東京大学で学んだ、卒論研究の進め方 /184870

(参考:ロジカルシンキングことはじめ こちらでも、論理的に思考する方法について記載しています)

◆はじめに

この記事は、これから「研究者のたまご」への第一歩を踏み出す研究者志望者に、4年生で、とりあえず研究室に配属されたは良いが、一体どうしたものか、と悩むあなたに、そして、大学の研究ってどんなもの?とその一端を垣間見たい、大学受験生へ向けた記事です。

これは、東京大学工学部の、ソフトウェア系研究室での実例と、そこから抽出したエッセンスです。従って、この記事は個別の体験で、あなたの個別の研究室体験とは、幾分と違うものとなるでしょう。取捨選択と、自分なりのカスタマイズを行うための材料として、お使いください。

「何かを学びたければ、すべてを学ぼうとしてはならない」

  • ◇どんな人が書いているのか

この3月に、東京大学工学部システム創成学科知能設計コース、という長〜い名前のコースを「幸運にも」首席で出る事ができた新修士一年生です。

幸運にも、というのは、決して自分の実力だけでなく、助けて下さった先生・先輩方、切磋琢磨できた友人、そして、後に詳しく述べますが、失敗を成功へと転化できた天佑によるものです。

先生方、先輩方からは、頂くばかりでしたが、可能ならこの記事でほんの少しの恩返しを後進へ。そして、修士でまた論文を書く自分自身への、備忘録へ。


◆卒業研究の全体像
卒業研究はどのように進むのか、卒業研究の全体像を把握しておきましょう。全体を把握してから部分へと降りていくのは、論文を書くときにも基本です。

  • ◇関連知識の勉強

研究室に配属されて、はじめの数ヶ月は、研究ではなく、「勉強」をすることになると思います。基本は研究会と呼ばれる、週1〜月1程度に集まって、学生や講師が報告する研究の進捗状況を聞きながら学んだり、教授や講師にお勧めされる論文を読んだり、教科書的なものや、その分野の優れた論文を読む輪講・輪読会に参加したり、先生が開催してくれる勉強会などに参加して、関連知を増やしていくことになります。

しかし、何より最優先で行うべきは、恐らく、「先輩の卒論・修論」を読む。です。
私は卒論を書きながら、その効用に気づいたのですが、卒論や修論の中の「関連研究」の項では、非常に分かりやすく、噛み砕かれた形で関連分野の教科書的知識が(教科書よりも)整理されている事が多くあります。僕が修士に上がったら、恐らく最初にやるのがこれです。

  • ◇テーマ(問題)の定義

学部生には、恐らく、先生の方からテーマをくれます。

「こんな事がいま、企業で問題になっているんだけど、取り組んでみない?」とか、
「こういうテーマとこういうテーマがあるんだけど、どっちかやってみない?」とか、
「この研究室の解きたい課題のゴールはこれで、このテーマをやると、この部分のピースが埋まる」とか。

この時は質問のチャンスですから、たくさん、先生に質問をしておきましょう。(博士などに進めば、こういうのも全て自分でやらないといけないのでしょうが・・・)

・何がどこまで出来ればゴールなのか。
・その課題を解いて、誰が幸せになるのか。
・どういうスタンスで研究を進めればよいのか。
・新規性(=論文としての価値)はどこにあるのか。
・どのくらいで、どうすれば結果が出そうな気がしているのか。

こういう事を聞いていくと、良いと思います。

中でも、「ゴールはどこか」という質問は非常に重要で、僕の論文が受賞に至ったのも、明確に問題を定義し、それを解くために必要な2つの小問題も明確に定義し、2つの問題それぞれについて、緻密に回答をしていき、ゴール達成の評価軸にそって、きちんと評価・考察を行った、という部分の寄与する処は大きかったです。

  • ◇思考・試行錯誤・実験・コーディング

次に、具体的にどのようにゴールに到達するか思考し、実験を行ったり、プログラムを書いたりと、試行錯誤を行うことになるでしょう。また後に触れますが、このとき「まず思考する」という事が、非常に、非常に、大切になります。

  • ◇論文執筆

そのような仮説と検証、思考と実行がひと段落すれば、いよいよ論文の執筆です。
(研究者によっては、はじめから論文を書け!なんていうことを言う人も居るそうですが、)東京大学工学部では、大体、12月の終わりくらいから書き始めるようです。私は教授に「筆力、ある?」と聞かれ「あります!」と答えたので、1月の2週あたりまで研究を続け、論文に取り掛かりました。そこから2月の上旬の締切まで、6万字、100ページOverの論文を書きつつ、論文を書いてはじめて分かってきたことをまとめたり、論文を書くためにプログラムを書いたり(出た結果を奇麗に見せるためのプログラムとか)しました。

  • ◇発表

10月の終わりに中間発表、2月中旬に卒論発表会がありました。

東大工学部の文化では

・主査(指導教官)は発表を黙って見ている。
・副査(論文をきちんと読む人)がメインで質問する。
・その他教授陣が、発表を聞いて感じた事を質問する。

審査員は一人6点の点数を持っており、普通の出来栄えであれば、3〜4点をつける。その審査員の平均得点が0.5点以上なら可。2.5点以上なら優という、大変ヌルーイ構成となっており「東大の卒論、出せば優」というのは一つの真実のようです。(ただ、逆に優でなければ研究者の道はリアルに諦めた方がいいみたいですw)


それでは、これら研究生活

◇関連知識の勉強
◇テーマ(問題)の定義
◇思考・試行錯誤・実験・コーディング
◇論文執筆
◇発表

の5つについて概要を俯瞰しましたが、研究生活の中で特に大切だと感じる、『仮説からのスタート』『アウトプットの出し方』この2つについて詳しく見ていきましょう!


◆仮説からスタートする
先ほど「まず思考する」ことが、非常に、非常に大切になる、と書きました。
ちょっと例を見てみましょう。

僕は実は、研究室を最初の半年くらいはサボりがちで、研究室には週1回の研究会にしか行きませんでした。そんなわけで、プログラミングを習得するのが、同期の友人たちより遅かったのです。ですが、彼らと同じような周期で、「研究会発表」の順番は回ってきます。研究会発表の時に、「成果はありません」などとは言えない。しかし、プログラミングの習得が遅く、実際の成果物を出すことはできない。

そこで、プログラムを書くことではなく、頭を使うことにしました。
問題の詳しい定義、アプローチ手法の考案、アプローチ手法を適応したらどうなるかという展望、こういった事を考え「このようにすればうまくいくのではないか」という、いわば「理論」を全面に、研究会を乗り切りました。プログラミングして出した結果を使って、途中経過を報告している同期を尻目に。

今から思えば、これが良かった。

実際にやってみる前に、きちんと仮説を立てることができた。私が実際にプログラミングをする頃には、「何を書いて」「どんな結果を出せばいいのか」「どんな事実があれば、仮説が証明できるか」「どんなメッセージが、研究として価値あるメッセージになるか」こういった事をある程度きっちり考えた上で、実際の研究を進める事ができました。

初めに、「こうなるだろう」という仮説があれば、その証明に要するデータを絞り込む事ができます。もし、証明に要するデータが、仮説と異なれば、驚きと共に、理由を考える事ができます。理由を考えれば、仮説を修正する事ができます。そうやって、仮説とその検証を行って、うまく仮説が証明された時には、それは「意味のあるメッセージ」として、プレゼンしたり、論文に書いたりできるメッセージになっています。

やってみる、前にきちんと考える(悩むのでも、考え込むのでもなく)

ということを、偶然にも実践することができ、大変助かりました。

進捗を細かく管理するのではなく、僕を「なんとかなるでしょ」と信頼し、ある程度放任してくださった。そして、語り口は柔らかな人格者で、結果に対する高い水準の要求はして下さった、指導教官のお陰でもあります。


◆アウトプット

  • ◇構造化する

論文を書くのにも、論文発表のスライドを作るにも、あるいは、研究会用にちょっとした資料を作るのでも、まず書き始めるのはあまりお勧めできません。あらかじめ「構造化」をする事で、うまく行くことが多いです。構造化とは、簡単に言えば「目次から書く。」「構成から考える。」という事です。この文章も書き始める前に、◆と◇のついている「項目」を最初に挙げ、その上でその内部を埋めていくように構造化してから書いています。

たとえば目次だけ見ても、

研究の進め方
◆はじめに
◇どんな人が書いているのか

◆卒業研究の全体像
◇関連知識の勉強
◇テーマ(問題)の定義
◇思考・試行錯誤・実験・コーディング
◇論文執筆
◇発表

◆仮説からスタートする
◇データの収集にはいらない
◇欲しいデータを特定する。

◆アウトプット
◇構造化する
◇見た目

ある程度流れや中身が分かるように書いています。「いきなり取りかかるのではなく、まず思考する(仮説を立てる)」のが大切だ、という話をしましたが、それは、文章を書くときも同じだ、という事です。

  • ◇見た目

次に、「見た目」が結構大事です。見た目というのは、派手とか美的センスがあるということではなく、

・可能な限り単純化され、分かりやすくされた図になっている。
・結果画像などの、重要な処は強調されている。
・同じもの、同様のカテゴリは、同一系統色で分かりやすくなっている。
・変なノイズや、無駄な色が無い。

といった「見た目」を指します。

恐らく多くの研究室では、Adobe Illustratorをはじめ、そういった作図用のツールがあるはずですので、早めに習熟しておくと便利です。(TeXというもので論文を書くことが多いと思いますので、IllustratorTeXとの相性も良く、お勧めです。)

  • ◇死ぬほど練習する

構造化して、見た目に気を使って、論文を作り、プレゼン資料を完成させたら、それで終わりではありません。プレゼンに向け、死ぬほど練習をしましょう。

僕が普段やる練習は以下の通りです。

・スライド毎に、原稿を書きだす。
・原稿を何度か声に出して読む。
・引っかかる処は喋りにくく、繋がりの悪い所なので修正する。
・スライドを見ながらで良いので、原稿をスラスラ言えるようになるまで暗記する。
・時間の許す限り、重要ポイントの抑揚、制限時間の遵守、声の大きさなどを調整しながら練習し続ける。

これだけです。大変ですが、やればやるほど報われます。

発表を終え、授業でお世話になった先生に会い、そうしてにこやかにほほ笑んで「見事だったね」と言ってくださった時の、達成感やいかに。


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