spinflopの日記

中堅マンション管理及びマンションライフ

シックハウス症候群(思い出)

思い出、と言うか、とっても嫌な記憶なのだが、子供の頃、家を改築してひどい目に合ったと言う話。
1972年の秋、ちょうど、小学校5年生の秋に家を改築し、一部二階建てにした。工事の途中、既に、自分の具合がちょっとおかしかった記憶がある。
当時、プリント合板が未だ珍しく、切れ端を貰いに現場に近づくと、それだけで途端に気分が悪くなるのだ。
竣工後も、新しい2階に上がると頭がクラクラして目が回った。
そして、年を越して落ち着くかと思いきや、翌年の真夏には、ついに家の中どこにいても具合が悪い状態になった。かかりつけの小児科に行っても、自家中毒だと診断されてしまう。
それもそのはずで、子どものころは毎年必ず一回は自家中毒で具合が悪くなり、小児科を受診してデカい静脈注射を1本されて帰って来ていたのだ。終いには医者に「もう小学校も高学年になって、大きいのだから健康の自己管理をしっかり」などと言われる始末。
 
腹が立って外をぶらぶらしていると、気分が良い。安静にしていようとして、家に帰って部屋に入ると気分が悪くなる。
夏休みが終わる頃、ようやくこの症状も収まり、秋風が立つ頃にはもう、ホルムアルデヒドもすべて蒸発しつくしたのかその後は全く大丈夫になった。
当時はまだ、シックハウスなどと言う言葉もなく、何が起きているのか全く分からなかった。もし改築が春で、その年に夏を迎えていたら発生ガスはもっと多かったわけで、一体どういうことになっていたか、思い出すたびに怖くなる。


(父の想い出)メモ。
その六年後、1977年に、母親が急性白血病で亡くなり、さらに二年後には自分が家を離れて東京へ出ることになり、父親は独り暮らしになった。しばらくは孤軍で頑張っていたのだが、やはり寂しかったのであろう、1982年に再婚し、上記の家を売って、既に買ってあった土地に新居を構え、引っ越した。爾来、36年間暮らし、2018年12/23早朝に亡くなった。未明にトイレの前で吐血して、失血死したのである。死亡診断書には「上部消化管出血」となっており、検索すると、
>>胃・十二指腸潰瘍、食道・胃静脈瘤、出血性胃炎、マロリーワイス症候群、胃ガン・食道ガン、食道炎・食道潰瘍
と幅広い原因が挙げられているが、どこかで癌が進行していたのかも知れない。