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2008-06-15 締切りまで2週間

[][]ヴィクトリア朝の貴族の両親は冷たかったのか?(21:00)

資料を読んでいて面白いと思うのは、研究者によって視点が違うことです。研究者にも何種類かあり、書いた人が大学の先生かジャーナリストかでも違ってきます。


今日読んでいた資料本は「ナニー」の資料の裏づけの為でした。曰く、ヴィクトリア朝の両親は子供を好きではなかった。曰く、父親は子供と会うのが年一年(比喩ですが)、母親は一日一時間で、その時間はだいたい夕方の五時からで、ディナーの前に子供はナースメイドによって着替えさせられ、母と時間を過ごしたと。


しかし、今日読んだ本では別の視点で様々な情報が提供されています。その中で面白かったのは、「忙しかったのは働いている父親であって、領主である貴族たちは彼らほど家を不在にしなかった」「貴族の家族はもっと仲が良かった」と、手記や残された手紙などから立証しようとしているのです。


世にインパクトを与える研究書があったとしても、それはインパクトを与えるが故に極論をかざすこともあります。またそれを鵜呑みにすると、ステレオタイプに飲み込まれる場合があります。


久我は考えも無く、「ヴィクトリア朝の両親は子供と過ごさなかった」という知識を前提にナニーの仕事を読んでいましたが、この筆者によればナニーに育児を手伝ってもらっていても、育児そのものを手放さず、子供を愛した親も多い、という点です。


むしろ、そうした距離感は「働かざるを得なかった中流階級」にこそあった、との指摘は、現代日本でも言えるのではないでしょうか?


平日は働き、土日はぐったりして家で寝転ぶ、というステレオタイプが日本の会社員にはありますが、ヴィクトリア朝の「働く人たち」も、似たような状況だったかもしれないのです。


自分自身で直接原文は読んでいませんが、1983年のアメリカの平均的な妻が、学校に行く前の年齢の子供の育児に費やす時間は10分以下との研究結果があったそうです。「1時間だとしても、現代の子供より時間を費やしてもらっている」と、筆者は指摘しています。


「ヴィクトリア朝の子供は可哀想、親と一時間しか会えなかったんだ」と言う前に、現代の自分たちを顧みる、というのはなかなか面白い体験でした。


今回、ナニー系の話を書きますが、両親との関係性におけるナニーの立ち居地、と言う観点も必要であると認識しています。今時点では資料が足りないかもしれないので、ひとまず有名であるが故に圧倒的な影響力を持つエピソードに振り回されないよう、しかし、他の観点での裏づけが無いかも、チェックすることにします。


特に、有名なエピソードがいつの時代なのかも重要です。筆者によれば一九世紀前半には確かに厳しく重苦しい躾が存在したのも事実ですが、時代を経るに従って自由になっていった、とも記されています。同じ英国貴族のエピソードでも、どの時期を取り上げ、誰の言葉を採用するかでも違ってくるのです。


今回読んだ資料では「ヴィクトリア朝の規律/時代の雰囲気によって、両親は子供から切り離されている」との立場が感じられます。「貴族が自身の遊興で忙しく、子供に構っていられないから育児を任せたし、会おうとしなかった」という通念的なものと、異なる視点です。


結果としては一緒かもしれませんが、ヴィクトリア朝の建築家の思想「一つの部屋は一つの機能」(ピュージンでしたか?)も、子供と両親を切り離す建物の設計をした、というような話もあり、随分と勉強になりました。


勿論、ここで読んだものがすべて正しいとは思いません。しかし、幾つか腑に落ちなかったことへの疑問が解消したのは確かです。


情報処理に追われて、何も進みませんでしたが、資料を作る立場としては集中して本を読み、考察を深められたので有意義でした。問いがあるのか、無いのか、それが資料本として最も重要なことだと思います。久しぶりに、よい疑問に遭遇しました。


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