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2007-06-24 実在したメイドの言葉、主人の面影

[]ヴィクトリア朝の暮らし7巻忠実な使用人を一部公開

昨日、「『ヴィクトリア朝の暮らし』7巻の魅力を伝えきれない」と書きましたが、一部を一般公開することにしました。


実在する主人と使用人の絆をお伝えする内容を選びました。英書を中心にしており、日本ではあまり目にしないエピソードが中心です。『MANOR HOUSE』のミスター・エドガーもある意味、ここに加わる資格はあるのかなとも思いますが、主人と絆を持てる使用人自体はそれほど多くありませんでした。


同人誌に対しての判断材料として、お読みいただければと思います。


[]『ヴィクトリア朝の暮らし7巻 忠実な使用人』風変わりで魅力的な主人たち

 ハナ・カルウィックは、こう言いました。


『私は自分自身とあの方々、階上で腰を掛けてお喋りや縫い物やトランプを楽しんでいる(とても小柄なで優雅な)ご婦人方のことをよく考えたものです。……その方々にとって私は別種の生き物だったようです。でも高貴なご婦人と召使の関係はいつでもそういうものですし、育ち方が全く異なるのですから、当然です』

(『ヴィクトリアン・サーヴァント』P.184より引用)


 その一方で、『年を取った人間にとって最大の祝福は、健康と、それに親愛で優しい使用人たち』と述べる女主人もいました。何事にも多様な側面があり、本同人誌では、なるべく多くの角度から光を当てていきます。


 この章では、紹介し切れなかったエピソード、イギリスの使用人の目から見た風景をお伝えし、「主人と使用人の絆」の項を、終わりにしたいと思います。


【1・マーガレット・パウエル】

▼1・ウォルター・ギボン卿

 卿はユーモアのある人物で、マーガレット・パウエルは思いがけないところでこの主人と出くわします。


『屋敷のキッチンには食事用のリフトがあった。それはダイニングルームの床に繋がっていて、キッチンには時々、ダイニングからのノイズが聞こえてきた。私はコースを作って、それを送り届けると陽気な歌を歌っていた。すると、ウォルター卿が不意に姿を見せた。彼は、リフトに乗って、降りてきたのだ。


「ねぇ、コックさん、『God Save The Queen』を歌って、コンサートを終わらせてくれるかい?」とギボン卿は言った』

(『BELOW STAIRS』P.111より翻訳・引用)


▼2・ミスター・ビショップ

 さらに、フェティッシュな映画『小間使の日記』を思わせるような嗜好を持った主人、ミスター・ビショップが登場します。


『私たち使用人が部屋に戻って眠ろうとしている午後十一時半に、ミスター・ビショップはいつもベルを鳴らして、ハウスメイドを呼んだ。ヒルダかイリスは、ドレッシングガウンを羽織って、彼の部屋に行った。彼はウィスキーとソーダ、それに本をライブラリから持ってくるように頼んでいた。


 私はあるとき、ヒルダに、「どうしてミスター・ビショップは、私たちが眠る前に用事を伝えないのかしら」と聞いた。するとヒルダはこう言った。

「彼は、カラーを髪につけている私たちの姿を見たいのよ」

 カラーは今みたいなものではなく、鉄製で見栄えもよくないものだった。私たちは毎晩、眠る前にそれをつけておいた。大きければ大きいほど、それは具合がよかった。だから私は、言った。

「ねぇヒルダ、あなた私をからかっているの?」

「いいえ、本当なのよ」

「じゃぁ、彼はカラーをつけているあなたたちに何をするの?」

「彼は本当に何もしないの。私たちに髪のネットを取るように頼んで、それから、私たちの髪を、カラーを指で撫でるの、私はベッドの端に腰掛けて、ミスター・ビショップはカラーを撫でるの」』

(『BELOW STAIRS』P.148〜149より翻訳・引用)


 マーガレットは主人の奇癖と、それを受け入れる同僚に驚き、呆れますが、ヒルダとイリスは化粧品やチョコ、ストッキングなどを買ってもらっていました。なかなか微妙な主人の奇癖です。


【2・フレデリック・ゴースト】

▼1・グラッドストーン兄弟

 ゴーストは大政治家の甥たちに仕えます。ここでゴーストは信頼を得て、ふたりとの関係は良好でした。兄のミスター・ウォルターはあるとき、ゴーストを呼び出して、彼の外套とツィード製のジャケット――四十年以上、同じ仕立屋に作らせている――をプレゼントしてくれます。


 そして、「ゴースト、お前には休みが必要だ。街に戻って、家族と一週間、過ごして来るといい」と言ってくれました。


『コート・ヘイ(屋敷)を離れて、リバプールへ向かいました。休暇が嬉しく、気分もよかった。私はウォルター卿からいただいた外套を着ていました。駅まで送ってくれた御者のハリスは、ただ一言、「今日は気取ったダンディーだね、ゴースト!」と言ったのですが、私は彼が、服を貰ったことを嫉妬していると思って、気にしませんでした。しかし、リバプールの駅のホームに下りた私を、母は上から下に見渡して、叫んだのです。


「フレッド! あなたに会えるのはとても嬉しいわ。でも……ねぇ、フレッド。あなたはふざけているの、それとも本気なの?」


 そのとき、私は外套に不具合があると気づきました。鉄道の中で、人々が私を何か意味ありげに見ていたのですが、それは私ではなく、このコートを見ていたのです。母の笑いが私を意気消沈させ、私はコートをすぐに脱ぎました』(『Of Carriages and Kings』P.83より翻訳・引用)


 ゴーストはロンドンと華やかな社交界に憧れ、転職を決意します。兄弟で、その受け取り方は異なっていました。長くなりますが、主人との別離として印象的なので、翻訳します。


『兄のウォルター卿は私がロンドンで働く機会を得たことを喜んでくれましたが、弟のリチャード卿は喜んでおらず、どうして離職するのかをお尋ねになられました。私は彼に説明しました。『世界に踏み出したい』『田舎の無骨者で終わりたくない』と。


「若い者はみんな、そう言うのだ」

 リチャード卿は頭を振りながら、言いました。

「決して満足することは無いぞ。この国はくだらない方向へ向かっている。不満や、不忠が世の中に広く広がっていて、私たちの世界を揺るがそうとしている。お前がロンドンに行ったとしても、そこには騒がしさと人間でいっぱいの道以外、何も見つけられない」


 私が屋敷を離れる前日、ヘッドガーデナーのミスター・バンクロフトが私たち使用人をみんな温室に呼び出しました。センチュリー・プラント(アオノリュウゼツラン)が、今にも咲こうとしていたのです。


 この植物は百年に一度しか咲かないと言われていいぇ、ミスター・バンクロフトは「それは詩や辞典の中のことで、実際は三十年から四十年に一度、咲く」のだと教えてくれました。


 半分開いた黄色い花をいっぱいにつけて、広がる姿は、とてもドラマティックで、私たちは驚きながら、花を見上げました。


 この巨大な植物を私は見つめて、きっと花が少しずつ開いているのだろうと想像していました。すると、リチャード卿が温室に入ってきて、私の隣に立ちました。

「なんて素晴らしい眺めなんだ」

 彼は静かに言います。

「間違いなく、私たちが今までに見た中で、最高だ。バンクロフトは、この道の天才だ」

「その通りです、リチャード卿」

 私は、答えました。


「ゴースト、私はお前が屋敷を離れるといったとき、傷つけるような物言いをしてしまった。正直に言えば、私はお前に辞めて欲しくなかった。強く言えばお前が考え直すとも思っていたのかもしれない。だが、私はお前の若い野心や、見知らぬ世界を見たいと言う気持ちを理解した。私はお前がロンドンで運に恵まれるのを願っているし、ウォルターがお前のために、口添えをしてくれるだろう」

「私はあなたに仕えて、楽しかったです。私は、ここを離れるときに、もう一度、この花を見に来ると約束します」

 私とリチャード卿は温室の端で握手を交わし、別れを告げた。


 私は気づきませんでしたが、この温室の花は、興味深いことを象徴していました。花は咲いて、十九世紀は終わろうとしていて、私は人生の新しい章を、始めようとしていたのです……。

(『Of Carriages and Kings』P.84〜85より翻訳・引用)

 主人と使用人の別離として、美しい光景です。


▼2・レディ・ハワード

 素晴らしい女性なのですが、話が長いので、別の機会に……


【3・ローザ・ハリソン】

▼レディ・ナンシー・アスター

 イギリスで最も美しいカントリーハウスの一つと呼ばれる、クリブデン。現在はナショナルトラストの管轄にありますが、ホテルとしても経営され、昭和天皇が訪問したことでも知られています。


 その屋敷に住んでいたのが、ローズ・ハリソンの女主人レディ・ナンシー・アスターです。彼女は非常に独特な人物で、社交界の中心にいたり、政治家として議会に席を持ったり、行動は多岐に渡りました。


・『如何なるレディとも異なる』

 性格は、使用人にとって扱いにくく、彼女の評判を聞いたローズは、「レディ・アスターの元で働きたくない」とまで、言っています。「クリブデンの君主リー」と称えられた、同時代最高の執事ミスター・リーも、ローズや他の使用人に『レディ・アスターは君たちが知っている如何なるレディとも異なっている』と、釘を刺しています。


『私が一つ何かを始めると、レディ・アスターは他のものを言いつけました。彼女は人の話を聞かず、感謝をしない人でした。彼女はサディスティックで、皮肉ばかりを言いました。


 彼女は「私は同じことを二回も言う必要を感じないの、ありがとう、ローズ」とよく言いました。それに、彼女は物まねもしました。楽しませるためではなく、傷つけるために。


 服を選ぶときも、彼女はわざと何度も心変わりして、私を責めましたし、私が抗議しようものなら、「嘘つき」呼ばわりしました。彼女は漁師の妻(訳注・ロンドンの荒々しい庶民の女性)のように、叫んだり、怒ったりしましたが、決して下品な言葉は使いませんでした……


 そして、彼女はよく私の身分を使って、私をけなしました。

「あなたはハウスメイドぐらい駄目な人間ね、ローズ」

「あなたはそんなふうに話すよりも、もっと知った方がよいと思いますわ、奥様。私の妹アンはハウスメイドで、いい子です。私は私よりも優れている人間がたくさんいることを、知っています。ハウスメイドが最低の中の最低だとしても、あなたにハウスメイドをそんなふうに言う権利はございません。奥様がけなしていいのは、ご自身だけです』

(『Keeping Their Place』P.154より翻訳・引用)


 久我はこれを最初に読んで、「なんてひどい性格の主人なんだ」と思ったのですが、よくよく考えると、ローズは「反論し、論駁」しています。主人に歯向かう発言をしても、働き続けられるのです。


・主人との戦い

 そうした発言を許し、解雇しなかったのは、レディ・アスターが、ローズを気に入っていたからですし、彼女はそうした言葉で人の反応を見るタイプ、「素直ではない」のです。「イエスマン」を好きではなかった、とローズは述懐しています。


 ローズは最初、この女主人を苦手にしました。その意地悪さに潰されそうになり、失敗を続け、仕事への自信を失ったほどです。しかし、ローズは自ら立ち直りました。レディが過剰に人を傷つけようとする場合は無視したり、怒ったり、気持ちを伝えました。


「私を未熟な若い侍女のように扱わないでください」とか、「あなたから給与を貰っていますし、雇われていますが、所有はされていません」とか、心情をぶつけたのです。


 そしてローズは、最初に仕えたレディ・アスターの娘ウィジーより、この気難しく、憎まれ口を叩く貴族の女性に、限りない愛情を覚え、彼女が死ぬまで傍にいました。


・信頼の絆へ

『ローズ。あなたにひとつだけ言っておきたいことがあるって、私、気づいたのよ。私の話は、さえぎらずに、最後まで聞きなさい』

『「ローズはどこ? 彼女はどこにいるの? いつ帰ってくるの? どうして彼女は私を残して、行ってしまったの?」


 レディ・アスターは私が留守のとき、他の使用人に何度も質問して、彼らを困らせていた』

(『ROSE:MY LIFE IN SERVICE』P.250、P.256より引用)


 何回、ローズの日記の中で「お黙り、ローズ」という言葉が出てきたのか。それでも、レディ・アスターはユーモアのある人で、物怖じせずに接してくるローズを気に入っていました。ふたりが過ごした三十五年間に及ぶ長い時間、傷つけあい、理解しあうといった、必ずしも優しさだけではない主人と使用人の絆は、不思議な関係でした。


 ローズが残した回想録は、二十世紀に入ってからの上流階級と使用人の生活を知る上では、最高の資料の一つです。


【4・参考資料】

『Keeping Their Place』(手記集)

『BELOW STAIRS』マーガレット・パウエル(ASIN:0432118004)

『Of Carriges and Kings』フレデリック・ゴースト

『ROSE:MY LIFE IN SERVICE』ローズ・ハリソン

『GETNLEMEN'S GENTLEMEN』ローズ・ハリソン


以上、『ヴィクトリア朝の暮らし7巻 忠実な使用人』P28〜32より引用。尚、同人誌の中で資料名は翻訳していますが、ここでは英語タイトルに戻しています。



■第7巻

フットマン、男性使用人、メイドの恋愛、主人との絆『忠実な使用人』



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