齋藤正彦著,線型代数入門,東京大学出版会(1966)

線型代数入門 (基礎数学1)

線型代数入門 (基礎数学1)

本書は、前回紹介した「アントンのやさしい線型代数」を学んだ後に読み始めた本格的な線型代数の書物であり、筆者の線型代数の基本的な概念は本書によるところが大きい。つまり線型代数の書物の中で一番長く格闘した書物である。もちろん、本書を理解するうえでは、アントンのやさしい線型代数で学んだところが大きい。ともかく通常の人には、一冊の本で学ぶのは難しく、飛ばし読みや何冊かを併読しながら、これぞという一冊を仕上げるというのが良いように感じる。

さて、書評に入ろう。前回と同様に

1.計量のタイミング
2.行列式の導入
3.連立方程式線型空間どちらが先か
4.数値計算を考慮した構成になっているか
5.抽象か具体か(理学か工学か)

という観点から眺めてみよう。

まず、正規直交基底を前提とする平面ベクトルと空間ベクトルについて概観する。2次正方行列の行列式を多重線型写像の観点からも述べたりと面白いが、紙面の都合もあるのか中途半端な巻が否めない。まぁ、これは前説だから仕方がないか。

第2章行列では公理的に行列の演算が定義され、その後に線型写像との関係が提示される。写像と行列のフォントは変えたほうがわかりやすいなぁ。そして基本変形とランクの説明があるが、この時点で普通の人は脱落しそうだ。これらを定義したのち、連立一次方程式について考える。連立一次方程式をまず、ランク標準形から捉えるという基本姿勢はアントンと同じであるが、連立方程式の同値変形から行列の基本変形が導かれるというスタンスなのに比べて、齋藤正彦の場合は公理的に基本変形を定義しておき、それが連立方程式で威力を発揮するというスタンスになっている。いずれにせよ、アフィン空間論とのつながりを意識した構成となっている。そして行列の名称を定義するためにベクトルの内積についても言及し、合同変換群等やアフィン変換群に言及して2章を終えている。

第3章は行列式である。置換により行列式を定義して、それが多重線型性をみたすことを示す。その後小行列式を用いて行列式を展開し逆行列やクラメルの公式へと導く。

ここまででわかるように、各章でなるべく完結し、ひとつの山場へと向かって執筆されている。齋藤正彦の見た目や語り口は柔らかそうなのだが、太い芯が通っている書物である。

第4章でようやく線型空間が定義される。第4章は集合と写像から述べられる。同値類を意識させるのが目的である。なぜなら線型写像において、同型写像を定義する際に必要となるからである。これにより線型空間は数ベクトル空間への同型写像を考えることにより、次元が定義されるのである。なお、この同値類という考え方は固有値固有ベクトルジョルダン標準形においても重要な考え方である。

その後、線型部分空間、部分空間の交わり、部分空間の和を定義し、線型変換と表現行列のランクの関係、計量線型空間、シュミットの直交化法、計量同型と進んで章を閉じる。

第5章は固有値固有ベクトル。固有空間、固有方程式、正規変換、射影子、スペクトル分解、極分解、対称変換と一通り説明して二次曲線と二次曲面の分類を行う。さらに直交変換と3次元空間の回転行列について述べる。3次元回転行列についてはオイラー角表示のみ扱っている。工学的にはロドリグの公式も触れてほしいところだが、、、。

第6章は単因子とジョルダン標準形。まぁ普通か。

第7章はベクトルと行列の解析的扱いと称して行列値関数の微分や行列の冪級数について述べ、固有値の評価をする際に重要となるペロン・フロベニウスの定理について述べる。

附録には、多項式代数学の基本定理ユークリッド幾何学の公理、群および体の公理について述べてある。

計量のタイミングは随所に登場する。これはこれでありだな。

行列式の導入は置換から。n次元体積は附録に回されている。

連立方程式線型空間では連立方程式が先。あまり関連性は意識していない書き方。

数値計算は考慮されていない。この辺は、むしろ姉妹書である
齋藤正彦著,線型代数演習,東京大学出版会(1985)に詳しい。

線型代数演習 (基礎数学 (4))

線型代数演習 (基礎数学 (4))

理学か工学かと問われれば、本書は理学である。線型変換は群をなし、線型変換は同値類を用いて分類され、その代表元はジョルダン標準形であるというのが大きな流れだからだ。