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2018-06-11

振り出しに戻った都城市民会館、建築学会が異例の活用提案

貸与先が10年不使用のまま返還申し入れ、再燃する保存論議行方(前編)

10年前にいったんは保存活用が決まった旧都市民会館が再び保存論議に揺れている。建築家菊竹清訓氏(1928〜2011年)の設計1966年に完成し、2006年に閉館した。保存を求める声の高まりを受け、南九州学園に無償貸与されたが、全く使われないまま10年が経過。同学園が市に返還を申し出た。これを受け日本建築学会5月末、保存活用のたたき台報告書)を市に提出した。まずは、これまでの経緯と報告書の一部を紹介する。

日本建築学会都城市民会館再生活用計画検討特別委員会5月末に都城市に提出した報告書概要版)の表紙。6月6日の夜に市のウェブサイト掲示された(資料日本建築学会都城市民会館再生活用計画検討特別委員会

日本建築学会都城市民会館再生活用計画検討特別委員会5月31日宮崎県都城市に「都城市民会館再生活用計画」の報告書(暫定版)を提出した。日本建築学会(以下、学会)の会長を務める古谷誠章氏(早稲田大学教授ナスカ共同代表)が検討委員会委員長として自ら指揮をとって作成したもので、とりまとめは鹿児島大学の鰺坂徹教授が中心になった。鰺坂教授は三菱地所設計勤務時代国際文化会館東京六本木1955年竣工)の再生プロジェクト2006年)を担当するなど、この分野のエキスパートの1人だ。

古谷氏や鰺坂氏のほか、以下のメンバーが委員会に参加した(所属は報告書の表記)。

青木茂氏(首都大学東京)、遠藤勝勧氏(元菊竹清訓建築設計事務所)、小川勝利氏(小川勝利建築設計事務所)、斎藤信吾氏(早稲田大学)、菅順二氏(竹中工務店)、仙田満氏(東京工業大学)、徳田光弘氏(九州工業大学)、野原文男氏(日建設計)、林田義伸氏(都城工業高等専門学校)、長谷見雄二氏(早稲田大学)、平井充氏(メグロ建築研究所)、山粼鯛介氏(東京工業大学)、依田定和氏(ORS事務所)。

これまでも多くの保存要望書を出してきた学会だが、今回は単に保存を求めるのではなく、具体的な転用パターンについて改修コストを含めて示す報告書となっている。異例ともいえる踏み込んだ内容だ。なぜ、学会がそうした提案書を提出することになったのか。

旧都市民会館を巡る保存論議の発端は2005年に遡る。都城市内にほぼ同じ用途を持つ都城総合文化ホールが開館したのが06年10月。その1年前の05年12月、市の職員で構成する都城市民会館管理運営対策プロジェクトチームは、「総合文化ホール開館後に速やかに現会館を解体すべき」と結論付けた。

他方、日本建築学会九州支部などが保存要望書を提出したり、市民団体が保存を求める請願書を市議会に提出したりするなどの動きが、06年以降に活発になっていった。

2006年市民アンケートでは「解体」が8割

そこで市は2006年12月、市民に対して同会館の「存続」と「解体」を問う二者択一方式アンケート調査実施アンケートに回答した1812人のうち、82.9%が「解体」を選んだことを受けて解体を決めた。

市が市民会館の解体を決めたことに関して、設計者の菊竹清訓氏は当時、次のように話した。「市民アンケート調査すること自体尊重する。ただ、アンケートはその手法によって正反対の結論が出ることもある。経済的な側面だけにとらわれずに、傷んだ部分を改修するなどして建物更新していくという、日本が長い歴史の中で培ってきた文化的な側面も大切にしてほしい」

その後、市民団体都城市民会館を守る会」を中心に保存を求める声が高まるも、07年9月27日、市議会解体の予算が可決された。

ところが、1カ月後の10月29日、風向きが急変する。南九州大学などを運営する南九州学園が市に対し、新キャンパスサテライト施設として会館を20年間、無償貸与してほしいと申し入れたのだ。

南九州大学1967年に開学した私立大学で、宮崎県高鍋町と宮崎市内にキャンパスがあった。このうち高鍋キャンパス受験者数が減少しており、2009年春に都城市移転することが決まっていた。

移転先は04年春に閉校となった宮崎産業経営大学都城キャンパス都城市立野町)の跡地。産経大跡地への誘致に奔走して大学との関係を築いた市としては、検討しないわけにいかない提案だった。

前月の市議会では約2億5000万円の解体予算を可決していたが、当時の長峯誠市長は、「解体するよりも財政上の負担を減らせる」との判断から方針を転換。議会も07年12月20日、大学への貸与を前提に補正予算を可決した。市がアスベスト撤去工事実施した後、09年4月正式に貸与の契約が交わされた。当時は「大逆転」「奇跡」ともいわれた。

10年間全く使わず返還を申し入れ

南九州学園は旧都市民会館を借り受けて改修し、使用する計画としていたが、改修は実施されなかった。そして全く使用しないまま10年がたち、返還を申し入れた。

以下、市のウェブサイトからこの10年の経緯をまとめた。

南九州学園は2007年4月に開学する都城キャンパスでの新研究棟の建設既存建物の改修などを優先せざるを得ない状況であったため、当初の説明に反し、旧都市民会館の活用見込みが立たないまま、時間が経過することになった。

市から度重なる要請を受けて同学園は09年、学内旧都市民会館利用検討委員会を発足。検討を重ねたものの、全面改修には多額の費用を要することが想定されたため、活用に向けての結論は出なかった。

閉館から10年以上、また、築後50年以上が経過し、コンクリートの剥落などが各所に見られるなど、老朽化もさらに進行。周辺住民にも不安の声が広がってきた。南九州学園は施設を使用していないが、維持するために年間200万円超の費用を出費しており、経済的負担になっていた。

こうした状況が続いた南九州学園は17年12月、市に対し、今後の在り方を協議する場の設置を要望するとともに、次の4項目の申し入れを行った。

1)旧都市民会館を返還したい。

2)都城市および市民の皆様に謝罪したい。

3)社会的責任を果たすために、返還後の都城市の対応の検討に協力する。具体的には、専門家(コンサルタント)による検討費用負担する。

4)返還後の都城市の対応に対し、協力金を支払う。

市は申し入れを受け入れる方向で検討を進めることにし、18年3月の市議会定例会で、次のとおり検討していることを公表した。

2007年判断から時が経過していることにかんがみ、市民アンケートを再度実施し、意見を尊重したい。

・保存活用などに関する民間(建築団体などを含む)の提案を受ける。財源確保に目算のあるアイデア公募し、実現性判断する。

実現性の高い保存活用案があれば、再度、都城市議会相談の上、選択肢を決定する。

・採択できる保存活用案がなければ、07年と同様、全面解体とし、その記憶模型映像等で伝承していく。

建築学会から「活用案募集アンケートの前に」と要望

議会説明した段階では、市民アンケートの後に民間提案を受け付ける流れだった。しかし、日本建築学会から、「初めに市民アンケート実施するのではなく、まず、保存活用案の検討期間を設け、より専門的な見地から保存活用案を検討した後に、その検討内容も示して、市民アンケート実施民間団体からの提案を受けるべき」との提案があった。

4月中旬、日本建築学会が同会として活用提案書を提出する考えであることを正式に市に通知。市は、市民アンケートの後に民間提案を受け付ける流れに改めた。以下は現段階での検討スケジュールだ。

1)2018年4月中旬〜5月末日:旧都市民会館のこれまでの経緯とこれからの対応について、広報を行うとともに、保存活用案についての相談を受け付ける。

2)同年6月〜8月:保存活用などに関する民間を主体とする提案を受け付ける。提案は、「保存活用の方針」でも差しつかえないが、その主体の財源(改修費だけでなく維持管理費も含む)確保の確実性や提案内容の実現の確実性については、厳格に審査する(学校法人南九州学園と同じてつを踏まないため)。都城市が、旧都市民会館の現地確認が必要であると認めた場合、個別に対応する(要事前相談。財源確保や提案内容に確実性のある民間主体に限る)。

3)同年7月〜8月:日本建築学会による、より専門的な見地から検討した保存活用案も踏まえて、市民アンケート実施する。

4)同年9月〜:市民アンケートの結果や民間主体による確実性のある保存活用案の審査結果を踏まえて、再度、都城市議会に諮り、都城市方針を決定する。

(市のウェブサイトより。このスケジュール2018年4月上旬での見込みで、変更の可能性もある)

今回、日本建築学会都城市民会館再生活用計画検討特別委員会が市に提出した報告書は、活用を検討する民間事業者や、今後実施される市民アンケートの参考資料となるものだ。

学会長で特別委員会委員長でもある古谷誠章氏は、「市民アンケートの結果が出てからでは何をしても遅い。学会としては異例の速さで特別委員会を立ち上げた」と話す。そしてこう続ける。「活用に興味を持った民間事業者がいたとしても、それぞれがゼロから活用案を提案するのには時間が少ない。そこで学会としても具体的なイメージが湧く参考案を示すことにした」

後編では学会提案の詳細と、古谷氏の思いなどを紹介する。

http://tech.nikkeibp.co.jp/atcl/nxt/column/18/00154/00158/