朴の日記

2006-08-21 ソーシャルニュース(ニュース2.0) このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

今日はニュースの未来がどんな形態で発展して行くかについての簡単な見解を述べようと思う。ITの発展でバンク(店舗)は消えてもバンキングは続くように、未来にもニュースはニュースとして続くはずなのだ。                           

ただ、ニュースを盛り込む器には変化が起きるはずなので、今日はそのニュースの器の未来(ニュース2.0(ソーシャルニュース))に関する話をしてみようと思う。

今年3月15日、日本語版のニュースウィークには「ブログは新聞を殺すのか-アメリカ最新現地リポート、メディアの未来」という特集記事が上げられた。

その記事には「ブログの市民ジャナーリズムが既存巨大メディアの力をどう奪っているのか」、「既存大型メディアの戦略は何か」などの問題に関する内容があった。その内容を要約してみると下記のようになる。

既存新聞メディアの力は基本的に2ヶ所から発せられている。

一つは流通チャンネルであり、他の一つは情報源泉に接近することができる接近権限である。ところが、その力の基が深刻に弱くなっている。

先に崩れたのが流通チャンネルの崩壊である。

全国的な規模のネットワークを持っている大手新聞社らは、新聞取次店を基に自分たちが生産した情報を、どこへでも一日で送ることができる強力な影響力を持っている。たが、インターネットの登場以降、その影響力は崩れつつある。

                                   

大型ポータルサイトのニュースが全国新聞より更に多くの購読者数を保有するようになった。                

勿論、ここで言っている購読者数というのは毎月購読料を出しているという意味ではなくて純粋な意味の「アイボール(Eyeball)」を意味する。

ニュースウィークによるとアメリカ日刊紙の発刊部数は、1985年の6,277万部(一日当り)をピークに下がりつつある。

2004年には5,463万まで減り、20年の間に13%が減った。新聞自体の数は30年の間に17%が減った。

                               

それだけではなくリストラの嵐も起こっている。代表的なニュース会社であるニューヨークタイムズは昨年5月、200人の早期希望退職者を募募り、

9月には記者など45人を含む500人のリストラを発表した。国内の資料は確認していないが、流れとしてはアメリカの状況と大きな違いはないだろうと予想される。次は情報源泉に対する接近権限の弱化である。昨年3月、ワシントンでは小さな騒動があった。

                                                

ワシントン地域のメディア活動を報じる「フィッシ−ボルDC」というブログを運営するブロガー「ゲロッグラフ」が、初めてホワイトハウスの定例記者会見に出席を認められた事件である。ブロガーが大手メディア会社の記者らと肩を並べた画期的な日だった。

           

特殊な事例ではなくても、ブログを通した様々な事件事故報道は既に溢れている。

もう一歩を踏み込んで、大手メディア会社らが逃したり、誤ったりした報道を、ブログが訂正して報じることも頻繁に起きている。

アメリカの場合、CBSが04年9月にブッシュ大統領軍隊履歴の疑惑を報じたときには、その証拠とされたメモが偽造されたこと等をブロガーたちが証明し、

CBSの看板キャスターが責任を負わされて辞任した事件も発生した。

もちろん、既存メディアの記者らが作成するニュースの質と、アマチュアたちが自分のブログに上げる記事の質を比べてはいけないが、

上記の事件のようにブログのような新しいCGM(インターネットなどを活用して消費者が内容を生成していくメディア

個人の情報発信をデータベース化、メディア化したWebサイトで、Web 2.0的なもののひとつとされる)

の登場によって、情報源泉に対する接近権限に大きな反響が寄せられている。 

ニュースウィークの記事にも書かれているとおり、ブログやポータルのニュースサイトと紙媒体の代表である新聞が激しく対立する状況のなかで、

ニュースを盛り込む器がどう進化して行くのかを考えることはかなり興味深い話であると思う。

下の図はオンラインジャナーリズムを区分するための図であり、左側はConcentration Editorial Content軸として

ジャーナリスト達によって作成/編集されたコンテンツたちが主になる軸、右側はConcentration Public Connectivity軸として形式的な障壁が無く、編集においてあらゆる仲介過程の無い自分の考えを交わせる高い自由度が特徴の軸である。

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垂直軸は使用者参与度を意味しており、Closed Participatory Communication(閉鎖型コミュニケーション)は使用者参与が一部で可能だが、

編集権者の主観によって統制される程度が高い軸であり、Open Participatory Communication(開放型コミュニケーション)はそのような統制が無い状態に近いことを言う。上記のグラフの左上面に近接しているメインニュースサイトは、で朝日、読売日経BP、ITメディアなどの私たちがよく知っている新聞や、放送局で運営するサイトである。メインストリーム系のニュースサイトはリンクを盛り込んでいるが、主に自社のネットワークの中に存在するリンクのみがその対象で、読者との関係を果敢な接近よりは実験的に接近する傾向を持っている。

次のインデックス&カテゴリサイトは主にポータルサイトのニュースセクションに当該する。

ウェブ全般に渡ってリンクが掛かっているため、独自的なニュースチームによる編集というよりは、メインストリームの外部ニュースを載せて自分のBBSと連結したり、読者からコメントをつけてもらったりする形態を取る。

メタ&コメントサイトにはfreedomforum.orgやmediachannel.orgのようなサイトが当該する。

                                               

ジャーナリストが主な読者であるこのようなサイトは、ニュースを素材に語る'journalism about journalism'と言える。

ここでは独自的な編集者がおり、提携するグループより記事をもらう形態を取る。

シェアー&ディスカッションサイトはニュースよりもニュースに対する人々の反応にもっと重点を置く形態を取る。

代表的なサイトにはSlashdotなどがあり、最近急成長している Digg.com、Reddit.comなどがこれに属する。

ところが、SlashdotDigg.comはまた少し違う。 Slashdotは確かにオープン型の読者参与メディアなのは明らかだが、編集者がニュースの重要性をコントロールする。

読者ランキングなどを部分的に導入しているが、記事の重要度を決定する権限をDiggRedditのように全的に使用者に任せていない。

最近ブログなどで言われている「ニュース2.0」とは、上記の4つのカテゴリの中でシェアー&ディスカッションサイトに当該すると思われる。

簡単に説明すると、ニュースそのものよりはニュースを流通させる仕方において「集団的なより好み(集団知の一つ)」を積極的に仕組みの中に取り組んで活用し、

それを一つのアルゴリズムとして強化する新たなニュースプラットポームをいう言葉である。

代表的な「ニュース2.0」サイトと呼ばれている「Topix」の場合には「NewsRank」という独自のアルゴリズムを使っている。

                                                      

当然、Topixサイトでも詳しい説明は避けられているが、ニュースの時間性、注目性などを適切に混合してニュースの人気順位やニュース記事の関連性を

調節する技術と考えられる。

シェアー&ディスカッションサイトと分類されるニュース2.0(ソーシャルニュース)と名付けられるサイトには下記の2つの流れがある。

1. ニュース記事の原本は編集できず、各ニュースに記事に対する読者の「集合的なより好み(Collective Preference)」を盛り込んで各ニュース記事についての考えを

共有できるミディアムを提供する流れがその一つである。

ところが、ここでの集合的なより好みが本当に多数の読者の選好を公正に反映しているかどうかが大事な問題である。

様々なニュース記事が適切な時間に流通されているかも大事である。

いくつかの記事に読者の関心が集中しすぎ、むしろ集合的なより好みを歪曲する結果をもたらすことになったらいけない。

国内のサイトとしてよい例えになるサイトには

-www.choix.jp (2006年7月11日)

-www.newsing.jp (2006年7月27日)

-c.moongift.jpなどがある。

2. ニュース原本を共同で作成するオープンソースジャナーリズムもその一つの流れである。

オープンソースジャーナリズムとは、使用者らから批評を吸収して元記事を修正したあと、または掲載する形態で記事を作成するものである。

1999年にJane's Intelligence Reviewという雑誌が、Slashdotの読者よりある記事に対する批評を受けてから、その記事を後で修正し、

ネット上で送出する実験をしたことがある。 最近のウィキ空間はオープンソースジャナーリズムと概念的に似ていると思われる。

一人が自分の考えを引き出し、ておいて他の人がそれを充足したり、発展させたりして行く形態の書き込みが多くなりながら一つの文章の塊が作られる。

それとともに、歴史的な事実が一つの脈絡を持つ形態を取るようになれば、とても魅力があるメディアに発展すると予想される。

しかし、このタイプのサイトにも編集を支援する組織が必ず必要である。そしてその編集部の能力に左右される確率が大きい。