Hatena::ブログ(Diary)

soulram’s weblog このページをアンテナに追加 RSSフィード

2012-06-17 何から書いたらいいのか。

ともかく、死ぬまで生きる

そういうことです。クルマでも家でも、諸行無常でいつか無くなる。我々人間も、いつか前触れも無く死神に首を刈られて一巻の終わりとなるかもしれない。人生はソモソモ1度きり。2度ないものに1度も何もない。

次は無いのだから、正しくやるのではなく、やれることを最大限、自分感性でやってみる。そんでだめなら、それまでよ。もう、色々ありすぎて、それでいい気がしてきました。

この数年、私は少し日和見主義でいすぎたのかもしれない。なにせ、今の会社が一番在籍年数が長いのです。いつでもお別れできるように、いつでも高飛びが出来るように、自分感性をいつも見つめておくことが、私が社会で生きている実感なのかもしれません。

2009-10-18

JINSでメガネを新調

f:id:soulram:20091018145015j:image:left:w200

昨日、最近テレビ宣伝している「JINS」でめがねを買いました。メガネ人生30年近い私ですが、こういう黒縁のメガネは初めて。かけていたのは、縁なしメガネ。度はまだ出ているけれど、もうボロボロだったので早いとこ買おう買おう・・・と思ってたとこ。

「JINS」は縁なしは売ってなくて、フレームのあるメガネになる。全部フレームがあるか、上下どちらかに必ずフレームがあるか。実際、レンズに穴を開けるのって工賃が高いのかな・・・。一応、仕事でこの黒縁をいつまでもかけているのもなんなので、もう一本買おうと思う。5000円〜10,000円なので2本買う気になる。

今かけている、縁なしのメガネは、有楽町無印良品で買った。当時、乱視だとレンズが割高になって結局2倍近く払った気がした。今は、一般的にそうなのか、「JINS」がそうなのか分からないが、表示価格でつくれたので、個人的にはそれが凄いうれしかった。「レンズないだろうなぁ」っておもってたから。ちなみに無印良品の前には、Zoffで買ったこともあったけど、このとき乱視が原因か分からないけど、表示価格の2倍くらい取られた上に時間もかかった。そういう意味では、価格も納品時間も「JINS」はいいね。

no title

2009-10-08

硬く考えすぎ

私はいい加減な性格の癖に、実体のないことを彼是考えすぎる癖があります。要するに、自己愛が強いタイプなんだろうと思う。最近、元気がなかったんです。仕事がまったくうまくいかないとか、そういうことはなくて、家庭でも第二子にも恵まれそうで、色んな人生がある中では、不安が沢山あったとしても普通にやっているのだろうと思う。

夜早く寝て、朝早く起きて、仕事をして、本を読んで・・・。それのどこがいけないのか。

しかしながら、私は元気がない。体も心も元気がありません。恐らく、色んなことに疲れてしまったのだろうと言われました。確かにある日、自分の今までを振り返ってしまったことがありました。恐らく、そういう振り返りには早すぎたのだろうと思います。凄い疲れが襲ってきた。

普通だと思っているこの生活を維持するためには、見過ごせない程に大きなエネルギーが必要なのだ。

そんなことを思ってから元気がない。というか、この状況にもそろそろ飽きてきている。なんとなく、20代の頃に今より沢山の不安と不満を抱えていた頃のほうが、元気があった気がします。このブログを読み返すと、そう思う。大きなお世話だったり、マスターベーション的な思想をぶちまけてみたりということをしていたけれど、その頃のほうが自分はまだエネルギーがあった気がする。

過去自分には、もう戻れない。何かを探すのは的外れという気がする。昔の自分を取り戻そうとするのではなく、今の自分がやろうとしていることを尊重しなくちゃいけない。

2009-06-20

ニート

僕はニートじゃないんだけど、何となく気分は分かる気がします。誤解を恐れずにいうなれば、一種の病気っぽいところがある気がする。周りにいないわけじゃないけど、僕もそれほど優しかったり人に厚い人間ではないので、敢えてあまり関心を持とうと思わなかったというのもあります。以下のエントリに何となく、反応。

一度 ひきこもりにはまってしまうと怖くて動けなくなってしまう

自分が天才哲学者にでもなったかのように世界を決め付ける

・・・

同窓会のお知らせ(裏クロスブリード)

上記、事実かどうか分からないし、気持ちを入れるような話かどうかも分からないけど、ナントモ言えず感じ入る話でした。きっと、自分が親になったからだろうと思います。

外との関係を一切絶ってしまいたくなる衝動ってのは、きっと誰にでもあるし、正直、社会に出ていたって魂はまったく入ってない人なんて、大勢いる。そうした自閉的な気分は特別なことじゃないと思います。ただ、自分が外に出ない限り、今の世の中誰もひきづり出してはくれないというのは、確か。なぜなら、その人がいなくても世の中は回ってしまう。僕がいなくても、女房と息子は生きて行けるし、最初は悲しんでくれても、月日が経つと思い出になって日々の生活を営むようになるでしょう。

そうなると、結局は、私でいうならば自分が家族とかかわりを続けて生きたいという動機付けが無い限り、ある日突然小さな出来事で全てが終わる可能性もある。ニートの人の話を聞くと、そんな気分になります。

私は何年も引きこもったことは無いので、実際にどのような心の動きかはわからないし、その人たちの立場はさらに実感の無い世界になるけど、人生を大きく捕らえるくらいしかできることは無いのだろうと思います。

そして、いくら病的な状況だとしても自分がその状況を出ようとしない限りは、そのままで、それはその人たちの意志であると受け取られるのだということも。「それでいいんだよ」と思うのであれば、その中で生きることができる限り生きるということになるのでしょう。

2009-06-09

ごく一部の人々

春山先生のブログより。

★「俺たちが高給だから、街が潤う」

破綻企業が税金で豪華な生活を送る。他人の金銭的成功を妬まない米国民だが、さすがに税金が投入されれば話は別だ。非難の声が高まり、オバマ政権はその声に押されるように、年収規制を表明したのだ。しかし、ようやく動き出した金融機関の巨額報酬規制だが、これが適用されるのは幹部クラス以上に限られる。株式で支給されるボーナスは、公的資金を返済するまで換金できないが、基本的にはこれまで通りに支払うことができる。また、一般社員への報酬は規制がかからない。

そして、いまだに高水準の給与を維持している。ニューヨーク市に住む金融関係者が受け取った2008年のボーナスは総額184億ドルで、1人当たり11万2000ドルにも達する。一般社員のボーナスは野放しでいいのだろうか?「何を言い出すの!私の年収って4割はボーナスなのよ。人の年収を、いきなり4割もカットするなんて、フェアじゃないわ」ウォール街を闊歩していた大手金融機関の女性アナリストは、そう語気を強めた。「金融マンが巨額のチップを払うから、世間が潤っていることを、忘れてもらっちゃ困る」そんな理屈すらウォール街では、「常識」として語られる。果たして、彼らの常識はこれからも通じるのだろうか。

メリルの会計を担当していたあるコンサルタントは、ウォール街のカネの流れを見続けてきた。そして、こう結論づけた。「彼らは例外なく、オフィスを超豪華にして、高級レストランで客を接待する。カネをぼろ儲けしていることを見せつければ、客も安心して資産運用を任せるからだ。それが彼らのビジネスモデルというわけさ」それを人々は、「虚業」と呼ぶ。そして、豪華な生活が続かなくなっていくとともに、ビジネスモデルは静かに産業史の舞台から消えていくに違いない。

おかねのこねた : 豊かで、健康で、活動的な、人生のために (春山昇華) : こんな事があったという記録 : 腐った根性

この話を読んでいると、なんともいえない気分になります。「当然」に感じていることって、人によりけりなんだよなって。赤字の部分なんて、普通の人が話していれば、「確かに・・・」と納得しそうになりますが、これが何千万も年収がある金融関係の人の話だと思うと、「バカかな、こいつは。」となってしまう。ただ、当人の生活水準からすると、「あれもできなくなるし、これもできなくなる・・・私が日々やってたことは、4割できなくなってしまう」と言うことですよね。それが、ヨットを持つことや、別荘を持つことであっても「自分にとって、コレは日常」と思っていることができなければ、それは、同じような不快感があるはず。

普通の感覚

普通の感覚ってどの程度の有効範囲があるんだろう。こないだの梅田さんの話で、「僕はこういう人間から」というキーワードがインタビューで沢山出てきたけれど、それはその人にとって「普通」という話。そして、年収数千万の4割カットの人の「普通」ってのもそう。僕にとっての普通もありますよ、そりゃ。晩酌をすることもそうだし、夜中まで起きてることも。

こうしてみていると、いかに「普通」という言葉が了見の狭い言葉なんだろうっておもいますよね。「普通・・・」と接頭語をつけてしまえば、民主的に聞こえる。多数意見の代弁に聞こえてしまう。以外と、「普通」と言う言葉は事故を限定する言葉なのかもしれない。不思議なのは、「僕はそう思う、普通はどうか知らないけど」という言葉も、了見が狭く聞こえる。こっちのほうが潔いかもしれないけど、時と場合で、与える印象はとても違ってくる。

上記の引用でも、「虚業」と言われながらも、お客さんもその世界を当てにしてくると言うくだりがありますが、結局は人間なんて、そんなモンだってコトなのかしら。

誰のためにどこで何の話をしていて、自分は誰のどの話を聞いているのか。

こういう感性の違いを埋めることが良いと思われる場合と、そうでない場合がある。そんなことより、自己を限定して押し通すことが必要だという場面と、誰が何かのために話をしているときは、自分もその話を聞いてみるべきと言う場合と。

でも往々にして話を聞かない人は、何をしても短命だと思います。

そして、「普通・・・」と言う人ほど、私は信用していないという自分の基準を最近気がつき始めた。たとえそれが確かに世間一般の価値観を代弁していることであっても、相手に伝える際に、「普通・・・」と始めるのは、相手を限定使用としているんですね。同じことをされると、非常につまらない気分になるし、そういう相手がつまらない人に見えてくる。

・・・と、まぁ、こういうことを言っている私もそういう価値観に縛られているのかもしれないんですがね。しかしながら、それであっても、人の話を聞いて、自分の世界を広げたいと思うスタンスは大切にしたいです。

2008-08-27

皆が考えること

ウォーレン・バフェット氏の投資先について、自分のもうひとつのブログで何となく書き連ねておりました。バフェット氏は、人間の営みに絡んだ銘柄選択をしている気がする、と。「きっと、これからも皆これをやるだろう」っていう銘柄ね。そんな中、以下の2つのエントリに反応。

最近やたらとアップルが成功しているのは、やはり「マーケティングの天才」であるスティーブ・ジョブズがトップにいるから。iPhoneには加速度センサーやマルチタッチなどの最新の技術が使われてはいるが、そこに惑わされてはいけない。iPhoneが「業界全体を揺るがせるほどのインパクト」を持っているのは、とことんにまで使う人の満足度を高めるために綿密に設計された「消費者指向」のもの作り・マーケティングの結果であるから

Life is beautiful: なぜ「iPhoneキラー」がことごとく失敗するのか

中島さんのブログでは、PhotoShareのこともあるから、iPhoneネタが多いのですよね。まぁ、それは良いんだけど、ジョブス氏の観点についての記述に反応しました。やっぱり、この人も「みんな、これをやりたいよね?」ってことを先取りしていた。皆のやっていることを否定したりしないで、「みんながやりたいこと、みんながするだろうこと」を製品という形で提案している。

最後にもうひとつ。

そして、大衆に支持されないものは長続きしない。

よく考えるとこれって当たり前のことで大衆とは社会そのものであり、僕たちひとりひとりが社会とのつながりの中でしか生きていけないことを考えると、大衆の反感を買うようなものは消えていくしかないと言うことです。

金融日記:人生は三歩進んだら二歩下がろう

このブログもよく拝見させていただいております。藤原さんのブログですが、素直にうなずける内容が多い。このエントリでは、人生の勝者、どうあれば幸せなんだろう・・・みたいなことを書いているのですが、そんな中で書かれていた内容。「みんながかんがえていること」を無視しちゃダメだよ、ってことだね。この文章の前に、「大衆を甘く見ちゃダメだ。案外正しいものです」と言うような話が書いてある。才能あふれ財力にあふれ・・・って人は、とかく大衆を否定して世捨て人になりがち、という話。これは往々にしてある話ですよね。

皆が考えていること

皆が考えていること、皆の方向性ってのは、「正しさ」や「間違い」で図られるものではなくって、事実として否が応でも目の前に横たわる現実なんだよね。ウォーレン・バフェット氏はコカ・コーラのあるべき姿に投資しているのではなく、「世界中の皆が無視できない」物だという点に着目したのかもしれない。スティーブ・ジョブス氏は、iPhoneを通じて携帯電話ってどうあるべきか・・・ってより、「皆がほしいのは、こんな携帯じゃない?」っていう提案活動をしているのかもしれない。皆が考えていることが正しいのではなく、何かをしようと思えば、皆の意見を無視できない、という当たり前で常識的な発想が大切なんだなって思いました。

そういう意味では、先日、日経にのっていた記事についての自己エントリ(id:soulram:20080825)はやっぱり考えさせられます。

2008-06-29

呪いについて

最近id:mkusunokさんのブログを購読しています。面白い方だなぁとおもいます。蟹工船、スミマセン、私は高校生の頃は読んでいませんでした。

で、その蟹工船・・・の話ではなくて、そのエントリに出てくるアキバ通り魔事件の件に一言さらりと。

母親が息子に対して「勉強しないと大変なことになる」って脅している原体験が尾を引いているところがある。あれは一種の呪いなんだろうか。

誰が蟹工船を買っているのか - 雑種路線でいこう

呪いでしょうね。昔、どの本か忘れましたが、「女性は皆呪われている」という文章がありました。女性は幼少時の原体験を想起しやすいらしいです。最近、ちょっときっかけがあってPTSDとかパニック障害とかを調べる機会がありました。男女ともに、子供の頃に強烈なストレスを受けると、その後の人生にそのストレスが影響しやすいのは証明済みみたい。

結局、記憶の作られ方らしいのですが、子供のほうが臨場感や映像など思い出して、ホメオスタシスが反応しやすい記憶を持ちやすい。だから、怖い映画を見れば寝れなくなるし、好きな食べ物はいつまでも食べている。大人になると、言葉を覚えるようになるので記憶は実際あいまいになる。要するに、言葉で出来事の分類をして、意味づけして、抽象的に記憶するようになる。そして、それがバッファになるから良くも悪くも、これがあるおかげで刺激が低くなるんだろうね。

例の加藤容疑者は、母親の亡霊と呪いを背負っていたんだろうね。もちろんいっておきますが、これが彼の行為を正当化したり弁護したりする論拠なんて、まったく持ってなりませんが、状況を理解するうえでのひとつの考え方として、ね。

人間は呪われている

彼は幼少期の記憶に呪われていたのかもしれません。それでも、人間はみんな呪われているんです。大体、過去に呪われている。呪いを解こうとして、たくさんのことを経験しているんだと思うな。その呪いに飲まれていると、「フォースの暗黒面」に引きずりこまれるかのごとく、自分の欲望をコントロールできなくなって、挙句の果てに行き着いてしまうのではないかな。

人間過去に呪われているんだなぁ・・・と思ったのと同時に、呪いはアルコール中毒やニコチン中毒のようなものかもかもとも思います。要するに完治するものではなく、付き合っていくもの

蟹工船・党生活者 (新潮文庫)

蟹工船・党生活者 (新潮文庫)