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October 14(Sun), 2018

雑感:「ウルトラ」考

ウルトラマラソンの「ウルトラ」の定義は、フルマラソン以上の距離、ということらしい。今年は6月の岩手のウルトラマラソン(ロード)にエントリしていたのだが、自然災害によってコース安全を確保できなくなり、中止になってしまった。

「ウルトラ」という響きが好きだ。好き、というか無性に惹きつけられるものがある。何かを超越している、ということだが、ウルトラマン代表されるように他人がウルトラかどうかはどうでもよくて、「自分にとってのウルトラ」に挑戦するということが大きな魅力だ。この「ウルトラなるもの」へのあこがれは強く、さいきん執心のトレイルランニングにおける「ウルトラ」は、自分にとってはギリギリでも距離でいうと100kmは欲しい。100km超の「ウルトラ」トレイルレースを完走、あるいは自分の目標とするタイムでフィニッシュすることが、今年の自分にとっての「ウルトラ」という、一種の達成を表すものであったといえる(もう今年が終わりであるかのように書いているのは、今年はあと12月伊豆のレース72km残すのみなので)。

今年はそういう意味では、5月の阿蘇ラウンドトレイル(109km)、9月武尊山スカイビュートレイル(129km)を完走できたので、自分にとってのとりあえずの「ウルトラ」は達成できたような気はする。だが、残念なことになぜか達成感は薄い。原因は、自分のなかではわりと明確で、それは「満足のいく準備をしなかったこと」に起因している。それは出走前から予感していたというか、もちろん準備不足ではあるから「完走できるかどうか」ということが焦点になりうるのだが、そもそもそこが焦点という時点でモチベーションが上がらないというこころ状態経験した。自分にとって当時の最長距離のレースではあったので、ゴールしたら泣くほど感動するかと思いきや、ホッとした、という感覚のほうが圧倒的に大きかった。

狭い考えかたであることは自ら承知しているが、例えばフルマラソンをはじめから制限時間をいっぱい使って「歩いてでもゴールできる」と考えるのは間違っていると思う。ウォーキング大会ではなく、マラソンは「走る」競技だと勝手に思っている。だから充分な準備をせず、死ぬほどつらい思いをして歩いてゴールしたとしても、それはフルマラソンを完走したことにならない。もちろん、全部走るつもりで結果歩いてしまったのならしょうがないし、本人がその歩いてしまった敗北感を抱きしめて次のなにか(必ずしもマラソンに限らず)に生かせばよい。ただ、走るべき競技を歩いてゴールしてしまった、ということは充分に認識する必要がある。

話がやや逸れた。だが同じ考え方でいうと、自分の今年のウルトラトレイルは、ウルトラに挑む自分なりの準備ができていなかったという一点において、もはや「ウルトラ」ではなかった。極端な話、完全に完走あるいは、狙った通りの走りができるという自信(とそれを裏付け練習)がなければ、スタートしてはいけない競技だとすら思っている。そこの曖昧な線引きで、自分に妥協した今年は、全然ダメ

October 06(Sat), 2018

読書記録『羅生門・鼻』(芥川龍之介)32-2018

羅生門・鼻 (新潮文庫)

羅生門・鼻 (新潮文庫)

「鼻」には思い出があって、高校時代に密かに心を寄せていた女子が、担任が作るクラス報に感想文を書いていた。

September 16(Sun), 2018

読書記録『奉教人の死』(芥川龍之介)30-2018

奉教人の死 (新潮文庫)

奉教人の死 (新潮文庫)

芥川龍之介の「切支丹物」を集めたもの。大人になって読む芥川作品感想は、単純に「かっこいい」。過度になりすぎない美的な追求、文体バリエーションと、それでいて破綻させない筆力。内容はかなり湿っぽいのに、そう読ませないスパルタンかつストイックな筆致。

「されば恐らく、えるされむは広しと云え、御主を辱めた罪を知っているものは、それがしひとりでござろう。罪を知ればこそ、呪もかかったのでござる。罪を罪とも思わぬものに、天の罰が下ろうようはござらぬ。云わば、御主を磔柱にかけた罪は、それがしひとりが負うたようなものでござる。但し罰をうければこそ、贖いもあると云う次第ゆえ、やがて御主の救抜を蒙るのも、それがしひとりにきわまりました。罪を罪と知るものには、総じて罰と贖いとが、ひとつに天から下るものでござる」p.32-33「さまよえる猶太人」

September 15(Sat), 2018

読書記録『黒部の山賊 アルプスの怪』(伊藤正一)29-2018

定本 黒部の山賊 アルプスの怪

定本 黒部の山賊 アルプスの怪

から読もうと思っていたところ、プレゼントしてもらうことができた。こういう当然教科書に載らないような地方誌みたいなものはひじょうにおもしろい。秘境に潜む「山賊」が近代存在していたという、貴重なでかつ、後世に残すべき本と思える。10月北アに行きたいな。

September 08(Sat), 2018

読書記録『地獄篇・偸盗』(芥川龍之介)28-2018

地獄変・偸盗 (新潮文庫)

地獄変・偸盗 (新潮文庫)

地獄変」は、一般的には芸術道徳倫理相克ということだが、どちらも人間の欲ではあるわけだから、「道徳」とかいうとちょっと弱い感じがする。道徳的なものに従うのも、なんらかの生的な欲求によるものであろうから。ちなみに「偸盗」は芥川自身、納得がいっていない作品らしい(つまりあまり表に出したくない)。こういうものは読むべきか迷う。死人の墓を暴くような気がして。

September 04(Tue), 2018

読書記録『河童・或阿呆の一生』(芥川龍之介)27-2018

河童・或阿呆の一生 (新潮文庫)

河童・或阿呆の一生 (新潮文庫)

再読。まったく記憶になかったが、「河童」の舞台上高地だった!10月登山で河童に遭遇できるといいな。

August 22(Wed), 2018

読書記録『ろまん燈籠』(太宰治)26-2018

ろまん燈籠 (新潮文庫)

ろまん燈籠 (新潮文庫)

再読。前回読んだことをほぼ覚えていない。若い頃読んでも思うことのなかった感想だが、太宰治はかわいい。またひととおり読んでみようかしら。この短編集の各編は戦争の時に書かれているとのことなので、その時の雰囲気を伝えるものとして読んでもおもしろい。

August 17(Fri), 2018

読書記録『五分後の世界』(村上龍)25-2018

五分後の世界 (幻冬舎文庫)

五分後の世界 (幻冬舎文庫)

村上龍はほとんど読んだことのない作家だ。たぶん『限りなく透明に近いブルー』だけ。テレビ司会者をやっている氏の印象には好感を持っているが。『コインロッカー・ベイビーズ』とか、『半島を出よ』とか、読もうと思ったこともあったがなぜ読むまでに至らなかったのだろう。村上龍が怖そうだから? 笑

August 16(Thu), 2018

読書記録『生きる理由を探している人へ』(大谷ノブ彦・平野啓一郎)24-2018

ちょっと内容として雑談というか、あまり突き詰められておらず浅い印象。平野氏の一連の「分人主義」の著作を読んでいる人には目新しい内容はない。はじめて触れるひとにはいいかもしれない。平野啓一郎は小説がいい。

July 31(Tue), 2018

読書記録『白鯨 モービィ・ディック 下』(メルヴィル、千石英世訳)23-2018

白鯨 モービィ・ディック 下 (講談社文芸文庫)

白鯨 モービィ・ディック 下 (講談社文芸文庫)

上巻に続き。仕事に心を持って行かれていたので、だいぶ時間がかかった。