歌う♬放送作家 

2017-03-14 トミー・リピューマは100年に一度の才能

挙げたらキリがないので、 亡くなったトミー・リピューマの仕事で尊敬に耐えないあえて、ベスト2!

Natalie and Nat King Cole "Unforgettable" 1992 このナタリーコールのグラミー賞のパフォーマンスを

グラミー賞の仕事でこの現場でボクは実際見ていました 鳥肌の感動で涙チョチョ切れでありました

グラミー部門受賞 エグゼクティヴプロデューサー:トミー・リピューマ David Fosterストリングスアレンジ

https://www.youtube.com/watch?v=fB4JHKgN_I8

そして、トミー・リピューマといえば、もう一枚 こちらでしょう

João Gilberto LP Amoroso - Album Claus Ogermanのストリングスアレンジが聴きどころ!

https://www.youtube.com/watch?v=b81ywX5cUmQ

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2017-03-06 ギターを持った渡り鳥はロシアがルーツ

ギターを持った渡り鳥 作詞:西沢 爽、作曲:狛林 正一 

この曲、恐らく、ヴィクター・ヤング作曲のシェーンが

元ネタだと思います。が、うまいこと作っております

https://www.youtube.com/watch?v=tnj268-3_KE

Shane (シェーン)−"The call of the far away hills”

作曲 ヴィクター・ヤング 名曲

この人もポーランド系のアメリカ人 西部劇音楽の名手ディミトリ・ティオムキンウクライナ出身だし、

このメロディはロシア系の作曲家クラシック音楽の旋律が共通項。だから、北国の道産子のボクは西部劇の音楽に惹かれるかも

https://www.youtube.com/watch?v=WWL6KDjJuhU

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2017-03-02 東大応援部

長年の友人の電通の植村さんとプロペラの北野Pと食事会。植村さんは東大の元応援団長だけあって常に、礼儀正しい。

在籍中、東大野球部が勝った経験があるそうだ。

東大応援団としては貴重な体験である。

NHKのドキュメントで見たことがあるが、東大野球部は猛烈な受験をして入学してきているので、体格が他大学に比べて、華奢。

そのために吐くほど、一年生はメシを食うのが最初の試練。

優秀な選手を取るために東大の野球部の監督自ら、東大に入れそうな高校球児に学習指導する。東大野球部の選手も学習指導に赴くそうだ。

何故、応援部の吹奏楽部はグレンミラーとかをやらず、「どうにも止まらない」(山本リンダ)とか、ピンクレディとかルパン三世を演奏するのか?など、本日、植村団長に質問。

答えは明白だった。

吹奏楽部は音楽クラブではなく、あくまで、応援団所属の部。

応援するのが目的ゆえ、球場に来ている万人の観衆にアピールするため、誰でも知っている曲をあえて演奏するのだそうだ。

ボクは大学時代、落語研究会だったが、詰入りを着させられ、上下関係が厳しく、応援団とも親しい交流があった。

三遊亭圓生師匠の自宅に行ったのも、師匠の葬式にも学ランで行った思い出がある。

 習慣や躾とは恐ろしいもので、社会人になってからも、「チェス!」と言って、目上の人のタバコにマッチですぐ火をつける落研時代の癖が治らず、ウザったがれた経験がある。

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2017-02-22 鎌倉落語会3月11日(土)円覚寺佛日庵

鎌倉落語3月11日(土)13:30開演円覚寺佛日庵

桂竹丸(大爆笑王)、三代目橘家文蔵(三代目襲名)桂三木男(今年、三木助襲名)、瀧川鯉八(若手一押)

プロデュース司会 植竹公和

絶対の面白の顔付け お待ちしています http://www.kitakamaevent.com

ご予約受付中f:id:sugarbabe49:20170111164112j:image

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2017-02-12 2月11日(土)北鎌倉落語会 

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2017-02-03 「男たちの旅路」 (山田太一セレクション)

山田太一先生の

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単行本 – 2017/1/27が発売。

前回、出版した時も買いましたが、今回は若い方にも手に取りやすい若々しい装丁

山田太一さんには何度か、お仕事でお会いして、ご本人はそんなことは露ほども思っていないだろうけど、ボクにとっては勝手に思い込んでいる師であります。

幾たびか、頂いた山田先生からのお手紙のお言葉や、どなたかを通して、間接的に山田先生が僕について話をなさっていることを聞いて、何度も助けられ、大袈裟でなく、「これで100年生きられる」と思ったものです。一方的な思い込みですが。

このドラマ、クサいけど大好きです

この御本を書いたのはまだ山田太一さんが40代前半ではないからしら?とにかく、若いのによくこんな台詞を書けたと、後で思いました

山田太一シリーズ 男たちの旅路 第1部 第1話 非常階段

https://www.youtube.com/watch?v=osMzwThYgjI

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2017-01-28 VOL.41【北鎌倉落語会】柳家喬太郎の会 

VOL.41【北鎌倉落語会】柳家喬太郎の会 プロデュース司会 植竹公和 

柳家喬太郎 立川志の八 瀧川鯉八

満員御礼 

今回も素晴らしいお客様が来てくださった 感謝

喬太郎師匠がどんどん高みに登られて、一体、自分たちから、どこまで手が届かない芸の域まで達するのか!

怖いほどだ!!!

真打ちになるのが、最も厳しい立川志の輔師匠の元、立川志の八さん、真打ちになるかの正念場!がんばれ!

瀧川鯉八さん、どこまでも鯉八ワールドで突き進んでくれ!

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2017-01-17 「ファミレス芸術」の消失

ロイヤルホストが一月末で深夜営業から撤退するそうだ。

ガストジョナサンも追随する。

理由は深夜お客さんがいなくなったこと。

若者の車離れから、車で来て朝までつるむお客さんがいなくなったことだそうだ。

もちろん、従業員の人経費も無駄にかかるので止める。

ファミレス全体がその方向に動いているそうだ

深夜のファミレスにはそこで机にコツコツとソフトドリンクで粘り、製作する放送作家脚本家、作詞家、演出家、小説家、ネタ作りの若手芸人らが、たむろしていた。

ユーミン女子高生の会話に耳をそばだて、作詞のヒントをもらい、宮藤官九郎珈琲いっぱいで台本を粘る。

だから、ファミレス特有の深夜の安心できる孤独感から生まれた「ファミレス芸術」がそこにはあった。しかし、消えてしまう運命となった

ちなみに牛丼チェーンは少人数オペレーションシステムでまだ、深夜営業は続くみたいです

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2017-01-06 お正月個人的に恒例の松本清張映画DVDを二本鑑賞。

お正月個人的に恒例の松本清張映画DVDを二本鑑賞。

(最も、松本清張さんは年がら年中、小説で読み続けていますが、読み尽くせない。書いた原稿の物量が司馬遼太郎さんと同じで多すぎる)

1本目のDVD1963年松本清張の映画「風の視線」。

監督は川頭義郎(俳優川津啓介の兄)

脚本は楠田芳子(木下惠介映画監督)と木下忠司(作曲家)は兄。)北の家族(1973-1974、NHK連続テレビ小説」)脚本も担当。

アップにたえる岩下志麻さんと新珠三千代さんの綺麗さを見るなら見る価値があるが、映画の内容は?

但し、松本清張さんが二度ほど、クラブの客役で俳優として登場。僕のような松本清張さん好きにはたまらない。

松本さんの演技力は石原慎太郎さんが自作映画に出演したのと、同様なくらい素人にしてはそこそこに上手。

佐田啓二さんと新珠三千代さんのkissシーンが異常に長く、一人で鑑賞しているのに照れてしまったw(昔の日本映画は

往々にして、俳優同士の裸の絡みのない分、やたら長い傾向があり むしろエロチック?)

木下忠司さんの映画音楽が監督の要請なのか、江戸時代の幽霊が登場するようなオドロオドロしい音楽に違和感。

もしかしたら、木下忠司さんは100歳くらいでご存命かも?定かではない

当時 生真面目な役で映画ドラマによく出ておられた園井啓介さんが懐かしい ザ・マジメという役が多かった

二本目は1965年霧の旗」。期待大の橋本忍さん脚本 山田洋次さん監督。当時の横浜プリンスホテル箱根ホテルが出てくる(この箱根ホテルはカーグラフィィックTVで車が横付けされるホテルとして、カーグラのファンにはお馴染みだと思うが、当時、箱根ホテルはすでに実在したのか?)

劇中にブラザースフォーの「花はどこへ行った」が流れる。フランス映画が流行していた時代なので、林光さんの映画音楽フランス映画風。ややストーリーに無理もあるが、こちらの作品の方がオススメ。

倍賞千恵子さんが熊本から汽車を乗り継いで、東京に上京する長い過程が松本清張映画の「張り込み」「点と線」とともに旅情を誘うf:id:sugarbabe49:20170106215919j:image

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2017-01-04 戦争広告代理店

今月号の「新潮45」を読了。

 紛争解決請負人という仕事があるのは知っていたが、戦争広告代理店という仕事があることに驚嘆。

『ドキュメント

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 情報操作ボスニア紛争』(二〇〇二年講談社刊)で新潮ドキュメント賞講談社ノンフィクション賞を受賞したNHKの高木 徹さんと戦争広告代理店米国きっての国際PRエキスパート、ジム・ハーフ氏との対談を読んだ

 ボスニア紛争において、戦争広告代理店のジム・ハーフ氏はクラィアントの「ムスリム勢力」が、国際世論の強い支援を受けることに成功させた。

 セルビア人の行為を「民族浄化(ethnic cleansing)」(ナチスが使用した言葉)であると決め打って、ミロシェビッチ率いるユーゴスラビア連邦に悪のレッテルを貼ったのは何を隠そう、ジム・ハーフ氏のアメリカのPR会社の暗躍があったからという。

 また、クライアントのリーダーにはスピーチの内容をコーチングしたりもする。

 一体、いつから、こんな職業が堂々とまかり通り裏で世情が操られているのか?何か寒気がする 実は世界を動かしているのは政治家ではなく、それにまつわりつく民間会社なのではないのだろうか?

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2016-12-18 立川志らくの会

円覚寺佛日庵での立川志らく師匠、完全に立川談志師匠が乗り移っておられた この表情 立川談志師匠に生き写し!!!!

風邪をおして、

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わざわざ、湘南に宿を取っていただいての熱演、本気度が伝わってきます ありがたいことです

志らくさんのお弟子さんの立川らく次さん f:id:sugarbabe49:20161218205208j:image

来年はいよいよ真打!宝塚ファンであり(金曜の朝11時 MXテレビ宝塚の番組にも出演)、落語も品があり、仕草が綺麗な<美学>がちゃんとある噺家さんだ 体型もクラシックダンサー?ってよく言われるそうだ なるほど 12/30お誕生日のらく次さんに打ち上げでご住職の高畠さんのサプライズの

プレゼントに涙を流す純情落語家

TAKARAZUKA 〜Cafe break〜→http://s.mxtv.jp/takarazuka/


立川らくぼさん。

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志らくさんの前座さんだけあって「時そば」のそばの食べ方がとても上手だ 僕も昔、よく通っていた横浜馬車道にあった老舗喫茶「ウィーン」はらくぼさんのお父上がオーナー。ビルは丸ごと、お父上の所有物だった。

神田松之丞さんがf:id:sugarbabe49:20161218205250j:image

「幽霊退治」をあまり面白くない講談と言ってから、披露。いえいえ、とんでもない 場内、ドカン ドカンと講談初心者も大受け。講談界のマンモスブルトーザーだ!

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2016-12-01 HIT SONG MAKERS」青山純スペシャルの再放送

2013年(平成25年)12月3日はドラマー青山純さんの命日です

BSフジでは「HIT SONG MAKERS」青山純スペシャルの再放送

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2016年12月3日(土) 26:00〜27:55に行います 永久保存版です 是非、ごらんください

 出演 

ナレーション : 野宮真貴

ドラマー (初代ローディー) 阿部薫

レコーディング・エンジニア 吉田保

ギタリスト 安藤正容

ギタリスト 和田アキラ

ベーシスト 伊藤広規

ドラマー 渡嘉敷祐一

ギタリスト音楽プロデューサー 土方隆行

キーボーディスト 新川博

歌手・音楽プロデューサー 杉真理

16代目ローディー 田中利明

パーカッショニスト 仙波清彦

ドラマー 青山友樹

ドラマー 青山英樹

ドラマー 阿部薫

ドラマー 長谷頼晃

ドラマー 大西英雄

パーカッショニスト ジャイアン谷口

歌手 小川美潮

ギタリスト 平沢上侍

キーボーディスト 近藤達郎

キーボーディスト  Ma*To

ベーシスト mecken

パーカッショニスト whacho

ドラマー 山本雄一

http://www.bsfuji.tv/hitsongmakersaoyama/pub/index.html

※伊藤 広規&青山純ラジカントロプス2.0(ラジオ日本)の時の2013年の司会企画構成(植竹公和)との写真 

山下達郎リズム隊が選ぶ山下達郎ベスト5 アーカイブ音源もこちらも視聴できます(曲はカット)

 http://blog.jorf.co.jp/radio/2013/05/301-20-436e.html

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2016-11-27 ボブゲイルが「バックトューザフューチャ」を 思いついたキッカケ

南波克行さんの本に、

が書かれていました

「両親に会うため、セントルイスの故郷に帰ったときのことだよ。地下室をあさっていたら、父の高校時代の卒業アルバムを見つけたんだ。それをめくっていると、自分の父親が最終学年の総代だったことを知った。

しかし、そんなことは初耳だ。だいたい、学年総代だなんてものは何か別の生き物のように思っていたくらいだしね。

そもそもぼくは、学生自治撤廃委員会のリーダ1だったほどだ。だから思った。「まいった。自分がもし親父と同級生だったら、友だちにはなれそうにないな」。そんなことを思いながら、 ロスに戻ったんだ。ボブゲイル

これって自分の父親をみんな思い描いて考えてみると面白い。果たして、父としていい人だが、同時代の友達だったら友達になれるのか?って

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2016-11-26 1970年11月25日

昨日、三島由紀夫さんの命日。

僕が中三から三島さんに文学の洗礼を受け、大学の卒論には三島由紀夫でした。(政治思想はほとんど共感できませんでしたが)

そんなこともあり、2011年11月20日元平凡パンチの編集者椎根和さんをゲストにインタビューし、ラジカントロプス2.0(ラジオ日本)で特集させていただきました。

当時、三島さんと平凡パンチの仕事のおつきあいがあった椎根和さんの思い出を語っていただきました

美智子皇后三島さんのお見合い、三島由紀夫さんと司馬遼太郎さんの確執、戦争に美学を感じていた戦士体験のない三島を戦車隊の一兵卒だった司馬遼太郎は一喝する。鬼才と評された唐の詩人李賀の三島司馬遼太郎共通した引用など(椎根さんに電話して確認したら大宅壮一が司会のこの鼎談三島の全集には入ってない)など、新たな書下ろし100数ページを補完。一水会名誉顧問の鈴木邦男さんとの対談などあり。

※僕はよく、洒落で、テレビのエンディングロールに名前を偽って、別名を流させてもらったことがあるのですが、(気がつく人が少数でもいれば面白いと思って)「平岡公威」の三島さんの本名でを使用させてもらったことがありました

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2016-11-22 たけしさんと僕

世田谷区民会館で「お笑いKGB LIVE」を鑑賞。

全編男子中学生が更衣室で腹を抱えて笑えるような下ネタ大特集のたけしさんとアル北郷〆さばアタルのスライドトーク

フランス政府がこのステージを見たら間違いなく、たけしさんに授与されたレジオン・ドヌール勲章は剥奪されかねない(笑)

たけしさんは永遠の中学生だ!

最後に三又又三西口プロレスと登場の大円団

オレたちひょうきん族」の時は僕の作家名は植竹シメサバ公和、タケちゃんマンたけしさんと久々の邂逅。

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2016-11-15 「横濱人」2016年夏号

愛読している神奈川新聞社が発行している「横濱人」2016年夏号

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を思わず買う。

60年代〜70年代特集。

大好きな時代の白黒写真がいっぱいだ。

1974年の本牧ディスコ「リンディ」。

写真に写っている若者が格好良い

1970年少年が川で遊んでいる写真は港北区新横浜

左奥に新横浜ホテル。

1974年女の子がにわとりの前で写っている。

中区中村川。係留していたハシケでの生活者である。

電気、ガス、水道も引き込み、家庭菜園もやっていた

ユーミンデビューが1973年。まだ、こういう生活者が横浜に住んでいた。

もう一枚は1968年あの「金妻」の舞台になるたまプラーザショッピングセンターの写真。

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2016-11-13 2016年11月12日今井優子さん銀座ケントス

今夜、

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のLIVE満杯鑑賞。

LIVEの一部の最後に作詞 今井優子 作曲 植竹公和の「Airport」 (角松敏生プロデュース)という1990年に僕が作曲した曲も歌い上げてくださいました。詞先の曲ですが、意外と早く作曲できた記憶があります。

この曲は今年、発売の今井さんのベスト「SWEETEST VOICE」にも入っております 

スタジオメンバー 村上 秀一、青木 智仁、今 剛、鈴木 茂、 小林 信吾、斉藤 ノブ、向谷滋春(トロンボーン)など

https://www.youtube.com/watch?v=JZ8vE7AvnzM

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2016-11-12 渋谷の円山町はなぜ、花街になったか?

三善英史さんの「円山・花町・母の町 」が1973年にヒットし、浜圭介さんの作曲ということも割と好きな演歌でした。

渋谷のど真ん中円山町がなぜ、花街になったか?明治42年に代々木練兵場が設置され、軍人や関係者で芸者さんの需要があったからということを「東京人」の「渋谷100年」特集のバックナンバーを見て知りました

今も、立派な料亭「三長」が残っています

http://sanchou.jp

ボクの好きなムード・ミュージック

Paul Weston - Music For Rainy Night

https://www.youtube.com/watch?v=H9AT5aklcKs

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2016-10-28 ラ・ママ新人コント大会 350回舞台裏写真

  2016年月27日

 渡辺正行さん、僕、永峰明さんと立ち上げたラ・ママ新人コント大会 も350回スペシャルを迎えた。

ラ・ママ新人コント大会 出身の浅草キッドダチョウ倶楽部ピンクの電話松村邦洋スピードワゴンらをバイきんぐ、ゲストに大いに盛り上がる。

 北鎌倉お坊さんアカデミー円覚寺佛日庵)http://www.kitakamaevent.com

のイベントの方も粘り強く、継続していかねば!継続が力なり

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2016-10-24 芸人の“聖地”「ラ・ママ新人コント大会」とは何か【植竹公和インタ

ダウンタウン今田・東野和田アキ子さん ピコ太郎も出演した30年続く芸人の“聖地”「ラ・ママ新人コント大会」とは何か【植竹公和インタビュー】インタビューてれびのスキマYahooニュース 


ウッチャンナンチャン爆笑問題ネプチューンバナナマンオードリー……、東京で活躍するお笑い芸人のほとんどがその舞台に立ち育っていったのが、コント赤信号渡辺正行が立ち上げた「ラ・ママ新人コント大会」だ。

1986年、「お笑いライブ」という概念すらなかった時代に、渋谷の音楽ライブハウスで立ち上げられ、以降、30年にわたって続けられてきた。そして10月には350回記念大会が開催される。

一体、「ラ・ママ新人コント大会」とは何なのか。

渡辺とともにこのライブを立ち上げた構成作家植竹公和氏にその歴史を伺った。

まずはウッチャンナンチャンらが活躍した草創期を振り返ってもらった。

――そもそも「ラ・ママ新人コント大会」はどのようにして始まったんですか?

植竹: コント赤信号がまだブレイクする前に、噂を聞いて彼らが出ていたストリップ劇場の道頓堀劇場に観に行ったんですよ。その頃から、渡辺正行くんと仲良くなって。僕は当時『特報ショーグルメ』(フジテレビ)っていうエンターテイメントを紹介する深夜の情報番組の作家をやっていて、その中で、映画の編集がおかしな点とかを指摘するマニアックなコーナーの司会も担当してたんです。そのコーナーでは交通違反を予防するビデオとか変なノンフィクションビデオとかも紹介してたんだけど、その一環でナベちゃん渡辺正行)にも出てもらった。そしたら、それが終わったあとに「今度、新人をバックアップするようなライブをやりたいから協力して欲しい」っていう話をされたんです。

――その話を聞いてどう思いましたか?

植竹: その頃の若手芸人は、噺家じゃないから寄席もないし、ストリップ劇場とかキャバレーみたいな水商売のようなところとかいかがわしい場所でしか、ネタをやる機会がなかったんですよ。若者向けにネタを作ってるのに若者が見れる状況じゃなかった。当時は今のような事務所ライブのようなものもなかったですから。だから、これは面白い企画だなと思って「是非やりましょう」って即答でした。

――芸人さんたちの反応は?

植竹: 最初は、渡辺正行周辺の芸人さんたち――ピンクの電話とか4人組時代のダチョウ倶楽部(注:かつては「電撃ネットワーク」の南部虎弾が在籍)とか、多くても10組くらいでした。お客さんも20〜30人くらいでしたね。それが口コミでだんだん広がっていって、私も出してくださいってあちこちの事務所から来るようになった。それで毎回オーディションとして「ネタ見せ」を始めたんです。少し後から元フジテレビ永峰明(注:『オレたちひょうきん族』などのディレクター)が入るんですけど、僕とナベちゃんと永峰の3人でネタを見るんです。最初の頃は、昼の1〜2時から始まって、夜の11時近くまでやってましたよ。

――10時間近く!

植竹: なにがスゴイかって言ったら、“ダメ出し”じゃないわけ。彼らのネタを元に、一緒にネタを作ってやったんですよ。タダで(笑)。それぞれの個性に合わせて、こうしたらどうかなってひとつひとつ提案して。だからものすごく時間がかかるんです。たとえばウッチャンナンチャンの「対決」シリーズはご存知ですか?

――「日比谷線vs銀座線」とかですね。 

植竹: そう。それで僕が提案したのが英語の「th」や「r」とかの発音記号が対決したらどうなるかっていうコント(笑)。それを後にナンチャン南原清隆)がショートコントのベスト5に入ってるって、『月刊カドカワ』の「ウッチャンナンチャン特集」のインタビューで言ってくれて嬉しかったですね。

――当時、ネタ見せには何組くらい参加してたんですか?

植竹: 30組くらいかなぁ。今はネタ見せに来てもらうまでである程度絞っているからみんな一定のレベルまでは達していますけど、当時は一見さんでもなんでも参加してましたからね。素人さんも来てましたよ。やっぱり危ない人もいましたね。明らかに気が狂ってるんじゃないかっていう(笑)。でも、自分ではすごい自信があるわけ。ヒドかったのはさ、ずっと聞いてたらイッセー尾形のネタなの(笑)。本人はオリジナルだって言い張ってんだけど明らかに嘘なんだよ。あとは、関西の方から来る芸人さんもいましたね。ある程度キャリアを積んで自信があったんでしょう。僕がアドバイスをしてると突然「じゃあ、お前舞台立ってみろよ!」ってキレちゃって。まぁ、すぐキレるで有名な連中だったんだけど、こっちも「冗談じゃない、帰れ!」ってケンカになっちゃった。そんなこともありましたね。

――その頃、「ラ・ママ」で目立っていたのはウッチャンナンチャンですか?

植竹: もちろん彼らも目立ってたけど、初期メンバーのスターで一番人気があったのはジャドーズ(注:メンバーの藤沢秀樹は現在「ダンス☆マン」として活動。モーニング娘。の「LOVEマシーン」の編曲も担当した)ですね。よく言われる話だけど、彼らを観てウッチャンナンチャンが「ショートコント」を始めたと。彼らは音楽もできてすごく都会的で、他の芸人もみんな憧れてましたね。角松敏生が好きだっていうんで僕が紹介して、角松敏生プロデュースで音楽デビューもしました。あと、スタイリッシュで静かな演劇風のネタをやっていたZ-BEAMも印象的でした。そのメンバーのひとりの阪田マサノブは今、名脇役としてドラマや映画で活躍してますけどね。

――映画『アウトレイジビヨンド』やドラマ『リーガル・ハイ』、『信長協奏曲』、『高校入試』などいろいろな作品で存在感のある役をされてますね。

植竹: 当時は時間もあったし、参加している芸人も今よりは少なかったから主要メンバーとはライブが終わったら必ず朝まで飲んでました。ナベちゃんも「どうにかしたいねえ」なんて言いながら、売れない劇団の飲み会みたいに(笑)。そしたら上島竜兵ダチョウ倶楽部)がさ、わりとすぐ泣いちゃうんだよ。「どうしたら売れるんですかねえ」って。だから「大丈夫、売れるから……」ってなだめるんだけど、そう返事するしかないじゃない? 困っちゃうんだよ(笑)。

ウッチャン内村光良)も今は兄貴分的になってるけど、あんな感じじゃなかったからね(笑)。引きこもりで酒も飲めなかったから。無口だしさ。今は若手を引き連れて飲みに行ってるっていうじゃない? 考えられないよ。僕はジャドーズとウッチャンナンチャンを買ってたからさ、ナンチャンとジャドーズで、うちの近所のデニーズで反省会と称してよく飲んでましたよ。あの2組は仲良くてね、確か『ウッチャンナンチャン with SHA.LA.LA.』(日本テレビ)でもユニットを組んで、ジャドーズ寄りのコントをやってたんじゃないかな。

――ラ・ママの活動がテレビにも繋がっていたんですね。

植竹: 結局僕らの仕事っていうのはなんとかしてあげたいっていう、おっせかいであり、いわば、“親戚のおばさん”。『TVマンモス』(日本テレビ)という和田アキ子江川卓という“マンモス”な2人が司会の番組で、僕が担当していたコーナーにZ-BEAMを出したり、『11PM』の芸人紹介コーナーにウッチャンナンチャンを出したり、テレビ朝日深夜番組で、まだ無名だった「劇団SHA・LA・LA」の2時間近くあるお芝居を「面白いから」ってプロデューサーを説得して丸々一本放送したこともありましたね。おきゃんぴーもラ・ママでおそらく、永峰さんが見て『ひょうきん族』のオープニングのナレーションに起用したんだよね。そうやってテレビとかに繋げるのが自分の役目だと思っていましたね。 (中編につづく)

――「コーラスライン」(注:観客がつまらないと思ったら「×」の札をあげ、それが一定の人数に達すると強制終了となるゴングショー形式のコーナー)は初回からあったんですか?

植竹: うーん、第1回からあったかは覚えていないけど、かなり初期からありましたよ。あれは僕が映画『コーラスライン』を観て命名したんです。そのまんまですけど(笑)。だからテーマ曲も映画の曲。このコーナーはうちのライブならではの形式だったんですけど、のちにいろんなテレビ番組やライブに真似されましたね。初期の10年間くらいは僕とナベちゃん渡辺正行)の2人で司会をやってたんですよ。最初は『落語特選会』(TBS)で山本文郎アナウンサー榎本滋民がやってた落語解説のパロディをやろうと思ったんだけど、マニアック過ぎて全然伝わらなくて(笑)、普通に立ってやるようになりました。

――「コーラスライン」で印象的だった芸人さんはいましたか?

植竹: それこそ危ない人たちも来ましたよ。オーディションの「ネタ見せ」の時にそんなことしなかったのに、出てきていきなり包丁を振り回したわけ。それが本物の包丁なんだよ! 客は引くし、こっちも取り押さえようにも怖くて行けない。だから収まるまで待つしかないんですよ。

――お客さんから「×」はあがらないんですか?

植竹: 怖くて「×も」出せないんだよ!(笑) あれはお客さんと僕らが一緒に作る一種のショーだから、そろそろ上げてほしいなと思ったら目で送るわけよ。ところがさすがに怖くてあげれない(苦笑)。

あとね、お年寄りもよく来ましたよ。70歳近い人で「一匹竜」って名前だったかな。わざわざ名古屋のほうから来てた。ただのおじいさんなんだよね(笑)。それで変なこと言って、転がったりして。人が良さそうな人だったんだけど、どう見てもリハビリにしか見えない(笑)。同じような年齢の人で言うと、「チャーリー東京」って人もいましたね。どんな芸をしてたかは、もはや説明不能ですけど……(笑)。

もちろん、中には、はじめから面白い人もいましたけど、そういう変わり種の人もあえて選んでましたね。

――「ネタ見せ」から「コーラスライン」に出す人の合格基準は?

植竹: 今はみんなレベルが高いからどうしても「一本ネタ」「準一本ネタ」の予備軍みたいな芸人が選ばれてますけど、僕も選んでいた90年代半ばくらいは、「コーラスライン」は「バラエティ」だと思って選んでいましたね。本格派が続かないように、時々、変化球を混ぜたりね。そういう構成でもお客さんに楽しんでもらいたかったんです。

――ネタ見せで「こいつら売れる」って確信したコンビとかはいましたか?

植竹: たくさんいたけど、ネプチューンになる前のフローレンス(注:堀内健原田泰造のコンビ)はこれは売れるって思いましたね。とんねるずみたいに、ボケとツッコミのようなマニュアル通りではなくて、なんか面白くて、アイドル性があった。ジュンカッツ(注:名倉潤が以前組んでいたコンビ)もそこそこ面白かったんだけど、それほどではなかった。でも、フローレンスの2人と名倉が組んで分かりやすくなったよね。ボケとボケだった2人にしっかりツッコむから。これで完全に売れると思った。

あとフォークダンスDE成子坂ね。天才だったなあ。爆笑問題もくすぶっている時期に「ラ・ママ」に出てて、僕は「これはイケる!」と思って、この3組は『GAHAHAキング』(テレビ朝日)のプロデューサーに推薦したんです。新人が出る番組だったから、爆笑問題なんかはキャリアがあるから覚悟を決めたんだろうね。見事10週勝ち抜きましたよ。

――バナナマンも「ラ・ママ」出身ですよね?

植竹: そうですね。まず日村(勇紀)くんが「陸上部」ってコンビでデビューしたんだけど、「陸上部」って名前は僕が付けたんですよ。確か相方が陸上部だったんで(笑)。若い子に身近で受け入れやすいと思って付けたの。日村くんは“マンガ”だから。最初から彼はなんか可笑しいわけ。それを分かりやすくツッコむ、ネタを書ける設楽(統)くんと組んで良かった。非常にホッとするグループですよね。性格もいいし。お笑いは、性格の悪いヤツは売れないよね。気遣いとか気配りとか、そういうのができないと相手を笑わせる良いネタをやれないもんね。

――350回記念大会には浅草キッドも出演します。彼らも初期の「ラ・ママ」に出ていたそうですがどんなことをやっていたんですか?

植竹: 当時、DCブランド全盛期なんですよ。そういう時代です。「ラ・ママ」も話題になってきて、若者たちのオシャレなスポットになってきたわけ。ところが、ストリップ劇場で彼らは“たけしイズム”を注入されてきたんで、まあ“野武士”ですよ。だから、そんなオシャレな感じをぶち壊してやろうって意気込みで来てるわけです。2人ともオムツかなんか履いて登場してきて、ダッチワイフと絡むわけだよ。完全にストリップ芸でしょ(笑)。そんなネタ、女の子はイヤでしょう? 当時からお客さんは女の子が中心だったから、もうお客さんは引くわけよ! ただ、俺とナベだけは大笑い(笑)。「これはスゴイ」「こういうのが貴重だ!」って。それがなんか自信になったみたいだね。お客さんにはウケなかったけど、僕らにウケたっていうのが。ただ僕もバカでさ、それを見て、彼らの根っこは知的な人間だと思ったの。彼らが発言したり書いたものを見て、こいつらはニュースとか行けるぞって思って、日テレで深夜、30分くらいの生放送で海外ネタのニュース番組があったんだけど、その番組のレギュラーで起用したの。まだ若手も若手の時期だよ、どうかしてるでしょ?(笑) で、そのときに当時よくテレビに出ていた軍事評論家鼎談させたの。

――ああ、あの独特のヘアスタイルの……?

植竹: そうです! 彼と、ロシア軍事問題の話をさせようと思って、ちゃんと台本も作ったんだよ。そしたら玉ちゃん玉袋筋太郎)がね、「もしかしたらあっち系(オカマ)の人じゃないですか」って。「いや違います」「絶対そうだと思います」って延々やってるわけよ。そしたら終わった後、部長に呼び出されて、「一体誰が出したんだ」と。「私です……」って(笑)。だけど長い目で見たら間違ってなかったんだよ!

――そうですよね。今の活躍の場はまさにそういうところですもんね。

植竹:早すぎたんだよ(笑)。

(後編につづく)

――「ラ・ママ新人コント大会」は今年で30年続いているわけですけど、最初はどれくらい続けようみたいな目標はあったんですか?

植竹: それはないです。とにかく定期的に毎月、続けていこうって。30年っていうのは考えてなかったですね。振り返ったら「え、もう30年? あれ?」って感じ。もうそんな歳をとったのかなって。始めたころが30歳くらいでしょ。若い人と喋れるし、こっちのボケ防止にもいいですよ(笑)。

――続けてきたモチベーションはなんだったんですか?

植竹:惰性じゃないかな(笑)。つまりさ、やめるわけには行かなくなっちゃったんだよ。僕は(開催する)金曜日に仕事が入っちゃって参加できない時期もあったんだけどね。

ナベちゃん渡辺正行)がこのライブを始めたきっかけのひとつには自分のMC力を高めるっていうのがあったんじゃないかな。どっちかっていうとコント赤信号ってもともとは“ネタの人”だったじゃないですか。そうじゃない部分を舞台で若い人たちと絡んでいく中で鍛えたいっていう思いがあったと思います。今もそういう動機がどこかにあるんじゃないかと思いますよ。実は僕もそうなんですよ。僕は作家だけど、今一番旬な芸人さんとどこまで絡めるか。そういうことをやって初めて、その人たちを使った台本が書けるんじゃないかって勝手に思ってるところがあって。自分たちにとっても鍛え上げられるひとつのテストの場なんですよ。

――初回はお客さんが20〜30人くらいだったと仰っていましたが、それが満員になったのはいつ頃ですか?

植竹:1年かからなかったと思いますよ。順調に口コミで増えていきましたね。ネットもないし、そんなに宣伝もしてなかったですから。業界でもすぐに広まって、各局のスタッフが新しい人材を探しに見に来てました。新宿ではなくて渋谷っていうのも良かったんじゃないですかね。歌舞伎町だとやっぱり怖くて女子高生たちはなかなか来れないじゃないですか。一般紙とかにも取り上げられたり、『トゥナイト』(テレビ朝日)のようなテレビ番組にも「若者たちの〜」みたいな感じで取り上げてもらいましたね。

――ラ・ママは中央に大きな柱があったりして、決してお笑いライブの会場としては見やすい会場ではないと思いますが、そのあたりはどのように感じていましたか?

植竹: 確かに見にくいよね。でも、あそこって、音楽のライブ会場としてミスチルMr.Children)とか結構有名なバンドをたくさん輩出してるんですよね。お笑いのスペースとは違う、音楽のスペースでやっているっていうのが、若者たちの食いつきも良かったんじゃないかな。あそこにいって、みんなで膝を抱えて見る。そういうのが、オシャレだったんじゃないですかね。ラ・ママの社長もよくあの会場をお笑いに開放してくれたと思いますよ。なんでやらせてくれたのかは分からないけど(笑)。

中高生とかいまだに多いですから。女の子っていうのは熱がスゴイよね。“出待ち”とかは、(東京のお笑いでは)ラ・ママからじゃないですか。「芸人さん」って「さん」をつけるようになったのは、出待ちの女の子が言い出したんじゃないかな。「芸人さん」ってあえて呼ぶ。丁寧語でもあるんだけど、「私は向こう側の芸人さんと“近い”」っていう意識がなんとなくあるような気がしますね。

――女性客が多いとやるネタに影響が出ますか?

植竹: やっぱり、下ネタはお客さんが引いちゃうことが多いね。大川興業とかWAHAHA本舗系が出ると危ない(笑)。

――下ネタをやるグループはネタ見せの段階で落としちゃうんですか?

植竹: でも、ナベちゃんは好きなのよ(笑)。ストリップ劇場出身だから、同士意識があるんだろうね。下ネタのグループが出たときに一番笑うよね、あの人。「お前らバカなことやってるね」って嬉しそうに。

――もう続けられないというような存続の危機みたいな時期はありましたか。

植竹: そこまではないかな。明らかにお客さんが減ってきた時期もありましたけどね。でも最近はまた上がってきた。

――採算は取れているんですか?

植竹:もともと採算は取れてないです(笑)。僕ら営利目的でやってないから。

――90年代以降、吉本の劇場が東京にできたり、他の事務所もライブを始めたりしましたが、そういったことで影響はありましたか?

植竹: いや、それはないですね。うちは全方位外交だから。どんな事務所の芸人も平等に受け入れる。そういうのは他にないから全然影響ないんですよ。それはうちの強みですね。

――芸人にとっても「ラ・ママ」は特別だったんですかね?

植竹: そうだと思いますよ。100回とか200回とかの記念大会にはダウンタウン今田・東野とかも出てくれましたね。なぜかスペシャルゲストとして和田アキ子さんが出たり。爆笑問題ウッチャンナンチャンとか、ダチョウ倶楽部とか、そういうクラスの人たちにも必ずネタをやってもらいます。今はなかなか見れないでしょ。その時も彼らは緊張してるもんね。ウンナンなんかも舞台袖でエズいてましたからね。“場”の持つ空気に押しつぶされそうになるんでしょうね。それくらいレベルがスゴかったんだよね。

――今は『M-1グランプリ』(テレビ朝日)や『キングオブコント』(TBS)などの大きなコンテストがありますが、それで芸人がやるネタに変化はありましたか?

植竹: うしろシティとかアルコ&ピース……、たくさんいますけど、とにかくネタのレベルが高い。ある時期までは、作家が書けそうなネタもあったわけ。お手伝いできていた。だけど、今はもうできないもんね。本人じゃないと書けないネタだから。全体的に偏差値がすごく高い。面白い人たちを子供の頃からテレビで見てきて勉強してきたんだろうね。もはやネタを一緒に作ってあげるっていうのは難しいですよね、別の角度のアドバイスならできるけど。今の芸人さんは、作家的センスが高い。「勉強になります」って感じ(笑)。

ライブが終わったら、恒例なんですけど、そのまま会場で「打ち上げ」と称して反省会をするんです。ビールで乾杯した後、一人ひとり自己反省してもらう。それで僕らがアドバイスするんです。僕とナベちゃんの意見が食い違うときもあるんだけどね。ナベちゃんはああ見えてすごく理詰めでアドバイスするんですよ。 

――アドバイスするときに気をつけていることってありますか?

植竹: テレビっていうのはおもしろいもんで、ライブでネタがウケなくてもテレビに出て売れるヤツっているんだよね。で、テレビに出てからライブに出るとウケるようになる。自信がつくんだろうね。そういうタイプの人もいる。だからダメ出しするにしても、完膚なきまでにしちゃダメで、余白を与えてやらないと、ダメですね。

――芸人にとって「ラ・ママ新人コント大会」はどんな存在だと思いますか。

植竹:彼らの帰ってくる場所なんだよね、おそらく。安心する場所。そういうところがあるのはいいんじゃないですかね。渋谷駅から坂を登ってくるところがいいんだよね。坂の頂上にラ・ママがある。「今日はいけるかな?」とか色々考えながら登ってくる。そういう助走がいい。芸人の“聖地”だと思いますよ

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2016-10-22 青山純スペシャル(BSフジ)再放送

告知させていただきます

僕が企画構成いたしました2014年12月20日放送「HIT SONG MAKERS」青山純スペシャル(BSフジ)再放送

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を、

青山さんの命日である今年の12/3(土)15:00〜17:00で再放送することになりました

 山下達郎さんのファンの方も是非、ごらんください

 出演 

ナレーション : 野宮真貴

ドラマー (初代ローディー) 阿部薫

レコーディング・エンジニア 吉田保

ギタリスト 安藤正容

ギタリスト 和田アキラ

ベーシスト 伊藤広規

ドラマー 渡嘉敷祐一

ギタリスト音楽プロデューサー 土方隆行

キーボーディスト 新川博

歌手・音楽プロデューサー 杉真理

16代目ローディー 田中利明

パーカッショニスト 仙波清彦

ドラマー 青山友樹

ドラマー 青山英樹

ドラマー 阿部薫

ドラマー 長谷頼晃

ドラマー 大西英雄

パーカッショニスト ジャイアン谷口

歌手 小川美潮

ギタリスト 平沢上侍

キーボーディスト 近藤達郎

キーボーディスト  Ma*To

ベーシスト mecken

パーカッショニスト whacho

ドラマー 山本雄一


※写真は伊藤 広規&青山純ラジカントロプス2.0(ラジオ日本)の時の2014年の司会企画構成僕との写真 達郎のリズム隊が選ぶ山下達郎ベスト5

こちらで視聴できます http://blog.jorf.co.jp/radio/2013/05/301-20-436e.html

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2016-10-18 レッドアローとスターハウス―もうひとつの戦後思想史

レッドアローとスターハウス―もうひとつの戦後思想史 原 武史 (著)(新潮文庫)読書中。

 堤幸次郎氏の東京西郊の鉄道事業と、西武鉄道の堤氏の思想と対立する沿線の団地のコミューンの戦後史。

1960年、前年にご結婚なさった皇太子(当時)夫妻がひばりヶ丘団地を視察した貴重な毎日新聞社の写真が本の頁の中で、一際、目を引きました。

 74号棟の二階のベランダに立ち、外を眺めいるお写真。この74号棟は建て替えられ、現存しませんがが、このベランダだけは今もひばりヶ丘団地に保存されているそうです。

ご存知のように、当時、米国からスタイルを輸入された団地は憧れの住宅でした。

このような角度で見る戦後史も興味深いです

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2016-10-01 週刊新潮と横光利一

週刊新潮もこのところ、週刊文春に負けじと頑張っておられる。

一点だけ、引っかかるのが、それぞれの文章の出だしのつかみの比喩が時代がかっていることであります

例えば今週号の「豊洲パンドラ」という特集の冒頭が横光利一の著「上海」の内容になぞったりしています。

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横光利一新感覚派騎手としてその昔、文学界では名を成した作家ですが、同じ新感覚派でも川端康成

メージャーな作品を例にとるならまだしも、(それでも古すぎるか)横光利一を出してわかる読者がどれほど

いるかであります。

10年ほど前までテレビの報道の世界でも、中国三国志とかを当時の政界になぞらえて、VTRを作ったりしていました。

報道の体質が、作り手のオヤジ教養主義自己満足としか思えない作り方だったのは僕も関わった一人として、自己反省すべき点だったと思います。

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2016-09-30 THE ROOTS OF MUSIC vol.4 「さかいゆう」

American Express Presents InterFM897×COTTON CLUB

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("RESPECT Vol.2")

COTTON CLUBにて、ライブ。

BSフジの「松本隆の置き去りにできない歌物語」で大滝詠一さんの「朝」と冨田ラボさんの「眠りの森」を歌っていただいてい以来。

今夜はスティヴィーワンダーのカバーが半分。

さかいさんが影響を受けているスティヴィーワンダーは黒鍵で曲を作ることが多く、それに影響されて、黒鍵を多用して和音で作る曲が多いと、さかいさん。キーボード奏者として珍しい例だ。

よくまあ、難度の高いスティヴィーの曲を歌いながら、鍵盤が弾けるなあ!と、感心

バンドが何しろ、凄かった!とても4人で出している音とは思えなかった。

さかいゆう (vo), 柴山哲郎 (g), 日野”JINO”賢二 (b), 岡野“Tiger”諭 (ds)(敬称略)

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2016-09-21 早坂茂三さんの著「権力の司祭たち」

石原慎太郎さんの田中角栄本「天才」が売れています

しかし、田中角栄再考する本なら、元秘書早坂茂三さんの田中角栄本を全て再販、文庫化した方が良いと思います

正直、文才は早坂茂三さんの方が慎太郎さんより、僕はあると思っています

何しろ、側近中の側近、角栄エピソードが面白い。

先日、クリントンさんが9/11式典で倒れ、政治家と健康が注目されているが、

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よると、田中角栄さんの体力は怪物である

気晴らしのゴルフは1日最低2ラウンドは廻り、年間250ラウンドを目標としていた。

昼間っから水割りと言って、コップの五分の三までオールドパーを注ぐ。それに氷を入れ、水はほんの二三滴。

毎週逓信病院の先生が目白邸に訪れ、診察し、毎食ごとに馬に食わせるほど田中さんは薬を飲んでいたという。

政治家のトップは孤独であり、過酷

ちなみに都知事選に結局出馬しなかった石田純一さんはゴルフをワンランドした後、30分ジョギングするこれもなかなかの体力の持ち主。

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2016-09-17 つい、癖になり、いい歳して、見続けているフジテレビのテラスハウス

つい、癖になり、いい歳して、見続けているフジテレビテラスハウス TERRACE HOUSE (ネットフリックス配信

いくら恋愛体質の人がいるとはいえ、出演者が入居して信じられないスピードで次から次と誰かに恋する。早くないか!?

もちろん、恋愛バラエティという番組に出演している以上、仕事としての恋?をする出演者もいるのかも?

それにしても、撮影スタッフが出演者(生活者)の目の前で撮影しているのに、出演者の会話が意外と自然だ。

しかし、本当の主役は二重音声で突っ込みを入れる山里亮太さんとYOUさんと徳井義実チュートリアル)さん。

この人たちのテラスハウスの入居者の行動や会話に突っ込みで、視聴者の自分は爆笑しながら、溜飲を下げる。

自分はいつの間にか、この恋愛バラエティを「二重音声込みの集団漫才」という色物として楽しんでいる

でも、おそらく、田舎の若者の中にはマジであのような桃源郷のような恋愛ハウスが都会にあると、素直に受け止めている人もいると思う。

実はこの番組はNetflixというネットソフトで配信後にテレビで放送されているということをPDネットワーク田辺社長さんから、教えていただいてビックリ!逆転の発想である。

さらに、田辺さんに境治さんの著書「拡張するテレビ」を読むと、参考になることも教わり、早速入手。

一気に読んだがおもろ。

現在の広告と動画 コンテンツビジネスの概要がつかめた(実際は頭が悪いので、60%くらいしか理解していないが)

以前は新しいモノの位置付けにテレビがあったが、今は新聞と同様の安定の価値として求められ、昔、テレビが担った新しさはネットがそっくり担っているという。

新しもの好きのフジテレビが苦戦しているひとつの要因もこの辺にあるらしい

テラスハウスの映画版が興行収入10億の大ヒットであることも

知らなんだ

テラスハウス重音声版→https://www.youtube.com/watch?v=qE_Oxg79_MMf:id:sugarbabe49:20160917231707j:image

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2016-09-15 松村邦洋の3回目の独演会!

今年も

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 彼の独演会は日本でここだけしかやりません11月6日(日) 13:30開演 松村邦洋林家きく麿神田松之丞、ホロッコ プロデューサー 植竹公和 

http://www.kitakamaevent.com

今年も

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 彼の独演会は日本でここだけしかやりません11月6日(日) 13:30開演 松村邦洋林家きく麿神田松之丞、ホロッコ プロデューサー 植竹公和 

http://www.kitakamaevent.com

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2016-09-10 「カミングOUT」「イトイ式」

「カミングOUT」「イトイ式」どちらもTBSの深夜に放送していた長丁場のトーク番組。糸井重里さんと木村拓哉さん、大槻ケンジさん

渡辺真理さんなどがレギュラーの今では信じられないキャスティグ番組。

 僕はこの番組では作家としてある時は、「植竹公和」という本名、ある時は「大瀧達郎」(という大瀧詠一さんと山下達郎さんをミックスした仮名)を使って構成をやっていました。また、別の番組で「平岡 公威(ひらおか きみたけ)」という三島由紀夫さんの本名を拝借したこともありました

毎回、糸井重里さんとこの番組プロデューサー氏家さんと共に、糸井事務所でテーマを2時間くらいかけて、あれこれ考えました

「ソフトナルシズム」の回の放送 最後のエンドロールに「大瀧達郎」と流れます 鶴瓶さんがゲストです

https://www.youtube.com/watch?v=XYbCWYgxBIc

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2016-09-08 ヒラリーとボブディラン

アメリカ大統領選も正念場。

リビングヒストリー ヒラリー・ロダム・クリントン自伝」読了。

ヒラリー1947年生まれ、日本で言う所の団塊の世代で政治の季節を青春時、過ごしたアメリカ女性だ。 実はヒラリーは学生時代は強烈な共和党支持者だったが、民主党に転向。

名門女子大で進歩的スピーチをして、ライフ誌に取り上げられ、テレビ出演するほど才気溢れる女子大生だった。

髪型が当時から大きな悩み。若い頃の写真を見るとヘアバンドをして眼鏡をかけて典型的な左翼の女子学生ファッションだった。

 なるほど、ビルクリントン大統領の就任コンサートの時、ヒラリーが学生の時のシンボルの

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が「自由の鐘」を歌ったビデオを見ると、ヒラリーがとてもはしゃいでいたのは、こういう経緯があるわけだ

 ビルクリントン大統領選の時、ダサいヒラリーの髪型が問題になり、洗練された髪型へとシフトした。

 ビルクリントン大統領の就任コンサートの映像 ヒラリーに注目→https://www.youtube.com/watch?v=cgYdY99co3U

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2016-09-07 あなたに似た人

今、発売中のミステリーマガジンは「ロアルドダール生誕100年特集」。

ロアルドダールは最近ではスピルバーグの「BFG」の原作者で知られ、「007は2度死ぬ」の脚本も手がけた才人。007の原作者イアンフレミングの奥さんから、原作を自由に脚本化していいという許可を得て、書いた脚本。

ロアルドダールは「007は2度死ぬ」の日本ロケの際、来日し、日本の出版社の接待でお酒が出される度に日本酒大関)でもなんでも「サントリー?」と、ジョークで聞いたという。

 僕はロアルドダールの小説のタイトルが以前から好きで、拝借したことがあった。それは、TBSの「上岡龍太郎がスバリ」のそっくりさん特番でオリジナルソングを作り、「くりそっち」というそっくりさん集団に歌わせた「

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」という楽曲(TBS熊谷信也さんと僕がプロデュース)

そっくりさんがそっくりさんの域を超えて、歌唱力を存分に発揮した作品だったと思います

それは下記で見られます

https://www.youtube.com/watch?v=Sshuk2UmC4k

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2016-09-06 数の凄さ

ボブディランは年間140公演以上 ライブをやったことがある。

スターリンは毎日に500頁、本を読んだそうだ(これは噂だが)

相手は怪物

真似したいが、ハナから無理である

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