演劇×劇場×文化施設建築

2017-10-17

劇場大阪時代長屋から再興 空堀文化発信スペース

古い町家の残る大阪空堀(からほり)地区大阪市中央区)に明治期の長屋を改装して風情あるフリースペース「大大阪芸術劇場」が誕生した。大正昭和初期に人口日本一となり、都市文化が花開いた「大大阪時代」。一帯に小説家の直木三十五(1891〜1934年)が暮らした。あの頃のような元気な文化を取り戻してほしい−−。そんな思いを込め、アートからお笑いまでジャンルを問わず、自由表現活動の場を目指す。【山田夢留】

秋田実の長女ら運営

劇場空堀商店街北側住宅街にある。「近代漫才の父」と呼ばれた漫才作家・秋田実(1905〜77年)の長女で、絵本作家の藤田富美恵さん(78)のほか、彫刻家ら4人が共同で運営する。ろうの製造業を営んでいた藤田さんの夫の先祖が、明治中期に職人の住居兼作業場として建てた長屋を改装。9月下旬に研究者らが「大大阪時代」などを語り合うこけら落としイベントがあった。

瓦ぶきの木造2階建ての四軒長屋のうち3軒を一続きとし、天井を吹き抜けにした。室内の広さは約100平方メートルで、2軒分はコンクリート床の土間、1軒分は一段高い板間。吹き抜けの高さは約7メートルで、窓からは自然光が入り、年季の入った木製の階段を上がると小さな和室がある。古い柱が残っていたりもするが、藤田さんは「使いにくいのを面白がってくれはったら、ありがたい」と笑う。

大阪時代大阪は紡績業などの産業が発展した。御堂筋地下鉄建設などの事業を進め、文化芸術も花開いた。劇場の建つ周辺は「西賑(にしにぎわい)町」と呼ばれ、直木のほか、漫談家花月亭九里丸(かげつていくりまる)(1891〜1962年)らも暮らした。戦災やバブル期の開発を免れ、昔ながらの町家長屋が残り、細い路地が縦横に走る。藤田さんは結婚を機に劇場の隣に住むことになり、生前秋田に「路地の多いまちやで。迷子になりなや」と声をかけられたという。

狭い道を挟み、住民が顔をつき合わせて暮らしたまち。藤田さんは「人々が『お互い様』という気持ち暮らしていた、ええ時代が続くような場所にしたい。劇場は気取らない、文化発信基地として利用してほしい」と呼びかける。問い合わせは共同運営者の伊原セイチさん。

https://mainichi.jp/articles/20171017/k00/00e/040/195000c

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