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2009-01-04 地球公論11

労働運動から文学研究へ   田野新一


誤解をおそれずに言えば、わたしは文学研究のために労働運動をやっている。その逆ではない。
わたしがそれを言うのはなにも、文学は政治のための手段ではなく文学そのもののためとか、ただ趣味や芸術的な関心のために存在するなどというつもりではないのはもちろんのこと、たとえばフリーター労組が『綱領』でかかげるような均等待遇や国際平和や民主的世界を志し向かうことにかけて、文学というアプローチはその他のあらゆる終わりない過程よりも下位にあるわけではないのだということを、殊更に強調したいためばかりでもない。
前者は、趣味は中立であると信じ現状に心地よく従属できる者たちのマスターベーション、あるいは滅びゆく階級の、現実から目を背けるがための自己暗示にすぎない。合掌。――もちろんまさにそのようなふるまい自体は、チェーホフ的な意味で、文学的でないこともない、…滅び行くものが美しいかどうかの議論はひとまず措くとして。一方で、おそらくは人それぞれの領野での政治があり、文学(あるいは文学研究)という営みそのものにいずれのイデオロギーに寄与するのかが懸けられていると自覚する、つまりは文学(研究)の自律性と政治性を同時に担保する後者の立場にも、大きな罠がある。いや、これはわたしの経験論だ。
まちがいないのは文学研究は社会運動を必要としていることであり、わたしにとって主体的な急務はフリーターの労働運動だったということ。
とはいえわたしもこんな言葉に傾倒してきた。文学研究のモチベーションをこれによって作ってきたと言っていい。フランスの哲学者アルチュセールの、『マルクスのために』の序説から。
「当時[戦前戦中――田野注]、党に入ってきた小ブルジョア出身の知識人たちが、みずから負っていると考えた、プロレタリアに生まれなかったという想像上の〈負債〉を、政治的行動主義ではないにしても、ともかく純粋な行動によって返済する義務があると感じたというのもまた、わが国の社会史の一特徴である。(中略)もっと若いわれわれの仲間が、この〈負債〉からまぬかれているように見えるのは、おそらく時が味方しているからだろうが、彼らはおそらく別の仕方で支払うだろう。」
アルチュセールが意図したのはたぶん、レジスタンス以後の一時代、教条主義化していくフランス共産党への内部批判としての理論的介入。しかし、かれが以後の思索においても追及し実践しつづけた「別の仕方」での政治とは、すなわち「イデオロギーにおける階級闘争」とは、さきほどの後者の立場の根拠となり、そのことでときに〈負債〉を抱える者たちをして、あたかも〈負債〉など存在しないかのごとく学問や趣味に専念することを正当化するばかりか、それをもって、多くは研究“対象”の政治的な立場をもって、理論や言論における政治であるなどと嘯(うそぶ)かせしめる、という罠をも用意するものだった。かくして「文学のための文学」と「文学における政治」との差異は主要な差異であることを辞めるに到るのである。
ただしわたしは、アカデミックな環境であれ、テクストの生産に従事する学者または著述家たちの、労働者性までをも否定するものではない。しかしながら、街頭で国家の暴力装置がその暴力と恣意をますます乱発し、仲間が不当な抑圧と弾圧とを被りつづける現在、国家のイデオロギー装置を批判する文化的な実践がいったい何に立脚し何処をめざすのか、対決すべき相手は誰なのか、まずもって現実の抑圧と弾圧とたたかうなかで問わねばならない。「鞭に対してあげられた悲鳴が鞭を鞭としていることを示すものであり、鞭に対する批判の第一声」(中野重治)。古い言葉だが時おり思い出す。
繰り返すが、文学研究は社会運動を必要としている。
第一に、文学が文学としてもっとも輝くのは、社会のなかでわたしたちが突き当たる現実の問題に常識とは別の認識の回路を示し、かつその認識を持って現実の社会に読者を差し戻せた時であるし、第二に、しかし、問題に突き当たるといっても、それに社会運動のなかで取り組み、乗り越える可能性を試行錯誤してきたのでなければ、文学が現実とどう向き合うべきかなどわかろうはずがないからだ。
執行委員として組合の活動をすべきわたしが、文学研究のためにとか言っていたら不味いだろうか。しかし、そこはそれ、必ずしもそうではないところにフリーター労組の真骨頂が現れつつあるとわたしは思う。2008年度定期大会では、「狭義の「労働運動」にとどまらない、平和問題や格差問題、言論出版活動や生存を支えあう活動にも取り組む」との方針を採択し、各種学習会やワークショップの企画と呼びかけ、大きいイベントでは「反戦と抵抗のフェスタ」実行委に積極的に参加することを決議していて、広い意味での文化と言論を、活動の基軸のひとつに打ち出している。
そして、もとより組合『規約』第6条(平等の原則)がある。いわく、「何人も、人種、国籍、信条、宗教、性別、門地、身分または職業上の地位、その他のいかなる場合においても組合員たる資格を奪われることなく組合のすべての問題に参与し、平等の取り扱いを受ける権利を有する」。言いたいことがあったら公開の場でばんばん言おう。

【巻頭】 「労働運動から文学研究へ」 田野新一
【読物】 「ワーキングプアの条件」 清水貴子
「労働者のための教養講座 第5回」 シライシミチタ
「ルンペンプロレタリアートは階級上昇の夢を見るか?」 戦闘的ゴジラ主義者
「ぼくの道 第1回「泥流」」 三浦仁士
【声明】 「不当逮捕弾劾声明」 麻生でてこい!!リアリティツアー救援会

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