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鈴木君の海、その中

2018-09-03

ドラクエのすごさを再考したい

 ドラゴンクエストは海外ではウケないが、日本ではウケている。これはかなり不思議な事だ。たとえばギャルゲー日本的な文化かと思えば、中国をはじめ、アジア圏でも人気である。ところがドラクエは欧米はおろか、アジアにおいても人気がない。不思議すぎる。

 しかも、ドラクエに対する海外評というのはどうも浅い考察ばかりで、納得が出来ない。例えば「ターン制バトル」がダメとか言っているやつがいるが、「ポケモン」もターン制バトルだからおかしい。「鳥山明の絵がダサい」というのは「クロノトリガー」や「ドラゴンボール」が人気な事から嘘くさい。そもそもダサさでいったらFFXの主人公とかどうなるんだ?と思うのでアテにならない。そもそも保守的」すぎるという意見が全くもって理解できない。ドラクエってパイオニアーゲームじゃないのか?

 1.移植性の高さ



 上記の動画を見てもらいたいが、あのスーパーマリオの面白さは「ファミコン」というハードだったからこそ生まれたのだという事がわかる。これは何も珍しい事ではない。FF3がファミコンバグを利用してプログラミングされていたからリメイクが遅れたとか、ブレスオブザワイルドという作品も低スペックマシンでは再現ができないのである。

 ところがドラクエは「1」だけ見てもいろんなハードで展開されている。確かガラケードラクエ1が遊べた気がするが、このようにまだゲームがあまり充実していない、まだ浸透していないハードにおいても充分機能を発揮できるのがドラクエの強みである。そしてそれは最新作の「11」においても同様で、ドットからポリゴンに至るまで、最初から移植を前提として作られてしまっている。発売から1年も経たないうちにスイッチ版の情報が出てくるとかスゴイ事ではないか?

 ドラクエは実はテトリス並のポテンシャルを持っている。

 2.前作の否定から始まるマンネリズムの否定


 前作から何も変わっていないとか言うやつはエアプ。はっきりわかんだね。楽曲一つとっても作品の雰囲気やスペックに合わせて変化している。ポッポス寄り、クラシック寄り、ジャズ風、ロック風とオーケストラ風といっても様々なバリエーションがある。音の重ね方や曲調に至るまで違う。

 シナリオ面でも1作目から「姫を助けるタイミング」と「竜王を倒すタイミング」が違っており、マリオゼルダと比べてもかなり捻っている。2作目では姫は仲間キャラで、ラスボスを倒したらもっと強い真のラスボスが出てきた!となり、3作目では魔王の上の大魔王。4作目では主人公が次々変わる形式に、最後に操作するのはこれまで敵として描かれた「ドラゴンっぽい勇者」……と毎回驚きがあるので、どこら辺が保守的なんだ?と疑問しか抱かない。

 システム面においても1作目のカニ歩きは今はなくなったし、3作目ではWIZ的なシステムを組み込んだし、4作目は章によるストーリー、5作目ではモンスターが仲間になったりと、毎回新しいものを入れようとしている。セーブデータがない時代に「ふっかつのじゅもん」とアイディアを持ってくるのもスゴいと思う。「保守」って何を保守しているんだろうか?海外でも評判の高いロックマンとかの方が遙かにマンネリ化していると考えられないか。

 3.二次創作の先駆け

 「ロトの紋章」「ダイの大冒険」はもちろん、エニックスの4コマ漫画劇場、そして同人誌東方プロジェクト艦これなんかよりも遙かに先輩である。また日本において一番パロられたゲームと言ってもいい。○○クエストとか、魔方陣グルグル的な黒いウィンドーにメッセージが出る表現とか、勇者ヨシヒコとかまおゆうとか。まだない表現を使いつつも、多くのフォロワーを産んでいる第一人者である。

 ――まだまだ言い足りないけど、ドラクエがウケない理由はソフトによるものだけじゃなく、向こうの流通事情とか、ゲームをどういうものだと捉えるかというものの影響があるんのではないか?と考えている。