演劇×劇場×文化施設建築

2019-01-07

さよなら平成)人を外へ劇場へ、僕の仕事

(3)いろんなことが、家で手近で。どんどん「個」になってきてる。だからこそ

●藤田貴大さん(33)=劇作家演出家伊達市出身

昨年、寺山修司の作品「書を捨てよ町へ出よう」を札幌パリで再演しました。寺山さんは昭和の中で生きて亡くなった「昭和の人」。元号って不思議で、「昭和の○○」「平成の○○」と特化すると、時代が遠ざかる印象になる。寺山さんの言葉は今も廃れてないけど、「寺山さんを過去の人にしたくない」という思いは少なからずありました。平成の最後に、僕みたいな年齢の劇作家が寺山作品をしっかり扱えたことは、意味のあることだと思っています。

昭和と比べると、平成はより複雑なことがたくさん起きたような気がします。昭和はみんなが傷を負いながら生活を立て直し、議論し合う熱さがあった。1990〜2000年代は、どういう思想や熱さを持っていいか分からない人たちが、さまよっている感じがすごくするんです。演劇界でも、昭和平成は大きく違う。劇団思想共闘意識のようなものが強かったのが昭和でした。

「戦争」が昔話になっている一方で、今はむしろ「戦前」のように感じています。他の地域の戦争が降りかかってくるのではないか、表現活動に見えない圧力が加わっているのではないか。戦争が、あの頃より見えにくい形で生活にしのび寄っている不気味な感覚も抱いています。

00年代になると、メールやブログツイッターフェイスブックなど、言葉表現のあり方が増えて、みんなが語れるようになりました。買い物も映像を見ることも家でできる。いろんなことが手近にできるようになり、どんどん人と人が切り離され、「個」になってきている。

でも、演劇劇場に来ないと観(み)られない。同じ時代に生きる出演者と観客が集うという意味で、演劇時代が強く反映される芸術です。こういう時代だからこそ人を外に出すのが、僕は楽しい。「藤田貴大の作品が必要だ」という実感がないとやれる仕事じゃないとも感じています。

札幌には何となく意味が見いだせなくて、伊達に住んでいた18年間で数回しか行ったことがありませんでした。でも数年前、札幌国際芸術祭で音楽家大友良英さんたちと仕事をし、文化芸術にとても理解がある街だと気がついた。僕を呼んでくれた人たちがすごく理解があって、いろんなことに動いてくれました。

自分が10代の頃に観たかったインパクトのある大きな作品を、地方で上演したい。元号が代わるのは一つのチャンス。いろんなことをいい意味で新しくしていきたいですね。

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ふじた・たかひろ 劇作家演出家。1985年、伊達市出身小学生のころ市民劇団に入り、伊達緑丘高校時代演劇部に所属。桜美林大学在学中に演劇集団マームジプシー」を旗揚げした。2012年、若手劇作家登竜門とされる岸田国士戯曲賞を26歳で受賞。象徴的なせりふやシーンを繰り返す「リフレイン」の手法が特徴。福島中高生ミュージカル制作にも取り組んだ。

https://www.asahi.com/articles/CMTW1901070100002.html

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