ヴィクトリア朝と屋敷とメイドさん このページをアンテナに追加 RSSフィード


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2010-05-01 5月×メイド

[]ヴィクトリア朝の表現規制と作家

ヴィクトリア朝は『シャーロック・ホームズ』のイメージや、『エマ』のメイドなどで街並みや衣装、生活様式といった点で伝わるところも多いですが、価値観、特に道徳面では非常に厳しい時代でした。社会に力を持った中流階級は福音主義と呼ばれる、宗教上の立場を尊重していました。


福音主義は生涯をかけて信仰に沿った敬虔な生活を続け、「来世の準備」として現世を生きる考え方とされています。プロテスタントのひとつの立場で、代表的なものが18世紀にメソディスト派です。メソディスト派は福音主義にのっとり、清貧を重んじ、形式的儀礼より道徳的生き方や振る舞いを通じて魂の幸福を求める信仰活動を行いました。


日々をどう生きるかによって評価されるとなると、日々の行動に宗教的価値観が強く取り入れられました。ヴィクトリア朝の中流階級では道徳的であることと信仰に沿った生活が望ましいとされましたが、その一方で、商工業を従事するプロテスタントの人々の間には、「日々、勤勉・節制・自助自立で働いた結果、財産は蓄積される。その財産は、信仰心の賜物である」と彼らの生き方を肯定する考え方がありました。労働は神聖、とする考え方もこの同じ流れです。


宗教に沿った労働をして財産を得ることは肯定されました。一定レベルの暮らしをすること(家族にさせること)は自身の財産を証明し、ビジネスを行う上での評価や信用に繋がりました。清貧の思想はその点で置き去りにされたかもしれませんが、勤勉で自立した暮らしを営み、道徳的に振る舞い、清潔であること、家事使用人(メイド)を雇うことなどは、「リスペクタブル」であると評価されました。


人から見られるであろう評価によって、自分の価値が決められてしまうともいえましたし、貧しき人々を「財産が無い→怠惰・信仰が無い」と見る視点があり、内面ではなく、外見や財産の消費で人を判断する時期ともいえました。この時代を生きる人たちは「他者からどう見えるか」を気にして、その基準に沿おうとしたともいえます。その基準のひとつは、「道徳」でした。


道徳的の範囲は自己の生活だけではなく、労働者階級や上流階級へも拡散していきました。庶民の間にあった熊いじめや闘鶏を残忍な遊びを排除したり、ボクシングをルール化したり、労働の妨げになるとして禁酒運動を進めたり、安息日の遵守として日曜日の労働を行わなかったり、性に関する話題が婉曲的に表現されたりと、様々な道徳的振る舞いが日常を変えていきました。


ここまで「道徳的」と使ってきましたが、聖書に沿った暮らしのどこからどこまでが道徳的かは、解釈者によって大きな相違がありました。安息日を楽しんではいけないとした家庭では厳密な解釈で日曜日を地味に過ごしましたし、そうでないところではレジャーを楽しんだりと幅がありました。


なかでも性表現の描写を巡っては、文学や絵画などの領域で「道徳的かどうか」が問われ、表現機会や評価の質が変わりました。道徳的かどうかは個人の主観に委ねられる部分もありますが、この「どう見えるか」は時に作家の表現を奪いました。その被害を端的に受けたのが、イギリスを代表する作家、『テス』『日陰者ジュード』の作者として知られるトマス・ハーディでしょう。


ヴィクトリア朝は書籍が普及し始め、聖書はよく読まれていました。上述したように中流階級には安息日に遊ぶことを好まなかった(しにくかった)要因があり、家庭内を過ごしやすくする努力をしたり、読書や読書会が家庭内で執り行われました。子供が読む本の内容に注意を払った、最初の人びとかもしれません。


読書会の人気は、ヴィクトリア朝文学の内容に重大な影響を及ぼした。福音主義者たちは、感じ易い心が不純な考えに汚されるのではないかとしばしば神経症的に心配した。それゆえ、彼らが手にする読み物はすべて、そして婦女子を含む集団の中で音読されることになる読み物はとりわけ、言語や思想の面で、いささかなりともたしなみの良さを欠くことがあってはならなかったのである。(中略)当然のことながら、この上品振りはあらゆる言語に――印刷物ばかりではなく日常の会話にも――さらには、肉体というものを多くの人々が進んでその存在を認める以上にあらわにする絵画や彫刻、にまで及んだ。品の無さは、神に対する冒涜とほとんど同じくらい嘆かわしいことだとされたのである。

(『ヴィクトリア朝の人と思想』P.205より引用)

編集者は「道徳的かどうか」を意識して、上品ぶった言い回しを求めて検閲や削除を行うか、出版を拒否しました。ハーディは『テス』や『狂乱の群れを離れて』で単語の選び方(女性を抱えるシーンを、手押し車に乗せるように指示したなど)や、シーンの描写で、掲載雑誌の編集者の検閲を受けました。


流通も、規制の当事者でした。本がまだ高い時代には貸し本屋が本を一定数買い上げ、作家に影響力を持ちました。なかでも、貸し本屋として成功していたミューディーは福音主義的見解を持ち、非道徳的だと彼が判断する本の貸し出しを停止しました。当然、作家が生活していくには、ミューディーズは意識しなければならない存在でした。


そして、ハーディの作品『日陰者ジュード』を読んだある主教がその本を焼き払ったと公表したことによって、『イギリスの鉄道駅の書籍売店を実質上、独占していたW・H・スミス・アンド・サンという大きな勢力を誇る会社は、配布していたその本を回収した。――そのため、ハーディは小説を書くのを止めてしまったのである』(『ヴィクトリア朝の人と思想』P.210より引用)と、絶筆のきっかけのひとつとなる事件が起こりました。


なお、ヴィクトリア朝に関しては「猥褻」の検閲のみを行っており、これまで取り上げた表現規制については、法律によるものではなく自主規制でした。


東京都の条例による表現規制の一連の報道に接して、私が知っている過去の歴史に存在した表現規制の一例を、取り上げました。同じくヴィクトリア朝の絵画におけるヌード表現については、「非実在青少年」規制問題に関する余談にてまとめられている方がおりますので、ご参考まで。


私自身は条例に曖昧さを感じており、過剰な自主規制と、判断が運用者で異なる可能性が高い点で運用者にも負担が多いと思うので反対です。東京都が目指しているのは、ヴィクトリア朝のような「道徳的な社会」ではないでしょうし、道徳的といわれた時代でも売春が盛んに行われていました。これには貧困が売春を強いていた部分もあり、環境要因も見落とせない視点です。同様に創作物の表現規制のみで、東京都が期待する健全な環境が訪れるようには思えません。


また、1990年代の有害コミック運動はそれからどうなったのかで言及されるように、過去に同様のアクションをした結果として今があるわけで、当時の振り返りや、他の方法を考えていくのが良いのかなとも思います。


今回、ヴィクトリア朝を軸に書きましたが、産業革命以降の繁栄を謳歌したヴィクトリア朝は最初に様々な問題を体験した社会とも言え、現代日本で起こっている様々な事象を異なる視点で見る、相対化する視点に富んでいると思うからです。


しかし、この相対化自体はヴィクトリア朝に限ったものではありません。過去の何かを知っている方には、特に専門研究者・教育者の方から見た表現規制の歴史や影響(日本の1990年代でも、戦時中でも、明治時代でも、海外でも)などについての情報や発言など、視点の多様化(条例への賛成・不賛成は別としても)を期待しています。