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2006-03-05 撮影地はフランスだったんですね

[][]映画『テス』

テス プレミアム・エディション [DVD]


以下、若干のネタばれがありますので、未視聴・原作を知らない方は読まないように、ご注意ください。




まえおき

トマス・ハーディの作品の中で最も有名な『テス』。1970年代にこの作品は、『戦場のピアニスト』などで知られるロマン・ポランスキー監督の手によって映画化されました。清純なヒロイン『テス』を演じたのは、ナスターシャ・キンスキー。その圧倒的な美しさで、小説で象徴されるテスの美しさと清純な無邪気さを演じました。


DVDのジャケット、見事ですね。


メイドの悲劇、とも言えます

トマス・ハーディは弱者の視点で物事を描くことが多く、その弱者は運命に翻弄され、ボロボロに傷つきます。「テス」もそのひとりです。


農村の娘テスは頭が良かったものの貧しさゆえに進学できず、家の手伝いをしていました。その彼女の父が、ある日、村の牧師から「お前の家は貴族の末裔」という話を聞いてから、運命が動き始めます。


父は金持ちの親類がいるはずと信じて、それを見つけると、テスを送り込みます。しかし、その家は裕福な商人が家名を買っただけ、しかもテスはその屋敷の子息アレクに目をつけられます。アレクの口利きで家禽を世話するメイドとして働くことになったものの、テスはアレクの情婦にさせられるのです。


テスは、ずっと運命に翻弄され続けます。アレクとの生活を終わらせて、逃げ出したテス。身重になった彼女は赤子を産み落としますが、結局、赤子は洗礼を受けられないまま、死んでしまいます。


弱者としてのメイド

「屋敷の主人、もしくは息子」によってメイドが妊娠することは極端に珍しいとは言えませんでした。「娘が外で働かなければ生活が成り立ちにくい」状況にある家庭では、仮に拒んだとしても、仕事を失うだけです。この場合、失職は「家族を巻き込む」事件にもなりました。


他の屋敷や家での再就職の可能性があるのでは、と思えるものの、仮に映画のような田園風景が広がる地域では、移動も困難、情報のやり取りも困難です。


そうして帰ってきた娘たちを、家族はどのように処したのか、1900年代のメイドの『イギリスのある女中の生涯』(ASIN:4794205511)や一般的な資料本では、優しく接することはなく、むしろ「迷惑」「不名誉」ぐらいに思い、家から追い出すこともあったそうです。これはメイドに限らず、「未婚の母」というものに当てはまる事例でした。


そうなれば行き着く先は救貧院しかありません。子供を抱えたまま母は駆け込み、失意の母は亡くなり、残された子供は孤児院に送られる……もしくは、どちらかが先に亡くなる、意地の悪い親戚に子供が引き取られる、という結末が待っていました。どこかで見たストーリー、と言えますね。


映画と原作の相違

若干、映画と原作とでは異なるところがありました。簡単に思いついたのは3箇所です。


ひとつは、馬の死。家族の財産ともいえる馬の死を、テスは引き起こします。これが、彼女の家の傾きを加速させる事件になります。馬の死に責任を負わざるを得なくなったので、テスは「親類」の家に赴かざるを得なくなります。


もうひとつは、幼馴染的な女性とテスとの比較が、あまり無かったことです。結婚相手として対峙する存在、比較される存在としての彼女はそこそこのポジションにいましたが、彼女を含めて、エンジェルがなぜあのような考えを持つに至ったか、家庭環境の描写が無かったのは、イギリスへの配慮でしょうか?


最後は、夫エンジェルに見捨てられ、実家に戻ったものの、父が死んで困窮極まったテスが、夫の実家の教会に足を運ぶシーンです。ここでテスは、夫の家族に会うどころか、こともあろうにあのアレクと出会ってしまうのです。このアレクとの出会いが、割愛されて、別のシーンに置き換えられました。


小説の中で、ここは運命を決定付けた非常に重要なシーンでした。まず、放蕩者のアレクはエンジェルの父との出会いによって(映画では描かれません)、自らの生活を悔い改め、新しく生き直そうとしていました。しかし、テスと出会うことで彼は折角芽生えた信仰を失い(別の見方をすれば、それだけ美しいテス)、テスとの生活へ、また道を踏み外すのです。


テスはテスで、彼と出会ったことで自らの運命を狂わせます。貧しさに苦しむテスは家族のために、再びアレクに身を委ねます。その結果、ふたりは悲劇的な結末を迎えるのです。


ただ、映画そのものは3時間近くあり、特典映像によると、これでも二十分近く短縮してあるそうです。なので、監督が描きたかった部分を強調し、他の部分を割愛しなければ、映画としての時間内に納められなかったのかとは思います。


撮影地はフランス

ストーリーはご存知の方が多いと思うので、DVDやそれ以外の要素を。DVDは過去に別の形で販売された時より、かなり映像が綺麗になっているとのことです。


また同封の資料によると、ポランスキー監督は少女への暴行でイギリスに入国できない状況で、撮影地はフランスになった、ということでした。過去に映画を見たときは気にしなかったのですが、今、振り返ってみると、衣装はさておき、屋敷の内装や建物は確かにイギリスっぽい(ヴィクトリア朝っぽい)雰囲気がありません。


以前気になったのは、テスとエンジェル・クレアの新居、その理由も、なんだかイギリスっぽくない雰囲気、どういう暮らし方なのか想像できなかったことにあるかもしれません。またアレクとテスが過ごした、海岸沿いの新居も、内装がイギリスという感じがしません。


特典映像

今回のDVDには特典映像があります。ロマン・ポランスキー監督、ナスターシャ・キンスキーと、テスに関わったスタッフによる二十年以上も前の撮影当時を振り返る、1時間ぐらいの映像です。


撮影秘話、とでも言うべき、エピソードが満載です。撮影は非常に苦労したこと、イギリスを使えなかったが、田園風景はフランスの方が昔のまま残っていたこと、テスの実家はスタッフで作った、アレクの屋敷を探すのは苦労した、バラの季節は終わっていたので買い集めて飾った、などなど。


とにかく、映画の情景を成立させるために並々ならぬ苦労をしていたことが伝わります。CGも特に無いので、霧などの特殊効果も巧く撮影しなければならない、役者もそうした効果が失敗する度に役から引き戻される、というのも新鮮な話でした。


購入するべきか否か

個人的には、難しいところです。買って損はしないですし、ナスターシャ・キンスキーの美しさには参りますが、「イギリスで撮影したんじゃないんだ」というところで、結構、引きました。別件で購入していたイギリス版『Tess』を少しだけ見たところ、建物から風景まで、イギリスっぽさがありました。(キャスト、シナリオなどで見劣りしますが、イギリスです。これでイギリスで無かったとしても、イギリスっぽく見えます)


屋敷の設計思想というか、雰囲気がフランスとイギリスでは違うのです。ロマン・ポランスキー監督の『テス』に、「完璧な」イギリスらしさを期待すると失敗する、そんな感想になります。イギリスで撮影してよ、と心から願ってしまうほど、本当にもったいない感じでした。


とはいえ、田園風景については、満点です。


俳優:☆☆☆☆☆

脚本:☆☆☆☆

映像:☆☆☆☆☆

衣装:☆☆☆☆

田園:☆☆☆☆☆

建物:☆☆


単純に映画としてみれば、素晴らしい映画です。ただそれが「ヴィクトリア朝イギリスらしいか」と言えば、やはり建物の構造や内装のデザインなどで、イギリスらしくない要素が残っていたと言わざるを得ません。


「ハーディが好き」「ナスターシャ・キンスキーが好き」ならば買い、「ヴィクトリア朝のイギリスが好き」というのがそれ以上に強いならば、オススメしません。


テス プレミアム・エディション [DVD]