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高度に発達した気遣いは、気違いと区別がつかない このページをアンテナに追加

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2016-02-03

[][][]「上遠野浩平は怖くない」または「ぼくらは虚心に上遠野読む」あるいは「私と上遠野の57の再読」

上遠野浩平 - Wikipedia

上遠野 浩平(かどの こうへい、1968年12月12日 - )は、日本の小説家。代表作品に『ブギーポップは笑わない』、『ぼくらは虚空に夜を視る』、『殺竜事件-a case of dragonslayer』など。

1997年には『ブギーポップは笑わない』で第4回電撃ゲーム小説大賞を受賞。1998年に同作にてデビューした。同作は発売から数年間、電撃文庫で最高の発行部数を誇る作品となり、アニメ化・実写映画化などもされ、ライトノベル界に影響を与えた。

デビュー後しばらくは電撃文庫ライトノベルを主に執筆し、90年代後半に始まったライトノベルブームの礎を築いた重要人物の一人であるとされる



ファンには周知の事実ですが、昨年12月の『螺旋のエンペロイダー Spin3.』を皮切りに、先月は事件(戦地調停士)シリーズ待望の新作『無傷姫事件』がついに発売、そして今月には事件シリーズの姉妹作である短編集『彼方に竜がいるならば』、3月にはブギーポップ新作『ブギーポップアンチテーゼ オルタナティヴ・エゴの乱逆』が予定されており、現在、上遠野浩平作品四ヶ月連続刊行の最中となっています。昨年の寡作を取り戻すかのような仕事ぶりでたいへん頼もしい。


さて、上遠野浩平の作品群には一つの特徴があります。それは、ごく一部の例外を除いてほとんどの作品が一つの世界観を共有している、ということです。上遠野作品では、あるシリーズのキャラクターが他のシリーズでゲスト出演したり、ある作品で舞台になった場所に別の作品でも訪れたり、といったクロスオーバー展開が数多く見られます。この手法が意図するところ、生み出す効果は一口には言えませんが、作品世界に奥行きを与えていることは間違いないでしょう。ひとつの作品内では描かれなかったところにも、また別の人々による別の物語があるのかもしれない、という想像力。これが、上遠野作品の大きな魅力の一つになっています。

ただ、ひとつの問題として、複数の作品を包括することで含まれる情報量が増大し、また、新作が出るたびに世界が拡張し続けている(現在、単著のみで57冊)ため、未体験者には上遠野作品は、極端に複雑そうだとか、どこから読んだらいいのか分からないなど、敷居の高さを感じさせてしまうことがあるようです。実際には、外側からそう見えるよりは良くも悪くもシンプルな構造になっていますし、自由な読み方を推奨しているとさえ言えるのですが。

ともあれ、もしもその入り口でつまづいて手に取ることをためらっている潜在的上遠野読者がいるのならばもったいない。せっかくなのでこの機会に、上遠野浩平作品全体の簡単な紹介をしてみようと思います。



私的な分類ですが、上遠野浩平の作品は、舞台となる場所や時代を基準に、大きく四つに分けることができます。すなわち、

  • “現代”
  • “未来”
  • “異世界”
  • “例外”

です。

それぞれがどういうカテゴリーなのか、そこに含まれる作品(シリーズ)の紹介を兼ねて一つずつ見ていきましょう。

単著として刊行された作品を主に扱います。作品リストはこちらを参考にさせていただきした。 上遠野浩平作品リスト



“現代”


我々が生きるこの世界のこの時代(作品の発表時期に合わせて文化風俗はやや変化する)、特に日本の地方都市(地名は具体的に指定されないことが多い)を舞台にした作品群です。

これらの作品に共通するのは、超常的な特殊能力を得た“MPLS”と呼ばれる人間など現人類の脅威になり得る存在を、世界の背後にひそむ巨大なシステム“統和機構”が人の姿を持つ生物兵器“合成人間”を用いて密かに監視・排除している、という陰謀論的な世界観です。こういった存在や用語が直接作中に現れるか否か、といった点での差異こそあるものの、ジャンルにかかわらず全ての作品の背景にはこの設定があります。

代表作であるブギーポップをはじめ、現在進行中のシリーズのほとんどがここに属しており、上遠野浩平の作風の中心となる部分と言ってよいでしょう。



●「ブギーポップ」シリーズ(電撃文庫


少女たちの間でだけ語られる都市伝説、その人が一番美しい時に現れてそれ以上醜くなる前に殺してくれる黒衣の死神、ブギーポップ。その正体は、“世界の危機”に反応して、普通の女子高生・宮下藤花の中から「自動的に」浮かび上がる“世界の敵の敵”だった。

上遠野浩平のデビュー作であり、現在19作(3月発売予定の『アンチテーゼ』で20作目)を数える代表作。緒方剛志によるイラストと共に特異な存在を印象づけ、当時のライトノベルの潮流を、異世界ファンタジーから現代ものへと転換させたきっかけの一つと言われることさえあります。

ジャンルとしては、SFであり現代ファンタジーであり異能バトルでありミステリ要素も時にあり、何より青春小説である、というところでしょうか。日常と非日常の間を往き来しながら、自覚の有無にかかわらず現在の世界と対立してしまう“世界の敵”(MPLSであることが多い)をめぐる物語が描かれます。世界の敵自身が主人公であることも。

人知れず自警団的な活動を行っている女子高生炎の魔女霧間凪や、かつて殺人鬼に命を狙われたことから犯罪心理などに強い興味を持つ「博士」こと末真和子、正義感の強い風紀委員長の新刻敬、などの準レギュラー的なキャラクターや巻をまたいで登場する人物も存在しますが、基本的に各巻はそれぞれ独立したエピソードとなっています。一時期は、統和機構の“中枢(アクシズ)”など、世界の秘密に関わるような内容が扱われていましたが、そういったスケールの大きな話は主に『ビートのディシプリン』などのスピンオフの方で描かれるようになりました。現在は、異能バトルを軸にしつつ初期のような青春小説色が強まっているようです。

キャラクターはやはり10代の少年少女が比較的多数ですが、『ミッシング』や『スタッカート』など、成人キャラクターが主体となるエピソードも存在しています。5人の高校生がそれぞれ主人公となる5つの短編から一つの事件を描き出す、という第一作『笑わない』と同様に、どの巻も大なり小なり群像劇的な多視点の構成を取っています。

特筆すべきは、シリーズタイトルにもなっている「ブギーポップ」というキャラクター。唯一の全巻皆勤賞キャラではあるものの作中での出番は限られ、主人公というより「狂言回し」という表現をされることが多いようです。20巻に届こうとしている現在に至っても、統和機構や合成人間やMPLSなどが存在するこの作品世界の中で、“世界の敵の敵”というものが設定上どのように位置付けられるのかという説明がいまだにほとんどなされていません。そのくせ、いざ“世界の敵”との戦闘となれば口笛を吹いて謎のワイヤーを振り回し、最近よく取り沙汰される俺TUEEE主人公がかわいく思えてくるほどの理屈不在のチートぶり。これについては過去にまとめたことがありますので、そちらも参考にしてください。

ブギーポップはバラさない? - 高度に発達した気遣いは、気違いと区別がつかない

決して揺らぐことのない(ように見える)ブギーポップの周囲で、悩み、戦い、散っていく、人間や人ならざるものの物語、と本作をまとめることもできそうです。

ブギーポップは、上遠野作品のいわば基準となるようなシリーズであるため、他の全ての作品と関係があるとも言えますし、逆に、このシリーズだけを読み進める分には他のシリーズの情報を気にする必要はさほどないとも言えます。

たとえば、“統和機構”の引用元であるコードウェイナー・スミスの「人類補完機構」シリーズや、『ミッシング』で言及されているカート・ヴォネガットの『猫のゆりかご』などの海外SFを読んでおくとか、あるいは能力名や人名の元ネタである洋楽を聴いておくべきとかいった意見もあるかとは思いますが、そちらは全くの門外漢ですので詳しい人にお任せします。

鼠と竜のゲーム (ハヤカワ文庫 SF 471)

鼠と竜のゲーム (ハヤカワ文庫 SF 471)

猫のゆりかご (ハヤカワ文庫 SF 353)

猫のゆりかご (ハヤカワ文庫 SF 353)

浪漫の騎士

浪漫の騎士

ただ、ブギーポップの「テーマソング」である「ニュルンベルクのマイスタージンガー第1幕への前奏曲」については、聴いておいた方が臨場感が高まるかもしれません。曲自体を聴いたことのない人は少ないと思われるほどの有名曲ですが、自分のように曲と曲名が結び付いてない場合があるので。

こちらのCDにはブギーポップの口笛バージョンや、上遠野浩平書き下ろしによる、ブギーポップキャラ達が音楽談義をする短編「ブギートーク・ポップライフ」も収録されています。





●『ビートのディシプリン』(電撃文庫

合成人間ピート・ビートは、統和機構最強のMPLS・フォルテッシモから謎の言葉“カーメン”の調査を命じられる。それは、終わりの見えない過酷な試練の始まりだった。そして、調査の過程で出会った女子高生・浅倉朝子もまた、人の心や物事の本質を見抜く能力〈モーニンググローリー〉によって、日常と決別することになる。

雑誌『電撃hp』連載のブギーポップスピンオフ第1弾。全4巻で完結済み。公式のコピーでは「この厳しい試練(ディシプリン)に死神(ブギーポップ)は現れない」、ということになっています。

ブギーポップ本編と比べると、異能バトルの割合がやや増しています。直接の戦闘には向いていない能力のピート・ビートが、どんな工夫で敵を退けるのか、というのが一つの見所と言えるでしょう。主人公が苦労する(ひどい目に遭う)話が好き、という人には素直に薦められます。

本編同様に、視点は固定されていないものの、各巻とも主人公となるのは基本的にビートであり(浅倉朝子とのダブル主人公にやや近い?)、一人の主人公の連続した物語であるため、上遠野作品の中では比較的「長編シリーズ」として読みやすいかもしれません。統和機構に関する一部の設定の開示があったり、本編での重要キャラクターの再登場も多く、こちらの方が「本編っぽい」という本末転倒な声も。

事前準備をするならば、スピンオフということもあり、ブギーポップシリーズを『スタッカート』あたりまで読んでおくと良いでしょう。特に関係が深いのは『夜明け』『ミッシング』『カウントダウン』『ウィキッド』『パラドックス』『スタッカート』ですね。



●『ヴァルプルギスの後悔』(電撃文庫

正義の味方”を目指し人知れず活動を続ける女子高生、“炎の魔女霧間凪。彼女の中に眠る“魔女”が目覚め、そしてもう一人の“魔女”も現れるとき、統和機構を、そして宇宙全体さえ揺るがす“魔女戦争”が始まる。

雑誌『電撃hp』、後に『電撃文庫MAGAZINE』連載のブギーポップスピンオフ第2弾。全4巻で完結済み。

ブギーポップシリーズの準レギュラーとして活躍してきた霧間凪が主人公となる作品です。霧間凪とは何者か、を問う物語、でしょうか。設定上のスケールはとにかくやたらに大きくて全宇宙規模ですが、実際に物語の舞台になるのは、いつも通りの名もなき地方都市か、どことも知れぬ外国ぐらいと、基本的に地球上に限られるので安心(?)です。

ビートのディシプリン』から既に伏線が張られており、時系列的にもほぼ連続しています。『ビート』以上にブギーポップシリーズでのエピソードが前提となる部分が大きいため、初上遠野としてはやや向かない作品でしょうか。ちなみに、霧間凪が登場しているブギーポップ作品は今のところ『笑わない』〜『アンバランス』及び『バウンディング』になります。凪個人の物語として特に重要なのは『笑わない』『夜明け』『パラドックス』『バウンディング』あたり。

本作の後半で大きく扱われ、これ以外の“現代”作品にも影響が見られる一大イベント、統和機構“中枢”の代替わりについては、『ブギーポップスタッカート』を参照して下さい。登場人物などに直接の関係はありませんが、「二人の魔女」による“魔女戦争”の前哨戦、別の現れ方として、『ブギーポップイントレランス』、事件シリーズの『紫骸城事件』といった作品もあります。また、MPLSとは別種の異能である「奇蹟使い」については『冥王と獣のダンス』を……と、挙げていけばキリがないぐらい他作品との関連があるという、ある程度上遠野作品を読んでいる人間にとってはご褒美と言ってもいいような豪華な作品です。



●『螺旋のエンペロイダー』(電撃文庫

統和機構によって運営される学習塾、NPスクール。そこでは、まだMPLSと認定されない程度の危険性が低い能力者である少年少女が集められ、能力の開発という名目の元にその動向を監視されていた。そこに通う少年の一人、才牙虚宇介と、その妹の小学生、才牙そら。統和機構の機密に関わる存在であるこの兄妹を中心に、「虚空の王にして螺旋の支配者。世界のすべてを制覇するという存在」“エンペロイダー”をめぐる戦いが始まる。

電撃文庫MAGAZINE』連載のブギーポップスピンオフ第3弾。既刊3巻以後続刊。

スピンオフ第3弾、とは言ったものの、『ビート』『ヴァルプ』と比較すると新規登場のキャラも多く、連載途中でイラスト担当が巖本英利に交代したことにより、電撃文庫での上遠野浩平作品としては初の緒方剛志以外によるビジュアルとなる*1など、心機一転という雰囲気があります。

上遠野浩平自身が「ラノベでよく出てくる「男の子の主役がいて、その周囲に女の子がたくさんいる」という構図をどこかで作ろうとは思っているんです」*2と語るように、名前のあるキャラクターとして登場するNPスクール生(能力者)は、才牙虚宇介を含む三人の男子を除いて「女の子」ばかり。いわゆるハーレム的なキャラクター配置と言ってもよく、内容的にも新たなことに挑戦する姿勢がうかがえます。もっとも、才牙虚宇介自身は内面が直接描かれることのない謎めいたキャラクターのため、物語の中心ではあっても単純に「主人公」とは言い難いですが(クラスメイトの日高迅八郎の方が、裏表のない性格で典型的な「主人公」の役割に近い)

物語の開始時点では、“エンペロイダー”とは何なのか?才牙兄妹の正体とは?虚宇介の〈ヴィオランツァ・ドメスティカ〉とは一体どういう能力なのか?という具合に謎に満ちた作品ですが、徐々に明かされていく部分もありますし、一部の謎はそもそも明確には解決されないことが予告されていたり*3、とにかく、分からない部分は分からないままに分からなさも楽しめるように作られている、と感じます。

『ビート』『ヴァルプ』を除いた重要関連作品としては、ブギーポップから『笑わない』『スタッカート』『バウンディング』に加えて、ナイトウォッチ三部作、特に『ぼくらは虚空に夜を視る』、そして『冥王と獣のダンス』と、“未来”に属する作品との繋がりがあるのが特徴です。





●「しずるさん」シリーズ(富士見ミステリー文庫富士見書房星海社文庫

しずるさんと偏屈な死者たち (富士見ミステリー文庫)

しずるさんと偏屈な死者たち (富士見ミステリー文庫)

  • しずるさんと偏屈な死者たち』
  • しずるさんと底無し密室たち』
  • しずるさんと無言の姫君たち』
  • しずるさんと気弱な物怪たち』
  • 『騎士は恋情の血を流す』

山の中に建つ白くて四角い病院にずっと入院している不思議な少女、しずるさん。親友のよーちゃんが彼女のお見舞いに行くと、会話はいつしか奇妙な事件の話題に。しずるさんは言う。「この世にあるのはごまかしだけ――」

ミステリ短編連作(+長編1)。初出は雑誌『ドラゴンマガジン』増刊の『ファンタジアバトルロイヤル』での連載作品で、連載分を収録した短編集が富士見ミステリー文庫から三冊、単行本として書き下ろしの長編一冊が刊行されました。現在は、長編『騎士は恋情の血を流す』の文庫化を含む全作の新装版と、未収録の短編に書き下ろしを加えた新作の『気弱な物怪たち』が星海社文庫から刊行されています。

長期入院している少女が、親友から得た情報だけで事件の真相を推理するという、いわゆる安楽椅子探偵もの。扱う事件は主に殺人などですが、人が死なない種類のエピソード(とはいえ「日常の謎」とは言いがたい)も幾つかあります。

ミステリとして見ると、論理はだいぶ粗い(無理がある)し身も蓋もない真相が多かったりして素直に高評価をつけ難いですが、事件について少女二人が何を考えたのか、ということの方を重視している作品なのだと思っています。それに、星海社版の公式コピーによればこの作品は「とってもミステリーで、ちょっぴり百合。」だそうですので、そちらの観点から気軽に手を伸ばしてみるのも良いのではないでしょうか(このコピー自体はどうかと思いますが)

文章的には、基本的によーちゃん視点の一人称で進行し、時折三人称で事件の状況や関係者の行動などが挿入される、という構成。よーちゃんパートは、キャラクターの素直な性格を反映してか、他作品での少女の一人称より心なし柔らかい言葉遣いになっていて、少女二人の甘く密やかな空間を演出しています。そして、描写の端々から「しずるさん美人だ」「しずるさん大好き」といったよーちゃんの感情を読み取ることができます(しずるさんは台詞や行動でより直接的に「よーちゃん大好き」を表現)

“現代”上遠野作品の中で、「統和機構」「合成人間」「MPLS」設定が最も後景に退いているものの一つです。用語としてはほぼ登場しませんし、時折それらの存在が匂わされることはあっても、事件の推理は基本的にそれとは無関係に行われます。このため敢えて予習をするとしてもせいぜい、ブギーポップから『笑わない』そして同じ病院が登場する『アンバランス』、同じ理由でソウルドロップシリーズから『ソウルドロップの幽体研究』ぐらいで十分でしょう。

というのは短編集の4作についての話であって、長編である『騎士は恋情の血を流す』は、やや事情が異なります。

騎士は恋情の血を流す    The Cavalier Bleeds For The Blood

騎士は恋情の血を流す The Cavalier Bleeds For The Blood

こちらは、富士見版での帯が「しずるさんVS統和機構!?」というものであったことからも分かるように、統和機構・合成人間・MPLSの存在が前面に出ている内容になっています(もっとも、このコピーはスポーツ新聞的な誇張に近いものですが。VSしてへんわ)。それどころか、現在は便宜上しずるさんシリーズの一環として扱われているものの、上遠野浩平本人の言葉によれば「巳鑑巳花車*4シリーズ」、というのを置いておくとしても、しずるさんとよーちゃんの出番は少なく、実質的に独立した単発作品として扱ってもよいのではないかと思います。ジャンル的にも、ミステリとは言い難いですし。

物語の中心になるのは、特殊な能力によって幼馴染みを「ジャンケンで無敗を誇る女性タレント」に押し上げた男と、MPLSの可能性がある異変を調査する組織「オカリナ」の対決。しずるさんシリーズ的に見れば、今のところ時系列的に最も過去のエピソードを描いた作品、ということになります。

しずるさん以外の明確な関連作品としては、登場人物が重複している『ブギーポップバウンディング』でしょうか。統和機構その他についての説明も作中で簡単にしていますし、あまり気にする必要はないと思いますが。



●「ソウルドロップ」シリーズ(祥伝社ノン・ノベル)

ソウルドロップの幽体研究 (ノン・ノベル)

ソウルドロップの幽体研究 (ノン・ノベル)

コギトピノキオの遠隔思考 ソウルドロップ孤影録 (ノン・ノベル 1003)

コギトピノキオの遠隔思考 ソウルドロップ孤影録 (ノン・ノベル 1003)

「生命と同等の価値ある物を盗む」という予告状(紙切れ)を残し、実際に何かを盗むことで人間の命を奪う謎の怪盗・ペイパーカット。かつてペイパーカットに遭遇し、その姿を直接目にしたことで視覚に異常をきたしつつも生き延びた元警察官の伊佐俊一は、サーカム保険会社にオプ(調査員)としてスカウトされる。そして、瀕死の状態から脳にチップを埋め込まれることで「ロボット探偵」となった男、千条雅人と共にペイパーカットを追うことになる。

公称ジャンルは「長編新伝奇小説」ですが、祥伝社はなんでもかんでも「伝奇」にまとめてしまうところがある(偏見)ので、あまり当てにはなりません。敢えて言うなら、ミステリということになるでしょうか。ミステリとしてしずるさんシリーズと比較した場合、ペイパーカットという明らかに超常的な存在を前提としている部分がひとつの特徴となります。

ペイパーカットを追う伊佐と千条。祖父の命でやはりペイパーカット探索を行っている東澱奈緒瀬をはじめとする、政財界に大きな影響力を持つ一族、東澱家。この二つがシリーズを通した柱となるわけですが、ブギーポップシリーズなどと同様に各巻のエピソードはそれぞれ独立しており、何らかの形でペイパーカットと関わってしまった人々の物語が描かれ、時には彼らが主役の一人となることもあります。

しずるさんと対応する、というと言い過ぎですが、あちらが少女二人のコンビでこちらは成人男性二人のコンビのミステリです。では、あちらが百合ならこちらは……どうなのかは、実際に読んだ上でそれぞれが判定してください。いずれにせよ、生真面目で普段は冷静だが内側には人の命をたやすく奪うペイパーカットへの激情を秘めている伊佐と、「ロボット探偵」であるが故に素直だが融通が利かない千条の関係性は、時に微笑ましく、時に危うく、魅力的なものであるとは言っておきます。

統和機構その他の成分は、しずるさんよりほんの少し強い程度で、基本的にはペイパーカットと千条(ロボット探偵)の存在だけが、明らかに現実から逸脱している要素です。ペイパーカットの正体については、『ブギーポップは笑わない』『ブギーポップバウンディング ロスト・メビウス』『ぼくらは虚空に夜を視る』あたりを読めば、大体は判明するはずですが、謎の存在のままの方がかえって楽しめるかもしれません。前述のように、「しずるさん」の舞台と同じ病院が、千条のメンテナンスのための施設として登場しています。

関連作品、というわけではありませんが、人間とロボットのコンビによるミステリという設定や、伊佐と千条のぎこちないやり取りなどから、個人的にはどうしても、アイザック・アシモフの「イライジャ&ダニール」シリーズを連想してしまいます。恐らく意識したのではないか、と予想しているのですが確証はありません。

鋼鉄都市 (ハヤカワ文庫 SF 336)

鋼鉄都市 (ハヤカワ文庫 SF 336)





●『酸素は鏡に映らない』(講談社ミステリーランド講談社ノベルス

酸素は鏡に映らない (ミステリーランド)

酸素は鏡に映らない (ミステリーランド)

両親の離婚が決まっている小学5年生の高坂健輔は公園で、オキシジェンと名乗る謎の男と出会う。オキシジェンは健輔に、もしも力がほしければ、死亡した実業家、寺月恭一郎が集めていた「エンペロイド金貨」を探してみろと告げる。健輔は、姉の絵里香、元特撮俳優の池ヶ谷守雄と共にこのコインを探すことになる。

講談社児童向けレーベルミステリーランド」から単行本として発行された作品。後にノベルス版が発売されています。

主人公が小学生の少年であり、敬体で書かれたミステリーランド版の公式あらすじを読む限りでは「小さな冒険」風、と一見児童書らしさを強く意識しているようですが、よそゆきの顔はそこまで。他作品のキャラクター(名)や組織(統和機構の敵対組織である「ダイヤモンズ」の残党など)が登場したりするクロスオーバーが普通にあり、文体的にもやや漢字を開くことが多いぐらいで普段とさほど大きな差は無く、控え目ながらも「能力」描写さえ存在する、という、レーベルへの遠慮がほとんど感じられない内容に、主に既存上遠野読者が驚かされました。

どうしてもそういう派手な要素に目が行きがちな作品ですが、行き詰まりを感じていた者たちが謎の男との出会いと事件を経て、ささやかな変化(成長、とはあまり言いたくない)を果たす、という点では、やはり王道と言ってもいい構造の物語ではあります。健輔とオキシジェンのような、子供と大人の対話という要素は『夜明けのブギーポップ』『ブギーポップウィキッド』など他作品でも幾つか見られるので、比較をしてみるのも面白いでしょう。

関連作品としては、「酸素」の背景として『ブギーポップスタッカート』、「エンペロイド金貨」の存在が共通している『螺旋のエンペロイダー』、実業家・寺月恭一郎については『ブギーポップオーバードライブ』、あたりが目だったところでしょうか。



●『私と悪魔の100の問答』(講談社講談社ノベルス

私と悪魔の100の問答 Questions & Answers of Me & Devil in 100 (100周年書き下ろし)

私と悪魔の100の問答 Questions & Answers of Me & Devil in 100 (100周年書き下ろし)

17歳の少女、葛葉紅葉は、母親の失敗した事業を救う条件として、その仕事を知るものから「でびる屋」と呼ばれている謎の男、シャーマン・シンプルハートと話をすることになる。だが、実際に彼女の対話相手となったのは、シンプルハートが操る奇妙な人形「ハズレ君」だった。

講談社創業100周年記念の企画「書き下ろし100冊」の一つとして単行本で刊行された作品。現在はノベルス版が発売されています。

少女が謎の男(と人形)と出会ったことで、世界の裏側で起こっていることに徐々に巻き込まれていく、という大筋はもちろん存在するのですが、本作の大半はタイトル通り、葛葉紅葉(「クズっち」)とハズレ君の「100の問答」で占められています。目次にも、「青空と聞いて連想することは」「エクソシストオーメンの違いは」「どうして戦争はなくならないのか」など、一見くだらないものから答えるのが難しいものまで、問いが100個ずらりと並んでいます。

これらの問いですが、プロローグでも宣言されているように、作中に答えがある保証はありません。というより、多くの問いにはほぼ明確な答えが出ていないと言っていいでしょう。この、結論が出ない問いかけを繰り返しつつ先に進んでいるようないないような話をする、という感覚は個人的に、上遠野浩平の「あとがき」に通じるものがあると思っています。上遠野作品のあとがきは基本的に、近況報告や謝辞がほとんど無く、本編のテーマとかかわる、とりとめのないとすら言える内容で占められています。普段は数ページ分ずつしか読めないあとがきを、一度にまとめて読むことができるようなものと考えると、贅沢な一作と言えるかもしれません。

関連作品は、『ブギーポップ・カウントダウン』『ブギーポップウィキッド』『戦車のような彼女たち』あたり。



●『戦車のような彼女たち』(講談社

琥依こと、統和機構に所属する〈特別製(スーパービルド)〉の合成人間ブリットヘッドは、“魔法”と呼ばれる特殊な性質を持つ男、古猟邦夫の監視任務として彼と結婚することになる。だが琥依自身は任務とは関係なく、たとえ機構を裏切ってでも邦夫を守ることを決意していた。

雑誌『ファウスト』『メフィスト』に掲載された短編連作を収録した単行本。

古猟夫妻を中心に、主に女性の合成人間たちの姿が描かれます。古猟琥依は作中でその性能を「ポルシェ式ヤークト・ティーガー」にたとえられ、琥依の上司でありカモフラージュとして妹を演じている久嵐舞惟の合成人間としての名前はホルニッセ、少女の外見を持つ統和機構の「鑑定人」カチューシャ、など、タイトル通り戦車やそれに類する兵器をモチーフにしている部分が多々あるようです(自分はまったく詳しくないので、ようです、としか言えません)。

ご覧の通り統和機構色が前面に出ており、いわゆる戦闘シーンも多めですが、本作では対MPLSというより機構の内紛に伴う合成人間同士の戦いに重きが置かれています。あくまで物理的な作用にとどまる合成人間の能力はMPLSの派手なそれと比べると、肉を裂き骨を砕くというような泥臭さがあり、たしかにタイトルに「戦車」の語を冠するのも頷けます。が、分量こそ多いもののこれが本作の主眼というわけでもなく、真に中心となるものは彼女たちの「恋」です。

『彼方に竜がいるならば』収録の「アウトランドスの戀」は、本書収録の「ポルシェ式ヤークト・ティーガー」と同時に雑誌掲載された短編で、古猟邦夫の側から見た物語が描かれており、本作を補完する内容と言えます。その他の関連作品ですが、単純に登場人物を共有しているものだけで『ブギーポップ・リターンズ』『ブギーポップ・イン・ザ・ミラー』『ブギーポップ・カウントダウン』『ブギーポップウィキッド』『ブギーポップバウンディング』『ビートのディシプリン』『ヴァルプルギスの後悔』『螺旋のエンペロイダー』『私と悪魔の100の問答』など、多数存在します。特に、カチューシャが主人公となる「オルガンのバランス」では、他作品というかブギーポップシリーズのキャラクターが多くゲスト出演しています。



●『彼方に竜がいるならば』(講談社ノベルス

本作は扱いがやや難しく、舞台設定から言えば間違いなく“現代”に含まれる一冊なのですが、とある事情により後ほど“異世界”の中で「事件シリーズ」と併せて紹介させてもらいます。





“未来”


“現代”のはるか未来の地球、宇宙、そして仮想空間を舞台とした作品群です。

かつては外宇宙にまで進出しかけていた人類は、突如現れた“虚空牙”と呼ばれる謎の存在(宇宙では主に光の巨人の姿を取る)の襲撃によって甚大な被害を受け、その文明を一度大きく後退させることになりました。作品によって時代設定にかなり大きな開きがありますが、この大敗北が“未来”世界の基本的な背景となります。



●ナイトウォッチ三部作(徳間デュアル文庫星海社文庫

  • 『ぼくらは虚空に夜を視る』
  • わたしは虚夢を月に聴く』
  • 『あなたは虚人と星に舞う』
ぼくらは虚空に夜を視る (徳間デュアル文庫)

ぼくらは虚空に夜を視る (徳間デュアル文庫)

あなたは虚人と星に舞う (星海社文庫)

あなたは虚人と星に舞う (星海社文庫)

人類の天敵である虚空牙に対抗しうる唯一の手段、超光速戦闘機「ナイトウォッチ」。そのコア(パイロット)による宇宙空間での戦闘と、人間の精神を宇宙で安定させるために平和な旧世紀を再現した仮想空間での生活を描く。

徳間デュアル文庫で刊行されたSF、というか宇宙ファンタジー(?)シリーズ。後に、星海社文庫から全作復刊。

このシリーズは、上で述べたナイトウォッチの戦闘と“現代”世界を模した仮想空間での生活、という要素こそ共通していますが、各巻でそれぞれ舞台となる場所、時代が異なり、またキャラクターもごくわずかの特殊な例外を除くと作品をまたいで登場することはありません。たとえば場所については、『虚空』が居住可能な惑星を求めて外宇宙を往く大型移民船、『虚夢』は人類同士の戦闘が続く月面、『虚人』は太陽系外縁の廃棄された宇宙港、という具合です。また、『虚空』と『虚人』が一人のナイトウォッチ・コアを主人公とした(やや戦闘重視の)物語であるのに対し、『虚夢』は連作短編に近い形であり各章に個別の主人公(ナイトウォッチ・コアは含まれない)が置かれている、といった形式面での違いもあります。

普通に考えれば、あくまで宇宙空間での戦闘こそが唯一の「現実」であり、仮想空間での生活は虚構ということになりそうですが、本シリーズではこれがほぼ等価なものとして置かれており、たとえば仮想空間での死はやはり現実での死ももたらします。こうした設定自体はさほど珍しいものではありませんが、普通の高校生としての生活と世界(自分が属している架空世界)全体の命運がかかった戦い、この二つの間で揺れ動く物語のスケールの振れ幅や、個人の不安と宇宙の底のなさを共鳴させる描写などが生む幻惑感が、一つの特徴と言えます。

前述のように、三作それぞれがリンクはしつつも独立した物語なので、比較的順番を気にせず読めるシリーズとなっています。ただ『虚夢』に関しては、事前に『ブギーポップ・リターンズ』と、単著ではありませんがアンソロジー『ノベル21 少年の時間text. BLUE』(徳間デュアル文庫)または『ぼくの、マシン ゼロ年代日本SFベスト集成<S>』(創元SF文庫)収録の短編「鉄仮面をめぐる論議」を読んでおくと、登場する二人のキャラクターについて理解がしやすいかもしれません(とはいえ『虚夢』は「わからない」ことがキーとなる作品なのですが)

NOVEL21 少年の時間―text.BLUE (徳間デュアル文庫)

NOVEL21 少年の時間―text.BLUE (徳間デュアル文庫)

ぼくの、マシン ゼロ年代日本SFベスト集成<S> (創元SF文庫)

ぼくの、マシン ゼロ年代日本SFベスト集成<S> (創元SF文庫)



●『冥王と獣のダンス』(電撃文庫

冥王と獣のダンス (電撃文庫)

冥王と獣のダンス (電撃文庫)

虚空牙の襲来により文明の退行した地球。そこでは、“奇蹟”と呼ばれる能力を利用した新たな文明を築くことを目指す〈奇蹟軍〉と、旧世界の遺産である科学技術を中心にした〈枢機軍〉の二大勢力が争う世界となっていた。枢機軍の兵士、トモル・アドは戦場で奇蹟軍の戦略級奇蹟使い“根こそぎ”の夢幻と出会う。彼女を殺す絶好の機会を見逃してしまったトモルは、夢幻に一目惚れをしたことを自覚する。

未来の地球で続く戦争を背景にしたボーイミーツガール、というか率直に言えば、ロミオとジュリエットです。もちろん奇蹟使いたちによる能力バトルなどの要素もありますが、やはり中心となるのは敵対する二つの勢力に引き裂かれた男女の恋という普遍的な物語でしょう。上遠野浩平作品の中で、最も王道感のあるものの一つだと思います。

アニメ映画にしたら映えそうなぐらい一冊できれいにまとまっている本作ですが、上遠野浩平本人は、

これはどうしても続編を書きたいので、プロットを出さないで、いきなり渡す、という手を使おうかと思ってます(笑)。*5

とコメントしています。この「続編」は「闘神と蠍のフーガ」というタイトルと導入部分の概要まで明かされているのですが、残念ながら今のところ刊行の予定はないようです。

関連作品としては、同じく“未来”のナイトウォッチ三部作以外では、『ヴァルプルギスの後悔』『螺旋のエンペロイダー』に、本作と間違いなく繋がりがあるが現時点ではまだ確かなことは言えないキャラクターたちが登場しています。



●『機械仕掛けの蛇奇使い』(電撃文庫

万物に秘められたエネルギーを引き出す詠韻技術の発達した、第七文明の世界。その大半を支配する大帝国(ゴウク)の若き皇帝ローティフェルドは、先文明の滅亡の原因の一つとされる魔人ルルドバイパーの封印を解く実験の場で、皇位をめぐる陰謀により暗殺されかける。だが、目覚めたバイパーはなぜかローティフェルドを救い、これが帝国を揺るがす事態に発展していく。

一見、異世界ファンタジー風の世界観ですが、実は『冥王と獣のダンス』よりも更にはるか未来の地球(『冥王』の時代が「第五文明」にあたると思われる)が舞台らしく、明言はされていませんが詠韻も「奇蹟」が技術として一般化したもののようです。と思いきや実は……といった具合に妙にややこしい舞台設定になっていますが、そこはあまり気にする必要もないでしょう。

物語的には、ルルドバイパーの力を借りて追っ手を撃退するローティフェルドが、その状況の中で帝国の秘密を知り、という活劇に、ローティフェルドの婚約者であるユイ姫の、バイパーよりも古い時代の超兵器“ジャグヘッド”を偶然得た破壊者としての暴走が交錯する形です。最もクローズアップされているのは、皇帝ローティフェルドと(性別不詳の)戦鬼バイパーの関係性で、二人の何が似ていて何が違うのか、ということが直接的間接的に繰り返し問われています。

ソノラマ文庫大賞の最終候補となったが出版の見送られた「スーパーマジック・ハイパーマシン」を原型としており、また、『電撃hpSPECIAL』に掲載された「虚無を心に蛇と唱えよ」という別バージョンも存在しているようですが、未読のため詳細は語れません。その他の関連作品としては、他の“未来”作品に加えて『ブギーポップ・リターンズ』があります。





“異世界”

  • 事件シリーズ
  • (『彼方に竜がいるならば』)

“現代”や“未来”とは異なる宇宙(?)に存在する別の世界を舞台にした作品。今のところ、事件シリーズのみがこれに該当しますが、前述のように『彼方に竜がいるならば』もここであわせて扱います。



●事件シリーズ(講談社ノベルス


世界に満ちる呪詛エネルギーとして利用する魔導文明の発展した世界。“国土なき帝国”とも称され、世界に隠然たる影響力を及ぼす世界最大の通商連合〈七海連合〉には〈戦地調停士〉という、紛争などの国際問題を交渉によって解決する特殊な要員が存在した。その一人、仮面の戦地調停士EDことE・T・マークウィッスルは、親友の“風の騎士”ヒースロゥ・クリストフや軍人レーゼ・リスカッセらと共に、調停に伴う不可解な事件を調査していく。

魔法や竜などが存在する、いわゆる「剣と魔法のファンタジー」的な異世界を舞台にした特殊設定ミステリシリーズ。公式なシリーズ名は「戦地調停士シリーズ」ですが、ここでは一般的な知名度を優先して「事件シリーズ」で統一します。一作目の『殺竜事件』の発表時には、イラスト担当がゲーム「女神転生」シリーズで知られた金子一馬であったことも話題を呼びました。その後、五作目の『残酷号事件』でやまさきもへじに交代し、最新作『無傷姫事件』では獅子猿がイラストを担当しています。

シリーズの探偵役は一貫して仮面の戦地調停士EDが務めていますが、謎解きの一部を別のキャラクター(別の戦地調停士)が行っている場合もあります。ミステリとしては、「強大な存在である竜がいかにして刺殺されたのか?」「古城で起こる魔導士連続殺人は魔女の呪いなのか?」「密室の中で水晶に閉じ込められた姫には何が起こったのか?」といったようにファンタジーらしい謎が主に扱われています。ただ、シリーズが進むごとにこういった分かりやすい形でのミステリ要素は控え目になり、物語としての側面が強くなっていきます。

個人的にこのシリーズの、裏テーマとでも言うべきものは「歴史」なのではないか、と考えています。舞台となる建物、国、組織、また、事件の関係者たちにまつわる過去の物語。事件そのものよりも、事件をきっかけにして読み解かれるそうした歴史を描くことに重点を置いているようにも思えます。因縁話はミステリの定番の一つでもありますが。

この“異世界”と“現代”世界は基本的に断絶して存在しているのですが、時おり(具体的な原因は不明なものの)世界の境界を物体が越えることがあるようです。“現代”から“異世界”への漂着物の例としては、拳銃や、ブギーポップシリーズに登場する作家・霧間誠一の著書を指すと思われる「霧の中のひとつの真実」と呼ばれる本などがあり、これらは作中では界面干渉学という学問の研究対象となっています。

一方“異世界”から“現代”にも同様の越境があり、それらについては2月に発売する新刊『彼方に竜がいるならば』で描かれています。

これは、事件シリーズ各作の刊行に先立ち、雑誌『メフィスト』及び『ファウスト』に掲載された短編を収録した短編集となります。基本的にどの短編も、各「事件」が“現代”世界に与えた影響を描いている、つまり、時系列的には「事件」以後ということになり、一種のエピローグと言えるかもしれません。これから新たに事件シリーズに手を付けてみようという人は、せっかくなので『彼方に竜が』と平行して読み進めてみるのもいいでしょう。

念のため、事件シリーズと『彼方に竜がいるならば』収録作との対応関係を示して置きます。

あくまで収録作品を雑誌掲載時に読んだだけなので書き下ろし部分がどうなっているかはまだ分かりませんが、“現代”作品としての『彼方に竜がいるならば』の関連作品には、とりあえず『ブギーポップは笑わない』を挙げておきます。



“例外”


これまで見てきた、いわゆる「上遠野ワールド」「上遠野サーガ」とは一切関わりがないような作品のことです。現在は『恥知らずのパープルヘイズ』のみがこれに当てはまります。同じく漫画を原作とする、雑誌掲載の短編「マーズの方程式」(原作:横山光輝『マーズ』)もそうなのではないかと疑っているのですが、未読のため詳細は不明です。



●『恥知らずのパープルヘイズ -ジョジョの奇妙な冒険より-』(集英社・JUMP J BOOKS)

恥知らずのパープルヘイズ ?ジョジョの奇妙な冒険より?

恥知らずのパープルヘイズ ?ジョジョの奇妙な冒険より?

かつて戦いの途中で仲間と別れることになったパンナコッタ・フーゴは、組織の新たなボスから忠誠の証明として麻薬チームを始末することを命じられる。

漫画家荒木飛呂彦の執筆30周年、荒木飛呂彦の代表作『ジョジョの奇妙な冒険』の連載25周年記念企画「ARAKI 30th & JOJO 25th / 2011-2012 JUMP j BOOKS Presents Special Project“VS JOJO”」の一冊として刊行された作品。後に、書き下ろし短編「トリッシュ、花を手向ける」を追加したJUMP J BOOKS(新書)版が発売されています。

ジョジョの奇妙な冒険 Parte5 黄金の風』の後日談となる内容で、原作本編では途中離脱することになった登場人物、パンナコッタ・フーゴを主人公としています。

自分はジョジョについてはあまり良い読者ではないため、ジョジョ小説としての評価は、ジョジョファンを公言している作者だけあってあまり奇をてらわない正統派の外伝になっているのではないか、ぐらいしか言えません。ただ、ジョジョの世界の中で「ジョジョ」ではない、しかも一度仲間を裏切ってしまった負い目を持つフーゴという男を主人公とする選択に、上遠野浩平らしさを感じないでもないです。








さて、これで上遠野浩平の既刊全作品(全シリーズ)をひととおり見てきたわけですが、では、これから上遠野浩平という作家に初めて触れる人は、これらをどのように読めばよいのでしょうか。

まず、最も単純な読み方としては、

「刊行順に片っ端から読んでいけばとりあえず間違いない」

ということが言えます。少なくとも、リアルタイムで作品を追ってきたファンに近い読書体験は得られるでしょう(初出が雑誌掲載の短編についての問題を除けば)。当たり前の話ではありますが、それだけに堅実な道となります。複数のシリーズを平行して読むことになるので、クロスオーバーの醍醐味を味わうにもうってつけです。言わずもがなですが、刊行順の作品リストは、Amazonで「上遠野浩平」検索の上、「出版年月が古い順番」で並び替えればすぐに得られます。

しかし、これはあくまで、最終的に上遠野作品を全作読破することを前提にした読み方になってしまうので、特定の目当ての作品がある人にとってはあまりに迂遠過ぎて向いていません。というわけで、その次にシンプルな読み方。

「どこからでも好きなように読めばよい」

極端から極端ですが、実際、どの作品(シリーズ)から手を付けてもそこまで大きな問題は発生しないはずですし、各巻の独立性が高い幾つかのシリーズではシリーズ内での順番さえあまり気にせずに済む場合もあります。元々そのような読まれ方を意識して書かれている、と言っても言い過ぎではないでしょう。どうしても不安だというなら、上遠野世界の基準となるブギーポップシリーズをある程度、具体的に言えば設定についての記述の多さや重要人物の存在などを鑑みて『笑わない』『リターンズ』『夜明け』『ジンクス・ショップ』『ロスト・メビウス』あたりを適当に押さえてから他のシリーズに取りかかるのであれば、より磐石でしょう。

以上です。後はご自由上遠野作品をお楽しみください。

冗談抜きにこの二点以外に言うことはあまりありませんが、敢えて他の基準を持ち込むなら、たとえば、“現代”作品における世界の秘密度(仮)といったものが考えられます。

“統和機構”“MPLS”“合成人間”といった非現実的な要素が作中でどの程度直接的に登場しているか、という基準で“現代”作品を並べると、あくまで大体ですが、


↑世界の秘密度(仮):高


↓世界の秘密度(仮):低


といった結果になります。これを参考に、なるべく地に足の着いた話を好むのであれば一番下のしずるさんなどから読み始め、また逆にSF・ファンタジー・バトルどんとこいという人はいきなりブギーポップスピンオフに手を出してみる、という読み方もあるでしょう。いや、自由に読めばいいんですよ、本当に。



いかがだったでしょうか。上遠野浩平作品に対するハードルを少しでも下げることになればと頑張ったつもりでしたが、逆に「ちょっと、怖かったかな?」*6と今さらながら心配になっています。まあ後の祭り。

設定の概要を説明することを重視したため、物語のテーマ的な部分に対する言及はだいぶ表層的になってしまいましたが、それは以下のような優れたレビューでそれぞれ補完してください。

ブギーポップは笑わない - ラノベ漂流20年!「前島賢の本棚晒し」 - 電子書籍はeBookJapan

本当はメディアミックス作品、特に、原作の設定・手法を踏襲しつつオリジナルエピソードを描き作品自体の象徴であるかのような「もう一人のブギーポップ」まで登場させる挑戦的なアニメブギーポップは笑わない Boogiepop Phantom』や、オリジナルの解釈で「別のブギーポップ」が指先から衝撃派を放ったりする漫画『ブギーポップ・デュアル 負け犬たちのサーカス』、そして、これ以上のコミカライズはそうそう望めないだろうと思われる理想的な漫画版『ソウルドロップの幽体研究』などにも触れたかったのですが、趣旨からすると脇道になる上に冗長過ぎるので、それはまた別の熱意ある上遠野読者の方にお願いしたいと思います。

ブギーポップは笑わない (1) (DC animation magazine wide)

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ブギーポップは笑わない [DVD]

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ではみなさん、よい上遠野を。



(ほしいものリスト)

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*1:雑誌掲載作品では、「虚無を心に蛇と唱えよ」(未読)での忍青龍イラストという先例もあったようだが。

*2:『電撃文庫MAGAZINE Vol.23』

*3:「「エンペロイダーって何」ということについては、読み終わった後にも「エンペロイダーって何!?」という話にはなるんでしょう」(『電撃文庫MAGAZINE Vol.23』)

*4:『恋情』の登場キャラクター。あまり活躍はしていない。今のところ登場作品は『恋情』のみ。

*5:『活字倶楽部 2001年夏号』より。

*6

名無し委任状名無し委任状 2016/02/11 19:47 笑わないが初ラノベだったしがない一上遠野ファンですが、十分かつ簡潔なまとめだと思います。
事件シリーズが歴史をテーマにしているという点には同意です。

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