難を極め、事実上の無罪とはいえ「免訴」という中途半端な終結をみたのである。会場からも「裁判所の証拠隠滅は犯罪として問えないのか?」などの質問が相次いた。まきさんは、「そのためにもいま裁判でたたかっている。焼却した目撃証言や資料も次々と見つかっている。頑張りたい」と答えた。
DVD横浜事件を生きて』(1990年・58分・ビデオプレス)、続編にあたるDVD横浜事件−半世紀の問い』(1999年・35分)は以下のサイトから購入できます。ご活用ください。 →ビデオプレスHP横浜事件を生きて』 *なお、1月31日(火)午後9時からのアベマTVで「共謀罪横浜事件」を放送するとのこと。上映会当日も取材に来ていました。『横浜事件を生きて』の映像も使う予定。
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