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戸松遥論(極私的な試みあるいは、ファンの戯言)

2012-01-09

「高垣彩陽論」への試み

○序。

うん、やっぱり気になる事は書かないとね、精神衛生上よろしくないです。

とても才能のある役者である高垣彩陽さんについては、ずっと気になって

いたのです。

本当は、高垣さん26歳の誕生日記念として発表する予定でした。

ある人には宣言までしてしまい、ご迷惑をかけました。

まぁ、大人の事情で延びましたが、重要な資料であるフォトブックまでを

網羅する事が出来たので、結果オーライと言うところでしょうか。


高垣彩陽さんの演技に関する発言は、常に非常に興味深いものがあります。

とても気にはなっていたのですが「高垣彩陽論」として纏めるには「引き金」

となる物が、私にとっては見つからなかった感じです。

「戸松遥論」を書いた時は「かんなぎ」における演技やOP・ED曲の衝撃が

「引き金(トリガー)」になりました。

今回のトリガーとしては、「春休みの恋人」や「スフィアクラブ」における

演技と言っておきます。


こういう事を書くと、高垣彩陽さん本人や関係者から怒られそうなんだけど、

高垣さんは、アニメ出演作品に恵まれていない印象なのです。

確かにヒロイン役はあります。でも、そのヒロインが物語を動かす本当の

ヒロインだった事はないんじゃないかな。

私が言うヒロインとは「かんなぎ」におけるナギ様のような存在です。

「Phantom〜Requiem for the Phantom〜」では難しい役でしたが、道具的

な扱いだったし。

「鋼殻のレギオス」でも、名ばかりヒロインだし。

作品としては「true tears」が一番だと思いますが、ヒロインとしては淡白

すぎる印象です。実質的なヒロインは情念を感じさせる湯浅比呂美が持って

行ったと思います。

正直なところ、私も「高垣彩陽論」を書く時に実写作品がトリガーになるとは

予想出来ませんでした。

全く高垣さんの最近の名言「人生は何が起こるかわからない」ですよ。


○最初の印象とライブでの印象。

あやひー、いや高垣彩陽さんの最初の印象は、やはり歌でした。

2009年2月15日のミュージックレイン「春のチョコまつり」で初めて拝見しま

した。

トークだとワタワタする場面も多いのに、ソロで歌う場面になると豹変して

いました。歌声も素晴らしいけど、ステージでの堂々とした仕草に驚きました。

その後の何回かのスフィアライブでも印象的でした。

まず、ダンスにキレがある。動きがシャープです。これは、小柄な人なので

有利だとも考えられますが、実にカッコイイんですよ。

更に、スフィアとして歌っている時の表情が素晴らしいのです。

個人的には「REALOVE:REALIFE」や「MOON SIGNAL」あたりです。

これは、朗読劇や芝居における役への没入度とも共通しています。

最近、スフィアメンバーが高垣さんの目力(めぢから)に言及していますが、私

の言ってる事と同じだと思います。

この「なりきり感」は、中々他のメンバーでは感じる事がありません。

ソロ歌唱における貫禄は更に増して、私は「ディーバ(歌姫)」と書いた程です。


○実写ドラマ「春休みの恋人」(2011年3月)への出演。

本人もラジオで「周囲も驚いたけど、一番驚いたのは私」と語っています。

出演のきっかけは「ステージを観た関係者からのオファー」との事です。

オーディシヨンではないのが興味深いです。

そして、「ステージ」とはスフィアのライブ以外には考えられません。

私が感じていたような事をプロも感じていたんだ、と思いました。

音雨高校における女子高校生役なんて、一番年上なのに一番似合ってました。

「春休みの恋人」での元気な女子高校生役も非常に自然な演技でした。

私はブログで「日本で一番女子高校生役が似合う25歳」と書きましたけどね(笑)。

CS版で放送された特典映像が、DVD版にも収録されています。

これが非常に面白いです。

キャストインタビューがあります。

主役の男子高校生役の2人。イケメンが売りのようです。

この人達は、芝居の時もインタビューの時も印象が同じなのです。

普通に考えれば、素の状態での演技と言うか、ほとんど演技していない(笑)。

しかし、高垣さんは演技の時とインタビューの時が別人です。

インタビューの時は、演技の後だと思いますが、かなりお疲れの印象です。

しかし、いつも通りの丁寧で誠実な応対です。

もちろん喋り方は演技の時とは、全く違います。

この落差こそが、まさに「演技」における要諦だと思います。

高垣さんの演技は、後述するように「役を生きる」事を目指しているのですが

それを感じる事が出来ました。

まぁ、この役柄は自分でも経験している訳で、やりやすい面があったのは確か

だとは思いますが。

このドラマ出演後の発言も印象的でした。

ラジオでやりたい事として「役者のワークショップに参加したい」と発言。

多分、共演者に劇団員がいたので誘われたのだと思います。

それにしても、自分が得た物をさらに伸ばそうとする真摯な姿勢は、非常に

立派だと思います。


○高垣さんの演技に関する発言。

非常に面白いです。断片的にしろ、これほど演技について語ってくれる声優

さんはいないと思います。

実質デビューから1年ちょっとの時期、2008年3月のブログ「あやひごろ」に

「私は、役を「演じる」よりも「生きたい」と強く思いました」とあります。

これは、「戸松遥論」で私が書いた「役柄になり切るタイプ」なのは明白です。

「役を「演じる」よりも「生きたい」」との発言は、これ以降のインタビュー

でも何回も言っています。

また「私は役に寄って行くタイプみたいで・・・」との発言も何回かあり、役柄

と同化しようとしている事も認められます。

これほどハッキリと自己分析しているのも凄いと思います。

「演じるよりも生きたい」との言葉は、高垣さんが尊敬する故・本田美奈子

さんも似た事を言っているので、その影響かとも思いました。

しかし、 「渋谷アニメランド」(2011-04-16) では

「私がすごく尊敬している先輩方が共通して『役は演じるもので

はなくて、生きるものだ』って言うのを教えられて来たので、心を生きる

事が出来ればいいなぁ、と思って。現場の関係性は不思議とフィルムに出

るので、現場で役の心に近くありたいと思って、形から入るじゃないけど

洋服とかもその役が一番大事にしている物を自分も実践してみるとか、役

に対するアプローチを惜しまずにやれたらいいな、とは思ってます」

と語っています。

演劇理論の創始者スタニスラフスキーは「役を生きる事が出来れは、演技の

90%は完成している」と言っています。

スタニスラフスキーは、舞台俳優について語っているのですが、高垣さんの

発言はそう言う意味でも興味深いものがあります。


○役へのアプローチ方法について。

映画「ブラック・スワン」を観ました(2011年5月25日)の中で

「戸松遥さんと高垣彩陽さんは「役柄になり切るタイプ」「役を生きるタイプ」

と認識しています。役へのアプローチ方法は違うと思いますが、目指す所は

同じだと思います」と書きました。

アプローチ方法で言えば、戸松遥さんは自分の広い精神領域に役柄を取り込む

タイプなのです。これを直感的に行っていると思います。

高垣彩陽さんは、役柄を徹底的に理解する事により役柄との一体化(=役を生き

る)を目指していると思います。

アフレコに当たっては、キャラクターが暗い気持ちの時は黒っぽい服装で、男

の子役の時はスカートを穿かないとか、外見を似せる努力をしている事が語ら

れています。

興味深い事に、最初に外見をキャラクターに似せる必要性はスタニスラフスキー

も言っている事です。

ついでに言えば、本質的に直感的演技をする戸松遥さんは、当然ながらこう

いう事はしていないと思います。

アフレコに向かう時には、通常スッピンで髪もボサボサとはよく語られる事

です。高垣さんが何故そんな準備をするのか理解出来ないと思います(笑)。


声優さんがよく言う「声をあてる」「役に命を吹き込む」について。

「声をあてる」との言葉は、技術的と言うか表面的なニュアンスがして好きな

言葉ではありません。高垣さんがこの言葉を使った例を知りません。

「役に命を吹き込む」については、「声をあてる」時までは生命が無いという

ニュアンスがあります。

しかし、この件に関して高垣さんの発言は非常に印象的です。

やはり、前述のブログの中で

「私は声優として、彼女たちの声、声帯を預かる役目です」

「しかし、ただ「声」、「声帯」では無いのを、私は感じています」

「その役の言葉を音にすること、それは「心」を現す事であると思うのです」

ここでは、キャラクターは既に生命を持っていて、声優はそれに性格付けを

すると言う事が語られています。

前述の「渋谷アニメランド」でも、あるキャラクターについて

「「あなた、私をどうするのよ」って上から言われて圧迫される感じがして」

と語っていて、キャラクターが既に演じる前から生きている事を述べています。

つまり、キャラと架空の対話をしつつ役作りをするようです。

こういう方法論を語る声優さんは、他には知りません。

でも、何故このようなアプローチを取るようになったのでしょうか。

私は、高垣さんのキャリアのスタートに関係あるのかな、と考えています。

高垣さんは声優デビュー前(ミュージックレインのオーディション受験前)に

舞台を経験しているのです。

2005年8月にミュージカル「ひめゆり」に学徒しず役で出演しています。

この時の役作りの経験が反映しているのではないでしょうか。

アニメキャラと違って、最初から実在を想定しやすい人間(創造上にしても)

でしたからね。このあたりは、インタビューしてみたいです(笑)。


○仕事への情熱について。

高垣彩陽さんは、どの役柄に対しても非常に真摯に取り組みます。

これは、当たり前に見えますが決してそうではありません。

高垣さんは、ブログで自分の演じる役について語ります。

とても熱く語るので、どんな重要な役かと思うと、出番の少ない脇役だった

りします(笑)。

そうなんです、どの役柄についても等しく熱く語るのが特徴です。

スフィアの他のメンバーのブログを見ても、デビュー間もない時期ならとも

かく、現在では比較的大きな仕事については触れますが、触れていない仕事

もかなりあります。

それは人間として当然の心理で、無意識の内に重要度に強弱を付けるのは極

自然な行為です。

しかし、高垣さんは違います。

ブログで自分の全仕事について語っているのでは、と思うぐらい語ります。

一つだけ例を挙げましょう。

高垣彩陽さんと豊崎愛生さんが出演した長編アニメ「ジュノー」です。

これは広島の原爆投下直後に、広島で医療活動に従事したスイス人医師・

マルセル・ジュノー博士の生涯を描いたアニメです。

高垣さんと豊崎さんの役柄は、博士を紹介する現代の女子学生です。

社会派アニメですが、公開された劇場数も少なく上映期間も短く知っている

人も少ないと思います。現在でも時々上映されているようですが。

豊崎愛生さんは、この件についてブログで遂に一言も触れませんでした(笑)。

まぁ、仕事の内容・質から見て当然だと思いますよ。

で、高垣彩陽さんはどうだったのか。

ブログで何回か触れています。

更に、高垣さんは2009年に人生初の一人旅を2回しています。

一回は別作品で縁のあった大好きな富山です。そしてもう一回が広島です。

本人は広島に行った理由を語っていませんが、時期的に「ジュノー」の

アフレコ前なのです。

「ジュノー」の為に、広島に行って原爆の惨状について学んだと考えるのが

自然でしょう。ホント、そこまでやるかと思わせるのが高垣さんなのです。

凄い役者さんだと思います。

追記:2012年8月5日の高垣さんのブログ「あやひごろ」。

   ここにTV放送される「ジュノー」に関する事が語られています。

   そして「3年前収録の前にひとり旅に行った広島。

   平和記念公園、袋町小学校…実際にその場に立って感じた想いは

   私の中に大切にしまってあります」との記述が。

   やはり、「ジュノー」の為に広島に行ったのです。


○ある種の危険性について。

前段で述べたように、高垣さんはどんな役でも常に全力投球です。

役に熱中するあまり、役との一体化を目指すあまり、役の重要度の区別が

付かなくなっている可能性があるように思います。

「役を生きる」とは、正にそのような状態を指すのでしょう。

役との一体化の度合いが高い程、現実の自分に戻るのが困難にならないで

しょうか。普通は、本能的にそういう危険は回避しそうです。

高垣さんは以前ラジオで「役から素の自分に戻れない事がある」と語って

いて、とても驚いた記憶があります。

最近のラジオでも「収録後にクールダウンしないと帰宅出来ない」みたいな

発言がありました。

よく欧米の名女優と言われた人の中には、精神のバランスを崩す人がいるの

ですが「役にのめり込む」タイプの役者が多いのです。

確かに舞台や映画ならば、必要とされる集中力や芝居時間の長さから分から

ないでもないですが、アニメ作品で既にその兆候を見せている高垣彩陽さん

という役者の凄さと同時に危険な物を感じてしまいます。

高垣さんの役柄へのアプローチ方法は、精神的な負荷が高いと思います。


実は、この危険性は戸松遥さんには感じません(笑)。

戸松さんは同じく「役になり切るタイプ」ですが、自分の精神領域に役柄を

取り込むタイプと規定しました。つまり、自分の精神領域の方が役柄より広い。

その分だけ、役柄をコントロール出来るのだと思います。

色々な話からも、現場での本番と休憩時間の切り替えの早さが指摘されてます。

私もイベントで、戸松さんの生アフレコを経験しました。

ホントに一瞬で本番モードになり、終わると何事も無かったようにしてました。

これはこれで凄いです。

高垣さんは、前にも述べたようにアフレコ当日に、そのキャラクターの服装や

持ち物を意識する事で役への同調を心がけています。

役へ到達する過程が全く違う戸松遥さんと高垣彩陽さんは、比較すればする

ほど興味深い対象です。


○ダジャレを禁止してはいけない理由。

高垣彩陽さんは、時々自分の見た夢についてブログやラジオで語っています。

その内容が結構酷いです(笑)。

殺されかけたとか、収録に遅刻しそうになったとか、結婚出来ないと言われた

とか、大事な携帯を水に投げ込まれたとか、精神的なストレスを感じさせる

内容が多いように思います。

それは、高垣さんの役作りの方法が前段でも述べたように、精神的な負荷が

高いのと関係していると思います。

高垣さんは、精神的な負荷をどう処理しているのでしょうか。

私は、その一つがダジャレだと思っています。結構、マジです(笑)。

ダジャレが目立ちだしたのは2010年に入ってからです。

戸松遥さんも2011年に「去年からだよね」と言っています。

案外、その歴史は最近なのに注目すべきです。

演じる役柄が多くなり、更に役柄のバリエーションが増えて来た時期と一致

すると考える事も出来ます。

そのストレスを発散する「ガス抜き」の役割が「ダジャレ」ではないかと。

他にも本人が言う「少女マンガ脳」による妄想もあるのでしょう。

だから、周囲の人間はあやひーのダジャレを温かく見守るべきなのです(笑)。


○日常生活能力と役者としての才能。

非常に不思議な事があります。高垣彩陽さんは、26歳の今日まで家の鍵や

キャッシュカードを持たせてもらっていません。

Webラジオ Pl@net Sphere(2010-01-06)で初めて明らかになりました。

イベントグッズのキーカバーの話題になった時です。

 高垣彩陽「独り暮らしのカギを持っていらっしゃる方には・・・」

 3人「あやひは?」

 戸松遥「あれっ?あやひはカギ持ってなかったっけ?(笑)」

 高垣彩陽「持ってない・・・」

 3人「あっははははは」

 豊崎愛生「誰も家にいない時どうすんの?」

 高垣彩陽「いない時は、外で待ってる」

 戸松遥「待ってんの?(笑)」

 豊崎愛生「合鍵もらえばいいじゃん」

 高垣彩陽「カギは無くすと困るから、私持っちゃいけないんだって(笑)」

この時は24歳ですが、いくらお嬢様育ちでも常軌を逸しています(笑)。

更に、キャッシュカードも持ってなくて、必要なお金は母親からもらうそう

です。親がそこまで子供扱いする理由が分かりません。

そして、納得してしまう高垣さんも不思議です(笑)。

最初は、高垣彩陽さんの母親(以下、あやひー母と記す)の過保護ぶりを笑っ

ていたのですが、最近は実は理由があるかも知れないと考えています。

考えてみれば、あやひー母が「鍵を持つ事すら許さない」子供に一人旅を

許可するのは何故でしょうか。どう考えても一人旅の方が危険です。

まぁ、一人旅は仕事に関係した場所が多いので認めたとも言えますが。

カギやキャッシュカードの例で言うと、あやひー母は過干渉に見えますが

仕事に関しては、高垣さんの自由にさせています。

せいぜい、声優になった時に役立つからと音大を勧めた程度です(笑)。

だから、あやひー母は決して非常識な人ではないのです。


それを確信したのは、何回かのスフィアラジオでのちょっとした発言です。

簡単な計算が必要になった時です。

高垣さんは動揺して色々と口走るのですが、掛け算と割り算の区別が全く

出来ていませんでした(笑)。

雑誌のインタビューなどで「学校の先生に卒業を心配された」とか「先生が

卒業を涙を流して喜んでくれた」みたいな記事があって、その時は「何を

大げさな」とも思ったのですが、大げさではなかった可能性が大です(笑)。

そりゃ、あの学力では先生も心配しますよ。

高垣さんは、几帳面で細かい作業が得意と言われています。

それも一面の事実でしょうが、ほんの一面の気がします。

フォトブックで語られる小学校〜高校までの学校生活は、驚くほど自由

です。普通に読むと、学習障害児に近いかも知れません。


どうも、仕事とか旅とか一回性の非日常の「ハレの場」なら適応出来るが、

何も考えないで繰り返すような日常生活に問題があるのかな、と思えます。

有名な「料理下手」もそれで説明出来ないでしょうか。

大体、初心者が料理をする時はレシピに頼ります。

そして、材料の分量と加熱時間を守れば何とかなります。

微妙な火加減とか、材料投入のタイミングは経験で覚えられるでしょう。

以前、高垣さんの料理映像を見ました。

ホットケーキを作ってましたが、不思議な事にレシピ無視です(笑)。

見たならば、その通りにやろうとすると思うのですが、謎です。

適当に粉を投入して、つまり何人分作るかも考えてません。

普通は一枚ずつ焼きます。ところが、高垣さんはアイデアが出たようで

ココアを足し、どんどんタネを追加していきます。

最初に投入した部分の火の通りも気にしません。

だから、最後の生地が焼ける頃には最初の部分は焦げます。

結局、本人も「溶岩みたい」と言う茶色い巨大な物体が出来上がりました。

一番の問題は、レシピを読んでいないと言うか守ろうとしない点です。

アイデアを出すのは、次の段階だろうと言いたくなります。

コンサートのパンフレットを見ると、ホットケーキは以前よりマシになって

いるようです(笑)。

考えてみれば、あやひー母は高垣彩陽さんを一番良く知っている人です。

その人が「カギとキャッシュカード」を禁止しているのは、よほど高垣さん

の日常生活能力に懸念を持っているとしか考えられません。


フォトブックによると、中学や高校の先生から音大進学を勧められていた

そうで、声楽の才能は早くから認められていたようです。

幼少の頃から歌うのが大好きで、ピアノを弾くより歌、筆記テストより歌

というタイプだったそうです。

インタビューやブログ「あやひごろ」でも、ソルフェージュ(楽典)が苦手

だった事には触れていましたね。徹底した実戦派です。

ラジオやライブなんかでのトークは、丁寧で誠実な人柄を感じさせます。

でも、フォトブックを読むと高校までは、自然児というか野生児(笑)。

そう言えば、最初のCDの「You Raise Me Up」は案外荒削りと言うか。

ケルティックウーマンなどの洗練さとは、ほど遠いのですがその分フレッシュ

で、まだまだ伸びしろがあるという印象でした。

5年、10年後に人生経験を経て、どんな歌い方をするのか非常に楽しみです。


もちろん声優としての評価も高いです。

高垣さんはラジオで、自分の声を「特徴のないのが特徴」と言ってました。

確かに地声は、高くないですね。声楽やってたソプラノ歌手なので、高音を

出すのは全く問題無し。声楽の声の出し方とは違うと思いますが、声をコント

ロールする技術は非常に高いと思います。

高音でも、よくあるキャンキャンしたアニメ声でないのが良い点です。

最近は少年役や動物役も多いですが、この音域での演じ分けが凄いです。

普通、この音域だとニュアンスの違いを出す事さえ困難なのに、キャラクター

に最適と思える自然な声を出しています。

余りに自然なので、ボンヤリした人(普通の人)だとスッーとセンサーを通り

抜けてしまい、逆に印象に残りません。

それが、本当に上手い役者なのだと思います。

高垣さんの演技は、まさにそんな感じ。上手すぎて、視聴者の印象に残らない

というパラドックス(笑)。


声優としては、むしろプロ筋からの評価が高い印象です。

ミューコミで吉田アナが某監督の言葉として、高垣さんの事を「日本一上手い

声優」と評していた事を話していました。

また、ベテラン女性声優さんが高垣さんの準備する姿勢や周囲への気配りを

「声優の鑑(かがみ)」と激賞していました。

共演声優からの褒め言葉も多いです。

チラッと思ったのは、そういう歌や役者の才能と「日常生活能力」が二律背反

と言うか、トレードオフの関係になってはいないか、という心配です。

確かにそういう役者さんはいるし、第三者から見れば話としては面白いけど。

そうでない方が、人間としては幸せな気もするので、時間がある時に「日常

生活能力」向上に向けて頑張って頂きたいです。

あやひー母から「一人暮らし」の許可が出れば、問題はクリアーされたと考え

るべきでしょう。


○才能発揮の分野。

やはり、本人も希望しているミュージカルの舞台が本領発揮の場だと思います。

これは、衆目の一致する見解でしょう。

今までは、ミュージカルへの願望を積極的には話していませんでした。

しかし、現在までの自分をまとめた1stフォトブックでは、かなり違います。

ミュージカルについて「実現していないのは、まだ何かが自分に足りないから

だと思うので、これからも前進するための努力をしていきます」と踏み込んだ

発言があります。

個人的には、高垣彩陽さんはスフィアの中でミューレへの忠誠度が一番高いと

思ってます。理由については省略(笑)。

その高垣さんの発言なので、何らかの手応えがあるのでは、と思います。

そろそろ、ミューレも(渋々)GOサインを出したのかなと感じます。

いつまでも、スフィアだけで高垣さんを引っ張るのは無理でしょう(笑)。

スフィアでの活動は続けては欲しいけど、あくまでリラックス出来る息抜きの

場所という認識でいいんじゃないかと思います。

大穴で、舞台とか映画。

「スフィアクラブ」での変幻自在の演技は、かなりの物です。

鬼部長から、すっとぼけた部員まで表情の落差も凄いです。

前に述べた役柄へのアプローチ方法が有効な感じです。

メガネ部PART2での、戸松さんとの迫真の怒鳴りあいは素晴らしいです。

更に、捨てゼリフを吐いて立ち去る時の表情、アドリブだと思うけど一瞬顔

を憎々しげに歪めるんですが笑えます。

まぁ、現時点でもミュージカル俳優として隠れた逸材だと思ってますが、早く

実現して欲しいものです。


○結び。

「戸松遥論」では、「役柄になり切るタイプ」「役柄を演じるタイプ」を

考え、戸松さんが「役柄になり切るタイプ」である事を一生懸命証明しよう

としました。色々な状況証拠から証明出来たと思います。

ところが、高垣彩陽さんは既に「役を生きたい」とい明確な哲学を持って

います。つまり、「役柄になり切るタイプ」である事が分かっています。

だから、もう一段踏み込んだ分析を試みました。

高垣さんの役柄へのアプローチ方法は、むしろ舞台とか実写に向いている

感じがします。そして、真の役者魂をもった役者さんだと確信しました。


最後に、一つ紹介したい文章があります。

私も今回の記事の中で一部引用した、高垣彩陽さんのブログ「あやひごろ」

です。

おわってしまいました。(2008-03-31)

このブログの文章は、私の知る限り、声優がその役柄とどう向き合っている

かを述べた、最も美しい文章だと思います。


さて、どこまで高垣彩陽さんに肉薄出来たでしょうか(笑)。