ヴィクトリア朝と屋敷とメイドさん

家事使用人研究者の久我真樹のブログです。主に英国ヴィクトリア朝の屋敷と、そこで働くメイドや執事などを紹介します。

『エマ』8巻・感想

エマ 8巻(DVD付き特装版) (BEAM COMIX)

エマ 8巻(DVD付き特装版) (BEAM COMIX)





元々雑誌で連載していた頃に読んでいたものと、買い忘れてそうでないものがありますが、楽しめました。特装版のポイントは折込と背表紙のエマさんです。ちんまりと腰掛けた姿は、最高であります。表紙も裏表紙も、ありえないです。



作品の構成は短編集です。



夢の水晶宮(前・後編)

ブライトンの海(前・後編)

The Times

家族と



そして何よりも、弾けているあとがき。



以前、『The Times』の感想を書きましたが、その後に続くターシャの話も、森薫先生独自の世界で、素晴らしい雰囲気に仕上がっています。実家に帰省するターシャ、そこでの家族とのふれあい。



メイドが故郷に帰る、というのはひとつのイベントで、物語の題材としても当時のエピソードとしても欠かせない要素です。それは、「屋敷と言う裕福な世界」から、「自分が元々いた世界に帰る」からです。



『侍女』においては、あまりにも洗練された世界に染まってしまったが故に、自分の階級の世界が「粗野」に見えてしまったメイドが描かれています。



侍女―エリザベス・B・ブラウニングに仕えた女性

侍女―エリザベス・B・ブラウニングに仕えた女性





その一方で、手記を残した使用人は、友人の帰郷に付き合ってもいます。これもエピソードになります。20世紀初頭のフットマン、フレデリック・ゴーストは友人のフットマンと一緒に、その故郷へ遊びに行きました。また、「物言うメイド」のマーガレット・ハウエルや、他のフットマンも、同僚の故郷を訪問しました。



ここにおいては、あまり階級の違い、暮らしの相違については言及されていません。むしろ、精一杯の歓待を楽しんだ、家族を懐かしむ想いが強く出ています。



もうひとつ、エピソードとして面白く、過去に同人誌3巻(2003年)にて取り上げたのは、あるメイドのエピソードです。勤めで得た賃金、それで購入したコートを、帰郷した時に、妹へあげたメイド。妹は誇らしげに、そのコートを着て、周囲から羨望のまなざしを浴びる……(『ヴィクトリアン・サーヴァント』)



しかし、そのどれとも、今回のエピソードは違います。メイドの見た世界、置かれた境遇が的確に伝わってきます。そして何よりも、暖かい。感情の機微、雑然とした生活の匂いがする雰囲気の描写は非凡です。



使用人や当時の暮らしは「もうひとつのヴィクトリア朝」を見る視点です。社会全体や歴史的観点、イメージとして伝わるヴィクトリア朝はゴシック的で重厚で道徳的で、そして退廃的な雰囲気もあります。しかし、使用人の言葉、彼らが語る世界、彼らの生きた時間には、それとまったく違う風景もあったのです。



使用人の世界は、時として色彩であふれています。



そして毎度のことながら、あとがき必見、です。


『MANOR HOUSE』と『エマ』8巻


この作品と「ヴィクトリアン・サーヴァント(英宝社刊)」
があれば、メイド漫画が描けると思います。

みなさん是非描いてください!

(森 薫/漫画家)

MANOR HOUSE』のチラシより。


『エマ』8巻には、『MANOR HOUSE』のチラシが入っています。寄せられた文章も十分熱いですが、あとがきの中でも森薫先生が絶賛しています。他に日本語化して欲しい映像って何だろう、と思いつつ、メイドを真剣に研究していれば、行き着く先は同じなのだと感じました。



どちらの資料も、森薫先生同様、久我にとっては数年前に到達した地点です。



ちょうど2004年ぐらい、森薫先生が当時の4巻あとがきで唐突に「脳内うちわけ」という円グラフを描きました。1位は当然「ヴィクトリア朝メイド」ですが、2位は、「エドワード朝メイド」。



「きっと『MANOR HOUSE』だろうな」とも思えました。なぜならば、その当時、わざわざエドワード朝のメイドに触れるだけのインパクトある作品は、『MANOR HOUSE』以外に存在しなかったからです。



同時期に似たような資料を発掘して、読んで、吸収して、表現の幅を増していく。巻を進めるにつれて段々と森薫先生の速度や幅広さに追いつけなくなりましたが、筆者の方とそうした感覚を持てた作品は、自分にとって『エマ』が最初で最後だと思います。



そういう意味で、自分にとって『エマ』は特別なんですね。



この後、日本でどれだけ資料本が作られようとも、映像が出ようとも、『ヴィクトリアン・サーヴァント』と、『MANOR HOUSE』を超えられるだけのものは、ほとんど存在しないでしょう。



だから、この機会に、是非、本物に触れて欲しいと思うのです。



『MANOR HOUSE(マナーハウス)』公式



→パンフレット情報あり。



予約受付開始は2007/03/31からで、公式サイト以外では販売が無いようなので、欲しい方はくれぐれもご注意下さい。



Manor House: Life in an Edwardian Country House

Manor House: Life in an Edwardian Country House





あとがきで言及されていた『MANOR HOUSE』の副読本です。番組内では扱いきれなかった情報や、登場人物のコメントなどの裏話も出ています。