ヴィクトリア朝と屋敷とメイドさん このページをアンテナに追加 RSSフィード


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2006-03-12 ディケンズ三昧

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あらすじ

ディケンズの著作の中で、ミステリ色の強い小説が『荒涼館』です。主人公は「美少女」エスタ。伯母の下で育てられた彼女は、その伯母から疎まれ、愛されずに育ちました。出生に秘密を抱える彼女は、保護者の死によって、新しい保護者ジョン・ジャーンダイス氏の下へ赴きます。


彼は何十年と長い月日を費やして行われる、遺産相続の裁判、「ジャーンダイス対ジャーンダイス」の当事者のひとりでした。ジョン・ジャーンダイス氏の元には、ふたりの若いゲストがいました。裁判の結果では遺産を相続するリチャード・カーストンと、エイダ・クレア。ジャーンダイス氏は彼らの後見人となっていました。エスタが呼ばれたのは、若いエイダの世話役として、そしてジャーンダイス氏の屋敷『BLEAK HOUSE』(荒涼館)でハウスキーパーを務めるためでした。


物語は様々な人間関係が複雑に絡み合って進みます。第一の軸はエスタ。特に彼女自身は大きな行動をしませんが、彼女の出生に関わる秘密を巡って、様々な人物が裏で動きます。そして、心優しいエスタは、ヴィクトリア朝を生きる下層階級の人々と関わることで、彼らの生き生きとした姿を伝えました。


第二の軸は、異彩を放つ弁護士タルキングホーン氏とデッドロック夫人。タルキングホーン氏は貴族(準男爵)のデッドロック家の顧問弁護士で、主人の家の利益の最大化のために動いています。その彼はデッドロック夫人がデッドロック家の致命傷になる過去を抱えているのではと警戒し、彼女の若い頃を調べていきます。悪辣で怜悧なタルキングホーン氏の周辺には、様々な事件が転がっていて、多種多様な人間模様がここにも出てきます。


第三の軸は、「ジャーンダイス対ジャーンダイス」の裁判。若いリチャードはエイダと恋に落ちますが、彼はこの裁判に関心を奪われ、自分自身の人生設計を誤ります。飽きっぽく、ドストエフスキー的な登場人物である彼は、医者になろうとして、弁護士になろうとして、軍人になろうとしてすべて失敗します。彼の頭の中からは裁判のこと、「もしも裁判が終われば、裕福になれる」、その思いが頭を離れず、自分自身の人生に向き合えないのです。


というのが、だいたい3つの軸でしょうか。この3つが複雑に絡み合って、すべてが最後に明らかにされる、大団円を迎えると言う点で、ミステリっぽい展開になっています。


2人のハウスキーパー

この物語にはふたりのハウスキーパーが出てきます。ひとりはエスタ。彼女は荒涼館のハウスキーパーとして、家政を仕切ります。彼女が屋敷に着いたとき、その象徴である「鍵束」を受け取るシーンが再現されました。


二人目が、ミセス・ランスウェル。彼女はデッドロック家、貴族の屋敷のハウスキーパーとして登場します。久我は初めて『荒涼館』を読んだ時、彼女によって、その重要な役割を知りました。それが、「屋敷を案内する仕事」です。今から3年前に出した、同人誌『ヴィクトリア朝の暮らし3巻』でこの辺りに言及しているので、興味のある方はそちらで。『高慢と偏見』でも、同様のシーンがありました。


また、このミセス・ランスウェルの息子の一人は実業家・選挙に出て当選するなど、古きよき階級を信奉するデッドロック準男爵にとっては、苦々しい存在でもあります。そういうところに、新しい時代の息吹を織り交ぜていました。


ドラマはBBCテイスト

作りは悪い意味でBBCらしく、無意味なところで映像にインパクトを与えようとしています。これは、『虚栄の市』でもそうでした。建物を写す時、シーンを変える時、「タン・タン・タン」と3カットで切り替えますが、そのひとつひとつが暗い、重い雰囲気を無意味に作りますし、映像効果が、元々の映像・写された美しい世界を楽しむ気持ちを損ねます。


「ヴィクトリア朝はこうである」というふうに思い込んでいる気がしなくも無いですが、それは日本の時代劇に置き換えるとわかりやすいかもしれません。『暴れん坊将軍』『水戸黄門』という痛快・勧善懲悪の時代劇(エンタメ系/『THE IMPORTANCE BEING ERNEST』は明るい)と、昭和に数多くあった実録?暗い時代を反映した時代劇との差。BBCの描くヴィクトリア朝には、「暗くしないといけない」コード(規定)があるのかもしれません。


省かれる人物描写

映像そのものは小説以上でも、小説以下でもない印象です。小説にあった伏線や描写がかなり削られており、映像化すると意味が分からないところが多いです。


特に、人間的にどうしようもないスキムポール氏の描写が映像ではよく伝わっていません。彼の無邪気に見えて俗悪なところはドラマではわかりやすく描かれませんでしたし、リチャードに寄生する弁護士の誠実に見えて、無尽蔵に金を引き出していく悪辣な面もわかりません。


ただ、金貸しであるSmallweed氏は大活躍でした。


唯一の希望チャーリー

久我が文学作品の中で最も衝撃を受けたメイド、そして森薫先生の描く『シャーリー』に最も近しいであろうメイド、それがチャーリー(シャーリー、シャーロット)です。その彼女がどのように映像化されるか、非常に興味を持っていました。


結論から言えば、良好でした。チャーリーを演じたのはKatie Angelou、原作のチャーリーのイメージをきちんと伝えました。子供だけれど、小さな弟と妹のために頑張るお姉さん、健気にエイダに仕えるところで、存在感を発揮しました。悪い主人に仕えたことや、病気のエピソードは省かれていましたが、全体的に悪くないポジショニングです。


残念だったのは、彼女がメイド服を一度も着用しなかったことです。エスタとチャーリーの絆も、物語の中では重要でしたが、その辺りは仕方が無いかと。


他のキャストもまずまず

エスタが、原作で強調されたような美少女ではありません。そこだけが大ショックです。ただ、控えめで目立とうとしなかったエスタ、芯が強く落ち着いたエスタという「役」を演じた点では、立派なキャストだとは思います。彼女は実力派の女優のようで、高い評価を受けているそうです。


エイダは綺麗な人がキャスティングされています。移り気で弱いリチャードに翻弄されながらも、彼を愛して、彼の没落につきあっていく健気な姿は、見事です。相方のリチャードも育ちが良くて、遺産に依存して生きて、人生が壊れていく様子は、なんともいえませんでした。ロシアっぽいです。


描かれる生活〜上流の生活・地方とロンドン

基本的に生活は幾つかの階層を描きました。デッドロック家とジャーンダイス家、それに彼の友人であるボイソーン氏。彼らはそれぞれに屋敷を構え、裕福な暮らしをしています。メインとなる「荒涼館」では、ハウスキーパーのエイダを筆頭に、何人かメイドがいます。チャーリーも、「私はあなたのメイドです」と、エスタの下にやってきます。


そうしたカントリーハウスの暮らしを離れたロンドンに、デッドロック家はタウンハウスを持ちました。玄関にいるフットマンは門番として、客の出入りを監視しました。身なりがそれほどよろしくない弁護士書記のガッピー氏が訪問した折、フットマンは「物売りは他の入り口から来なさい」と、追い払おうとします。


また、このロンドンの暮らしは、珍しく「階段の下へ降りていく」様子も描きました。結末に近いところである事件が起こり、その犯人探しをする際に、デッドロック家にこっそり入る際、正面玄関ではなく、地下へ降りていく階段を使いました。


物語の中では重要な役割を果たす侍女(Lady's maid)もいます。デッドロック夫人の下には、フレンチメイド(単純にフランス人の侍女)、若いメイドがいました。どちらも、デッドロック夫人の人生を左右しました。制服を着ているメイドの姿は今回、ほとんど見られず、かなり後ろに隠れていましたが、存在感そのものは発揮しています。


描かれる生活〜下層の生活

一方、それに対比するものが多種多様な、ディケンズらしい登場人物です。物語の中で重要な役割を担う故買商で下宿を営むクルック氏の元には、謎の人物ネモと、裁判の様子に心奪われる初老の女性が、それぞれ暮らしていました。


猥雑な雰囲気、そこに次第に飲み込まれていったのが、リチャードです。裁判に没頭するあまりに、彼は財産を失い、段々とひどい暮らしになっていきます。そうして彼は健康を損ない、命を縮める結果を招きます。


チャーリーは貧しい下宿に住んでました。(弟と妹を守るために、「ドアに鍵を掛けておきなさい」と言っていました)。また立ち退きを迫られている軍人のジョージ氏も、従卒と一緒に体育会的な暮らしをしているところが、なんとも言えません。そういうところで、結構、下宿をしている人たちの生活が、いろいろと出てきたとは思います。


面白かったのは、「中流の生活も」そこそこ描かれていたことです。善良で翻弄される代筆屋スナッグスビィ氏、母と暮らすガッピー氏、ダンス教室の教師、慈善家で家族を省みない夫人など、下層ではない人たちも、ドラマの中で生活感を与えられていました。


英語

なんとなくですが、キーフレーズとして出てきたのは、「settle」です。裁判の終結を意味するのでしょう、この言葉が、リチャードの口から何度も出てきて、彼がとり憑かれている様子が伝わってきます。


全体に

俳優:☆☆☆☆

脚本:☆☆☆

映像:☆☆☆

衣装:☆☆☆☆

田園:☆☆☆☆☆

建物:☆☆☆☆☆


評価としては、良くも悪くもBBCでした。話が非常に長いので、興味を持ち続けるのは少し難しいかもしれません。感情移入をしにくい、全体が見えにくい、タルキングホーン氏が目立ちすぎている、という点において。


なんというのか、「このシーンが美しい」と呼べるような映像が無いのです。再現が先行するあまり、「映像でしか表現し得ない美しさ」が、視聴者に伝わらなかった、それが、感想を書く気持ちを強くしなかったのではないかと、思えます。わずか2日で見てしまったのが、いけないのかもしれませんが。


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参考資料

ディケンズ・フェローシップ 日本支部 あらすじ『BLEAK HOUSE』(『荒涼館』)

『BLEAK HOUSE』BBC公式サイト