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 『ダウントン・アビー』を見る前に読んでおきたいカントリーハウスと職場の解説

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2017-01-11 『小林さんちのメイドラゴン』アニメ化記念

[]『小林さんちのメイドラゴン』アニメ化記念 擬人化・人外のメイド作品考察



小林さんちのメイドラゴン』が京都アニメーションによってアニメ化するのを記念して、「ドラゴンが恩返しでメイドになる」という同作品以前に、どういう「人外メイド」(人ではない存在がメイド:擬人化する場合・しない場合)作品があったのかを考察しようかと思います。京アニとメイド作品についても語ることが多いので、その考察は近いうちにします。


そもそも『小林さんちのメイドラゴン』の場合、「恩返しはわかる。でも、なんでメイド?」という疑問が生じるかもしれません。これは雇用主となる小林さんがメイドマニアで、ドラゴン・トールの命を救い、行き場所がなかった彼女に対して、「うちくる?」と同居を申し出て、かつメイド姿というリクエストを出したことに由来します。


「行き場所がない人を、メイドとして預かる」「恩返し」の構造もまた日本の漫画・ラノベなどで育まれたメイド表現様式でもありますし、「雇用主がメイドマニア」という軸もまた考察の対象として面白いものなのですが、本題の「人外メイド」について簡単に触れていきます。書いてみたところ、「恩返し要素」が非常に低いですが……


※1.私がこのテキストを書くのは、メイド研究をしているからです。直近では『メイドイメージの大国ニッポン世界名作劇場・少女漫画から宮崎駿作品まで』という同人誌を作成しています。直近の考察では1990年代のCLAMP作品に見るメイドイメージを書きました。

※2.以下のテキストでは、家政婦とメイドを意図的に混同している点もあります。


原点は『鶴の恩返し』

人ではない存在が、人に姿を変えて、恩返しに来る。この構造は、日本人にはおなじみの民話『鶴の恩返し』が原点となるでしょう。当たり前すぎるこの物語構造とメイドの結びつきを教えてくれたのは、『鶴の恩返し』をモチーフにしたメイドキャラがいる作品『オオカミさんと七人の仲間たち』でした。


オオカミさんとおつう先輩の恩返し (電撃文庫)

オオカミさんとおつう先輩の恩返し (電撃文庫)



この作品はおとぎ話をモチーフにしたキャラクターたちが主役をしており、その仲間たちの中に「おつう先輩」というメイドキャラがいました。「おつう」という名は中学時代に教科書で読んだ戯曲『夕鶴』(『鶴の恩返し』に派生する『鶴女房』をベースとした作品)に由来します。恩を受けた鶴が女性・おつうに姿を変え、助けてくれた青年・与ひょうとと「女房」として暮らすこの戯曲は、『小林さんちのメイドラゴン』に重なります。


夕鶴・彦市ばなし (新潮文庫)

夕鶴・彦市ばなし (新潮文庫)



なお、『オオカミさんと七人の仲間たち』のおつう先輩は人間です。


人外メイドの系譜

人外メイドを調べていくと、「人外の存在がメイドとして働く」物語は無数にあり、人外の存在を広げれば吸血鬼や悪魔、幽霊、メイドロボ(ある意味、FSSのファティマもそうですね)も含まれます。さらに人外の系譜もいくつかあり、「本来の姿が別にあり、完全に擬人化する場合」「一部だけ要素を残す場合(メイドラゴンのトールが該当。竜の角、尻尾が残る)」、「本来の姿のまま擬人化しない場合」、「元々の設定がメイドで、種族が違うだけの場合(『魔界から来たメイドさん』)」や、「何かしらの契約・任務で、主人公より上位の存在ながらもメイドとして仕える場合(本位・不本意)」など、組み合わせは無数です。


とここまで来つつ、『小林さんちのメイドラゴン』のアニメ放送前に書いていますが、終わらなさそうなので、目に付いたところから数作品をご紹介します。猫耳に偏ってしまいましたが。


擬人化したメイド:『魔法少女猫たると

魔法少女猫たると 1 [DVD]

魔法少女猫たると 1 [DVD]


魔法少女猫たると』(2001年)は、『鋼鉄天使くるみ』や様々な作品でメイドを描いてきた介錯氏の作品です。基本的に「猫」の要素が強く、また幼い少女という点で、家事を有能にこなすというよりも、近くにいることで癒されるキャラクターとして位置づけられています。メイド服なのは「魔法少女猫」共通の設定ではなく、上記で紹介するDVDパッケージにあるように、他の猫の子たちは和服や違うデザインの洋服を着込んでいます。


なかなか解説が難しい作品なので、アニメ版公式サイトのあらすじから。

たるとは優しいご主人さま、最中庵のもとで幸せに暮らす猫ミミ少女 大好きな庵のためになんとか役に立とうと、いつも一生懸命にがんばっている。 そんなたると達が丘科町に引っ越して来た。たるとはその日のうちに、勝気な猫ミミ娘・シャルロッテ、着物がお似合いのまったり系 の猫ミミ娘ちとせ。モモンガの少年・柿ピーと知り合う。 そして、はじめて「キンカ族の姫猫風説」を聞かされ、自分がその姫に違いないと思い込んでしまうのだった。それには幾つかの根拠があった。たるとは赤ん坊の頃に捨てられていたと云う事、そして何よりチョッピリだが魔法が使えると云う事実。

その日を境に、たるとは一念発起!いずれお城からお迎えが来た時に姫に恥じない「大魔法使い」になろうと魔法修行に頑張るのだった。それは、同時に大好きな庵ともいつかは離ればなれになる事を意味していた。たるとは恋と大儀に引き裂かれ、小さな胸をいためるのだった。

http://www.e-tnk.net/anime/anime_taruto.html


『天然家族みにっつめいど』

天然家族みにっつめいど 1 (バーズコミックス)

天然家族みにっつめいど 1 (バーズコミックス)


孤独な小学生・あきはの前に現れた謎の猫耳メイドさん・たま。亡くなった父に仕えていたという彼女はなんとも風変わりで!?

というあらすじのこの作品、謎の猫耳メイド・表紙を飾るのが「たま」です。小学生の秋葉原あきはの父は天才科学者ですが事故で行方不明となり、父に仕えていたというたまがやってきます。このたまは、猫の遺伝子を組み込まれた人造人間という点で、人外メイドとして位置づけられるものとなります。


『ミケさんは役に立たない!?』


『ミケさんは役に立たない!?』(2016年)は、一人暮らしをする高校生・大山真人のもとにやってきた家政婦のミケさんが家事をせず、働かないという導入です。名前が明示するように、ミケさんは元ネコです。亡くなった母はあの世で息子を心配し、その悩みを解消しようと神が遣わしたのが、ネコのミケでした。ただ、ネコのミケは元々が凶暴だったため、メイドになっても働かず、態度も大きく、家事をする能力も持たないため、大山真人の方がミケさんの世話をする状況に陥る「逆転」が生じています。

公式サイトあらすじは以下の通りです。

「幼いときに母を亡くした大山真人。高校入学を機に親戚の元を離れ一人暮らしを始めることに! そんなとき、真人の生活を助けるため派遣されたという家政婦のミケがやって来る。しかし、家事をしないどころか、毎日ぐーたらしてばかりで…。怪しい家政婦と男子高校生のご奉仕コメディ。はじまりはじまり!」

http://www.takeshobo.co.jp/book_d/shohin/2057401


猫耳娘『まかないこむすめ』


こうした働かないネコ設定に対して、『まかないこむすめ』(2008年)は働く家政婦として描かれています。


こんにちは! 家政婦の山中千恵子です。 ミミっ娘家政婦・山中千恵子。希望とヤル気を胸に訪れた新しい勤め先は、女流作家・柳沢さなえ先生のお宅---だったはずだけど、「家政婦なんて頼んでない」とすげなく断られてしまい・・・!? まったりほのぼの家政婦コメディ、待望の第1巻。

http://www.hmv.co.jp/en/artist_%E5%B0%8F%E8%B0%B7%E3%81%82%E3%81%9F%E3%82%8B_000000000400947/item_%E3%81%BE%E3%81%8B%E3%81%AA%E3%81%84%E3%81%93%E3%82%80%E3%81%99%E3%82%81-1_2773086

取り寄せ中なので内容未確認ですが、しっかりと家事を行うものの、なぜ「猫耳」なのかの設定はよくわかりません。


なお、801ちゃんがまかないこむすめ(2009年)にイラスト付きでポストしていたので、紹介しておきます。


有能な「家政婦」としての動物

「恩返し」というところから外れてしまいつつありますが、有能で「猫」設定を維持したキャラクターの作品もあります。それが『きょうの猫村さん』(ほしよりこ、マガジンハウス)です。


二足歩行直立・『きょうの猫村さん

きょうの猫村さん 1

きょうの猫村さん 1



2003年にウェブ漫画としてスタートしたこの作品、二本足で歩いて人語を話す猫の猫村さんが、「二丁目のお屋敷で飼い猫だったんですけど、主人とそりが合わなくて」家を出たい、どうしても働きたいと、家政婦紹介所を訪れます。いぶかしむ所長に対して、猫村さんはエプロンをつけ、家事スキルを披露します。


『フレッドウォード氏のアヒル』

さて、こうした「動物の姿のまま家事をする作品」は稀有に思える中、たまたま1990年代のメイド作品・家政婦作品を調べている中で出会った奇跡のような作品が1990年代に発表されている『フレッドウォード氏のアヒル』です。表紙の絵からは想像ができませんが……




作品概要は、あらすじをまず読んでいただくのが良いと思います。

敬愛するコナン・ドイルを逆読みにしたペンネームの小説家、エリオド・ナノク。サスペンス小説を書くのに疲れた彼が、都会の喧噪から逃れ、何もない田舎町へと引っ越してひと月が経ったある日、依頼していた住み込みの家政婦がやって来る。だが、家政婦とはなんとアヒルで!? ローズマリーと名乗る彼女は、料理が得意な気の利くアヒルで、自分は人間と同じように、なんでもできる特別な一族だと言うが…!?


きょうの猫村さん』同様に、このアヒルは有能な家事スキルを持ち、主人である小説家の家政を支えていきます。個人的に「アヒルで大丈夫なのか」と思うものの、よく考えると、我々は「ドナルド・ダック」というアヒルキャラクターを知っているので、問題はないかもしれません。


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『フレッドウォード氏のアヒル』1巻「フレッドウォード氏のアヒル」から引用



犬による育児を描いていた『ピーター・パン』

そこから思い出したのが、英国のジェームズ・バリによる『ピーター・パン』(20世紀初頭)です。この作品では、ウェンディの家はメイドを雇うお金が無く、犬の「ナナ」が幼い子供の面倒を見ているのです。ディズニーによる映画化の際、このナナは、頭にメイドがつけるヘッドドレスをつけた姿で描かれており、Amazonで見つけた並行輸入品の置物では「Faithful Nursemaid」(忠実なナースメイド)と名付けられています。




うる星やつら』で『鶴の恩返し』とメイドの融合

ここまで「恩返し要素」が皆無な展開でしたが、このテキストを書こうと思ったのは、最近『うる星やつら』で「動物による恩返し」「メイド」の両立をした話、「PRT.19 タヌキが"ツルの恩返し”」(『うる星やつら』ワイド版6巻、1982年に発表された作品)を見つけたからです。


この物語では、鶴がタヌキ用の罠にかかっていたところ、たまたま自転車で通りがかった諸星あたるが救出し、「恩返ししろよ〜」と声をかけて、立ち去ります。ところがこの鶴はタヌキが化けたもので、タヌキはそのままあたるの背中に貼り付き、家についてきます。そして、本人としては「メイド」に化けて、風呂に入るあたるの背中を流す恩返しをしようとするのです。


この時、タヌキは「新しいハウスメイドのO島です」と、メイドを名乗っています。


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うる星やつら』ワイド版6巻「PRT.19 タヌキが"ツルの恩返し”」P.312から引用




そもそも、『うる星やつら』は面堂家がお金持ちなのでメイドが出てきそうなものですが、黒服サングラスの男性付き人がメインで、唯一、屋敷の中で「メイド」という言及が出てきた時は御正月で和服だったため、『うる星やつら』のメイド成分は、このタヌキのみです。デザイン的にはラムの幼馴染「ランちゃん」がフリル付きのエプロンをつけているので、そちらの要素も重要になりますが。


超越的な力を持つメイド

最後に、『小林さんちのメイドラゴン』で描かれるような、「なんでメイドをしているの?」と思える存在がメイドを務める作品を、2つご紹介します。


うちのメイドは不定形』 from クトゥルー神話

うちのメイドは不定形

うちのメイドは不定形



うちのメイドは不定形』(2010年)は、クトゥルー神話研究の第一人者にして、メイド作品も熟知される森瀬繚氏が設定原案を担当するライトノベルです。日本人はなんでも萌え化を進めますが、クトゥルー神話神話もその例外ではありません。こちらもあらすじがユニークにて……


ある日トオルのもとに、家を出ていったきり戻らない自称・探検家の父親から大きな荷物が届けられた。

クール便で届いた南極発の荷物には、玉虫色の塊と「お湯で3分戻す」とのメモ。

怪しみながらトオルが風呂で温めると……なんとメイドさんが現れた!

手紙には「南極の古代遺跡で発見したメイドだ。おまえたちの世話を頼んである。あとはよろしく」とある。

一生懸命トオルに奉仕するメイドさんであったが、彼女に現代日本の常識などは通用しない。

トラブル続きの毎日を送っていたトオルに、謎の魔の手が……!


メイドであるテケリさんは人間文化に疎いものの、家事についても有能で、不定形であることを活用した触手やちびテケリさんとして分裂することで手を増やすなど、メイドの仕事に励みます。


悪魔もメイドに 『るくるく』


『るくるく』(2003年)はあさりよしとお氏の作品で、氏が描くので、ただのメイド漫画であるはずがありません。こちらも人間を超えた存在である「地獄の姫」「悪魔」が家に住み込み、主人公の中学生の世話をする話ですが、家事万能とはいかず、様々な失敗が生じます。


中学生・鈴木六文(ろくもん)の家に突然居候を始めた地獄の姫・瑠玖羽(通称・るく)と上級悪魔・ブブ。彼等の目的は人間界の“世直し”だという。更に悪魔を監視するために現れた天使ヨフィエルとルミエルが介入し、鈴木家はいつも大騒ぎ!?

この作品でメイドを務める世間知らずの「るく」が人間の文化に接している様子は、非常にかわいらしく描かれています。こっそり踊ることもあります。個人的に好きなシーンは、るくが文化祭の模擬店で、メイド喫茶のようなメイド服を着せられるところです。普段着ている服とは別に、装飾度が高いメイド服に描きわけられています(4巻P.104)。


メイド作品の鉄板である「メイド服を着た家事をするメイド」と、主人公が学生の場合、「学校の文化祭またはアルバイトでもメイド喫茶訪問」 での「メイド喫茶回」がこの作品には含まれていますし、『小林さんちのメイドラゴン』でもこの描写は出てくるものです。


終わりに

初めてテキスト化する箇所も多く整理しきれませんでしたが、『小林さんちのメイドラゴン』は、ここ20年以上のメイドコンテンツ(メイドが出た作品)を積み重ねてきた日本からしか生まれないと思えるメイド作品なので、ぜひ、楽しみましょう。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


メイドバンザイ。


余談:擬人化作品のメイド展開はいかに?

唐突に、国を擬人化した作品『ヘタリア』でメイド回があったのを思い出しました。これも擬人化?


2016年01月04日5号[133話]ヘタリア World☆Starsから、138話まで。


関連するメイド考察

1990年代のCLAMP作品に見るメイドイメージ

2016-10-19 ヴィクトリア女王の最新ドラマ

[][][]ITV『Victoria』 2016年放送のヴィクトリア女王の最新ドラマ

Amazon UKからヴィクトリア女王の最新ドラマ『Victoria』が届いたので、1話目を視聴しました。




女王の頼るべき人

序盤は影響力争いというか、子供扱いして権限を残したい母親 Duchess of Kentと、そのKent家に取り入っているSir John Conroy、このふたりとのコミュニケーションが面白いです。失敗を願うようなコミュニケーションが多く、周囲に支えてくれる味方がいない女王は強い反発を抱き、このふたり(あと母の侍女で、Conroyとの関係が疑われたLady Flora)からのコミュニケーションを拒否し始めます。


母の影響力が強いケンジントン宮殿から、バッキンガム宮殿への引越しは、さながら平城京から平安京への遷都のようでもあります。そして、この頃のバッキンガム宮殿は四辺がある今の形ではなく、あとで増築されたというエピソードも踏まえた外観になっています。ただ、さすがにそこはCGです。バッキンガムに移り住んだ女王は、自分をサポートする側近を自分で選び、当時の首相の2代目Melbourne子爵William Lambを頼るようになり、また自分の部屋と母の部屋を遠ざけます。


年齢が離れたMelbourne子爵が女王の庇護者として、教育者として、女王の自主性を重んじつつ、自身の影響力も自覚しつつ、抑制した距離感で側に支え始めます。権力を失い始めたSir John Conroyは焦りますが、追い打ちをかけるように、女王はSir JohnとLady Floraを戴冠式に呼びません。また、Lady Floraに妊娠の疑惑の噂が広まり、身の潔白を証明するため、Lady Floraは妊娠しているか物理的な検査を医師から受けるという、残酷な仕打ちを受けます。結果、彼女の妊娠はありませんでした。


https://en.wikipedia.org/wiki/Lady_Flora_Hastings


その後、彼女は死に至り、女王もその点で責められます。なお、このLady Floraにまつわるエピソードは、 以前に見たヴィクトリア女王の映画『ヴィクトリア女王 世紀の愛』にはなかったように記憶しています。これは、先の映画が「アルバート公との恋」がテーマのすべてではないので、より丁寧に描かれているからかもしれません。また、他の映画との比較ではジュディ・デンチが女王を演じた『Mrs Brown』(使用人Brownの影響力が大きく、その夫人と揶揄された未亡人時代)までいくのかな?とも思えました。


第1話は、戴冠式を迎えたのち、執務に励む女王の姿で終わっています。


見所1:家事使用人描写が充実している!!

今回のドラマで『ダウントンアビー』の影響を強く感じるのは、階下の描写を丁寧に行っている点です。即位した女王はすぐに階下にも手を伸ばし、元ガヴァネスのLouise Lehzenに階下の統括を任せます。面白くないのは元々いたハウスキーパー(侍女)と執事ですが、逆らえずにいます。


この階下の描写がかなり充実しており、たとえばケンジントン宮殿からバッキンガム宮殿に引越しをした際は、女王を描くだけではなく、階下の使用人の引越し後の仕事も描いているのです(ここで出てきたキッチンは、Harewood Houseで撮影したような気がします)


また、家事使用人はperksという、仕事を行う上で生じる「役得」として、たとえば料理で出た肉汁、たとえばこのドラマでは使ったロウソクのあまりや、女王の使い古した手袋などを、関わる使用人がいわば売り払って現金を手にする点についても描いています。このエピソードがLouise Lehzenの目に止まり、女王に報告されてあわや解雇か、というシーンにつながりますが、この辺の女王の対応はユニークでした。


これが仮に実話だとして、そういうのが実際に流通して購入した人があとで知ったら、どんな気持ちになるのだろうか……時になります。


見所2:女王の衣装

DVDパッケージには英国Leeds近くのカントリーハウス、Harewood Houseでこのドラマで使うコスチュームの展示があるとのチラシが入っていますが、2017年からとのことで。この前の9月下旬の英国旅行で訪問した場所です。IMDB撮影地情報にはこの屋敷の名前もあり、出てくる模様です。


http://www.imdb.com/title/tt5137338/locations


女王が閲兵するときに着たという軍服的なスタイルは、ヴィクトリア女王が始めたもので、バッキンガム宮殿でも展示されていたのと同じもののように思います。また、引越ししてすぐ王座に腰掛ける女王はかわいく、その辺りは子供っぽいてんも描かれています。この時の女王は半袖パフスリーブのドレスを着ていて、これも以前見たことがある女王のドレスを想起させます。


この時期が華やかであればあるほどに、喪服をメインとしていく女王のその後が際立つ、かもしれません。


第2話を見て元気があれば、また書きます。

2016-08-27 あとすこしだけ。そして時は動き出す

[]『君の名は。』感想(ネタバレあり)



新海誠監督の最新作『君の名は。』を見てきました。新海誠監督の作品をきちんと見始めたのは2007年の『秒速5センチメートル』がきっかけでした。当時、この作品の第1話がYahooで公開されており、その桜の描写と、『秒速5センチメートル』という言葉、そして描かれた新宿の風景に興味を持ち、公開時は劇場まで行きました。桜、大好きなのです。そこから、過去作品を一気に見ました。


その後、新作が出るたびに見ていました。そして最近、久々の新作ということで映画より先に出た小説版を読み、公開初日に劇場へ行きました。今回は小説版を先に読んでからですが、「あと少しだけ」に届いた物語に、接することができたように思いました。そして、時間を経て遠ざかっていく物語から、近づいていく物語へと。


劇場の客層は幅広く、男女比が結構近しかったように思いました。全体には学生や20代前半が多かったです。自分自身は物語を楽しむ気持ちがありつつ、今回、新海誠監督はどういうふうに物語に決着をつけるのかが、とても気になっていた。で、多分、そういう心理で見る人を想定した展開もありました。


小説を先に読んでから映画を見て驚いたのは、小説では主体的に描写されなかった東京の舞台が描かれた際、知っている景色が多かったことです。こういう「小説」と「映像」といった表現手段の違いによって生じる驚きは、結構、好きです。個人的には、新宿や代々木、四谷、千駄ヶ谷、六本木など、見知っている景色が美しく描かれて、「桜の美しさ」に通じるものがありました。特に新宿は大学時代や会社通勤で20年以上使っていますし、新宿での買い物も多いので、だいたいが見知った場所でした。今日映画を見に行く時に通った道も、写り込んだ映画館も、六本木ヒルズも、国立新美術館も、代々木駅のホームも、様々な場所も。「仕事」を象徴するオフィスビルは、『秒速5センチメートル』同様に、西新宿のビル群で、そこは原風景のようなものなのかもしれませんね。


ということで、以下、ストーリーに触れるネタバレでの感想です。改行します。



































想い人と出会えた主人公

端的に言えば、新海誠監督作品の共通テーマと感じていた、「ここではないどこかにいる誰かを探すことで、目の前よりもそちらの世界に手を伸ばしてしまう」「理由のない喪失感」「現実の居心地の悪さ、欠落感」。その要素を小説版では「あと少しだけ」と表現していましたが、そこに手が届いた作品だったと思います。今回、主人公はその欠落の理由を持ち、かつその欠落を埋める想い人と出会うことができました。


秒速5センチメートル』ではその表現が端的で、中学時代の初恋が強すぎたが故に、少年の方はその後も彼女の面影を探し続けて、それを自分の心の中に置いたまま、高校時代もそして成人してからも、人と付き合っていても傷つけてしまう結末を迎える展開となっていました。それはさながら、呪いのようでもありました。


ほしのこえ』は別離から始まって二度と会うことができない関係で、「私たちは、たぶん、宇宙と地上にひきさかれる恋人の、最初の世代だ。」とのフレーズに全てが表現されています。次の『雲のむこう、約束の場所』も恋心を抱いていた少女が突然消えてしまい、彼女の行方を捜し、取り戻すために行動する少年が主人公でした。


最も強い印象を残した『秒速5センチメートル』で、結局、第1話で強く結ばれたはずの少年・貴樹 と少女・明里は、その後、別々の人生を歩みました。ラストシーンでふたりは踏切ですれ違い、出会えそうになりますが、通り抜けた電車が邪魔をして、貴樹は足を止めて電車が去るのを待っていたものの、明里は去っていき、お互いの顔を見ることはかないません。


「物語」の解釈によりますが、「あれ、ここで出会わないのか」と思ったものの、 [小説]『秒速5センチメートル』を読むと、貴樹の方は「明里とすれ違っていたならば、奇跡」と肯定的に捉えて、それからの一歩を踏み出していったように見えました。


その後、『星を追う子ども』は宮崎駿監督作品的な世界なのかなと思いつつ、別の世界・アガルタへと導かれていきます。この作品もその点では、「目の前の現実では得られない世界」を求めて、「ここではないどこか」へと旅立っていく話です。現実に喪失感があり、それを補完するものとして、「運命の人」「運命の場所」(宇宙空間や別世界)を希求して、現実よりも優先してしまい、今の自分を幸せにすることを許せないような強迫観念に似たような。


続く『言の葉の庭』では、これまでと表現が少し変わったと思えたのは、男子高校生と年上の女性の高校教師が気持ちを通わせた後、別れを迎える選択をした高校教師を、男子高校生が追いかけて、繋ぎとめようとしたことです。ここで主人公は自ら動き、その先がどうなるかはさておき、人と人が結びつくことを選ぼうとしました。


今回の『君の名は。』は、「少年と少女が出会う」という物語を描き続けたこれまでの作品の構図を持っており、主人公の少年が「運命の人・ここにはいない誰かを求め続けて、喪失感を抱える」という、これまでと共通した生き方をするのか、しないのか、新海誠監督がどういう描写を選択するのかが、個人的な注目点でした。


時間の経過の仕方と描写の変化

同じテーマが、形を変えて、その表現の仕方が歳月とともに変わっていき、広がっていき、響いた音によって作品自体も変わっていって。そんな「ほしのこえ」からの16年で描かれた円環を、感じ入る次第と、Twitterで感想をつぶやきました。これを言語化しておくと、最初の作品 『ほしのこえ』は時間と距離が隔たって行き、それは二度と戻ることがありませんでした。こうした「存在をお互いに自覚しながら、会えない」ことは、作品の根底に流れる喪失感にも繋がります。


今回の『君の名は。』は同じ時間をテーマにしつつも、終わった過去の時間を書き換えることで、現代の未来を書き換えていく展開で、その辺りは、不可塑的だった物語が、16年の歳月を経て、可塑的になっていったこともまた、上記に記した主人公が抱える喪失感が解消されるかとあわせて、大きな変化だったように思います。


かつ、小説版のあとがきを読むと、今回の作品は音楽をプロデュース・楽曲提供したロックバンドのRADWIMPSや映画監督、プロデューサーなど多くの方と作り上げたことで、作品の方向性も変わったのではないのか、と思えました。


小説は一人で書いたものだけれど、映画はたくさんの人によって組み立てられる構造物である。『君の名は。』の脚本は、東宝(映画会社です)の『君の名は。』チームと数ヶ月にわたり打ち合わせを重ねて形にしていったものだ。プロデューサーの川村元気さんの意見はいつもキレッキレで、僕は時折チャラいなあと密かに思いつつも(重要なことも軽そうに言う人なのです)、常に河村さんに導いてもらっていたと思う。(小説版より引用)


こうした点も鑑みると、一人で制作を始めた作品が広がり、その自身の発した作品によって多くの人に響き、動かし、その反響を自分自身も受けて、作品表現が変わっていったのかもと、思えました。


小説版と劇場版で最も驚いた場所

小説版と劇場版で、それぞれ「新海誠監督のこれまでの作品を知っている」からこそ、「え〜」と驚かされる箇所がありました。


小説版では成人した立花瀧(主役の少年)が、カフェで結婚するアベックの会話を聞きます。ここで「てっしー」という名前が出てて、これまでの新海誠監督作品のファンとしては、「え? 宮水三葉(主役の少女)とてっしー(三葉の高校の同級生)が結婚したの?」と一瞬、思ってしまいます。これがアニメでは映像で描かれているので、てっしーの結婚相手がもうひとりの高校の同級生・名取早耶香とわかります。


一方、劇場版の罠は、新宿警察署近くの歩道橋で雪の日にすれ違う、成人後の瀧と三葉の描写です。小説版では上記のカフェのエピソードの後、瀧と三葉は運命的な出会いをしていますので、そのふたりが最初にすれ違う歩道橋での描写が出会いのシーンになると思っていたものの、片方が振り向くと片方が背を向けて、お互いがお互いを意識しつつ、結局、ここでは別れてしまうのです。


「あれ、これはもしかして、『秒速5センチメートル』展開ですか?」「小説版と劇場版は違うエンディングですか?」と思いこまされそうになるものの、その後のシーンで、ふたりは出会うことができました。非常に主観的ですが、ここでふたりが出会うシナリオが作られた点で、新海誠監督作品で描かれるものも、変わってくるのではないかと思えたのです。


「ボーイミーツガール」作品として、主人公がようやく始まれるスタート地点に立てる結末を迎えられたことが、その作品が作られたことが、これまでの作品のファンとしては感想を書かずにいられないものでした。


あとすこしだけでいい、と俺は思う。

あとすこしでいい。もうすこしだけでいい。

なにを求めているのかもわからず、でも、俺はなにかを願い続けている。

あとすこしでいい。もうすこしだけでいい。

(小説版より引用)


この「なにかわからないなにか」として「あとすこしだけ」を願い続ける気持ちは、『秒速5センチメートル』を代表として感じた喪失感の描写の根底にあるものでしょう。その喪失感がようやく解消する、そのあとすこしだけに手が届く、それが『言の葉の庭』を経て、新海誠監督作品に感じられたことでした。届くことを、選んだのだなと。


この次の作品で、どのように広がっていくのか、楽しみです。


そして、この作り手としての表現の変化から想起したのは、ドストエフスキー作品です。


『白夜』や『虐げられた人々』、『罪と罰』、『悪霊』など、ドストエフスキー作品の登場人物たちの中には、「幸せになることを恐れている」「幸せになる選択をするならば、すべてをめちゃくちゃにしてしまう」ような強迫観念を持っている描写もありました。


しかし、最後の作品『カラマーゾフの兄弟』で登場した主役たるアリョーシャ・カラマーゾフは、ドストエフスキーの作品とは思えないほどに、人と人の間に生き、行動的で、誠実でした。そうした、ドストエフスキーのメインキャラクター描写の変化に象徴されることに似ているかもというのが、今回の映画を見て感じた、自分の中で最もしっくりくる感想でした。


2016-08-16 そのあたたかな世界に包まれて

羽海野チカの世界展 ハチミツとライオンと』感想

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コミケ終了後の夏休み2日目ということで、明日08/17まで開催の『羽海野チカの世界展 ハチミツとライオンと』に行ってきました。西武池袋本店2階ですが、無印良品がある方の別館なので、通常のルートでは行きにくく、地下1Fを通る感じになります。前に、同じ場所で羽海野チカさんの作品を見た記憶があったのですが、2009年の羽海野チカの生原画を堪能、「3月のライオン」原画展だったかもしれません。


そういえば今年の冒頭、羽海野チカ先生がダウントンしない英国ドラマを紹介してみるという記事を書いたのを思い出しました。


「オフィーリア」

展示会場を入ると、最初に『ハチミツとクローバー』の展示がありました。ここ数年読んでいなかったのですが、2005年ぐらいにITベンチャーで働いていた頃、同僚からおすすめされたのと、同じ時期にアニメのCM「人が恋に落ちる瞬間を はじめて見てしまった」というフレーズの美しさに響き、またアニメのオープニング曲、YUKIさんの『ドラマチック』が良くて、DVD初回特典付きを購入したのを覚えています。


という自分語りはさておき、この最初の展示でひときわ目を引いたのは、はぐちゃんが怪我をしてしまう文化祭の回を予兆したイラストで、久我が好きな19世紀の英国画家ジョン・エヴァレット・ミレイによる、「オフィーリア」をモチーフにした、水面に花とともにたゆたう、はぐちゃんの姿は忘れがたいものでした。このイラストを生原稿で見られたのは幸せで、なんども見てしまいました。


山田さんは健気でいいですね。はぐちゃんとのペアで様々なガーリッシュな服装をしているのもまた似合っており、可愛いなぁと思えるものでありながらも、その流れで続く森田先輩のフィールドが、何かこう、気持ちが明るくなるような雰囲気でしたし、羽海野チカさんの世界として魅力的に感じられるものでした。


『3月のライオン』の多様性

『3月のライオン』も、桐山零の初期のひとり語りによるドロドロとした沈み込むような、閉鎖された世界の表現が黒を基調に描かれていましたが、次第に光を浴びていく、世界につながっていく漫画の展開もまた、展示で感じられました。おっさん達も健在で、個人的に応援している島田八段(『3月のライオン』5巻に感じた「人と人の様々な繋がり」で言及)のイラストも、よいものです。


「かわいらしい世界」が詰め込まれた、お菓子箱のような雰囲気も、貫かれています。前回の企画展で『ハチミツのクローバー』と『3月のライオン』でコラボしたイラストが、よいものでしたし、その並びにあった、和菓子屋の三姉妹のメイド姿もコミックスを見てから気になっていたものでしたし、羽海野チカさんが「可愛いコンテクスト」でメイドが描かれる存在になっているのも、メイド研究者としてはうなずけるものでした。もちろん、『ハチミツとクローバー』を含めて、童話的な、世界名作的な、民族衣装的な、多様なエプロンドレスの描写や、描かれていた『赤毛のアン』の表紙も、羽海野チカさんの世界観にふさわしいものでした。


こうした少女らしさの世界表現は、ひなちゃん(ひなた)のブロックに凝集されていたように思います。大正から昭和前期的なイラストがあったり、パフスリーブのワンピース、エプロン、おさげにおかっぱなどの髪型など、イラストが並ぶことでより強く、そこに込められた世界に漂う優しい眼差しを感じられます。


作り手としての削るような生き方

芸術家として生きるはぐちゃんは、他者の人生すべてを求めてしまうぐらいにその世界に没頭し、命を削るように作品を作っていました。その原型ともいうべき、生みの親の羽海野チカさんの創作もまた、壮絶さを感じるものでした。今回の展示で最も「羽海野チカの世界展」として、その世界を形作るものを表現し、感動したのは、妥協のない作り手としてのスタンスです。


それは、8ページ分の漫画のネームが完成に至るまでのプロセスを可視化した展示に凝集されています。ネームを描き上げた後、何度も何度も作品を再構成、ブラッシュアップさせて、結晶化させていく。第一段階から第二段階、第三段階と、その描き方もユニークに思えましたが、妥協せずに丁寧に作り上げる様子は、自分が読んでいる『3月のライオン』という漫画がこのように心血を注ぎ込んで作られていることに、震えました。


もうひとつ、今回の展示で「漫画家」としての羽海野チカさんの凄みを感じたのは、ショーケースの中に入ったイラストに色を塗っていくプロセスについてです。絵の具のパレットが展開されており、それぞれの絵の具の色の番号を記した数字が、カラーイラストの描かれたボードにも色のサンプルとセットで添えられており、デジタル化ではない形でのイラストの完成に向けた心の配りように、驚くのみでした。


私はクリエイターの方の制作現場を知らないので、ここで見ているものがひときわユニークなものでないかもしれませんが、繊細で美しく、可愛く、時に凄みがある世界を描き出す羽海野チカさんが、どれだけの時間と心を配って作品を描いているのかが、伝わってきた気がします。


クリエイターとしての羽海野チカさんの源流を感じさせてくれる展示が、セーターとワンピースです。特にワンピースの方は、ピンクハウスをモチーフとして手作りしたもので(一度も着られなかったとのこと)、作品の世界に存在する地に足がついた生活描写、ハンドメイドな雰囲気も、こうした生き方の積み重ねにあるのかなとも思いました。


明日までなので行ける方は是非

最後に、作家としての優しさを感じたのは、『3月のライオン』6巻を発売記念で、2011年7月22日付朝日新聞広告掲載のイラストです。私はこの企画を存じ上げなかったのですが、読者から応募した登場人物へのメッセージは心揺さぶられるものがありました。かつ、このイラストはオークションにかけられ、売り上げは全額、東日本大震災の義援金になったとのことです。


そうそう、「コロッケ」の展示もユニークでしたし、ブンちゃんの写真も良かったですね。「3月のライオン お茶の間の川本家」を表現したミニチュアも含めて、とにかく「羽海野チカの世界展」の名にふさわしい展示ばかりでした。そいて、副題の「ハチミツとライオンと」に限ったものではなく、クリエイターとしての羽海野チカさん自身を知る・作家としてのあり方に接することができ、そのあたたかで優しい世界に包まれる展示でした。


明日08/17までなので、このブログを読んで興味を持たれた方は、是非に。


公式サイト:『羽海野チカの世界展 ハチミツとライオンと』


※事務的なコメント

通常の美術展と違い、展示作品全てのリスト配布は無かったようです。図録に相当するイラストセレクションを購入しましたが、それも全てを掲載しているわけではありません。


2016-08-15 旧朝香宮邸へ、リニューアル後初めて

東京都庭園美術館「こどもとファッション」の展示

コミケの感想は後日。


f:id:spqr:20160815222525j:image:left今日はコミケ後の夏休みということで、東京都庭園美術館の「こどもとファッション」の展示を見に行きました。twitterでフォローしている人たちが話題にしていることと、昨日お会いした方から説明を受けた展示内容に強い興味を持ったからです。


東京都庭園美術館の建物自体は好きで、何度か足を運んでいましたが、リニューアルしてからは一度も行っていなかったので、折角だからと行くことにしました。


東京都庭園美術館の「こどもとファッション」紹介ページ


今回の企画がユニークだったと思えたのは2点あります。


1) こどもの衣装に集中しており、数多くの衣装が展示されていたこと。比較用に大人の衣装もあったけど、ここまでこどもの衣装がまとまった展示を見たことが私の経験上、ありませんでした。こどもの靴や靴下、すごろくや図版などもあわせて展示されていて、こどもを取り巻く文化が垣間見えます。


2) 展示はヨーロッパだけだと思っていたのですが、その影響を受けた明治以降の日本のこども服(洋服)や、それらをモチーフにした絵が展示されていたこと。この話を知人に聞いたことが、「足を運ぼう」という動機にもなりました。1階がヨーロッパ、2階が日本と建物のフロアによる内容の変化も、良い構成でした。


私は日本の明治以降のこどもの衣装に詳しくはないですが、特に気になったのはエプロンの導入や、エプロンドレス的な衣装の多さです。そうした衣装の実物が展示されているだけでも驚きましたが、エプロンをつけたこどもを描いた当時の雑紙や絵画が非常に印象的でした。「これが日本なんだ」と驚きもしました。絵画では、明治27年頃の「はるの像」(紙中糸子、No.89)では幼女が着物にエプロンをつけ、明治45年の「遊戯」(秦テルヲ、No.93)では数多くの子どもたちが和服+エプロン姿で手をつないで遊んでいる姿が、同様に「あそび」(北野常富、No.94、明治末期から大正初期)でもエプロンが目を引きます。


あと、服の装飾の歴史というのか、シンプルな布地から、レースや刺繍、織などの装飾が盛り込まれていき、衣類の線が複雑化していく様子もまた、面白かったです。どれぐらいの制作時間がかかったのかと思えるような服も散見しました。


メイド研究者なのでメイドっぽいイラストやエプロンドレスについて

これらについても話しておきますと、ひときわ印象に残った展示は『プリンセス・パーティ』。1993年に販売していた子供服を用いたと記載があれど、1993年にエプロンドレスなどが流通していたことは目を疑いました。自分が生きていた時代ながら、その当時に関心がない領域は未知ですね。


メイド的なものでは、こどもを着替えさせているメイドの写真(フレデリック・ボワッソナ『身づくろい」No.54)があったり、19世紀の作家ケイト・グリーナウェイのイラストが展示されていたりと、自分にとっては意外な展示も多かったです。グリーナウェイの展示の近くにあった楽曲集『幼い子どもたちのための古い歌』(1883年、ルイ=モーリス・プテ・ド・モンヴェル)も、私にはとても19世紀の作品に見えませんでした。そこに描かれた、列になった子どもたちのイラストのタッチと、その着ている衣装とが、どちらもモダンに見えたからです。


建物を鑑賞する楽しみ

展示のユニークさもさることながら、やはり旧朝香宮邸は素晴らしいのです。正面玄関のルネ・ラリックのガラスの装飾。様々な部屋の天井と照明、壁面の美しさ。階段マニア的には、玄関ホールから通じる表階段と、奥にある裏階段の2つが、たまりません。天井の高さも楽しめますし、存在そのものが美術品の館です。


そして現地で『アール・デコ建築意匠: 朝香宮邸の美と技法』を購入しました。結構な値段をしたので買おうか迷いましたが、中身に「建築にまつわる費用」の詳細が出ていたので購入を決めました。セメント代とか水道工事費、館の工事費用から、家具まで様々です。


中でも個人的なお気に入りは、それぞれに仕入先も記載されていること。たとえば、妃殿下下居間緞帳代68円、たとえば受付レース取り付け代2290円。いずれも三越から。消耗品(文具)や器具代、通信費、給料、電気代までの詳細もあるので、生活風景マニアには最高の資料です。




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屋敷といえば正面と、庭に回って裏の姿を見ることも醍醐味です。唯一残念なのは、庭園のほとんどが整備工事中だったことです。


今回の展示は8月31日までということで、ご興味のある方は是非。