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2012-01-08 情報量の過多は現代病ではなかったのですね

[][]『ヴィクトリア朝時代のインターネット』感想

ヴィクトリア朝時代のインターネット

ヴィクトリア朝時代のインターネット



インターネットとヴィクトリア朝?

『ヴィクトリア朝時代のインターネット』は1999年頃に執筆された本で、2011年12月に日本での翻訳版が刊行されました。著者の方は歴史研究家というより、テクノロジ系のジャーナリストで、そうであるが故に歴史資料本とは異なり、読者層を非常に広く設定し、またこの時代に興味が無い人であっても「現代のインターネットとの比較」を自然に行える点で、非常に同時代性を持つ書籍に思えます。


『ヴィクトリア朝時代のインターネット』はまず電信成立の歴史的経緯から、それがどのように社会インフラとして普及していき、どのように使われたか、誰によって運用されたか、そして電信の登場による社会的な影響、衰退の歴史までを扱います。これが各章がしっかりと結びついているというのか、とても分かりやすいです。


ヴィクトリア朝はそもそも、現代に通じる基礎的な部分が多いので、伝え方次第でもっと盛り上がりそうな気がしています。貧困と社会福祉、家族論、労働環境、自由主義、消費社会、メディア論、鉄道、株式会社、郵便制度、公務員制度、社会インフラなどなど、テーマは非常に膨大で、同時代的です。


これまで私が摂取する範囲の情報は「歴史」や「生活史」が多く、また日常生活にあっても今回取り扱う「電信」をネタにした本にも出会ってきませんでした。しかし、技術史を軸に見れば当然研究されている領域で、目次を見ると内容が見えてきます。鉄道や軍事関係の人は詳しそうですね。


第1章 すべてのネットワークの母

第2章 奇妙に荒れ狂う火

第3章 電気に懐疑的な人々

第4章 電気のスリル

第5章 世界をつなぐ

第6章 蒸気仕掛けのメッセージ

第7章 コード、ハッカー、いかさま

第8章 回線を通した愛

第9章 グローバル・ビレッジの戦争と平和

第10章 インフォメーション・オーバーロード

第11章 衰退と転落

第12章 電信の遺産


技術の確立からインフラ整備と問題への対応

今でこそインターネットが当たり前になって、テキスト情報や音声情報もある程度自由にやりとりできますが、100年以上前にそれに酷似した環境は作られていました。技術が確立するまでのモールスや彼の先達や同時代人たちによる苦闘を経て、国境を越えて繋がれた電信ケーブルは、海にも敷設されました。特に大西洋横断海底ケーブルのエピソードは、シュテファン・ツヴァイクが『人類の星の時間』で書いた話もあるので、興味のある方はそちらも是非。


興味深かったのは情報量の増大によってインフラが圧迫されたことで、回線利用状況の分析が行われて、多大な量を占めていた利用方法については「物理的なテキスト情報のやり取り」を行った点です。たまたまこの本を読む数日前に気になったtweetに以下のようなものがありました。




これが英国でも代替手段として用いられました。この「情報量の増大→インフラの圧迫」は、「インターネット」への関心が高い人に向けて書かれているので、現代人にも理解しやすいでしょう。当時のtraffic集中による「輻輳」の発生、原因への対応・解消策の流れが見えます。


また、利用者が発する情報量で課金される制度や通信環境のセキュリティへの不安があることから略文字による情報量削減や暗号化による難読化も行われました。こうした環境を支えて電信のやり取りを行ったのが、電信オペレータです。電信局同士を繋いだ大きな会議や、オペレーター同士で電信を通じて雑談をしたり、電信の癖で相手が誰かを分かりあっていたり、19世紀のオンラインを通じた恋愛エピソードも紹介されています。


このオペレーターと言う職種がまた面白そうで、実力主義で転職も繰り返せたとの話や、エジソンもこの職種にあって能力を発揮したとのことです。19世紀に国境を隔てた相手とリアルタイム的に取れるコミュニケーションは輝いている。今、それが当たり前の環境にあるのだけど、あらためて感じ入る次第です。


技術の普及に伴う社会的な影響の可視化

著者が歴史家ではなくテクノロジ寄りのジャーナリスト的な立場にあることもあって、影響範囲は通信インフラだけではなく、その通信でもたらされた社会的変化にも広がります。通信環境が出来上がると政治、軍事、経済や報道、交通機関にも影響を与えましたし、初期のhackerが登場して犯罪にも使われました。


通信社(AP通信、ロイター通信)誕生や、軍事利用で前線と後方を結びつけたクリミア戦争(後方から前線に対して指示が送られるタイムラグの減少、戦争報道によってナイチンゲールがアクションしていくなど)、さらには情報が即座に伝わることで変質する外交の話(悠長に構えていられなくなる)と、広がりが面白いです。軍事に詳しい方には周知の話かもしれないけれど、自分レベルではちょうどいいです。


そして現代人に特に響くのは『第10章 インフォメーション・オーバーロード』でしょうか。情報が絶え間なく流入することで判断材料が増加したり決断する速度が上昇したりすることで、さながらモバイル環境の発展で仕事が家庭に持ち込まれるように、グローバリゼーションで24時間対応の仕事が生じるように。


『いまでは世界の主要市場の報告が毎日届き、そして顧客も常に電報からの情報にさらされている。承認は毎年何本かの大きな船積みをこなすのではなく、いつも行動していなくてはならず、常に仕事を何倍もしなくてはならない。

(中略)

商人は忙しさや興奮に満ちたその日の仕事を終え、家族と遅い夕食を取りながら仕事の話を忘れようとする。すると急にロンドンからの電報で中断され、多分それはサンフランシスコで2万バレルの小麦粉を買えと言うような指令で、商人はかわいそうなことに大急ぎでカリフォルニアに注文のメッセージを送るため、さっさと夕食を済ますのだ。いまの商人は常に暇なしで、急行列車など遅くて仕事には使えず、かわいそうなことに家族の生活を保障するために、電信を使うしかないのだ』


『ヴィクトリア朝時代のインターネット』P.168-169より引用


このテキストは、そのまま現代にも通じます。運用を見ていた時は深夜にトラブル対応をしたり、旅先でもノートPCで仕事をしたり、休日でも呼び出されたりした頃を思い出します。休暇明けの絶望的なメールの件数にも……


過去の延長線上の未来にある「現代」

こうしたトレンドを書きつつ、電信の情報量増大に伴って回線を有効利用する技術が発展し、そのプロセスで「電話」が登場したり、自動的な入力機器による技術革新が生じたりして、電信オペレータの職業は特異なものではなくなり、電信技術そのものも電話に道を譲りましたが、その遺産がまさにインターネットに引き継がれていて、この繋がりの可視化には、感動を覚えます。


私事ですが、私は個人的にヴィクトリア朝を軸としてメイドや執事といった家事使用人の歴史を学びつつ、本業はデータベースSEやネットメディア企業での社内SEやウェブ解析をやってきた、ネット業界の人間です。その意味で、この2つの領域が交わるこの本は、私にとっては「嬉しい」一冊でした。


自分たちにとっての「当たり前」が決して過去の時代の当り前ではないことは歴史を学べば分かることですが、同時に、過去の時代の上に現代がある点では決して過去とも無縁ではなく、一見、無関係に見える「ヴィクトリア朝時代」と「インターネット」を結び付けて伝える本書は、ウェブを学ぶ人にも、ヴィクトリア朝を学ぶ人にも適した良書です。


温故知新と言うことで、今年オススメの一冊です。


ちなみに、私のメイド研究も『ウェブで学ぶ』から思うことに記したように、ネットの時代でなければ実現できなかったことが多々あります。研究を取り巻く環境も激変しています。その上で、ウェブを仕事にしている立場としては、「いつ、自分の技術が陳腐化し、不必要になるか」ということも考えさせられます。ある時代の最先端にあった電信オペレータが壊滅したように、今の自分も他山の石としなければなりません。それは、今行っている歴史研究の領域も同様です。


生活史の観点で、同じ著者による『世界を変えた6つの飲み物 - ビール、ワイン、蒸留酒、コーヒー、紅茶、コーラが語るもうひとつの歴史』も面白そうなので、読もうと思います。



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