ヴィクトリア朝と屋敷とメイドさん

家事使用人研究者の久我真樹のブログです。主に英国ヴィクトリア朝の屋敷と、そこで働くメイドや執事などを紹介します。

『Love & Dirt: The Marriage of Arthur Munby and Hannah Cullwick』



Love and Dirt: The Marriage of Arthur Munby and Hannah Cullwick



読み終わりました。出会いから、ふたりの死まで、非常に長い時間を扱った本でした。ハナ・カルウィックとアーサー・マンビーの間で交わされた手紙や、彼らが残した日記を随所に織り交ぜながら、時間を丁寧に追いかける構成でした。ただ、当時の生の感情がそのまま記されているので、かなり人の綺麗な感情、醜い感情、あるがままにすべてが残されているようで、読み進めるのはかなり辛いです。



いずれにせよ、「メイドと結婚する」ことの難しさ、そして「結婚した後も暮らし続ける難しさ」が出ています。正確に言えば、ハナは二十歳頃にアーサーに出会い、それから実に二十年近く、「結婚しないまま」、彼と交際を続けます。アーサーに夢中なハナは彼のわがままに振り回され、彼に出会うために人生の選択を何度も、変えてしまいます。



・上級使用人を目指さなかった。

・彼に会うために職場を抜け、解雇されること多すぎ……

・暖炉掃除や床掃除など、汚れ仕事を好んでした。アーサーの為に。

・ハナはアーサーを「Master」、自らを「Slave」と定義していた。



特に、4番目はかなりショッキングな事実でした。久我的にはヴィクトリア朝のメイドは「働く人」であって、「自ら隷属を求めたりしない」というのが頭にありましたし、そういう人々の実像を求めてきたつもりでした。その行き着いた果て、ヴィクトリア朝に実在したひとりのメイドの姿が、こういうものだとは、正直、思いもしませんでした。今まで参考にした本でほとんど言及されていなかったので、「フィクション」かと思ったほどです。



とはいえ、こうした関係性は「メイド」云々よりも、「男女の関係の一形態」であり、普遍化したりする必要もありません。でも、「嘘だといってよ、アーサー」という気分なのです。ここでは書きませんが、何かこう、深い世界に迷い込んでしまったかのような、ふたりの記録です。



大きな山を越えたので、もう少しマイルドな英書に移行します……