男のすなる「にき」といふもの ver.2

2009-09-01 9月。

備忘録2。


必要不可欠なソーシャル・サービスと、

あった方がいいけどなくてもなんとかなるソーシャル・サービスを、

どうやって分けるのだろうと、素人ながら疑問。

共感ドライバーに関する一考察: Practices with Management Theory

この分野は、研究はしないとしても、追っかけてかなきゃな。

たぶん、僕の本業ともどこかで交差するから。

国保国保 2009/09/15 10:30 そこも、(例外はあるけど)基本は市場メカニズムと思っています。

sscrapersscraper 2009/09/16 10:30 >国保さん

そうだと思うんです、僕も。
そういう意味では、自然淘汰に任せてもいいわけで、
放っておくというのも一つの手段でしょう
(ダメなやつは勝手に潰れる、ってことですかね)。

でも、「ソーシャル」という考え方と、「市場」という考え方、
この2つの考え方って実践者の中では両立しにくいんじゃないか
(特に「情熱」がほとばしっている方であればあるほど)、
……という気がするんですね。
ここのところをどう乗り越えるのか、そこに仕組みは作れるのか、
この辺があんまりピンときてないです。

もちろん最大の原因は、僕の勉強不足ですし、
僕がこの分野の現場を全くといっていいほど知らないことでしょうが。

国保国保 2009/09/23 22:15 経験論ですけど、人によりますねえ。「市場」は利己的人材を前提に動くけれど、「ソーシャル」イコール「利他的人材」とも限らない、と最近感じます。そこを切り分けて考えるようになったら、いろんなことがすっきりしました。

「情熱」がほとばしっている方というのは、「ソーシャル」かつ「利己的」でもあるように思っています。市場より自分の満足を追求するのは、利己的ですよね。

でも、利己的であることが悪いとも思っていません。私もとっても利己的です。

sscrapersscraper 2009/09/28 01:00 >国保さん

なるほど。
ソーシャルと利他が一緒になってしまうと、
「ビジネス」にはならない、っていうところでしょうか
(ここまで極論ではないのかもしれませんが)。

だとするとわからなくなるのは(こここそ勉強不足だからですが)、
なぜ「ソーシャル」が研究対象としてここまで注目されるのか、
……ということです。
たぶん国保さんは「一般企業との差なんてないよ」とおっしゃるのではないかと思うのですが
(というか、そのようなことをおっしゃっていたのではないかと記憶しているのですが)、
そして、僕もその通りだと思うのですが、
であればこそ、なんでわざわざ注目するの?ってことなんです。
「共感」がメインドライバであればわかるのですが、
メインでないなら、一般企業であってもメインではなくても必要なわけで、
なんら変わりがないじゃない、ってことになってしまいそうで。

文章がまとまりませんな(苦笑)。