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AMAZON『英国メイドの世界』へ  ■講談社より刊行しました! 屋敷の暮らしと使用人の仕事が分かる『英国メイドの世界』
 -屋敷で働くメイド・執事の仕事が分かる資料本『英国メイドの世界』:第一章の試し読み開始
 -出版化時にこだわった「読みやすさ」と「分かりやすさ」

 ■英国ヴィクトリア朝・屋敷や貴族関連の資料/映像をお探しの方にオススメ
 『ダウントン・アビー』を見る前に読んでおきたいカントリーハウスと職場の解説

 -SPQR[英国メイドとヴィクトリア朝研究]更新中




2011-12-24 あなたの知っている「メイド」は、あなたを取り巻く情報で構成される

[]メイド喫茶に初めて行ってみたい人向けに、英国メイド研究者が書いてみる

最近、知人との会話の中で「仕事」という言葉をポジティブな意味で使ったら、ネガティブな意味で受け止められて、そのギャップが面白いなぁと思う機会がありました。「その人が使う言葉は、その人がどのような経験をして、見方をしているかで決まる」というのは、『英国メイドの世界』を出版した時に、痛切に感じました。


「メイド」の言葉も、受け手によって大きく意味が異なります。


歴史的英国メイド研究をする立場として無視できないのは、日本における「メイド喫茶」の話題です。私が出版できたのもある意味でそのブームと無縁ではないこともありますので、「英国メイド」経由で「メイド喫茶」に興味がある人に向けてこのテキストを書いてみます。


「私が好きなお店が、今後も続いていくように」との願いもあります。メイド喫茶に詳しい方には「いまさら何言っているの?」と思うことばかりかもしれませんが、多分、私のブログの読者はあまりこの領域に関心が無いと思いますので、それなりの意義があるでのはないかと。


自分の体験に基づくものなので、おすすめのお店として名前が出ていないことに他意はありません。和菓子の紹介をしているブログでケーキが紹介されていないことを怒る人はいないと思いますので、そういうような話にて。


1.メイド喫茶に興味を持つ流れ

単純に紹介しても何なので、まずは私とメイド喫茶の出会いの背景などから。

1-1.メイドコスプレ=同人だったという認識

当初、自分とメイド喫茶の接点は、極めて薄いものでした。「自分が研究する英国メイド以外には興味が無い」と、私はメイド喫茶だけではなく、世の中に流布するアニメやコミックス、ラノベなどのメイドコンテンツに関心を持たずにいました。さらにこの頃は誰かとメイドについて話すよりは、「本を読んだ方が学びが多いから、本を読む」と思っていました。


とはいえ、リアルのメイド服を見る機会が無かったわけではありません。メイド研究同人誌の発表の場となるコミケや制服系の同人イベントでは、メイド服を見る機会が多くありました。多分、今でも、これまでに見たメイドコスプレの累計数は、自分がこれまでメイド喫茶で見たメイドの累計数より多いと思えるぐらい、軸は「同人」界隈にありました。


メイド喫茶ブームを迎える以前の頃は、強いてコスプレ広場に行く必要もなく、自分のサークルスペースにいるだけで、メイド服を着た人を見ることができれました。正直なところ、同人イベントだけで十分だったと言えます。


1-2.メイド喫茶遍歴

メイドブームの渦中で生じたメイド喫茶への関心は、主に「英国メイド」的なクラシカルな雰囲気を訴求したメイド喫茶に向かい、時々、足を運ぶというレベルでした。記憶にある限り、メイド喫茶(ここでは、「メイド服やそれに近しいコンセプト的な要素を持つ店舗、執事喫茶含む」総称として)への来訪の初回年と頻度は、以下の通りです。


2003年『Sweet Maid Garden』(『エマ』『シャーリー』系同人誌即売会

2005年『JAMアキハバラ』、『Wonder Parlour』(2回)

2006年『シャッツキステ』(1章:2回、2章:8回?)

2009年『欧風ギルドレストラン ザ・グランヴァニア』

2010年『執事喫茶Swallowtail』

2010年『月夜のサアカス』(2回)

2011年『クラシカルカフェ Cicaro』

2011年『Hand Maid Cafe うさぎの森 L⇔R』

2011年『Cafe Favorite Piece』


2003年はイベント内のカフェ企画で文化祭的なものでした。そこから友人に誘われて『JAMアキハバラ』へ行き、さらにメイド喫茶ブームの中でクラシカル系な雰囲気をコンセプトを持っている店舗が出現し、足を運びました。私の認識では、クラシカル系は決して主流ではなく、カウンターとして登場したもので、「世の中に少ないから自分で作ってしまえ」的なところで共感するものがあり、興味を持っていました。


自己認識として少ない方だと思いつつ、世の中的にはメイド喫茶に「足を運ぶか」「運ばないか」が分かれ道で、一度行ってしまえば後はもう同じでしょうが、2009年ぐらいまでは「メイド喫茶に10回も行っていない」と言えました。(ここは「そんなに行っていない」と差別化するポイントですが、世の中的に見れば「10回も行っているのかよ!」と突込みが入るところでしょう)


2.メイド喫茶への関心の高まり

ところで、2010年以降にメイド喫茶へ足を運ぶ機会が増えました。これは出版とTwitterの影響です。


2-1.出版後によく聞かれる「英国メイド」と「日本のメイド」

まず「英国」とはいえ、「メイド」の本を出したことで、メイド喫茶との違いをとてもよく聞かれるようになりました。シャッツキステのイベントで話をした時も、当然のように質問されました。なので、しっかりと「英国メイド」と「日本のメイド」を関連させて説明できるようになりたい気持ちが強くなりました。


また、客観的に見て、私が『英国メイドの世界』と言う本を出版できたのも、日本のメイド喫茶ブームがあったからです。そうであればこそ、「メイド喫茶は英国メイドではない」と無視するのではなく、総合的に「メイドブームの歴史」を理解し、10年以上先に残るようにしようと思いました。


その辺りの資料収集や情報整理は、メイドブームに集約していますが、来年にかけて深耕していく領域です。


2-2.メイド喫茶常連の方々との交流

次に、Twitterで「メイド喫茶クラスタ」的な方々と知り合いました。それまで主体的にメイド喫茶のサイトを見る機会を持ちませんでしたし、前述したように強い興味もなかったのですが、シャッツキステでの出版記念コラボイベントを通じて、或いは出版を通じてフォローし、フォローされて、視点が変わりました。


自分の本がメイド喫茶に通う人たちにも読まれていたり、メイド喫茶の店員の方の手にも届いているのを知りましたし、followして交流するうちに、自分の関心のなかった領域の情報もいろいろと入ってくるようになったのです。自分が好きなお店の常連の方が通っているお店を知り、そこに足を運んでみて「実際に、良いお店だった」との体験もしました。


3.多様なメイド喫茶の中でのおすすめ

さて、本題です。


そもそも、日本のメイドイメージはひとつではありません。メイド服を着た店員がメジャーになって言ったきっかけのひとつは明確に、「喫茶店にメイド服を着た店員さんがいる」ところですが、産業は多様化し、メイド服を着た店員がいる「喫茶店」から、「眼鏡屋」「マッサージ」「美容院」「キャバクラ」「風俗」まで、幅広く「メイド服」は存在しています。


その上、メイド喫茶自体が細分化しています。強引に分かりやすくすると、「メイド服を着た店員がいる喫茶店」と、「メイド服を着た店員によるアトラクション要素を含むイベント型」とに分かれます。


分類は 外神田7丁目のキセキ/2010年版秋葉原メイド系飲食店ポジショニングマップや、秋葉原コンセプト系カフェのポジショニングマップが詳しいです。


3-1.喫茶店:過去の延長線上にメイド服っぽい制服採用

日本にメイド喫茶が無かった頃から、メイド服的な衣装は飲食業界に持ち込まれていました。そうした制服ブームは1990年代にメイドブームと並行して、或いはそれ以上に盛り上がりを見せた領域でした。デパートの飲食系店員の制服でも、メイド服に似た衣装を見かけることがあるでしょう。


[特集]第2期メイドブーム〜制服ブームから派生したメイド服リアル化・「コスプレ」喫茶成立まで(1990年代)


ファミレスではアンナミラーズが有名ですし、「不二家レストランの高級店」とされる不二家系列のファミレスだった「ブロンズパロット」の制服もマニアの間では知られています。2001〜2002年には、既に下記のような制服本が出版されています。


街で見かける可愛い制服―レストラン・菓子店編

街で見かける可愛い制服―レストラン・菓子店編


素敵なお店のかわいい制服

素敵なお店のかわいい制服



で、このような「結果としてメイド服っぽい服を採用している」系列で自分のオススメは、「椿屋珈琲店」です。有名な珈琲店で普通のお客さんがほとんどと思いますが、ここの制服はなぜかクラシカルなメイド服を採用しています。


メイド喫茶ではありませんが、「メイド服を着た店員がいる普通の喫茶店」に行きたい初心者の方には、オススメです。この制服の採用が自覚的なものかどうかは別の話ですが、似たようなところでは日光・東照宮の近くにあるレストランも有名です。それはご自身で調べてみてください。


3-2.メイド喫茶

メイド喫茶らしいメイド喫茶でかつ老舗的なところで有名なのは、下記3店でしょうか。この3店もそれぞれにカラーが違うので(というほど詳しくない・行っていないお店の方が多い)、詳しくはホームページをご覧ください。


キュアメイドカフェ

メイリッシュ

JAMアキハバラ


キュアメイドカフェは日本最初のメイド喫茶として知られ、メイリッシュは「T-ZONE」が母体だったこともあって、その店舗展開が新聞記事になったり、『ガイアの夜明け』で取り上げられたりしました(メイド喫茶ブームとメディア露出


他に、グランヴァニアも喫茶店が主体なところなので、障壁は高いかもしれませんが、選びやすいのではないかと。


3-3.メイド喫茶:イベント系・萌えを売りにする

こちらは異世界に迷い込む系というか、テレビで使われる機会が多い店舗です。


ぴなふぉあ

@ほぉ〜むcafe


私は行ったことが無いので、詳しくありません。「ぴなふぉあ」はアキバを舞台にした『電車男』に出てくるメイド喫茶のモデルとして知られていますし、実は毎日新聞デジタル「MANTANWEB」にぴなメイド生活と言うコラムを連載しています。これは個人的に驚いた世の中との接点です。


「@ほぉ〜むcafe」はメイド喫茶の現在のメディア露出の流れを変えた有名店です。上記のメイド喫茶ブームとメディア露出で取り上げたように、メイド喫茶ブームの際には最もメディア露出した店舗のひとつと思えますし、アイドル展開も行いました。メイド服→アイドルの系譜は、どなたかに語っていただきたいところです。


自分が行っていないお店を紹介するのも何なので、私が初心者でもお手頃に楽しめると思うのは、『Hand Maid Cafe うさぎの森 L⇔R』です。ここは私が知る限りでは『執事喫茶Swallowtail』と同じく同人誌を扱うK-BOOKSの経営する店舗なので、よく考えられたコンセプトになっています。


この辺りの店舗は初心者が行くには敷居が高いかもしれませんので、「自分が行ってみたいお店(コンセプト)なのか」という事前調査をするのが良いかと思います。


3-4.コンセプト・こだわり系

最後が、私が個人的に好きなお店です。いずれもオーナーの方が「好き」だから立ち上げたもので、ある意味では表現に近いものがあります。同人誌を「好きだから作ってきた」私にとって、実際にビジネスとしてお店を立ち上げて経営し、人を雇用するこうした方々には敬意を持っています。


何よりも、「オタク的文化」を大切にしているところが好きです。


人にオススメする手前、2回以上訪問した店に限定しています。


月夜のサアカス

Wonder Parlour Cafe

シャッツキステ


『月夜のサアカス』はヨーロッパ・少女漫画的な世界観で、広々とした店内は落ち着いた雰囲気となっています。本棚が多く、多種多様な本・漫画・写真集(建物など)が並んでいます。時々創作表現と重なるイベントを行っていますし、料理が美味しいのでランチにもオススメのお店です。


『Wonder Parlour Cafe』はヴィクトリア朝メイドにこだわった池袋の店舗です。紅茶やケーキ、店内装飾へのこだわりもつよく、メイドさんのサービスレベルも極めて高いです。年に数回、メイドさんによるピアノの演奏などもあります。英国らしさだけかと思いきや、オタク界隈との接点も深く、時期によってはコスプレイベントもありますので、その辺りは日本のメイド喫茶の流れも踏襲しています。


そして、『シャッツキステ』は「アキハバラカルチャーカフェ」を名乗るだけあって、今は多様な領域に展開しています。「メイドが営むオタクの遊び場」「好きを表現・共有する場」として成立し、店員のメイドさんや常連さんによる「夜話」や、ボードゲーム、あるいは私が『英国メイドの世界』出版時に行ったようなイベントや、この冬には2011年12月25日(日)〜12月31日(土) 芦田豊雄 回顧展のような展示も行われています。


どの店舗も「日本のオタクカルチャーを大切にしている」ところが、個人的に応援したくなるポイントです。


4.終わりに

どこかのタイミングで書き直すこともあるかもしれませんが、どの店舗も私が行っている時間が基本的に平日昼過ぎ〜夕方なことが多いので、お店や来客する方の雰囲気が時間帯によって異なるかもしれない点は、ご了承ください。


また、ここで取り上げていない、深い言及をしていない店舗については詳しく知らないので書いていません。


あくまでも私の行動範囲が限定されるだけで、実際には北海道、愛知県や大阪府、福岡県など全国各地にもメイド喫茶は点在しており、名店と呼ばれるお店も存在しています。この視点を私に与えて下さったのは、ブログたかとらのメイド喫茶リストです。こちらを見ると、メイド喫茶の全国での浸透ぐらいに驚かされます。


何かの領域を語るときに、「自分の観測範囲だけ」で語ることは避けたいものですし、予断を持つことにも注意が必要です。今回は「私が知りえる範囲」で書きました。基本的に、興味が無い人にはまったく入ってこない情報と思いますので、このブログで何かしら、メイド喫茶への視点が広がる方がいれば、幸いです。


関連しそうな考察

メイド喫茶に何を求めるかについては今回言及していませんが、「メイドイメージ」で求められる視覚的な要素は、以下のような形で断続的に言及していますので、ご参考までに。


イメージの中のメイド/メイドが「いて」「いない」現代日本の風景

メイドやヴィクトリア朝を軸としたイメージ形成を巡るブレスト的つぶやきなど

『コクリコ坂から』と家事使用人からの脱却を迎えた日本、ジブリ作品の家事描写についての雑感

ネットサービスによるイメージの形成や共有

メイドブーム一連の考察(途中)

宮崎駿監督アニメの服装とメイド服イメージについて

2011-10-23 メイド(服)がテレビCMに進出する時代

[][]イメージの中のメイド/メイドが「いて」「いない」現代日本の風景

目次

・メイドイメージの広がり

・日本のメイドイメージと、「英国メイド本」の相次ぐ刊行

・『執事とメイドの裏表 ─ イギリス文化における使用人のイメージ』

・終わりに:メイドイメージを「消費」する時代への興味


※執事ブームがピークに思えるのですが、その辺は後々。


メイドイメージの広がり

ここ最近、テレビCMでメイド(メイド服)を見る機会が増えました。


黒木メイサさん:EPSON:プリンタ・カラリオ

仲間由紀恵さん:森永製菓・小さなチョコビスケットシリーズ

少女時代:味覚糖::e-ma

岡田将生さん「ラ・ピッツァ」新CMご紹介!


先駆けては【萌え戦略】TOYOTA SOCIAL APP AWARD 公式応援ページにメイドさんなどの美少女たちが大集合(2011/06/14)との記事もありましたが、テレビCMに登場するぐらいの存在になっている、というのが現在のメイドイメージの実情ではないでしょうか。


そのメイドイメージ自体が、日本では多様化・混在しています。


「成年向けPCゲーム」(第一次)→主従関係・SM・従属

「コスプレ」(第二次)→かわいらしさ+属性化

「喫茶化・メイド喫茶的独自展開の深化」(第三次)→独自

「秋葉原・電車男・流行語対象・『エマ』アニメ化」(第四次・ブームのピーク)→萌え+観光化+英国回帰

「創作でのメイド喫茶・メイド服(+アキバ)イメージ再生産」(第五次)→定着

日本で描かれたメイドイメージとブームを考えた1年(2010/12/31)

だいたいこの類型に当てはまると思いますが、メイドブームの終焉は「衰退」か、「定着」かで言えば、「吸血鬼」のように、様々な創作や表現で描かれる中で磨かれてきたのではないか、と感じています。


日本のメイドイメージと、「英国メイド本」の相次ぐ刊行

アキバ系が強かったメイドブームを経た日本では、メイドブーム自体が「終わった」と認識されている向きもありますが、秋葉原のメイド・コスプレ喫茶&リフレの店舗数推移でtakatoraさんが集計されたように、店舗数自体は増加にあります。そして様々な現在放送中のアニメでも、「メイド」は風景の一部として日常化しています。(『ハヤテのごとく!』的世界。直前まで放送していた『セイクリッドセブン』では、「メイド隊」という言葉が回帰。執事に率いられている点で執事ブームも反映しているかと)


そのブームを照らす軸のひとつに、「本が出版される」ことがあります。たとえば、現代英国でのヴィクトリア朝・エドワード朝といった「屋敷コンテンツの消費」は、日本でも10月から放送されているドラマ『ダウントン・アビー』のブームによって、イギリスで屋敷・メイド研究本や関連書籍の刊行ラッシュ、『ダウントン・アビー』効果かで記したように、出版にも反映されています。


日本でのメイド研究は、同人からスタートしたと言っていいでしょう。同人を軸としたメイドブームの中で、メイドへの関心が高まり、研究を行うサークルが(少数とはいえ)増加した経緯があるからです。

そしてメイド喫茶ブームの頃(2005-2006年)に、『ヴィクトリアン・サーヴァント』『召使いの大英帝国』『図解メイド』が刊行されました。では「2010-2011年という今はどうなのか」というと、実は面白い状況なのではないか、というのが今回のエントリを書くきっかけとなった、『執事とメイドの裏表 ─ イギリス文化における使用人のイメージ』です。


2010年11月から2011年11月までの間に、私が書いた『英国メイドの世界』、村上リコさんの『図説 英国メイドの日常』、そして『執事とメイドの裏表 ─ イギリス文化における使用人のイメージ』が2011年11月に刊行される予定なので、わずか1年でメイド資料本が3冊も刊行されることは「事件」に思えます。


英国メイドの世界

英国メイドの世界


図説 英国メイドの日常 (ふくろうの本/世界の文化)

図説 英国メイドの日常 (ふくろうの本/世界の文化)




この刊行ラッシュを、10年後の人はどう振り返るでしょうか?


10年後に読んでくれる人がいることを願って(2011/01/29)で書いたように、私はこの事象の当事者として、なるべく今の風景を残しておきたいと思います。


『執事とメイドの裏表 ─ イギリス文化における使用人のイメージ』

日本人の想像する執事はイギリスとどう違う? 文学や映画でおなじみ、イギリスの執事やメイドなどの使用人。これらの職種に対する社会的イメージと実情を、19世紀~現代を中心に、文学や諷刺、各種記録から考察する。

(Amazon上記URL:内容紹介より引用)


2010年の日本ヴィクトリア朝文化研究学会でお会いした際、新井先生からメイド関連の本を執筆中とうかがっていました。個人的に、日本のアカデミック領域にメイド「だけ」を専門研究する方はいないと思います。日本の教育の場に存在理由がないと思えるからです。


私見を続けますが、このため、日本のメイド(や執事も含めた家事使用人)関連情報が出ている本は、女性史や労働史、文学、貴族とのかかわり、当時の料理や文化の中の「一つの要素」としてしか刊行されておらず、それがメイドブームによる一連のトレンドで「単著」として商業出版にて刊行されるようになったと理解しています。


私は「他の学問を通じて断片的に描かれるメイド」ではなく、「その時代に働いていた使用人全体」を知りたかったので、和書では満足できず、英書に手を出しました。(ヴィクトリア朝メイドを語ること・『エマ』に思うことと2005年に記したことの根幹は変わっていません)


その中で、新井先生はメイドに最も近い研究領域に立ち、その著書を『英国メイドの世界』でも参考文献として使わせていただきました。ここ数年は、使用人関連の考察も深められています。私が寄稿した日本ヴィクトリア朝文化研究学会の会報にコラム掲載の同じ会報誌や、『ギャスケルで読むヴィクトリア朝前半の社会と文化』でも、次のように階級を軸に、その中間領域(ワーキング・クラスから、「自助」によってたとえば上級使用人の執事やハウスキーパーとなって、出身階級を超えて社会的地位を上昇させていく姿)を扱っています。

第3章 階級――理想と現実(新井潤美

 第1節 複雑な階級制度

 第2節 さまざまなワーキング・クラス

 第3節 使用人という階級

 第4節 上昇志向のもたらす脅威


元々、新井先生は階級についての著書を置く記されており、使用人にも光を当ててこられました。階級にとりつかれた人びと(2001年)が階級を軸にした切り口で英国を描き出し、メイドの主たる雇用主となった下層中流階級がなぜメイド雇用にこだわったのかを、そして、不機嫌なメアリー・ポピンズ(2005年)では、様々な創作(小説や映画など)で描かれる使用人イメージを通じて、英国を扱いました。今回の著書も「イメージ」を副題に持ち、5年前の著書とどう違い、また現代日本のメイドブームや執事ブーム、そして現代英国でのヴィクトリア朝やエドワード朝コンテンツ消費も踏まえた考察となっていると思いますので、楽しみです。


この本の出版が興味深いのは、そのタイトルに含む「イメージ」の言葉です。日本の大学研究者の方が「日本の女中」を研究した著書のタイトルが、">『女中イメージの家庭文化史』との言葉を含んでいます。イメージによって、その当時の姿を浮かび上がらせていく方向では、『倒錯の偶像―世紀末幻想としての女性悪-ブラム・ダイクストラ』『ドラキュラの世紀末―ヴィクトリア朝外国恐怖症の文化研究』などありますが、メイドの領域では新井先生の『不機嫌なメアリー・ポピンズ』、同人の領域で墨東公安委員会様がヴィクトリア朝の著名な雑誌『パンチ』のメイドイメージを集めた『「英国絵入諷刺雑誌『パンチ』メイドさん的画像コレクション 1891〜1900 【改訂版】」』を刊行しています。実在のメイドの膨大な写真コレクションも含めたもので、メイドイメージの白眉的存在は村上リコさんの『図説 英国メイドの日常』でしょう。


その一方で、家事使用人の領域は当時実際に働き、「イメージされた」実在の人々の言葉が多数残っています。『ヴィクトリアン・サーヴァント』、私の『英国メイドの世界』、そして『図説 英国メイドの日常』もこの方向です。その「実在する人々」の言葉も、「イメージされたい自分」の姿が描かれている可能性も否定できませんが、「多様なイメージ」で語られる存在として研究対象となりえるのも、いかに当時のメイドが日常に溶け込んでいたかを物語ります。


終わりに:メイドイメージを「消費」する時代への興味

私は現代日本のメイドイメージに、興味を持っています。20世紀末の日本にあって、本来、「メイド」は普通に暮らしては遭遇しえない「フィクション」でした。しかし、メイドブームに代表されるコンテンツ軸(創作:ゲーム、コミックス、小説、アニメ)での盛り上がりと、コスプレブームとアキバブームの融合して「メイド喫茶ブーム」のトレンドを生み出し、さらには並行してロリータファッション属性にも重なりを持つ「カワイイ」とも重なり合って、2011年の今となっては、「コンテンツ」の中では日常化し、直近でも冒頭で取り上げたテレビCMにその姿が見られるなど、認知が広がっています。


そう考えると、メイドが日常に存在しない日本で、1990年代後半から現在に至るまでメイドイメージが拡散していく状況(メイドブームの考察でこの辺は年代別に調べています)、そして今回のようにわずか1年で「英国メイド」イメージを巡る本が刊行される状況は、何を映しているのかを、俯瞰してみたくなります。


英国趣味自体は日本でも一定の土壌を持つもので、その延長にある消費として捉えることもできる一方で、メイド雇用が社会全体で広がる状況は経済格差を抜きには成立しえないものです。格差社会を経て福祉社会への転換を果たしつつも再び格差社会へと回帰する英国への眼差しを持つならば、そこに、日本の未来図は重なりを見出すことは出来ます。


同時に、NHKが『東京カワイイTV』の中でアキバのメイドを取り上げたように(6-0.メイド服を見るまなざしについて)、メイド服デザインをカワイイとみるトレンドの一端や、メイド喫茶が海外で「コスプレ」として受け入れられているのも、メイドイメージの多様化を示し、またこの領域が最もメディア性や牽引力を持っている点は、無視できません。


さらにメイド服とドレス・パフスリーブを巡るイメージの重なりや、宮崎駿監督アニメの服装とメイド服イメージについてを踏まえると、現在の女性ファッションにおけるパフスリーブの流行に驚きがあります。ファッション軸でヒントとして、最近、『闘う衣服』(闘う衣服の山形浩生さんによるコメント)を読んでいますので、ゴスロリファッションとの重なりについては後日、機会を作って深めようと思います。


付け加えれば、私が水樹奈々さんのラジオに呼ばれる(2011/10/09)こと自体、メイドブームの広がりや定着を示すものではないかと。その意味で、1年前に書いたメイドブームの終焉は「衰退」か、「定着」かとの結論として選んだ「定着」は、テレビCMに進出するだけの「定着」に至ったと考える次第です。


ただ、ここで言う「メイド」の広がりの主体・ブームの枢軸を担ったのは「英国メイド」ではなく、あくまでも「メイド服コスプレ」です。メイド服コスプレであればこそ広がりを持ちえた可能性が極めて高く、その辺りは第2期メイドブーム〜制服ブームから派生したメイド服リアル化・「コスプレ」喫茶成立まで(1990年代)に整理しています。この辺の実感は、世の中に伝わる「メイド・イメージ」の強さと、執事軸の伝え方に記しましたし、それ以外ではAmazonで「メイド」と検索してみてください。上位に出るコンテンツが、日本の実情の一端です。


一応、冒頭の話にはつながりましたかね? 本来は『執事とメイドの裏表 ─ イギリス文化における使用人のイメージ』刊行記念に何か書こうと思ったテキストだったのですが、思ったより広がりました。


関連URL

英国メイドの世界(著者による紹介):立ち読み

『英国メイドがいた時代』:家事使用人の歴史は職場での雇用主と被雇用者を巡る働きにくさの歴史

『コクリコ坂から』と家事使用人からの脱却を迎えた日本、ジブリ作品の家事描写についての雑感


2011-09-24 イメージ形成とメディアによる影響

[]メイドやヴィクトリア朝を軸としたイメージ形成を巡るブレスト的つぶやきなど

最近、ブログを更新していませんが、Twitterで主にメイドイメージや、メイドイメージとの重なりを持つクラシックなドレス・イメージについて、ブレストをしていました。あるイメージはどのようにして受け入れられているのか、というところへの関心が強く、メイド以外にも広がっています。


オタク少女とピンクハウス

メイド服とドレス・パフスリーブを巡るイメージの重なり

日本での紅茶イメージの広がりについてのブレスト的メモ


特に、個人的には日本におけるヴィクトリア朝イメージ形成の歴史をどなたかに教えていただきたいと思っています。日本ヴィクトリア朝文化研究学会第10回全国大会の参加・感想にて取り上げた、井野瀬久美恵先生が紹介された『The Cambridge Companion to Victorian Culture』(asin:0521715067)では英国における20〜21世紀にかけてのヴィクトリア朝イメージの考察がありました。


英国ヴィクトリア朝イメージについて同書では、アメリカの学会による研究成果も大きかったり、ヴィクトリア朝イメージ形成で代表的なものとしては犯罪を軸としたリチャード・D・オールティックの『ヴィクトリア朝の緋色の研究』(1970年)と、ポルノや売春が隆盛を極めた事情を扱ったスティーヴン・マーカス『もう一つのヴィクトリア時代―性と享楽の英国裏面史』(1966年)の影響が指摘されています。





日本ではゴシック小説、児童文学や英文学、そしてホームズの影響も大きいと思いますが、それの「日本版」を読みたいと思っています。個人で出来る範囲としてはメイドブームとの関係性を持つ1980年代以降の英国イメージの形成に、世界名作劇場とNHKで放送された海外ドラマなどの放映年を整理しています。


その辺でも少しやり取りがあったのですが、今後、まとめます。2011/09/10あたりにつぶやいています。ひとつだけ抽出するならば、次のようなところです。







「イメージ」についての関連する考察

『倒錯の偶像―世紀末幻想としての女性悪-ブラム・ダイクストラ』

第2期メイドブーム〜制服ブームから派生したメイド服リアル化・「コスプレ」喫茶成立まで(1990年代)


宮崎駿監督アニメの服装とメイド服イメージについて

ネットサービスによるイメージの形成や共有

『コクリコ坂から』と家事使用人からの脱却を迎えた日本、ジブリ作品の家事描写についての雑感

2011-06-26 安いコストで優秀なメイドを雇いたい心理

[][][]「2つの使用人問題」を巡る19世紀末時点での女主人の見解

英国メイドの終焉を語る際には、「使用人問題」という言葉は欠かせません。英語では「The Servant Problem」「The Servant Question」と表記するこの問題は、時代によって「何が問題か」という意味が異なりました。


まず、19世紀末までに表面化した大きな問題は「優秀な使用人のなり手不足」です。こちらの見解は主に中流階級の女主人(=メイドの雇用主)の間で強い支持を受け、使用人個人の資質に対する攻撃や不満を含んだものでした。いわく、「昔の使用人は優秀だった」、いわく「メイドの質はひどく、訓練が足りない」など。


もう一つの視点が、同じ「なり手不足」でも、「メイドという職業全体」への需要に対する供給不足という、より高いレベルでの構造的問題を扱うものです。こちらが大きく顕在化し、政府が取り組み始めたのが第一次世界大戦に前後した時代で、1920年代以降はほとんどの場合、個人の資質云々ではなく、「待遇が悪いからなり手がいない」との社会問題として認識されています。


今回、夏の同人誌では『英国メイドの世界』で書いた続きとして、主に後者をテーマに扱いますが、たまたまネットをさまよっていたところ、前者の問題を扱った当時の女主人による著作を見つけました。ここで語られる世界は、空気感を知る意味で、非常に貴重です。


余談ですが、「使用人問題」はイギリスに限らず、19世紀末〜20世紀前半にアメリカでもフランスでもドイツでも日本でも形を変えつつ生じた事象であり、現在もいくつかの国々で生じています。


使用人への不満・被害者意識を丸出しする女主人

私が読んだ19世紀末の女主人の手による本は、質の悪い使用人に女主人がいかに苦しめられているか、を彼女の体験談や知人の経験、そして新聞などから集めた情報で満ち溢れた構成です。面白い点は、法廷の場で女主人は理不尽に負け続ける、との話です。


使用人の方が社会的立場が弱いことで同情を引きやすく、女主人に勝ち目はなく、女主人を保護する法律を作ってというのは、初めて見るものでした。ナースメイド、コックなど個別の職業についても彼女たちのひどい仕事ぶりのエピソードのオンパレードでした。


たとえばDevonshireから来たメイドの話は紹介状がないままに採用します。見た目も気質も良いように思ったものの、彼女は「父親です」「母親です」「親戚です」と、どんどんロンドンに親族がきたことにして、屋敷の金でもてなしを続けます。あるとき、このメイドが駅に迎えに行くと聞いた女主人が「その駅は、Devonshireからの到着駅ではない」と気づきます。他に、衣類をダメにされたり、ひどい目にあわされたりとして、紹介状を出さなかったという女主人の下を訪ねに行き、そこでこのメイドのひどさを教わり、解雇に踏み切りました。


もうひとつが、クリスマスの前に雇用したコックの話で、こちらは紹介状があったものの、コックの所業が怪しく、明らかに屋敷の食品や備品を部屋に持ち込んで隠し、同僚のハウスメイドから自分の行動を隠ぺいしようと動いています。途中で女主人は紹介状の主の下を訪ね、経済的に低すぎること(立派な家庭に努めたのではない)と、そこでこのコックのロンドンの家を突き止め、その家を訪ねて紹介状の筆跡が偽造されたものであること(姉妹の記述)や、コックの意図がクリスマスのための食材を持ち出すことにあると結論を下します。


警察沙汰→裁判・有罪、というところで落ち着きましたが、彼女が語る使用人問題は「質的問題」が軸足です。


解決策は教育・訓練

この「質的問題」に対する彼女の解決策は明確です。「優秀な使用人確保のための訓練」を提唱しています。職業に就くには、メイドたちは訓練が足りなさすぎる、その割を女主人(夫や子供の相手をするし、彼女の場合は身体が強いわけでもないので)は食っている、というものです。


引き合いに出されたのは、女主人たちの夫が活動する商業領域で雇用する、書記や店員、あるいは看護婦です。その職に就く前に訓練を受けているか、徒弟時代や見習いなどで訓練を受ける機会があると。メイドの訓練は女主人が行い、「使用人は女主人が作り上げる」との言葉もあるとしつつ、この本の著者はこのことを否定します。


ここで、私が分からなかったのは、この彼女が主張するロジックです。他の領域でも結局、「職場で一定の訓練を受けさせている」点で、女主人の置かれる境遇と変わりません。もちろん、業務の定型化が難しく、家族によってニーズが異なる仕事の複雑性が高い家事労働の訓練は、他の職種と若干異なるところもありますが、未熟な人間ならば雇わなければいいのです。


しかし、女主人は自分たちの負担を下げるためにメイドを雇用しますし、経済的に厳しい人々は安価なメイド=訓練を受けていないメイドを、「自分の意志で雇う」わけです。優秀なメイドが欲しければ、見合う代価を払えばいいだけです。しかし、代価を支払わず、優秀なメイドが欲しい、と言っているようにしか聞こえません。


メイドの仕事に時間の規律がない点について欠点として認めていますし、他の仕事との比較もしていますが、その時間の規律がない状況を生み出す業務の中心が「女主人」であることへの言及や反省が見つかりませんし(方向性として男性の無理解や男性軸の社会的価値観を責めている?)、メイドが過ごす部屋を快適にしたり、外の空気を吸わせるなどを提案しつつ、どう業務を減らすかの視点がありません。


メイドの職業訓練は需要に追い付かない

最終章で「私には夢がある」「ユートピア的であるが」と、メイドに限らず、女性の様々な職業の訓練校的なものを提案していましたが、ここでも説得力がありませんでした。職業訓練は受けられる人間の数も限られ、決して、巨大な需要を満たしえるものではないからです。


また、これは後の時代にも同様の経緯が見られますが、メイドの職業はこの時代、結婚=引退でした。つまり、他の職業より受けた訓練を活用できる期間が短くなっています。訓練を行い、優秀な人材を確保するならば、経験を重ねたメイドでも働ける長期的に勤められる環境が必要だと考えます。


結婚したメイドを好まないのは、メイドの側の都合ではなく、雇用主側の要請です。結婚したメイドの就職は難しく、なぜ実質的な引退に追い込むかは、個人的に「住込み」だからだと思っています。住込みによって家庭内に私生活を持ち込まれるのは好ましくないですし、子供や家族を優先されて人手が足りなくなっても困ります。


それを抜きにしても、最も大きな問題は労働環境が悪いからなり手が減っていく事実です。この著者は「優秀な使用人を雇いたい」としていますが、「優秀な使用人を雇うには使用人水準の底上げが必要」(彼女が遭遇した無能な使用人、犯罪などから)としつつ、あくまでも使用人側に努力を求めている点で、19世紀末的といえます。


見たくない現実は見えない・見ようとしない

少なくとも、冒頭で述べた「使用人問題」の問題分析について、1920年代までには「家事使用人の待遇が悪すぎる」と、広く周知されています。「法的に労働環境が保護されない」「社会的地位が貶められている」「女主人の権限が強すぎるし、個人の処理能力に対して業務量が過剰」と問題が明らかにされています。


今回言及した本自体がきちんとした資料本で大きく言及されているのをほとんど読んだことがなく、どの程度の位置づけなのかは、まだ把握していませんが、彼女の語る正しさの是非はともかく、そうした視点が盛り込まれた本が刊行されたことが興味深いです。


私が読んでいる本に偏りがあるのを自覚しつつ、こうまで見える世界が違うことにただ驚きます。「ゆりかごを揺らすものが世界を制する」的な、使用人の影響力を語る上での名言は気に入りましたが。


いずれにせよ、今回読んだ本の著者である女主人は、何度もダメなメイドに引っかかりすぎているのが、どうにもこうにも釈然としません。紹介状を偽られる実体験が2回出ていましたし、途中で疑惑を持って前職の雇用主に確かめにも行きましたが、最初からやれば済むことです。痛い目を見ているのですから。


信じたくないことは信じたくない、見たい現実を見るという人間心理が、対応を遅らせているようにも思えます。


サービスを安価に使おうとすると、サービス提供者の労働環境を悪化させる

女主人の見解は、どこか現代事情に通じます。


今回取り上げた女主人の要望は「雇用主は何も変わらず」「良質な使用人を得たい」とするもので、その間にある「悪い待遇」「低賃金」(裕福な屋敷に比べて相対的な低賃金)には目をつぶっています。ところで、これは過去の女主人の「都合がよすぎる要求」だったと一笑にふせないと私は思います。


個人的に現代メイド事情も含めて学ぶ中で気づいたのは、育児領域や介護領域、もっと広くサービス領域を含めて、利用領域が高すぎるから安く利用したいとの気持ちや、不規則な時間に合わせて使いたいというニーズが、働き手の賃金を安くし、労働時間を不安定にする引き金になります。


当たり前といえば当たり前ですが、行政サービスの利用料金が安いのは、その分だけ税金でコストを吸収してくれているからです。しかし、財政負担の増大に繋がり、いずれ限界を迎えます。英国では1980年代以降、IMFの融資を受けたことでの公共事業への投資が削減され、個人の負担は増大しました。


会社契約の人々や、公共サービスで働く家事サービス提供者が増えると、個人対個人で契約した頃よりもひどい待遇は出来ませんし、料金もかさみます。その隙間を埋めたのが、個人契約、移民など法的立場が弱く、低賃金労働でも受け入れる人々でした。公共で削減したコストを個人が負担し、個人は「安価に使える人々」を求めざるを得ず、またその質に対して不満を述べる構造が続いていることは、留意が必要です。


何かを享受しようとするとき、安価な何かを求めてしまう時、削れるものは人件費にならざるを得ないものは、多々あります。たとえば工場の海外進出の主要因となる人件費の削減ですが、工場ができると地元で経済発展が生じて賃金が上昇し、より安い地域へと流れる構造もあります。これは、常に貧しい人・低賃金で働く人を求めるトレンドでしょう。「世界システム」という概念を示したウォーラーステインに興味を持ったのも、この辺りからです。


低賃金労働を称えて:ひどい賃金のひどい仕事でも無職よりマシ:ポール・クルーグマンの言説も、有名なものですね)


現代事情を踏まえると、給与は稼げなくなるものの、週休3日制度の世の中を希望するのが、私なりの解決策です。その分、雇用のシェアも生まれ、消費も生まれると思いますし、家族と過ごす時間も増えるはずですから。週1日休む安息日の概念はあくまでも人間の取り決めに過ぎません。週休2日ですら、完全に実現されていません。


近代やメイドを学ぶと、そんなことを思うのです。


補足事項:2011/06/26 22:30追記

多くの人に読まれると想定せず、やや粗い感じのメモとして書いていたので補足を行います。ご指摘、ありがとうございます。現代と過去との価値観の比較は難しいものですし、私の言及が足りなかった情報を補いました。






中流階級の女主人に選択肢はなかった点

中産階級の女主人にとって、ご指摘のように、選択肢はない状況でした。まず、当時の中流階級としてのステータスを保つためにはメイドの雇用が不可欠で(雇っていないと恥ずかしいとの価値観)、さらに中流階級らしい生活水準を営もうとすれば人手が必要でした。「一定の生活水準」を期待されながらも、では使用人に使えた所得が大きかったのか、といえば大きいものではありません。女主人は限られた予算の中から、選択をしなければなりません。


実質的に家事使用人の仕事はインフラのようなもので、手に入る選択肢から入手せざるを得ませんでした。その中で「手に入りやすい(未経験者・若い層の)人材の底上げ」を個人の教育で賄うのか、社会へと期待するのかで、女主人の見解に相違が出ます。


個人で教育を行う場合、低賃金で雇えるものの、教育コストが必要です。しかし、メイドが一人前になると、メイドはより良い待遇の職場を目指して転職していく可能性が高まります。この点で、全体での底上げが実現されれば、女主人は「教育」を自己負担せずに済むので、今回の女主人は後者を期待していると私は読み取っています。


今回の女主人の経済的余裕についてですが、彼女の家庭はメイドを2名雇っている描写があることから、中流階級の中でも中間より下、下層より少し上ぐらいの位置づけでしょうか。決して高給を出せる境遇ではありません。愚痴りたくなる気持ちは、分からなくもないです。


ただ、労働環境は、女主人のスケジュール管理や支持の出し方次第で改善する余地もありました。すべての中小企業がブラックでないように、すべての女主人の用意した職場がブラックだったわけでもありません。


この中で不幸なことは、女主人自身が適切な家事教育を受ける機会を持たず、人を管理した経験に恵まれた人が多いわけでもなく、様々な矢面や社会的規範にさらされていた点は、今回のテキストでは抜け落ちている部分となります。


人の管理をできずに失敗する、という点では現代のメイド事情でも繰り返しています。「メイドの雇用主は部下を使うマネージャーであることを理解していない」との指摘もなされています。


高賃金よりも「待遇改善」を求めたメイドたち

賃金について、家事使用人がどれだけ不満を持っていたかについては、実は他の要因に比べるとそれほど大きなものではないと言われています。あくまでも相対的なものですが、今回はあまり言及しなかった1920年代の「使用人問題」へのメイド職の聞き取り調査では、メイドが求めたのは「高い賃金」より、「労働時間の緩和」「自分の時間を持てる機会」や「社会的に低い存在として扱われる・機械のように思われることへの改善」でした。


住込みで働くメイドは他の職業に比べて家賃や食費を免れる点で相対的に得られる賃金は多く、貯金もしやすい環境でした。それが故に選ばれる職業でしたが、他の職業が商業領域で広がっていくと、「長時間労働の緩和」「自分の時間を持てる自由さ」を求めるようになりました。住居と職業が分離する商業系の仕事に対して、家事使用人の仕事は業務が終わっても家にいて、呼び出されるリスクを持ちました。


この点を、1920年代の「使用人問題」を扱う人々は理解しており、労働時間の規制や他に休日の定義など法を整備したり、休み時間に呼び出さないとか仕事の量を減らす工夫をするなど改善を促す提案を行いましたが、現実には高い失業率もあってか、法律は成立しませんでしたし、メイドを雇えない人々が生活水準を変えていく動きなども見られました。


最後に大きかったのは、人として扱ってほしい、との要望です。人として扱わずに機械のように思うから、自分では行わない長い労働時間を強いるのだと。「使用人は家具である」との言葉もありますが、以下は1920年代に問題を分析した心理学者Violet Firthのコメントです。


『女主人は使用人に労働を求めるだけではなく、女主人の優越を示し、彼女から賃金を受け取る女性に劣等感を抱かせる礼儀作法をも求めます。使用人の仕事そのものには軽蔑を受ける要素はありませんが、使用人に求められる態度には、雇用主から見下されるような、それも個人の尊厳を傷つけるような何かが存在しているのです』

(『The Psychology of the Servant Problem』P.20)


この補償は、高い賃金では解決しえないともViolet Firthは述べています。


私は「安い賃金」と書きましたが、低待遇も含めて「安いコスト」の方が言葉として適切でした。


補足:家事の大変さを書いたテキスト:『家事の歴史からメイドがいた風景を知る』シリーズ

前編:近代英国の家事についての読書メモ(料理や燃料、照明の話)

後編:近代英国の家事から見るメイドがいた風景(掃除や洗濯など)


2011-04-16 ロイヤルウェディングも近い

[]英国王室・王族と縁があった三人の執事

今日はTBS『世界ふしぎ発見』で「ウイリアム王子ご成婚おめでとう記念!英国ロイヤル・カップル秘話」と、英国王室の特集を行うということで、王族に仕えた執事の話を書きます。


これまでに私が調べてきたメイドや執事や多くの使用人たちは直接仕えたり、仕える屋敷にゲストで王族が来たりと、そこそこ王族とすれ違う機会を持ちました。直接仕えた人物に絞ると、目立ってくるのは次の三名でしょうか。


執事:Charles Cooper

Charles Cooperは私が個人的に思うに、「銀の匙をくわえて生まれた使用人」です。表現自体に矛盾がありますが、彼の両親はMary王女(ジョージ三世の孫娘、Tech公爵と結婚して公爵夫人に)仕え、王女と縁を持ちました。父はしばらくしてから独立して事業を営むも失敗。その後、ヴィクトリア女王の儀礼官の下で働き、Louise王女(ヴィクトリア女王の娘)やその夫・Argyll公爵ともすれ違っているなど、幼いころはケンジントン宮殿界隈、王族の近くで生活をしていました。


使用人としての経歴を始めた彼はフットマンとして順調に経験を積み、やがてヴィクトリア女王の娘Helena王女と結婚したPrince Christian of Schleswig-Holsteinの屋敷で働きます。この時、彼はバッキンガム宮殿、ウィンザー宮殿、オズボーン宮殿も訪問しています。


そしてここに勤務しているときに、ヴィクトリア女王の死に接し、使用人という立場ながらも女王の死に顔を拝見する場に立ち会いました。その後は駐英ドイツ大使館に勤務し、そこでエドワード七世の戴冠式の祝いを外部から眺めるわけですが、その後は富裕なWingfield家に仕え、生涯を尽くしていきます。


華麗なる経歴と言えるでしょう。


執事:Ernest King

Cooper以上に華やかな経歴を持つのが、Ernest Kingです。彼は話題性に事欠かず、最初に仕えた王族は、なんと「退位したエドワード八世(ウィンザー公爵)とシンプソン夫人」なのです。執事としての名声が知れ渡っていたKingは前職を辞めた後、直接ウィンザー公爵からスカウトされて、公爵のフランスの領地で執事を務めます。


彼が公爵の目に留まったのは、他の屋敷で執事を務めていた時の彼の技量に感嘆していたからでしたが、公爵家での勤めはKingにとって難事でした。シンプソン夫人が使用人の扱い方を心得ておらず、現場の責任者である彼の仕事に事細かく干渉したり、食事をする場所の指示が二転三転して仕事が無駄になりかけたりとしたためです。


ある意味、「退位した直後の元国王」の姿が垣間見れる貴重な資料ですが、しばらくしてこの職を辞します。きっかけは、ドイツとフランスの開戦です。フランスにいた公爵は英国へ退避し、その後、従軍を申し出てKingにも同行を期待しましたが、Kingは他の道を選びました。


大戦中、Kingは億万長者のHill氏に仕えますが死別し、その後、英国に滞在していたギリシャ王ジョージ二世につき従い、ギリシャに渡ります。ここで彼は主人として敬愛できる王に仕える喜びを得るのですが、ここでも王と死別します。


失意のKingを待っていたのは、最高峰の職場でした。エリザベス二世として即位する前のエリザベス王女とエディンバラ公爵の新婚時代の執事として招かれたのです。新婚の夫妻を訪ねるジョージ六世夫妻を出迎えたり、チャールズ王太子の出産も垣間見るなど、このまま彼の生涯は最高峰で終わるかに見えましたが、彼はこのポストを失います。


「採用されるために、ウィンザー公爵に仕えていた過去を黙っていた」(王女の母か祖母か忘れましたが、どちらかがウィンザー公爵を嫌っていたので。しかし、エディンバラ公爵の従者がウィンザー公爵に仕えたKingの部下でした……)ことや、エリザベス王女の侍女と影響力争いを行い、言い争いの中での失言によって、出ていくことになったのです。


ただ、読んでいる限り、王室独自の厳しい規制(戦後は贅沢禁止・目が厳しい)や若い夫婦の親しみやすさ(古い執事のKingはそれが苦手だった)、そして自身が過去を隠していた負い目や、政治的な争いが面倒になっていたような印象も受けます。


いずれにせよ、時期的に、「退位後のエドワード八世」「即位前のエリザベス二世」に仕えたKingの視点はとてもユニークだと思います。


執事:John James

最後が、これまで述べてきたような執事とは異なる経歴のJohn Jamesです。彼はウェールズの出身で、1872年生まれで14才から農場を転々としていました。その後、実家の近くに開通する鉄道工事の仕事に従事しましたが、そこから犬・馬・猟鳥の世話をする使用人の仕事をして、屋内使用人への転身を図りました。


紹介状(リファレンス:前職の職場に職務経歴や人物を問い合わせる)やエージェンシー(職業紹介所)といった、この当時の転職で気になる話題を一切せず、前職の雇用主からは「知人がいないのに出ていくのはよくない」と忠告されながら、単身、ロンドンにやってきます。


無計画、というのでしょうか。


2か月間は仕事が見つからなかったものの、ようやく富裕層の家での職場を見つけ、そこでは執事の下で雑用もこなすフットマンを経験しますが、ここから彼は大きな飛躍を遂げていきます。貴族のフットマンを経験してから、冒頭で少しだけ出てきたヴィクトリア女王の娘でLouise王女、Argyll公爵夫人に仕えることとなったのです。


この後は順調に経歴が進み、第一次世界大戦を経て転職も重ねますが、駐フランス英国大使館ではロイド・ジョージや、少女時代のエリザベス王女と出会い、さらに大使館の仕事を辞めた後は再びLouise王女に仕え、ジョージ五世、エドワード八世、ジョージ六世の三人の国王を宮殿で間近に見る機会に恵まれました。日本の皇族夫妻(年代が不明です)が宮殿に来訪したことも記されていました。


私がこれまで読んだ中で、Ernest Kingか、それ以上に「英国王室の本流」に近く仕えた執事でした。エリザベス王女の結婚式にも招待されるなど、John JamesはErnest Kingのような点があまり見られません。


最初の経歴からすると、どうしてここまで来たのか、彼の自伝を読んでいても分かりませんが、特別な何かを持っていたようです。王室ウォッチャー的執事という言葉が適切で、自分の仕事を語るCooperやKingと異なり、彼は自伝の大半を自分が眺めてきた景色や、主人のエピソード、そして王族の歴史などで埋めています。


終わりに

他にもヴィクトリア女王の宮廷料理人だった男性や、エドワード七世の愛人と目されたコックの女性、同じくエドワード七世の傍に仕えた公爵夫妻に仕えたフットマン、英国に滞在したインドの王子に仕えたり亡命ロシア王女に仕えて給与をもらえなかった執事、そしてHarewood伯爵夫人となったジョージ五世の娘Mary王女に仕えたガーデナーの話などありますが、それはまたの機会に。


こうした「直接仕える」使用人たちは大半がエリートと呼べる存在でしたが、「ゲスト」として王族を出迎えることは、ロンドンの上流階級に仕える使用人たちにとって、少なからず可能性を持つ出来事でした。


王族を扱う映画・ドラマについては、ヴィクトリア女王以降の英国王室映画・ドラマ一覧をご参照ください。


執事やメイドの仕事に興味をお持ちの方

王室は独自の機構があってメインで扱っていませんが、屋敷で働いたメイド・執事の仕事は、資料本『英国メイドの世界』にて解説しています。「働く人々」の視点で、華やかな世界を裏側からどのように支えていたのかを見ることができます。


屋敷で働くメイド・執事の仕事が分かる資料本『英国メイドの世界』