演劇×劇場×文化施設建築

2011-11-02

城堀跡めぐり議論二分 相馬・新市民会館の建設予定地

新しい市民会館が計画されている福島県相馬市で、建設予定地をめぐって議論が二分している。予定地に福島県史跡である相馬中村城の堀跡があるためだ。市は「復興シンボルにしたい」と東日本大震災で中断した事業の再開を表明したが、市民からは保存を求める声も出ている。全市アンケートを行っている市は、計画通りに堀跡の上に建てる案と場所をずらして残す案を示し、結果を参考に最終決定する。

市民会館は、2009年に3回目の当選を果たした立谷秀清市長公約。昨年5月、中村城東側に隣接する市有地に建設することが決まった。

13年の完成を目指し本年度当初予算に建設費約4億6000万円を計上したが、震災で中断。9月議会で立谷市長が事業再開に意欲を示した。

建設予定地は約1万5000平方メートルカネボウ(現クラシエ)の工場跡地で、同社撤退後の99年に市が約8億円で購入した。2001年に調査した結果、南北に伸びる堀跡が確認された。

長さ65メートル、幅7〜13メートル、深さ1.5メートルで、「東三の丸」を囲む堀の一部とみられる。石垣がはっきり確認できる場所もある。石垣の沈下を防ぐ「胴木」という木材なども見つかっている。

建設検討委では「復興に向けすぐ着工すべきだ」「池として整備してはどうか」などとメンバーの意見が分かれ、市はアンケート実施している。立谷市長は「拙速な結論は避けるべきだ。アンケートの結果を十分に検討したい」と話す。

史跡の指定地からは外れており、保存するかどうかは市の判断に任せられている。また、東隣には歴史収蔵館の建設も予定されている。堀跡を残すためには新市民会館を東側にずらす必要があるが、「収蔵館との間のスペースが減り、駐車場などに影響が出る」(市関係者)という。

堀跡の保存を求める市文化財保護審議委員の岡田清一東北福祉大教授東北中世史)は、「中村城は国史跡に指定されても遜色ない内容。その関連遺構なら、残して国史跡の指定に備えるべきだ」と指摘する。

岡田教授はさらに「他県では、被災した文化財が国によって救済される例もある。市は保存へ向け早く対策を考えるべきだ」と求めている。

相馬中村城]1611年、相馬家17代当主・利胤(としたね)が、伊達家の侵攻に備えて小高(現南相馬市小高区)にあった居城から移った。廃城後は公園として整備され、県史跡になっている。東日本大震災で一部被災したが、現在も大手門や堀が残っている。公園内の相馬中村神社相馬野馬追の祭場地として知られる。

http://www.kahoku.co.jp/news/2011/11/20111102t65008.htm

http://d.hatena.ne.jp/stnet/20101125/1290730676