2009-09-29
90年代末のドラム&ベース
音楽 |
私が編集に関わったremix別冊『Junglist Handbook』(96年)。
fuckin’ beautiful
http://d.hatena.ne.jp/cinematic/20090927/p1
id:cinematicさんの「ドラムンベース不遇の時代に何が起こっていたか」という記事を読んだ。
ここ(『remix』休刊)でも書いたが、私は96年から97年に『remix』で編集者としてジャングル/ドラム&ベースを担当しており、その後もフリーのライターとして雑誌の記事やCDのライナーノーツでクラブ・ミュージックについていろいろ書いていた。cinamaticさんがちらっと触れている「D&Bをメディアで持ち上げた」張本人でもある。こりゃなんか書かにゃと思い、ひとまず要点を箇条書きにしてみたんだが長くなりそうだこの話……。
とりあえず前回(インディ・ダンスとかヒップ・ハウスとか)の続きから入ろう。いま調べたらファイヴ・サーティの『Bed』って91年なのか。インディ・ダンスの次に私が夢中になったのはアシッド・ジャズやヒップ・ホップだった。ア・トライブ・コールド・クエストの『The Low End Theory』が92年。ガリアーノ『A Joyful Noise Unto The Creator』や、忘れちゃいけないビーツ・インターナショナル『Excursion On The Version』も92年か。ノーマン・クックがその後なんでああなっちゃったのかは昔からの謎だ。ビーツ・インターナショナルのほうが何百倍もいいじゃん。それはともかく、なんとまあ豊かなミュージック・ライフを過ごしていたことよ。
続いて93年にはテクノ、94年にジャングル/ドラム&ベースとの衝撃的な出会いがあり、個人史的にはバンドからDJに転向、その後ジャングル好きがきっかけとなり『remix』に就職するなどいろいろあるのだが、たぶんそれを書いてるとおそろしく長くなってしまうので、今回は90年代末のドラム&ベースの動向に絞って書くことにする。
cinematicさんは「不遇」の理由を3つ挙げている。
(1)D&Bコンピの粗製濫造
(2)2ステップ/UKガラージの台頭
(3)ブロークン・ビーツの台頭
(1)に関しては「そんなにひどいのあったっけ?」とも思うが、当時私は東京で毎日のように足しげくレコード屋に通ってはD&BのレコードやCDを物色していたのでcinematicさんとは印象が違うのかもしれない。むしろ粗製濫造だったのは『Jungle〜』と銘打ったコンピが氾濫していた93〜94年頃という実感があるのだが(でもそういうのもいま聴きなおすとけっこうおもしろかったりする)。
(2)(3)はそうかも。2ステップとブロークン・ビーツの登場で、ドラム&ベースは「最新の」ダンス・ミュージックではなくなってしまった。メディアというのは最新の流行を追っかけるものなので、この時期ドラム&ベースに分が悪かったのはたしかだろう。
さらにつけ加えるなら、もうひとつの理由として、メジャー・レーベルによるアーティストの青田買いが相次いだことが挙げられると思う。
ゴールディーに続けとばかりにフォーテック、アレックス・リース、グルーヴライダー、DJラップ、アダムF、ボイメランらがメジャーからアルバムを連発したが、もともとアンダーグラウンドなダンス・ミュージックであるドラム&ベースをCDアルバムのフォーマットにパッケージするのは相当に難易度の高い作業で、たんなるトラック集になってしまったり、途中で息切れしてしまう作品も少なくなかった。
私がこの時期からいまひとつドラム&ベースをおもしろがれなくなった理由は、おもにリズムの平板化にある。
初期のジャングル/ドラム&ベースのリズムは「レゲエ+テクノ+ブレイクビーツ」という形容がふさわしい複合的リズムだった。代表的なのはやはりこの曲だろう。
Roni Size - Timestretch (1993)
ちなみに当時大好きで、レコードを売ってしまって後悔しているのがこの曲。
Blackman - Bastards (1994)
乱れ打つドラム、ほどよく下品なベース、レイヴ/ハードコア仕込みのシンセ使いといい、まさに「ジャングル」って感じ。完璧!
Dillinja - The Angels Fell (1995)
私が大好きなジャングル/ドラム&ベースのリズム・パターンで、勝手に「3・3・2のリズム」と呼んでいるものがあるのだが、前述の「Bastards」や、この曲の中盤で聴けるリズムがそれ。ダンスホール・レゲエと同様に1・4・7泊目のキックで1小節を分割する、口三味線でいうと「ズンガ・ズンガ・ズズ」というポリリズミックなもの。厳密にはポリリズムではないが4/4拍子のフォーマットでは極限までポリなリズムだと思う。
ドラム&ベースが普及するにつれ、複雑でゴツゴツしたポリリズミックなビートよりもシンプルなファンク・ビートが好まれるようになっていった印象がある。何本もブレイクビーツを重ねるよりも一本のビートをスムーズに反復し、音響的にも洗練された作品が増えていった。個人的にはポリリズミックなビートに固執していたJマジックの98年頃までの諸作や、ときに踊れないぐらい凝ったリズムのトラックをリリースしていた〈リインフォースト〉レーベルの音が好きだったが、踊りにくいリズムは徐々にフロアから後退していったように思う。
あと日本にはこの文化を受容するためのあるものが決定的に欠けていて、それは明確に漢字二文字で断言できるんだけど、なんかいろいろうるさそうなので言わない○Oo。―y(´▽`*)
関連記事:



具体的にはこういった曲などが。
Manix - Alright Wid Me
http://www.youtube.com/watch?v=ZETstZAUNe0
Krome & Time - The License
http://www.youtube.com/watch?v=JJcZMLV3quw
amazon II - booyaa (open your mind)
http://www.youtube.com/watch?v=vts6rqJHMK
>もともとアンダーグラウンドなダンス・ミュージックであるドラム&ベースをCDアルバムのフォーマットにパッケージするのは相当に難易度の高い作業で、たんなるトラック集になってしまったり、途中で息切れしてしまう作品も少なくなかった。
90年代後半ないし終盤の“シンプルなファンク・ビート”のトラックはMCの煽りなしで聴き続けると単調な曲も多いので、コンピやアルバム単位でCDを聴いた初心者の人たちには取っ付きにくい上に飽きられやすかったのかもしれませんよね。
ハッピーハードコアやトランスのわかりやすさ・受けやすさに比べてあまりにも地味すぎたというか。
もっと根本的な事情として「洋楽国内盤全般のリリース減少・同時に宣伝活動も減少」が(2)(3)による「D'n'Bがトレンディでなくなった時期」と重なったということもあるのかもしれませんが。
>ときに踊れないぐらい凝ったリズムのトラックをリリースしていた〈リインフォースト〉レーベルの音が好きだったが
Reinforcedの92〜94年頃のレコは大事に取ってあります(Tek9等)。
古いJungleのレコはe-BayやDiscogsのマケプレで買い直すと高い物が多いですよね。
http://d.hatena.ne.jp/stonedlove/20081205/1228445274
しかし読み返してみると、具体的に「90年代末のドラム&ベース」にはほとんど触れてないし、「メディアで持ち上げた張本人」としての言葉もほぼないですね。反省。
あとブコメでid:mats3003さんが「個人的には、98年はまだまだ元気で、低迷期って1999年〜2002年くらいな印象なんだけど」と書いてくださってて、半分は同感なんだけど、実際のところこの時期のUKではD&Bは国産ダンス・ミュージックとして完全に定着して安定期に入っていたので、「低迷」とか「凋落」って感じはあんまりなかったんじゃないかなという気もしてきた。質的転換はあれど、マーケットじたいは縮小していないはず。
フロアの需要が「麻薬・劇薬」から「嗜好品」へと変化していくなかで、D&Bが音楽的に安定・洗練されていくのも当然の流れではあったのだなあと、いまでは理解できるけど、やはり一抹のさびしさはぬぐえませんね。
DnBが衰退した理由は漢字2文字問題もありますが、UKトレンドを追っかけた日本のフォロワーという姿勢があったんじゃないのかな??
私の宝物は、congo nattyにもらったダブプレートかな?
先が読めないリズムパターンを、必死こいてステップ踏んで消化するってのが、それまでのダンスミュージックにはない要素だった。
昨今のドラムンベースがつまらないのは、春日さんがおっしゃってる事に加えて、DAW等の進化による音圧至上主義によるところもあると思う。
楽曲の良さより、いかに音圧を上げるかに終始。
音圧がありすぎるとなぜか平面的に感じてつまらんし、長時間踊れない・・・。
とはいえ当時の「UKトレンド」は目まぐるしく変わっていったわけで、『remix』でも日々更新される情報が濃密すぎてそれを追っかけるだけで精一杯だったというのが実感としてはあるなあ。
あとD&Bってカンフーとかプロレスみたいにまず「型」を習得しないと試合になんないじゃん。日本でやるためにはまずその「型」を独学で身につける必要があって、そのタイムラグも影響してると思う。
漢字2文字問題にもつながるけど、サウンドシステムを基盤にした「ベース・カルチャー」が不在だったのももうひとつの理由としてあるだろうね。「ベースから曲を作る」って発想が日本ではまずないじゃん。
「ドラムン」って略しちゃうのって「ベース」をないがしろにしてると思うので俺は「ドラム&ベース」と表記するようにしてる。
俺のもうひとつの宝物はケミストリー&ストームが初来日(青山ブルー)のときにくれたメタルヘッズTシャツ。ダズルTとラファエルの厚意で直前に俺にDJやらせてくれて、そんときムーヴィング・シャドウのTシャツ着てDJしてたら後ろから誰かがツンツンって肩たたくので振りむいたらケミストリーがニッコリ笑ってメタルヘッズのTシャツ渡してくれたの。もちろんその場で着替えましたとも。思いだしても泣ける……。
> ジバコ
そうそう。すんごく複雑なドラムがカンカンスカカン鳴ってても、ダンスホール・レゲエの要領でベースを腰で受けとめてリズム取ると踊れるんですよ。波乗りみたいで楽しかったなあ。BPMが速くなってリズムが単調になるにつれてだんだんみんなマラソンしてるみたいな動きになっていったのもついていけなくなった理由のひとつ。
あとおっしゃるとおり、音圧競争(Loudness War)の問題は大きいですね。これはD&Bミュージックのみならずポピュラー・ミュージック全体に通じる今日的な問題だと思います。もうひとつつけ加えると、機材がサンプラーからProToolsに変わったのもD&Bの質的変化の一因だと思います。
新しいエントリ(http://d.hatena.ne.jp/cinematic/20091001)読みました。ダニー・バードいいですね! いまもD&Bの最前線はアツいんだなって再認識しました。