Hatena::ブログ(Diary)

鈴木君の海、その中

2018-08-10

オンラインゲームの問題点5

 2〜3年くらい前の話。私が歯科医院の待合室にいた時に兄弟らしき男の子がいた。多分3DSだと思うが、兄の方がゲームをしており、弟がそれを覗いてちょっかいを出しているような感じだった。「このネコ何なの〜?」「ジバニャン」「何で赤いの変なの」みたいな会話をしていた。多分「妖怪ウォッチ」で遊んでいたのだろう。妖怪ウォッチは子供に人気があるみたいな話は聞いていたが、実際には小さい子にはあまり浸透しておらず、小学生くらいの子の世代でのみものすごく流行っているというゲームだったのだろうと思った。妖怪ウォッチのライバルとしてポケモンがいるが、ポケモンは幅広い世代に受けているゲームである。おそらくこの少年もアニメか何かで見たりしていて、ゲームに映っているのがピカチュウだったら質問しなかったのではないか?と思っている。

 いきなり妖怪ウォッチをdisるところから始まったわけだが、今回話したいのはどちらが優れているかという話ではない。ポケモンはメインターゲットだった小学生を妖怪ウォッチにパクられたという話である。小学生がメインターゲットだと思った理由は主人公の年齢である。アニメのサトシがサザエさん時空にいると仮定するとだいたい10歳前後であり、小学生ぐらいだと思われる。それくらいの少年少女たちに向けてポケモンという作品は作られているはずなのである。ところが、実際にネット上なんかを見ても分かる通り、初代の時に10歳前後だった少年はいまやアラサーのおっさんと化し、個体値努力値を計算しながら厨ポケの小学生を狩るような世界になってしまった。長い間やっていて、いくつもの戦場を乗り切ってきた相手に対して、ついこの前知ったばかりの新参が敵うはずもない。世代を超えるゲームを作るとこういう弊害が出てきてしまう。

 私がオンラインゲームの問題点について語り出したそもそものきっかけは、ビビヨンって小学生集められなくね?という話であり、ようするにポケモンって小学生向けじゃなくなっているよなーと思うのである。少子化だし、ビジネス的には問題ないのかもしれないが、私の考えるポケモンという作品の方向性から考えると魅力なくなっているやんけという話である。

 対戦ゲームって人口が増えるとこうなってしまう。将棋とか野球とかのプレイヤーになるためには経験とか才能とかそういう「壁」みたいなものにぶち当たってしまう事になる。おっさんのゲームの時代には「こんな攻略できるのは俺くらいだろ!」と自信をつけるようなゲームが多かったのに、今の時代youtubeとかあるからスーパープレイとか当たり前に見られて「俺ってしょぼいよなぁ」と思うような時代になっている。小学生ならなおさら「壁」を感じざるを得ないだろう。

 長い前置きだが、LetsGOピカチュウイーブイは小学生向けに出すんじゃね?というありきたりな事が言いたいだけであった。
 

2018-08-04

ゲームオタク

 正直に告白する。どうやら私はゲームオタクではなかったらしい。

no title

ゲームオタクに必要な目線

最新のゲーム動向の把握

「ゲーム」というジャンルに対するオタクを自称する場合、最新のゲーム動向について把握していることが求められる。動向とは現在どのメーカーがどんな作品を出しているのか、どんなジャンルのゲームが流行しているか等の業界全体の動きのことを指す。

作り手の分析
オタクの定義と同様に作り手を意識していることも重要である。作り手に注目することが作品分析を行う上で一番のヒントになる。ディレクターは誰か、音楽を作っているのは誰かといった情報が、作品の肝を考える時のベースになる。

作品の分析
オタクとして最重要な行為は作品分析である。特定のゲームをプレイして感動した時には「なぜ感動したのか」「本当に面白いのか」を仮説を立てて考える必要がある。ここで仮説を立てなければ単なる「私はこのゲーム好きー」「好みは人それぞれー」という生産性の無い結論に落ち着いてしまう。オタクである以上、面白さの存在を信じて人にそれを説明できなければならない。

 私は時代性とゲームの素晴らしさは切り離して考える。例えば「テトリス」は「最新のゲーム」ではないが、充分語れるゲームだと思う。むしろ古さとかマイナーさというのはゲームにおいてはマイナスポイントになっていないというのがスゴイところだと思うのだ。未だに初代スーパーマリオとかドラクエ3とか普通に語られているというのはすごい事ではないか?テレビドラマとかだれも「ロンバケ」とか話題にしないし、時代に縛られまくっている。メーカーを気にするのはオタクっぽいが、後述の理由から私はメーカーを重視しない。

 「ディレクターは誰か、音楽を作っているのは誰か」の部分だが、コレに関して私はゴジラオタクと言えるのかもしれない。言い訳させてもらうと、ゴジラは元々が荒唐無稽な設定なために作り手の技量によって、「本物感」と「子供だまし」の二極化がひどいからだ。が、世の中のほとんどの娯楽はゴジラほどの技術は求められておらず、多少穴があっても勢いでごまかせるんじゃないだろうか?と思っている。また、作家で追いかけるみたいな事も私はしない。黒沢明なんて初期のエンターテイメント性が強い時と、後期の芸術路線では評価が分かれるし、宮崎駿手塚治虫も似たような事になっている。富野由悠季とか作家としては面白いし、リスペクトしているけど、作品は面白くないじゃんという感想しか抱かない。一方で作家としては大嫌いな宮崎駿なんかは作品としてはとてもすごいものを作っているのだから、作家と作品の評価を分けて考えるようにしている。ゲームの場合はさらに「プレイヤーの技量」とか「ネットワーク」みたいな不確定要素が付加されるので、正直作家性とかどうでもいい。麻枝准みたいに雑魚同然だったやつが神クリエイターになっている可能性がいつだってある。

 「作品分析」はよくやる。だからこんな文字だらけのブログ作って独りよがりな記事を量産している。ただ、これは私が作り手の道に足を踏み入れているからそうなっているだけで、純粋な「ユーザー」とは言えない。例えばお笑い芸人寄席があったとして、その芸人のガチファンが真剣な目でガン見しながら「今日もヤツのツッコミは冴えているな」「このボケはこういう事なんだな」とまじまじと考察されるよりも、初見だけど「はははー」と素直に笑ってくれる人の方がありがたいと思う。むしろ前者に対しては「うぜぇ」と思うんではないだろうか。少なくとも私は思う。

そんなゲームオタクかを見分けられる質問がある。それは

「好きなオープンワールドゲームは何か?」

である。

この質問をするだけで下記を知ることが出来る。。

 わかりません。即答。よって私はオタクではない。

 オープンワールドという言葉ならググれば出てくるのでなんとなくわかる。が、私は大昔のオープンワールドでないゲームを楽しい!と言って遊んでいたので、そもそもそのゲームが「オープンワールド」かどうか?なんて事は気にしない。人からこのゲームもオープンワールドですよって言われて気づく方である。なので昔からこの手のジャンル名には疎い。

 50時間のゲームを数プレイという事は最低100〜350時間ぐらいだろうか?社会人や学生を想定すると、睡眠時間8時間。通勤通学が1時間。8時間くらいは外にいて、場合によっては残業、部活、習い事や飲み会などで1〜2時間。食事や入浴などのその他の時間が1時間。と、おおざっぱに見ても1日4〜5時間の空き時間。その時間の中でネットとか宿題とか、あるいはお気に入りのテレビを見る時間を含めたら平日に遊ぶのは難しい。人によっては疲れたから今日はいいやとなる可能性だってある。もちろん、休日に体を休める事も外出する事もなくフルでゲーム三昧という生活も20代くらいのガチゲーマーなら可能であるが、今のゲーム業界がターゲットにしている層ではないだろう。個人的なゲーム哲学を持ち出すと、ゲームに人が合わせるのではなく、人に合わせてゲームが変わる必要がある。上記生活のいずれかのスキマにゲームが入っていくべきなのだ。

 また、洋ゲーってジャンルもいずれ滅びるだろう。日本のゲームが「和ゲー」と単独のジャンルなのに、アメリカのゲームもイギリスのゲームもヨーロッパインディーゲームも洋ゲーと「ひとくくりにされる程度」では生き残れない。中国のゲーム市場とか見る限り、多分市場はもう少し広がって、海外のゲームはその国その国独自のものが出てくるようになると思う。分かりづらい例えかもしれないけど、野球だったのがサッカーになる。そうなった時に「ハード」が一番改革される。多分安価で誰でもできるようになっていくと思う。二極化じゃなくて世界的な市場が出現する。そうなった時に「和ゲーなんてダッセェーよな。洋ゲーの方が面白いよな」なんてものは古いものになる。ポケモンがそうであったように日本的感性がそのまま外国で受け入れられるようになる。つーか既にそうなりつつある

 さて、本題へいこうか。

参考:ゲーマー分類早見表

参考にゲーマー分類早見表を載せておく。筆者の偏見が含まれるため正確性は保証しかねる。

名称
特徴
代表的なゲーム

ゲハ民

応援するゲームハードのみを信仰し、他ハードの所有者を攻撃する生産性の無さが特徴
実際は「特定ハード以外のアンチ」
任天堂信者 → 妊娠, 豚, ニシ
ソニー信者 → GK, ゴキブリ

ゼルダ マリオ ペルソナ5


格ゲー

格闘ゲームやりこんでいる勢
優越感のために日々ランクマに勤しんでおり1戦ごとに俺TUEEEEと反省を繰り返す
遅延が気になる

スト5 ギルティ KOF


音ゲー

格ゲー民と同様に反射神経の限界に挑んでいる勢力
ゲーセンにつぎ込んだ額と時間が桁外れだったりする
音ゲーの横繋がりは仲が良い印象

太鼓 ビーマニ maimai jubeat


ネトゲ

家で暇な時間はひたすらネトゲやっている勢
一歩間違えると社会不適合者だが最近は普通に社会人で休日はネトゲ三昧な人も多い
肌が白い

FF14 PSO2 LoL


ソシャゲ民

据え置きハードを所有していないことが多い
一度に課金する額の感覚がおかしい人も多い
射幸心を煽られることを好む、むしろ課金させて欲しい
運営には強気

デレマス グラブル FGO


FPS

FPSばかりプレイしている
仲間内でグループチャットしつつ楽しむ大学生も多い
ミリオタ兼の場合もあり

COD BF


トロ厨

PS4トロフィー取得に喜びを感じる民族
トロフィーレベルが自慢
トロフィー取得音を聞くとテンションが上がる
ゲームを買う前にトロコン難易度が気になってしまう

トロコンし易いゲーム


にわか

矢口真里しょこたん等が有名
とりあえず有名なゲームを好きだと公言するがストーリーやキャラクターは覚えていない
(有名でない)クリエイターには一切興味がない

DQ FF ペルソナ

ゲハ民…四年前に否定しているから違うな。
格ゲー民…ハメ技が正攻法になっている限り1人用プレイを続けるしかない。違うと思う。
音ゲー民…ゲームセンターのゲームは色んな部分でコスト高な上に、時間と人を選ぶので興味なし。違う。
ネトゲ民…ネットワークゲームをものすごく広く定義すると当てはまるが、挙がっているゲームは違う。MMORPGとか大の苦手。上手く言葉にできないコミュニケーションにおいて合うゲームと合わないゲームがある。
ソシャゲ民…全く手を出していない。遊戯王でこの手のゲームは懲りているので、今後も手を出さない。
FPS民…同じく全く手を出していない。嫌いなわけではないが、面白さが理解できない。
トロ厨…ドラクエ11はコンプリートしたけど、トリコとかは割といいかげん。よって違う。
にわか…有名なゲーム好き。キャラクターやストーリーはあんまり重視しない。クリエイターには感心なし。あってる。

 どうやら私は「にわかゲーマー」だったようだ。よってこれから私がどんだけ語ろうとも「にわか」の範囲内だから安心して他人に見せる事ができる。よかったよかった。

関連:用の美 - 鈴木君の海、その中

2018-07-13

なぜ東京にあらわれたのか?【ゴジラ1954】

 初代ゴジラという作品は非常に政治利用されやすい作品である。皇居を壊さなかったという点から日本兵英霊だ!という意見もあるし、水爆に対し怒りを持っているから反米だ!という意見もある。確かに「そういう見方」も出来るので一概に否定したくない。しかし、それらはとなりのトトロで「サツキとメイは実は死んでいた」というような都市伝説の類いであり、公式設定ではなかったというところに注意が必要である。

 まず、「英霊説」を否定したい。この説はシリーズ全体を長い目で見たらそういう扱いの作品もあるが、少なくとも「初代ゴジラにおいて」は違うのである。例えば、太平洋戦争において「日本軍悪くなかった説」というものがあって、日本軍アメリカの軍事施設のみを攻撃し、民間人を攻撃しなかった。一方でアメリカ人は原爆によって一般市民を攻撃した!から悪いやつだ!というものがある。ここでゴジラの行動を見てみると、序盤の貨物船を落とし、大戸島の島民の家を破壊し、東京の街を破壊する。どう見ても民間人のいるところばかりを襲っている。一方で劇中の戦車に対しては無視、ミサイルを放つ戦闘機に対しては背を向けて海へと帰ってしまうのである。これは日本兵がやった事ではなく、「アメリカがやった事」あるいは「アメリカがやろうとしていた事」ではないか?また、これらは左翼が好むような「弱きを助け強気を挫く」というようなキャラクターでもない事に注意が必要だ。

 この英霊説はゴジラが200万年前の生き物と設定されている事から来ている。多くの人がツッコんでいるように200万年前はジュラ紀ではない。「その頃は原人とかの時代じゃね?」って事でゴジラ恐竜ではなく、人間のメタファーなのだ!という説が広がっている。しかし、劇中の描写を見るとどうも違う気がする。例えば山根博士は島で初めて見た時に「間違いない!ジュラ紀の生物だ!」と言うが、原人を見ただけでどの時代の生き物か判別できるか?という疑問がある。また、自分は専門家じゃないので詳しい事はわからないが、「トリロバイト」が生きていたのはジュラ紀でも白亜紀でも、人類があらわれた時代でもなく、そういう生物が付着しているのはおかしいらしい。さらにこの「200万年前」の記述は小説版でもそのままな事から香山滋は人間ゴジラを描いたのだ!という説もあるが、同じく香山が原作を務めた次作「ゴジラの逆襲」ではゴジラは人間とは違う「動物感」が前面に出ている。以上の点から冷静に見るとミスの記述だったのではないだろうか?という気がしている。

 また反米説もおかしい。もしアメリカに恨みがあるのであれば、日本では無く直接アメリカに上陸すればいいのである。それをしなかったという事はゴジラの怒りは特定の国に向けられたものではないという事だ。ゴジラという映画が反米的に見えるのは、中間で女性議員が「事実は公表すべきだ!」と語るように、国際問題を抱えているという「人間側の事情」によるもので、ゴジラにとってそんなことは「どうでもいい」事なのである。

 では、ゴジラは何故東京にあらわれたのだろうか?これについては次作「ゴジラの逆襲」でちゃんと描かれているのだが、今作だけでわかる情報から言うと「光を嫌う」事にある。ゴジラの破壊活動は基本的に「夜」に行われる。大戸島上陸の際は新吉の兄が布団を敷いて寝転がっている場面から分かる通り、嵐の晩の出来事なのである。一方で昼間調査団の前に顔を出した時は吼えるだけで、海へ帰ってしまう。船上パーティーの場面では、直前にピカピカ光る昭和の東京が映る。ようするに夜だ。最初に上陸し、電車を口に咥えた時も夜だったし、東京を火の海にした時は時計台と空を見る限り夜中の11時である事が分かる。

 ゴジラは深海に生きていた生物であり、深海は基本的に光の届かない場所である。そういう暗い世界で生きてきたゴジラにとって「ピカピカ光るもの」というのは神経を逆なでする存在なのだ。そんなゴジラ東京を襲ったのは、当時の日本で一番「ピカピカ光る街」だったからで、戦車を無視したのは車体が地味な色だったからというシンプルな理由からである。*1テレビ塔破壊の場面で、ギリギリまでフラッシュを焚いている事により、ゴジラがそこに向かってしまったというところが分かりやすい。

 そしてそういう生物に土着の価値観をかぶせたのが初代ゴジラであり、東京上陸の時も「夜中に起きてる悪い子いね゛ぇーがー」と怖がらせながら歩く、なまはげ的な存在なのである。じ様が言っていたように「若ぇ娘っ子を生け贄」にかつてはしていたように、若い科学者芹沢を生け贄にする事によってゴジラは消えるのである。

 ボロボロな「人間説」と違って全て筋が通っているのだが、この事はゴジラファンですら知らない人多い。これは香山滋が原作を担当した「ゴジラ」「ゴジラの逆襲」という原作ゴジラのみの設定で、カラー化した3作目から普通に昼間に戦っているせいである。円谷は「こういう状況で撮ってください」と言われたただけで、この設定は知らなかった可能性が高い。また、今作を普通に見ても白黒でわかりにい事も原因の一つだろう。しかもシリーズが進むごとにゴジラは光線を吐きまくるようになり、「お前光モン大好きやんけ」という状態になり、完全に設定が死んでしまっている。

 ガチなゴジラファンから見るとゴジラとはそういう怪獣なのだが、長くシリーズを続けると戦いのバリエーションを増やさなければいけないので、昼間戦うのもご愛嬌だよね、と見逃しているのである。なので、「怪獣プロレスはクソ!初代をリスペクト!」とか言うのならこの設定は知らないわけないよな!と思うのだが、まぁ、別にいいや。

*1:文明批判に見えなくもないので広い意味では左翼的になるのかもしれない

2018-07-12

原作改変【ゴジラ1954】

 初代ゴジラを鑑賞してもらえただろうか?もし、終えていたのならば、次の質問に答えてほしい。「ゴジラ」の「主役」は誰なのだろうか?

 パッと思いつくのは、ヒーロー的な活躍を見せた芹沢博士だろう。あるいは全体を俯瞰して見ており、最後においしい所を持って行った山根博士かもしれない。いや、そもそもタイトルになっている「ゴジラ」こそ主役に呼ぶにふさわしいかもしれない。どのキャラクターも主人公にふさわしい動きをしているので、どれも正解に見える。……ところが、実際にはこの物語にはこれらの人物以外に「主人公」と設定されている人物がいる。それは南海サルベージの「尾形秀人」である。

 私はこの事を知った時に驚いた。なぜならば彼は一番主人公らしい活躍をしない人物だからだ。まずヒーロー的な芹沢の愛する人を(直接的な描写は無いが)寝取り、冷静な山根博士とは真っ向から意見が対立し、ゴジラに対しては何も出来ず、ヒロインと芹沢の力で何とかするというあまりにも「他力本願」すぎる人物だ。最後の最後で海底にもぐるシーンが見せ場として用意されているが、先に海上に出てきてしまい、その結果芹沢の心中を許してしまう。しかもその時の叫び声が「セリザワサァーン!」という素っ頓狂な声なのだ。あまりにも格好悪い。ところがいろんな資料を見ても、出演者のクレジットを見てもどうやら尾形が主人公というのは事実らしい。

 ゴジラの出演者のトップには宝田明の名前があるが、この当時の宝田はベテランでもなんでもなく新人に近い存在だった。そしてそんな宝田にとって初主演の映画がゴジラだったのである。ある日宝田はスタッフに「主演の宝田です!」と挨拶しに行ったら、「主演はゴジラだ!」と言い返されたらしい。ここから考えられるのは二つで、一つは「宝田明が嫌われていたか」もしくは、「脚本を読んだスタッフが尾形秀人を嫌っていたか」どちらかである。いずれにしろ尾形は公式からdisられていたのである。

 おそらく尾形というキャラクターは当初はもっと主人公にふさわしい動きをしていた可能性が高い。ゴジラには「原作」のクレジットがあり、香山滋が原作となる小説を書いていたらしい。その「原作」では尾形は主人公として機能していた可能性が高く、映画のクレジットにおいても出演者のトップに宝田の名前がある事からも脚本の段階でもやはり主人公として設定されていた可能性が高い。ところが脚本が完成した後でこいつはあまり魅力的に描いてはいけないと判断したスタッフ間において、disられる事になったのだろうと思う。なぜそんな事になったのか?それはゴジラが「ピカレスク小説」だったからではないか?

参考:ピカレスク小説 - Wikipedia

 ピカレスクというのは私の理解において「悪人による風刺的な表現の物語」だ。芥川龍之介羅生門的なのをイメージしてもらいたい。尾形というのはみなさんもご存じの通り「持っていない人」である。乞食とまでは言わないが、下級の身分の人間なのである。対する山根博士も芹沢博士もあるいは、恵美子お嬢さんも「持っている」人たちで世の中において認められた上流階級の人達なのである。この「持っていない人物」が社会を批判的に見て、悪さをしながら欲しいものを手に入れていくみたいな、そういう毒のある作風が本来の「ピカレスクゴジラ」だったのではないだろうか?このピカレスクゴジラは「ある人物」によっておそらく「改変」させられた。それは本編監督の「本多猪四郎」によって。

 宝田は本多について「怒鳴っているところを見た事がない」と語っている。その人柄については本編にも影響が見え、例えば芹沢と尾形が書類を奪い合うシーンでは、白く濁った水槽の向こう側で奪い合いが行われる。ゴジラによる東京破壊は映しておきながら、人間同士の争いは一切映さないというそういう作風なのである。そして彼は脚本とクレジットされており、おそらく元々の毒々しい部分を取っ払って優しく穏やかな感じに「改変」してしまったのだろう。そのためゴジラピカレスクっぽさはほとんど薄まってしまい、全く違う印象の映画になってしまった。実写化で原作改変して叩かれる事は多いが、この初代ゴジラも実は原作改変の作品だったのである。なので、設定上はマッドサイエンティストであった芹沢は科学者の鑑とでもいうべきほど聖人になってしまった。

 ゴジラの魅力というのはこういった「原作改変後」の部分というのがかなり大きいのである。例えばゴジラの姿を見てもしも多くの人が「原爆フラッシュバック」が起きるような姿や行動をしていたら、こんな60年近くも愛されるようなキャラクターにはなっていないだろう。企画当初からズレた部分があったからこんだけヒットしたのである。だから「当初のアイディアでは〜」とか「企画書には〜」なんてものはハッキリ言ってアテにならない。ゴジラがヒットした要因は別のところにあるからだ。

 改変された結果、尾形を演じた宝田も、原作者の香山もゴジラというものに「感情移入」する事になった。これは当初の脚本では想定されておらず、だからゴジラは当たり前のように殺された。その後長い間「死なないキャラ」になったのにも、今作が当初のアイディアを改変して「感情移入できるキャラ」にしてしまった事が大きい。まずはじめにゴジラはそれぞれの監督が原作になかったものを付け足した、「原作改変」されたところが人々に大きな影響を与えたという「変な作品」なのだというところからスタートしたい。
 

2018-07-11

今更すぎるがゴジラ1954を語りたい

 とある動画を見ていたらおっさんが、「ゴジラファン」にとって当たり前とか言って、「ウロコからケロイド状の肌になった」という普通の人間は気にしないようなところに注目していた。この時点で「ファン」というものを限定していてなんかイヤなのだが、続いて「ゴジラの頭はキノコ雲がモデル」という作中では全く活きていない、企画書を見ないとわからないようなクソつまんねーアイディアを前提に話していた。で、それを見ていた信者が「だからシンゴジラは正しい」とか言い出す。やはりモノホンのレイパー達は発想が違いすぎる。*1

 作品をどういう風に見ようとそれはその人の自由だ。例えばプリキュアというアニメおっさんが見て、「なんかキラキラした衣装の女の子が素手でぶん殴る姿に性的興奮を覚える」みたいな見方をしても別にいい。けれど、このアニメのメインターゲットは「女の子」なのだ。表現規制にひっかっかるようなエロい衣装というのは基本的にない*2。女の子がギリギリで恥ずかしくないような、なりたいような衣装だからこそヒットするというのが重要なのである。*3で、プリキュアファンは基本的には後者がメインターゲットであるというのが一般認識なわけで、前者もそれなりにいるが、そっちは元々少数派というか、付随する形の存在だったというのが正しい認識だと思うのだ。もちろん、それぞれの楽しみ方を否定しているわけではない。

 ゴジラの悲劇は「初代」があまりにも真面目すぎたために、この初代ゴジラ「のみ」が正統な作品であると思われてしまっている事だ。まずこの初代の過剰な盛り上げをどうにかしないと、ゴジラについては語れないと最近は思うようになった。私にとって初代ゴジラ評価は100点満点中60〜70点で「可」の作品なのである。シンゴジラ50点なので、それよりかは少しは高いが、世間一般評価よりは低いという感じになるはずだ。なぜシンゴジラより高い評価で、世間より厳しく採点しているのかについては別記事でそのうち述べる。*4

 例えば、存在したかわからない「神武天皇」だけが正しい血統で、継体天皇以後は血筋の違うニセモノと言われたら、自分は右翼ではないけれどもなんかカチンと来るのである。これだけでもそうとうな言い分なわけだが、その上でDNA鑑定かなんかで神武天皇の直接の子孫が見つかったとか言ってこの前まで庶民をやっていたどこの馬の骨ともしれないやつを王だと言って、今の皇室をバカにしているやつらがいたらやっぱり異常だと思うのだ。長い事続くというのは基本的にはそういう事で、ゴジラシリーズを否定されるというのは、その間金払ってグッズを買ったり、映画を見に行っていた人達、そういう人達が支えたからこそ今現在もコンテンツとして残っているものを否定する事につながると思うのだ。おおげさかもしれないが、シンゴジラファンに感じる気持ち悪さが何となく伝わってくれただろうか?

 詳しい事は後で語るとして、今、初代ゴジラを振り返ってみよう。初めて見る人が多いかもしれないから、個人的に注目すべき要点を並べる事にした。今更白黒映画なんて見たくねーよって人は参考にしてほしい。

(オープニング)
・足音と鳴き声からはじまるメインタイトル
・戦前文字(旧字)が使われている
宝田明が出演者のトップ表示

ゴジラ伝説)
・海のシーンから始まる。
・水中から光。霧状の煙(?)によって船が爆発。
南海サルベージの尾形とヒロインの恵美子登場。デートの約束など2人はデキている
・搭乗者の家族が安否を問う
・原因不明の海難事故が続く
・大戸島の漁船(民間)が被害にあい、生き残りが大戸島に流れ着く
・じ様がゴジラ伝承を語る。昔は時化が続く時は娘っこを生け贄にしていた
・突然の嵐
・外へ出る新吉少年
・嵐の中、巨大な何かによって家が押しつぶされ壊される

(調査団派遣)
国会答弁1
台風ではなく生き物によるものだと主張する人々
・古生物学者の山根恭平博士登場
・山根「ヒマラヤ雪男」「海の中はどんな秘密があるのか想像もつかない」
フリゲートマーチ
・調査団出発。恵美子「さようなら〜いってまいります」それを見つめる眼帯の男(芹沢)
・尾形と恵美子 芹沢が恵美子を好きな事を知っている尾形
・島を調査する博士達、カウンターで放射能を感知
・巨大生物の足跡に興味津々な山根
・足跡に強い放射能。トリロバイトを発見、直接触って注意される山根、水でちょいとすすいでさらに探す
・鐘の音が鳴って山に登る島民たち「どこだどこだ?あっちの山だ!」
・ジュラ記の生物としてゴジラ登場(顔だけ)
ゴジラの咆哮。一時避難する人々
・しっぽを引きずった跡と、足跡。海へと続いていた。

ゴジラ公式発表)
国会答弁2
・200万年前のジュラ記〜白亜紀に生きていた海生は虫類〜陸上は虫類の中間の生物
・大戸島の伝説に従ってゴジラと仮に呼称
・50メートルくらいの生き物
・海底の洞窟に住んでいたが、度重なる水爆実験によって安住の地を追い出された。
・国際問題を気にして公表するなという男性議員(おそらく与党
・公表すべきだという女性議員(おそらく野党
・ニュースが広がり、電車内で 原子マグロ放射能の雨、長崎原爆疎開のワード「また疎開かイヤだな」
ゴジラに対しフリゲート艦隊による爆撃を発表
フリゲートマーチ
・爆撃ニュースを見る山根父娘と新吉と尾形
・機嫌を悪くする山根、自室に籠もる(横にステゴの模型)
・やってきた恵美子に対して電気を消していってくれとたのむ山根
・昭和の街
・陽気な船上パーティの最中、疎開とか言っていた連中がゴジラを目撃する
・水中で泳いでいるのに足音が聞こえるゴジラ

(芹沢の研究)
災害本部「いかにしたらゴジラの生命を絶てるのか」
抹殺に反対する山根。ゴジラの不思議な生命力に関心を持つ
・新聞社。恵美子の婿養子になる予定だった芹沢の話を聞きつける
・尾形と恵美子。戦争によってキズをうけた芹沢の話
新聞記者萩原、芹沢の研究に興味を持つ
・一切口をきかない芹沢。しかし恵美子だけには語る事にした
・地下室に魚の水槽。芹沢がスイッチをいれると水槽の様子が変わり、恵美子が絶叫する
・この事は芹沢と恵美子だけの秘密に
・自宅に帰るが落ち込む恵美子。気まずい空間
ゴジラの足音が聞こえる
・尾形と恵美子。「あの事」を芹沢にいいそびれたと語る
・海面から浮上するゴジラ
・陸から銃で発砲する自衛隊
避難する人々
・山根「ゴジラに光を当ててはいけません。ますます怒るばかりです。」
ゴジラ上陸
・正面から見た時だけ白く光る目と顔の凹凸による影と逆光で目が見えなくなるゴジラの対比
・電車を口にくわえるゴジラ。ふみつぶしながら全身するゴジラ。橋を破壊するゴジラ
・それを見上げる民衆の対比
・さすがの山根も息を飲む

ゴジラ大暴れ)
・各国の調査団が来日
・感電死をねらう軍隊
家財を持って避難する人々
・メインタイトルのテーマと自衛隊の車
・山根家。背後ではサーチライトが空を照らす
・尾形と恵美子。山根に交際の許しを得ようと思う
・しかし、山根はゴジラを殺す事ばかり考える世間に怒り心頭だった
・尾形はその意見に反対する
・山根「貴重な研究資料」尾形「ゴジラ水爆
・山根「その水爆放射能を受けながら、なおかつ生きようとする生命の秘密を何故解こうとしない!」
・結局切り出せなかった尾形と恵美子(山根を理解していない)
臨時ニュースに驚く2人ととりかごの中で落ち着きのない鳥
・再び海から顔を出すゴジラ
・完全装備の自衛隊。戦車の照準を合わせる。
・電流作戦は失敗。砲台による攻撃も効かず
ゴジラが霧状の息を出すと鉄骨が変形(それによりゴジラがより巨大に映される)
・戦車は無視するゴジラ
ゴジラが街に上陸
・息をはいた場所が火に包まれる
・背中が光ってふたたび火を吐く。街が火の海に
消防車でメインタイトルテーマ。しかし、消防車転倒
・逃げる人と忍び足のゴジラ
・戦車がやってくる。攻撃が効かず後ずさりする戦車
・取り残された親子、とりかごの鳥と巨大なゴジラ(この間無音でSEだけが響く)
・もうすぐお父ちゃまのところへ行くのよという親子
時計台(11:00)を壊すゴジラ
・実況を行うアナウンサー
・続くゴジラのアクションシーン(画質悪い・戸惑いのアクションが多い・場面によって顔が違う)
国会議事堂テレビ塔破壊 
・カメラのフラッシュで怒るゴジラ
・死ぬ寸前まで職務を全うするアナウンサー「さようならみなさんさようなら」
・その様子をテレビで見る芹沢
・橋を壊すゴジラ
・「ちきしょうちきしょう」とつぶやく新吉少年
・メインタイトルテーマ。戦闘機による射撃。しかしゴジラに当たらない
・イライラするゴジラ。しかしゴジラパンチも当たらない
ゴジラはそのまま海へと帰ってしまう
・「ちきしょうどうしたらやっつけられるんだ」という民衆の声

悪魔の発明
・破壊されつくした街。担架で運ばれる人々
・カウンターで放射能を測られる子供。医者(?)は首を横にふる
・担架で運ばれる女性。その子供の泣き声「ママ−」
・見かねた恵美子、尾形に芹沢の秘密を話す
・水中の酸素を一瞬で破壊。あらゆる生物を窒息後、液化する「オキシジェンデストロイヤー
・兵器として使われたら水爆と同じように使われる。社会に役立てるようになるまでは発表する気はない。
・何らかの形で強制されたら自らの死とともに封印する
・という話を聞いていたのに約束を破る恵美子
・この状況なら許してくれると楽観視する尾形
・芹沢は恵美子が来て喜ぶが、尾形もいる事を知り態度が変わる
オキシジェンデストロイヤー?とぼける芹沢。恵美子をまさかとにらむ
・恵美子の告白に落胆する芹沢
・芹沢は自室に戻り研究資料を廃棄しようとする
・男同士の取っ組み合いは水槽越しで見せない
・はずみで尾形が倒れケガをする。看病する恵美子をみて全てを察する芹沢
・芹沢「尾形許してくれ。もしこれが使用できるなら誰より先に俺が持って出た。だがいまのままでは破壊兵器にすぎない」
・尾形「いまゴジラを防がなければ」
・芹沢「オキシジェンデストロイヤーを使ったら世界の為政者たちが黙っているわけがない。武器として目をつける。」
・尾形「目の前の不幸はどうする?公表しなければいい」
・芹沢「尾形、人間とは弱いモノだ。一切の書類を焼いたとしても俺の頭の中には残っている。俺が死なない限りどんな事でふたたび使用する立場に追い込まないと誰が断言できる?」
・テレビのスイッチが入っていた「平和への祈り」。被災した人達の映像とラジオを前に希望にすがる人々。女学生が歌うシーン。「と〜く〜か〜え〜れ〜かし〜」
・目を奪われる芹沢、一瞬目をそらすが、再び見てテレビを消す
・芹沢「尾形、君たちの勝利だ。しかしオキシジェンデストロイヤーを使用するのは今回限りだ。」
・書類を燃やす芹沢。泣き崩れる恵美子(嘘くさい)
・芹沢「いいんだよ恵美子さん。これだけは絶対に悪魔の手には渡してならない設計図だ」

(エンディング)
フリゲートマーチ
・集まる民衆、報道陣。「オキシジェンデストロイヤー」が公表されている
ガイガーカウンターゴジラの場所を知る
・芹沢は水中操作を望むが、素人を一人で行かせられるかと、尾形と二人で海へ
・巨大なカプセルに入れられたオキシジェンデストロイヤー
・平和への祈りのBGMが流れながら海底へ
・海中を泳ぐ魚たち
ゴジラは横たわり、何かに気づいたのか振りかえる
・海底を進む二人と、二人の方へ向かってくるゴジラ
・先に上へ行けと指示を出す芹沢、
・尾形「芹沢さぁーん
・芹沢はギリギリまで海に居続ける
・開かれるカプセル、ゴジラを見る芹沢。苦しむゴジラ
・船上では芹沢に呼びかける尾形
・もがくゴジラ
・芹沢「尾形、大成功だ。幸福に暮らせよ!さよなら、さよならー!
・引き上げられる前にナイフで命綱を切る芹沢
・山根「芹沢・・・
ゴジラが海中から出てくる(今までにない低く長い鳴き声)
・そして、水中で倒れて、骨になり、やがて消えてしまう。
アナウンサー「この感激!この喜び!ついに勝ちました!
・その一方で泣く関係者。
・山根「あのゴジラが最後の一匹だとは思えない。もし水爆実験が続けて行われるとしたら、あのゴジラの同類がまた世界のどこかへあらわれてくるかもしれない」
・礼!で全員で頭を下げる。
・海と「終」のクレジット。

 あらすじこんなに書いて大丈夫か?と思われるかもしれないが、ゴジラ映画の魅力である「カットのかっこよさ」「音楽のよさ」それから一部俳優の「名演技」はこんな文章なんかでは伝えられないので、そんなにヤバイネタバレではない。というわけでこれから掘り下げていこうと思う。

*1:ちなみにこのおっさん、動画内で恐竜はは虫類とか言い出すのだが、それを言いたいがために、ほ乳類も鳥類もは虫類とした表を出すというアレさ。鳥もほ乳類もウロコなんてないわけで、学者が魚介類という言葉を使っちゃっているようなもん。普通の人間はだまされないのだが謎の話術でバカを洗脳している。

*2:ただしシリーズが長いのでなかにはひっかかるのもあるだろうけど

*3:女の子向けじゃないけど似たようなものに東方プロジェクトという作品がある。同人というエロが主体になりつつある市場で、99%近くのキャラが表現規制にひっかからない衣装を着ているキャラという驚きの作品であり、だからこそ女性ファンや海外で人気があったりするのだが、話が脱線するので止める。

*4:初代を低く評価すると「お前ホントにゴジラファンか?」と疑問を持たれそうだが、ゴジラファンだからこそ思い切ってこの評価を下せるのである。にわかだったらとりあえず人が褒めている作品を良作と言えば語った気になる。「冒険心」というものは持っていない。作品に触れている時間が少ないから当たり障りのない事しか言えなくなるのだ。