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2011-04-07 過去の暮らしへの関心

[]NHK朝の連続ドラマ『おひさま』と昭和の家事

このところ、日本の女中事情を調べています。もう少し幅広く明治〜昭和の女性の職業にも目を向けていますが、ちょうどNHK朝の連続ドラマ『おひさま』は戦前の日本を題材としている点で興味軸が重なるところが多く、録画しています。


英国との比較

私は英国貴族の屋敷という「暮らし」を維持した家事使用人に興味を持ち、どのように屋敷が運営されていたのかを調べたり、屋敷に様々にある部屋がどのような役割を果たしていたのか、そして当時使われていた道具はどんなものがあったのか、というのを見るのが大好きです。


そもそも、住込みで働くメイドや執事は、このような「屋敷」に住んでいたわけで、どこでどのように一日を過ごしたり、寝ていたりしたのかも、調べてくると見えてきます。屋敷で働けた使用人たちは全体の中の一部に過ぎず、大部分はもっと小さな規模の家庭(下層中流階級)でひとり働いていましたし、私室を確保してくれればいい方で、物置やキッチンのある部屋にベッドがある、なんてこともありました。


このような暮らしの風景は、たとえばドキュメンタリーで描かれたり(中流階級の家庭は『THE 1900 HOUSE』、貴族の館の暮らしは『MANOR HOUSE』)、ドラマに登場したり、本が出ていたりと、興味を持つ人は大勢います。観光地や記念館として公開されていることもあるので、興味を持つ人にとって、接する機会は多いです。


ところで、私は日本の家事は英国よりも少しは楽だろうと思っていました。英国は家庭で石炭を用いるので煤が出て、地域によっては洗濯物を干すのに適しません。石炭の煤による錆を防ぐために磨き仕事も必要でした。靴を履いて暮らすので、外から持ち込む土や泥も家の中に持ち込まれました。日本は玄関で靴を脱ぎますし、石炭も使っていないので大丈夫だろうと思っていましたが、これが調べていくと、なかなか大変なものでした。


日本の家事は結構大変

万国共通の大変さは洗濯で、洗濯機ができるまでは洗濯板で汚れを落とし、絞り、干しました。1920年代ともなると会社勤めの男性も増え、男性のスーツ着用率も高くなっていました。ワイシャツのアイロンかけは、この時代からあったのです。また、明治の日本では衛生観念も発展したことで、洗濯の頻度も上がったことでしょう。清潔さは、一種の消費であり、ステータスとして成立する時期もありました。


和服メインの女性の衣類も手入れが大変だったり、動きにくかったりと問題がありましたが、家事を大変にした私にとっての予想外なことは、当時の家屋の構造でした。これが英国の家屋では見られない大変さです。


たとえば雨戸(横にスライドする)です。昔の日本家屋は雨戸を備え付けていました。朝と夜に開け閉めをするので、作業が手間です。また雨戸を空けたところがすぐ縁側だと、これもまた掃除の手間を増やしました。外に対して開かれているので、汚れやすくなります。


時代劇で『暴れん坊将軍』や『水戸黄門』が偉い人の屋敷に入り込んで殺陣を行いますが、よく見ていると縁側や廊下が直接屋外にむき出しになっているのに気づかれると思います。あれを雑巾掛けするのは、大変なことです。


さらに、障子も、格子の数が多ければそれだけ埃を貯めやすくなりました。19世紀英国ヴィクトリア朝では室内を多様なインテリアで飾ったり、額を壁にぶら下げたりする傾向がありましたが、これらも表面積を増やし、埃を貯めやすくするものでした。


他にも水道が引かれるまでは井戸で水を汲む必要がありますし、かまどでご飯を炊くのも一苦労でしたが、ちょっと意外だったのは、家屋の防犯性能です。日本家屋は外に開放的で、留守番を残さないと外出をしにくい、ということもあったようです。その点でアパートは画期的だったとか。


主婦は女中の手伝いを必要とする

明治〜戦前の日本家屋の間取り図(女中を雇用できる経済力を持つ、下層中流〜中流階級も含めて)を見ていると、かなりの確率で「女中部屋」があることに気づきます。家事が大変だったので、主婦は女中の手助けを必要としました。


主婦が家事を手伝うかどうかはその家の方針次第でしたが、すべての家事を女中に委ねてしまうと重労働になりすぎ、離職されるリスクが高まりました。これも意外なのですが、日本の女中の離職率は極めて高いものでした。


比較できるほどに英国側の資料を揃えられていませんが、英国では再就職時、「紹介状」という以前の雇用主が発行する書状が「職務経歴」の証明書となり、提出を求められました。良い屋敷に転職しようとすれば、この紹介状は必須です。これがメイドを従わせる支配の道具になりました。しかし、日本の場合はこの紹介状がなく、辞めるのは容易でした。


とはいえ、すぐに辞めた人ばかりでもありません。これもまた日本の複雑な事情ですが、日本の場合、女中として働くことは「職業」ではなく、「嫁入り前の修行」と長く考えられました。働く側にも、雇う側にも、です。修行である点で雇用主には教育的役割が期待され、家事技術を教え込みました。いわば教師と生徒のような関係であり、授業料的に無給や低賃金を許容したり、転職を考えもしない女中もいました。


こうした傾向は職業としての意識が高まる中で変わっていきましたが、「修行」として捉える傾向は長く続き、それは第二次世界大戦後の1959年に行われた労働省による調査でも依然として高い水準を示しました。


しかし、女中部屋があることで家賃が上がってしまう問題や、住込み女中の雇用も英国同様に賃金と同額がそれ以上の費用が掛かり、家計を圧迫しました。労働条件も他の職業に比べ、前近代的で自由が少なく、不人気でした。


戦前の日本ではこの問題解決のために、通勤・パートタイムで家事サービスを提供する派出婦(家政婦の原型)を誕生させました。派出婦の場合、「修行」の必要もなく、高いサービスを期待できました。


この辺りが、現代に続くところです。


戦後は生活様式の変容(住まいのレイアウトや家電の普及、家に求められる役割の変化)によって家事の負担は減り、女中需要は減少していきましたが(供給減少によるなり手不足が当初の引き金)、育児や家族の介護のために家事サービスを利用したり、民間の利用コストが高すぎて家族で分担するなど、家事にまつわる労働自体は消えていません。


昭和懐古と再現される暮らし

私は戦前の日本の家事は、とても大変だったと認識するようになりました。最近読んだ、19〜20世紀のアメリカの家事事情を描いた『お母さんは忙しくなるばかり 家事労働とテクノロジーの社会史』という本も、テクノロジーが変わっても家事の種類が増えてあまり楽にならない、というアメリカの事情が描いています。


昭和への懐古という部分ではNHKの『ゲゲゲの女房』や昨年の直木賞受賞作『小さいおうち』、そして今回の『ひまわり』で感じるところもありますが、日本にはいろいろと資料が残っていて、英国の暮らしよりはアクセスしやすいです。大田区に昭和の暮らし博物館というのがあると教わったので、今度、行ってみようかと思います。


偶然というのか、私が大好きなイギリスの生活を扱う本に『図説 イギリス手づくりの生活誌』があります。自給自足の第一人者の方が幼少の頃のシンプルな生活を回顧し、そこで使われた道具を解説する、素晴らしい一冊です。実は、この本の翻訳をされた小泉和子さんは、上記の博物館館長で、「日本の昭和の家事」研究で知られる方でした。



昭和の家事 (らんぷの本)

昭和の家事 (らんぷの本)



過去の暮らしを懐古するのは英国も同じようで、19世紀ヴィクトリア朝の映画や作品や、数十年前の家庭生活を再現するドキュメンタリーが今もかなり作られて人気を博しています。時間は過去に戻りませんし、私は過去の生活より今の生活水準の方が好きですが、選択できるならば選びたい「暮らし」もいくつかあります。


過去の暮らしに触れることで、今の暮らしがどれだけ便利になったのか、あるいはどこが変わったのか、どこが変わっていないのかを再確認するだけでも発見があります。女中を軸とした働く多数の人々の境遇・労働条件という切り口も発見の多い領域ですので、これはまたどこかで書きます。