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2013-11-02(土)

笑焉

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すとらいの弟です。

私の兄HNが旧jugging 新ストライブが、今朝に亡くなりました。

癌でかなり辛く苦しかったでしょうが、最後には笑って逝きました。

兄はオタク文化が好きなので、その大好きなネットの方に近況報告していたので報告しておきます。

今まで私の兄の支持をありがとうございました。

Twitterは文字数的にここまでしか書けませんでしたが一応詳細を…

悪性リンパ腫になり、近況報告をしていたとは思いますが

血球貪食症候群という病気も患い、30日にICU(集中治療室)に移りました。

31日、治療の甲斐無くその日から3日持つかどうかと先生に言われ

正直「えっ」と思いました。

3日前までiPhoneアプリの冒険者ギルド物語というゲームの話をしていたばかりでピンピンしていたのに。

結局先生に言われた事は兄には伝えませんでした。

翌1日、昼頃に見舞いに行きました。

ICUから個室の病室に移っていて、気怠そうな顔で一言目が

「やっとケルピー出たわー」

ケルピーと言うのは冒険者ギルド物語2のケルピーと言うボスのレアドロップで、そのボスのケルピーがプレアブルになるアイテム。

一言目がそれですか、あんた状況わかってるんですか。

分かってないですよね、言ってないんですもん。

その後に、兄と私だけが部屋に残る形になった時に、兄は泣いていました。

自分の状況を分かっているのだと気付きました。

兄の目は焦点が合わなくなってきていて、でも喋りかけるとしっかりと私の目を見て焦点も合い会話は出来ました。

喋りづらそうではありました。

その日の夕方に兄の友達が見舞いに来てくれて、兄の友達が私だけとひっそりと

「予想以上にしっかりしてるね」

そうなんです、亡くなる前の顔では無いですよね。

「どう声をかけていいか分からない」

私もです。でも来て貰えただけありがたいですし、兄も喜んでますので。

結局3回程度話をして、その後見舞いの時間ギリギリまで居てくれました。

私達家族は泊まりで看病、見守る事しかできませんが。

兄の身体が冷たかった。

寝て起きたら、ビクっとし周りを見渡しすぐ寝ます。

寂しかったのでしょう、辛いのでしょう、苦しいのでしょう、怖かったのでしょう、暗闇を恐れていて電気消そうか?と聞くと首を横に振るんです。

寝てる間も目を薄く開け手がキーボードを叩くようになったり、iPhoneのスワイプをする仕草を見せたり、夢の中でも必須アイテムなんだなーと思いました。

兄が起きてお腹が痛い、吐き気がするなどと言っていて、痛み止めを投薬していましたが、先生にモルヒネを打つ事を勧められました。

モルヒネを打つ事に固定概念、偏見があり、良いイメージはありませんでしたが、打たないよりもはるかにマシだと先生は泣きながら説明してくれました。

麻薬としてのモルヒネの固定概念で有り、投薬としてのモルヒネの治療は別に間違った事ではないと。

深夜11時モルヒネ投薬開始しました。

2日、1時頃に兄は、かすれそうな声で冒険者ギルド物語の話をしていました。

兄に「お兄さんがiPhone触れない間は冒険者ギルド物語やっとこうか?」と聞いたら頷きました。

兄が寝ている枕の隣には必ずメモ帳とポールペンがあり、それを覗くとiPhoneのAppleIDとパスワード、シリアルナンバー、シリアルコードなどが書き記されていました。

文字がかなりブレていた事からICUから個室に移動してから書いた物だと気付き、私は泣いていました。

こうしてTwitterや、このブログを書いて知らせる事が出来るのも兄のおかげです。

兄に「俺の手は温かいか?冷たいか?」

と聞くと冷たいと応えました。

兄の方がよほど冷たいのに。

5時過ぎ頃、兄の呼吸が弱くなり、息も途切れ途切れでした。

目がボヤーっとしていましたが、話しかけると喋るのは無理だったのですが、頷き応えてくれました。

もう少し頑張ろう、みんな一緒にいるから、最後まで諦めるな、お母さんもいるし、お父さんもいるし、俺もいる。

そう私が言うと頷き、ついには首も動かせなくなったらしく

辛いけどもう少し頑張ろう、隣に俺はついてるからな。

また私が言うとまぶたで返事をしてくれました。

まぶたが閉じ少し経つといきなり見開き周りを確認するかのように見回していました。

最後まで諦め無かった。

最後の最後まで。

兄は目しか動けなくなり私達家族全員を見ると、呼吸が止まりました。

しかし、何故か笑っているのです。

何故この状況で笑えるのか。

先生が瞳孔確認をして、死亡が確認されました。



兄はもっとゲームをやりたかっただろうし、音楽も聞きたかっただろうし、今季どころか今後のアニメも見たかったでしょう。

怖くて辛くて苦しいのを我慢して兄は最後まで頑張りました。

それなのに私は悲しみ泣いていました。

涙が止まりませんでした。

一番怖くて一番辛くて一番苦しくて一番悲しいのは兄なのです。

そう思うと泣いてちゃ駄目だと思いながらも泣いてしまいます。

最後に悲しいのに笑ってくれた兄に笑われますよね。

それで今に至ります。

これを書いてる間も泣きながらなので文法がイロイロおかしいと思いますが。

とにかく何が言いたいのかといえば兄が好きで、私の目標です。

それにやはり兄の性格や個性を作ったのがネットだと思います。

兄を支えてくれた皆様には感謝です。

ありがとう。

ありがとうございました。

alphabatealphabate 2013/11/02 14:14 こんにちは。すとらいさんとは何回かコメントなどのやりとりをさせて頂いたalphabateというものです。
すとらいさんは新鮮だったり興味深かったりする視点、考え方を持っておられたので、ブログの更新などをいつも楽しみにしていました。

この記事を読ませていただいて、ブログやTwitterで感じていたすとらいさんのユーモアや当たりの柔らかさは身近な人に対してもそうだったのかなぁなどと思いました。

このたびはご愁傷様です。

sitaQsitaQ 2013/11/02 19:38 juggingさんに掲示板等でお世話になっていたsitaQと申します。
ツイッターに現れていたときも、その裏で病と恐怖と戦っていたのだと思うと、その心中を察するに余りあるものがあります。
じゅぐさん、お疲れ様でした。ゆっくりお休みになってください。

やんやん 2013/11/02 23:36 はじめまして、お辛いところを早々にお知らせ下さってありがとうございました。sitaQさんと同じコミュニティで、何年も仲良くさせて頂きました。
数カ月前からの闘病生活についてはご本人より伺っておりましたが、このところの様子から心配していた矢先、本当にショックです。
私自身、遠方のため直接お会いすることは叶いませんでしたが、彼と会ったことのある方も含め、私どもの中では皆に好かれる人で、今日は何人もの方が驚きと悲しみの言葉を述べておられました。
文字だけのコミュニケーションにも拘らず、たくさんの楽しい思い出を残してくださった素敵なお兄様の枕元に、お礼の言葉をお伝え頂ければ幸いです。

じゅぐありがとう、おやすみなさい。

とりとり 2013/11/03 02:32 じゅぐよ。君が昔居た掲示板で「じゅぐがんばれ」って言うと君はすぐに怒ったよな。だから皆が面白がって君が何か言うたびに「じゅぐがんばれ」って言うのがお約束になってたな。君は望むと望まざるに関わらず君の存在は周りの空気を和ませ皆を笑顔にする力を持ってたよ。あの頃は「がんばれ」って言ってたけど君はもう十分にがんばった。だからお疲れ様。またオフ会のカラオケで一緒に西川ちゃんの曲歌いたかったけどな。

すがりすがり 2013/11/03 08:29 はじめまして。特にサブカルチャーなどに造詣があるわけではありませんが、ツイターでフォローしている人が
すとらいさんが亡くなられたことを話題にしているのを見かけここへ辿り着きました。

高齢の親ですが、先日わたしの親父もガンで亡くなりましたので、あなたの文章から死へ直面する本人、家族の心理、
いろいろと共感、感じるものがあります。

単なる偶然の積み重ねですが、親父の命日が存命する母の誕生日でした。
また本人は退院し復帰できると信じていた亡くなる一か月前には軽自動車に乗りもう一度車でドライブがしたいと
言っていたため、わたしがその意志を組み新車で購入しましたが納車日が家族が集まる四十九日の前日でした。
わずかばかりの生命保険も四十九日の前日に振り込まれていたのを法要の日に知りました。

故人の音も残像も感じることはできませんが、なにかの意志と言うか導きみたいなものはあるのかなと
思わずにはいられません。それと同時に、故人の加護があるんだと甘えていてはいけないと
強く思っています。心配させてはいけませんからね。

霊的なものではなく、今後亡くなられたすとらいさんの意志を感じる場面が御家族にあるかもしれません。
お兄さんの意志を継ぎ、お兄さんの分まで強く頑張ってください。見守ってらっしゃると思います。

osaka06osaka06 2013/11/04 00:20 こんにちは。すとらいさんを批判したことがある者です。
確か「レールガン」が萌えなのかどうかとか、そんなテーマだったと思うのですが。
その時すとらいさんが「ぐうの音もでない」とか何だとか、
とにかく自分が負けた、というようなことをお書きになったんですね。
その時、なんて素直な良い人なんだろうと驚いてしまいました。
もう何年も前になるとおもうんですが、
僕にとって大変印象的な出来事でした。
発言すらしませんでしたが、ずっとこのブログも見ていました。
一度直接お会いしてお話したかったです。残念です。
ご冥福を心よりお祈りします。

やんやん 2014/11/03 01:02 突然の報せを受けた日の事が鮮明に思い出されます…もう一年とは早いものですね

やんやん 2016/11/03 00:53 三年も経つと、墓前に報告したいことが色々あるものです…合掌

JAPANwebJAPANweb 2016/11/03 03:25 お悔やみ申し上げます。
アンテナ貼らせていただいていた、JAPANwebというものです。
SRC繋がりで繋がりを持たせて頂きました、本当に感謝です。
急な知らせに驚いています、なんて声をかけたらいいか分かりません。
申し訳ないですが、アンテナ解除の報告も兼ねて。

お兄さんの三年も闘病生活、お疲れ様でした。
お兄さんの分も強く生きてください。

文章がまとまりませんね…本当に申し訳ないです。
以上、お悔やみの挨拶とさせていただきます。

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