『夏井冬子の先端犯罪』(書下ろし長編推理小説)読了

これまでに読んだ著者の小説
『土俵を走る殺意』 (新潮文庫)読書感想
http://d.hatena.ne.jp/stantsiya_iriya/20160605/1465089334
『絆』 (双葉文庫日本推理作家協会賞受賞作全集)読書感想
http://d.hatena.ne.jp/stantsiya_iriya/20160607/1465282177
これから読むんですが…
諸般の事情で、
ここに置いときます。
ほかの方のブログで
拝見した小杉健治
の小説第三弾です。

実業之日本社1987年刊
新書ノベルズ
(のちに集英社文庫?)
カバー画 野中昇
本文挿絵 柳澤達朗
装幀 サン・プランニング

バブルのころ、
「SEは現代の土方」
と言われてたのを、
思い出しました。

【後報】
んだもんで、
表紙の女性
ヘルメット
被ってるかと
思いましたが、
帽子です。

大企業を手玉にとる謎の女
大企業のコンピューターからシステムデータが盗まれ、会社は存亡の危機に!哀しい男女の愛が生んだハイテク犯罪。

「何、まさか、コンピューターからデータが盗まれたというのか!」
 特許部の井川の報告に課長が青くなって立ち上った。大東電機の研究所が開発した先端技術を特許申請した三件が先願があると却下されたのだ。井川は特許部のコンピューターから、システムデータが何者かに盗まれ、先願されたと判断したのだ。
「しかし、犯人はコンピューターの電話番号、パスワードをどうして知ったのか…」
 と首をかしげながら、課長は部長室に飛んで行った。


作者の言葉
 あらゆる分野にコンピューターが利用され、社会構造が大きく変貌しつつあります。あたかもコンピューターが主役のように錯覚しがちですが、コンピューターはあくまでも道具でしかありません。したがって、犯罪においても、車が犯罪に使われると同じように、コンピューターも犯罪に利用されるだけです。コンピューター犯罪といっても、あくまで犯人は手段としてコンピューターを使っているのに過ぎないのです。

いかに現代とかけはなれた
過去の遺物ITの小説
であるか確認するはず
でしたが、反対に、
現代でも遜色なく
まったく通用する
内容に呆れました。
電話回線の通信速度
が光に変わっても、
いっしょなんですね。
磁気ディスクによる
データ配信とか、ミニコンという言葉とかも、障壁になりえない。
一ヶ所、OSがWindowsになったことで、差異が出たかな、という箇所は有りますが…
(2016/6/20)
【後報】
特許業務は非常に煩瑣で専門知識も必要なので大手のコンピュータ化が遅れていて、
(本書ではまだ「OA化」という言葉が普及していなかったのか、
 「コンピュータ化」と言ってます)そこに目をつけたソフトウェア会社が
パッケージシステム(Windows以前なのでハード込み)を開発し、
それを購入した大手ものづくり企業の特許部門に流出が発生し、
「いち部署が連携もとらんとミニコンなんか購入するからだ」
とせせら笑っていた当該会社のシステム管理部署のホストコンピュータからも流出発生、
どうなっとるんじゃわりゃぁ! という展開が非常に清新で、面白かったです。
いまでもじゅうぶん通用すると思いました。

頁42
「端末はパソコンでもいいの?」
「IBMの5550シリーズ、日電のPCシリーズなど端末として使用できます」
「まず、起動の仕方、つまりログインの仕方は各社固有です。それと、ユーザーID(利用者識別番号)とパスワード(暗号)により、外部からの侵入を防御します」
 ログインとは、コンピューターシステムを起動するための操作である。特許管理システムを起動するとコンピューターから、ユーザーIDを訊ねてくる。正しいユーザーIDを入力すると、今度はパスワードを訊ねてくる。ここで、正しいパスワードを入力することによって、はじめて特許管理システムが使用可能になるのだ。
 これは、銀行のオンラインシステムの現金自動支払機(キャッシュ・ディスペンサー)の使用と同じである。口座番号が、ユーザーIDで、暗証番号がパスワードである。他人のキャッシュ・カードで、預金を引き出そうと思ってもパスワードを知らなければ、現金自動支払機は「暗証番号が違います」、ということではねつけてしまう。説明員が、「ユーザーIDとパスワードにより、外部からの侵入を防御する」、と言ったことは、キャッシュ・カードのことを考えればよい。

日電はNECのことだと思います、と言ってみるテスト。上記はホテルで行われた、
データベースフェアのデモでのやりとりで、質問者(若い女性)は、
導入事例にある、物語の被害企業の場合どのキーがログインキーか、
デモ係員からいとも簡単に聞き出します。というか、実はキーは共通で、
打ち込むIDでわけてるだけなことを、デモ説明者が、知らずすらすら話している。
実際の開発者とかをデモブースに立たせるな、というのは、
ネガティブ情報もぺらぺらしゃべるから、ということ以外に、
コンプライアンス上の理由も、あったんでしょうね。よく読んで笑いました。

頁47
 純子は、パソコンとモデムの電源を入れ、まず、パソコンの通信ソフトを起動してから、電話の受話器を持ち上げ、紙片の数字をダイアルした。
 昭和三十九年に登場した、国鉄の座席予約システム『みどりの窓口』により、オンライン・システムの幕が開き、以来、オンライン・システムを中心にして、データ通信が発展していった。
 コンピューターセンターに設置された大型コンピューター、すなわちホスト・コンピューターと遠隔装置を結ぶ通信回線は、全国に網の目のようにひかれている電話回線を利用してきた。この電話回線は、人間の音声を伝送するためのものであり、アナログ信号しか伝わらない。ところが、コンピューターのデータは0か1かというデジタル信号である。このために、コンピューターのデータを電話回線に乗せるためには、アナログ信号に変換しなければならない。また、受信した端末機側では、今度はアナログ信号をデジタル信号に戻す作業が必要なのだ。アナログとデジタルの変換を行う装置をモデムという。したがって、オンライン・システムには、ホスト・コンピューター側と端末側にモデムが必要ということになる。
 純子は、ピーという音を確認した。これをキャリア音という。

このシリーズが続かなかったのは、OAは作者の前職ですが、
特許業務を調べて信頼に足る記述にする作業がばかにならなかったからでは、
と思いました。

頁115
 主な、特許情報機関としては、次のような機関がある。特許庁資料館、発明協会広報閲覧所、大阪通商産業局特許室閲覧所、日本特許情報奇行閲覧所、大阪府夕陽丘図書館などである。

最後の府立図書館が笑えました。流石商才の街大阪。そんなのがある。
この新書ノベルズの後ろの既刊を見ると、勝目梓、赤松光夫、豊田行二、丸茂ジュン、etc.
作者は濡場が苦手、というか今まで読んだ三冊では一ヶ所も書いてないので、
その辺もこれが続かなかった理由かなと思います。
真犯人と動機は現在ではまったく既知のものであり、ネタバレになるので書けませんが、
社畜と戦う風潮の萌芽がこの小説にもあるのかな、と思いました。
大金を手にした連中が次々おのれを見失って破滅してゆくさまは、
因果応報チックでちょっと、という気がして、後発作品ですが、
高村薫レディ・ジョーカーはいかに読後感が優れていたか、を実感しました。以上
(2016/6/25)