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2009-02-01 執事再び

[]終わりの無い資料本制作

どこかで利用してからタイトルは公開しますが、新しい執事に出会いました。元々幾つかの資料本で名前を知っていて、さらには記憶に残る名言も残している人なのですが、細部に渡ってここまで期待を抱かせてくれるのは、久しぶりです。


Astor子爵家に仕えたEdwin Leeを「執事の中の執事」というエリートとするなれば、こちらは「執事の中の執事」でありながらも、数奇な体験をしてややシニカルながらもユーモアもあふれる執事、というのでしょうか?


崩れそうな本をまだ十ページぐらいしか読んでいませんが、ここまで期待が膨らむのはなかなかありません。


手記は資料本を作る上での当たりは多いのですが、純粋に読み物として面白いか、手記の筆者である使用人に人間としての魅力を感じられるかで言うと、外れに遭遇する確率も高いのです。


あと、「いつか使うだろう」と買っていた「上流階級をメインに扱った本」を読み直す(正確には数が多すぎて時間も無いので、断片的に斜め読み・情報があるか無いかのINDEX化ですね)と、意外とこれまでに知らなかったエピソード(出所が違う)にも出会いました。


研究の中でメジャーな英書資料本で参考にしている文献はそこそこ入手しており、『ヴィクトリアン・サーヴァント』についても、「あ、これはこの本の参考か」と、原典が見える箇所がまた増えました。


結局、「研究」とは個人の業績だけでは出来ず、誰かの視点の上に新しい物を積み重ねていく、ただその際には、「誰の業績か」を謙虚に示すことが大切だと思います。「自分のオリジナル」のように書くのは避けたいものです。その点、英書の資料本の多くはきちんと引用元を明記しており、使いやすいです。


久我の同人誌ではそこに憧れるものの、個人の編集能力の限界もあり、可能な形での処理にしていますが、なるべく「それが筆者の意見なのか」「引用した本の意見なのか」は意識しています。去年のコミケでスペースに来て下さった方が、「そこはわかりやすくて良いですね」と言って下さいましたのは、嬉しかったです。


ただ、目指している先は「歴史家」ではありません。歴史家は多分、既に興味のある人を対象に、100点に仕上げていく難易度の高いことをしていると思います。完璧さを目指す意味において。


久我は興味が無い、ちょっと関心があるという人たちに、まず「入り口」として読んで欲しい、80点とは言わないまでも、読めばある程度わかる本を作りたい、そこから先は自分で深めたければ深めて欲しい、ということを意識しています。


「自分が好きなことを、人に伝えたい」と言うのが先にあり、「自分の考える正しさを証明する為に研究」しているわけではないのです。そこは役割の違いだと思っていますし、大学や研究機関に所属していない個人では限界があります。


ただ、それをマイナスだとは思いません。専門家ではないが故に出来ることがあります。まず関心を持ってもらう、興味を持つ対象がそもそも読者の中にあることに気づいてもらう、そして楽しんでもらう。それが自分の活動の強みであり、目指すことです。


話が逸れ過ぎました。どこへ行ってしまったのでしょうか。


ということで(強引ですが)、メジャーな筆者とその資料本、そして参考文献をわずかなりとはいえども押さえつつあるので、違う筆者の本を読む際に出会う「異なる参考文献」には刺激を受けるわけです(ニッチ度合いも高まりますが)


それこそ人間の数だけ視点があるので、「あぁ、これを知っていれば総集編に盛り込んだな」という話も数多く出てきています。すべてを網羅することは不可能であることを知りながらも、何かを仕上げる度、指先から零れ落ちるものはあるんですね。


同人誌を作っていた初期からの「取りこぼし」は総集編にてだいぶフォローできましたが、以前にも書いたように、総集編とて「その時点での限界」に過ぎず、まだまだこの先が広がっています。


筆者が成長すれば、内容も広がっていくのです。


たとえば、以前日記に書きましたが、『ヴィクトリアン・サーヴァント』の筆者であるPamela Horn女史でさえも、この本の初版を書いた1970年代当時は『What the Butler Saw』からの引用だけだった視点を、最近書いた別の資料本では自分の言葉・別の資料の裏打ちをつけて解説していました。


見たことのない知識に遭遇した場合、原典を知りたい(2008/05/18日記)


新しい執事や、使用人の面白いエピソードに出会うたび、そう思います。そして、最近は主人たちのエピソードにも手を広げはじめたので、すべて腑に落ちて語れる日は来ないと思います。


……ということを書いていて、今日の朝に読んでいた資料本で見つけた、「この主人の視点の本欲しいなぁ」と通販しようとした本があったのですが、この日記を書いていて「あ、そういえば年末に主人の視点の本を一冊買ったよな」と部屋の中を探すと、正に今日欲しいと思ったその本でした。


よかった、この日記を書いていて(笑)


書くと整理されるもんですね。


ヴィクトリアン・サーヴァント―階下の世界

ヴィクトリアン・サーヴァント―階下の世界



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