歌う♬放送作家 

2019-01-26 大いなる眠り

レイモンド・チャンドラー「大いなる眠り

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チャンドラーの本は名タイトル。

読み直すも登場人物の関係図が複雑。

出版当時、ベストセラーになったのが不思議。

ロバートミッチャム主演の映画も見直すがとんだB級映画。こんな映画だったかしら。

三つ数えろ』の邦題で公開されたハンフリー・ボガートローレン・バコール版を見直したい。

文庫本の表紙はハンフリー・ボガートローレン・バコールのイメージ。

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2019-01-23 スタイリストの山本あきこ

スタイリストの山本あきこさんの著 毎朝、服に迷わない

図書館で三ヶ月待ちでやっと手に入る人気本。

レディースの話だが、いかに女性が毎朝コーディネイトに困っているかが ぼんやり理解できる。

ベージュのVユニットはモテる。ベージュは肌の色と似ているので

ヌーディに見える ゆるっと着れば鎖骨が見える・・・ボーダー

小物に白か黒をいれる・・・カラーバックはかばん屋でなく、

服屋で買おう 決めては金具・・・なるほどなるほど

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2018-12-06 さっちゃん

「さっちゃん」の作曲家大中恩さん去る。

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作詞は芥川賞作家の阪田寛夫さん(故人)

ケレン味とかまったくない歌だが、心に水が染み入るような歌曲

 この歌にはこうし難い魅力がある。そして、幼い日の既視感が・・・

 もはや 歌詞の「だけど ちっちゃいから バナナを 半分しか 食べられないの

かわいそうね さっちゃん」のくだりで、涙腺決壊

さっちゃんはね サチコっていうんだ ほんとはね

だけど ちっちゃいから 自分のこと さっちゃんって呼ぶんだよ

おかしいな さっちゃん

さっちゃんはね バナナが大好き ほんとだよ

だけど ちっちゃいから バナナを 半分しか 食べられないの

かわいそうね さっちゃん

さっちゃんがね 遠くへ行っちゃうって ほんとかな

だけど ちっちゃいから ぼくのこと 忘れてしまうだろ

寂しいな さっちゃん

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2018-11-15 阿久悠

ムック本 文藝別冊 阿久悠を読了。

実はボクは阿久悠さんのいた事務所「オフィストゥーワン 」

に長年、放送作家としてお世話になった。

ボクより後に鳴り物入りTBSを辞めて、入ってきた久米宏さんは現在も所属している。

当時、キャスター安藤優子さんも所属していて、なぜか事務所の忘年会はタレントでもない作家のボク→久米宏安藤優子という夢のような?司会のバトンリレーで、所属スタッフいじり、所属タレントいじり、ビンゴ大会と進むのが通例だった。

 話は阿久さんの話から脱線したが。

一般的な阿久さんのイメージは苦虫を潰したような顔の作詞家ではないだろうか?ボクには「スター誕生」で見せたあの強面の印象がはまったくない。おだやかに事務所を徘徊し、社員に静かに声がけをする姿しか思い出せない。

「スター誕生」の阿久さんの強面は番組の性質上、今、考えると「強面」の審査員の芝居をしていたのだと推測される。笑点の出演者のキャラクターがそれぞれ、上手に配役されているように、「スタ誕」の審査員たちも、なだめ役とか、ベタほめする役とか、いろんな役を受け持っていたのだと思う。

 正直、テレビの世界に入る前の少年だったボクは「スタ誕」の阿久さんの寸評を見て なんて 偉そうな作詞家だろうと思っていた。素人のボクをまんまとダマした俳優阿久さんは大したものだ。

 さて、このムック本の冒頭のロングインタビューが村井邦彦さんなのだ。意外だと思う人も

多いのではないだろうか?

常識的にはピンクレディの阿久さんとのコンビ作曲家都倉俊一さんが巻頭に出て来るところを

村井さんになぜ、お役がまわってきたのか?

 それは村井さんがザ・モップスの「朝まで待てない」という阿久さんの最初のヒットを飛ばしたコンビの重要人物だからだと思う。

 阿久&都倉のピンクレディの一連のヒット曲は、ボクにとっては企画性の強いノベルティ・ソングとして受け止めていた。今でも、中年女性たちがカラオケでピンクレディの振り付けを真似て歌う。女性にとって酒席で、大手を振って、余興でやれる初の国民的宴会芸の歌なのだと思う。そう、ここから、それまでいくら酔っても乱れることを許されなかった女性たちが酒席で男たちから自由を勝ち取っていくキッカケになった。

 決してボクは都倉&阿久のピンクレディコンビの歌を色物扱いして、軽んじているわけではない。

むしろ、都倉さんのピンクレディの歌の作曲法はプロ中のプロでなければ書けない楽曲である。ピンレディの楽曲にはところどころ、仕掛けがある。歌の中にびっくり箱が所々、あるわけだ。これはアマチュアには絶対書けない。ピンクレディのように、メロディが劇的に飛躍する流れを最初のAメロに戻すには、きちんとした音楽理論を理解していないと作れないものだ。ミュージカルのダンス音楽を書く技術に似ている。

 ピンクレディが大ヒットしている頃は、ボクはすでに青年で、リアルタイムで子供の頃、振りマネを夢中にし、ピンクレディのキャラクターグッズを買った子供達とは、ピンクレディの音楽が体に入っていく浸透圧が違うのだ。ボクはかなり、COOLに曲を聴いていたのだと思う。だから、「都倉さんのピンクレディ曲はいいなあ」ではなく「上手だなあ」と受け止めていた。もちろん、都倉さんのピンクレディ以外の多くの楽曲は「上手だなあ」ではなく「いいなあ」である。

 阿久さんの初の大ヒットを作った村井さんの曲「朝まで待てない」はじっと、聴いていたい歌であり、「歌いたい」歌だった。誤解を恐れずに言うと、阿久&都倉コンビのピンクレディの曲は対照的に「真似たい」歌の要素が強かったのだと思う。

 編集人がボクと同じことを考えて、都倉さんより先に村井さんのインタビューを

載せたかは知る由もない。

このムック本では、他にも、村井邦彦さんと交友関係もあるボクも初耳の話がいくつかあった。

当時、若造で「ドレミ商会」というレコード屋を経営していた村井さんは楽曲依頼された時、ブルーコメッツの「ブルーシャトー」を参考にしたというのだ。

 大学でジャズ研に所属していた村井さんによると、「ブルーシャトー」はジャズの形式を

持っている曲だと理解し、これなら自分にも作れると確信したそうだ。

一番、仰天した話が、当時、スパイダースのリーダーだった田辺さんに

村井さんはスパイダースに入ることを誘われたという事実があったことだった。

「村井先生、ボク、そんな話は一度も 聴いていませんよ!!!!?」

もし、入っていたら、スパイダースは、かまやつひろしさんと村井邦彦さんと、

まるで、ビートルズのジョン&ポールの強力な二人いるグループになっていたわけで、その運命はどうなっていたのだろうか?

ところで、ボクが隠れた阿久さんの名曲だと思っている歌がある。

それは、かまやつひろしさんの歌う「青春挽歌」である。

これは阿久さんの隠れた名曲と共に作曲家筒美京平さんの

隠れた名曲でもあるとボクは思っている

 古式豊かな言葉遣いで青春を描く阿久さんの叙情的な作詞、そして、楽器をやる人はわかると思うが、このようなメロディはギターだと浮かぶ可能性があるが、ピアノでこのような楽曲を作るのは不思議でならない。筒美さんの頭の中にある無数の音符の塊を一度、覗いてみたい。

 かまやつひろし「青春挽歌」。なつかしい日本の青春恋歌であり、カントリー出身の面目躍如のかまやつさんの名唱であります

https://www.youtube.com/watch?v=my0PcsWImwY

ドラマの関係者の皆さん、この楽曲を青春ドラマに使ってくれないでしょうか?マジで

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2018-11-03 現代の浮世床 スポーツジム

浮世床という落語があり、

江戸時代は床屋さんが社交の場でありましたが、

今やスポーツジム

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が中高年の社交の場。

自分の通っている某ジムは90%は中高年のような気がします。

おじいさんなのに、ふくらはぎが筋肉で割れているのが当たり前。おじいさんがおじいさんに今日は青学の学生のインストラクターとおしゃべりが出来たと自慢していたり。

そして、今日、運動し終えた後にジムの玄関にある潤いスペースのテーブルにタッパーウエアーを広げ、おばあさん達が

お茶請けに、干し芋を食べならダベっていました。

まるで田園風景のような平和な光景でした

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2018-10-31 ラジオ体操松村邦洋くん

おはようございます

おはようには遅い時間ですが、

松村邦洋くんなんか

早朝 

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しているから感心します

体操が終わったら、一緒に体操したご老人たちと近所のジョナサン食事というルーティン。

前に読んだ小冊子によるとラジオ体操には検定試験があって2級の合格率が1/3だったりする難関。

昭和3年に始まったラジオ体操

当時、女性は和装が多く、洋装に変化するきっかけも作ったとか。

NHKのテレビラジオ体操の女性のユニフォームはダサい。

セクシーさを押さえるためにわざとダサくしているのでしょうね

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2018-10-28 ハロウィーン アルフレッド・ヒッチコック - 海外特派員

ハロウィーン関連の事件が案の定起きました。

もともと、仮装趣味はないし、秋田のナマハゲも昔から

怖くて仕方ない方で、ハロウィーンに関して、理解が足りない方なのですが、所、渋谷に限るとその混雑ぶりに、いつ事件が起きてもおかしくないと心配していました

 何か事件が起きた時に渋谷はうん万人の仮装人数。

逃走しても、同じような仮装する人々の群れで警察も目撃証人も得られにくく、犯人を割り出しにくいのではないかと心配してました

 渋谷ハロウィーンを冷めた目で見る度に、

アルフレッド・ヒッチコック - 海外特派員の冒頭の多数の黒い傘の中での殺人シーンを思い出します

https://www.youtube.com/watch?v=tXLGiD_lq8k

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2018-10-16 「南青山物語」

南青山児童相談所の建設に抗議のニュース。

世はバブルの最中の80年代後半に出版された林真理子さんの著で「アンアン」の人気エッセイ

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を思い出しました。

林さんのエッセイの真骨頂!高級、オシャレな物への<妬みシリーズ>がピークに達した時期で、その象徴の場所が<南青山物語>だったと記憶します。

この頃の林さんは直木三十五賞を受賞した時期で、その後、作家の成功と共に、徐々にその憧れの全てを手に入れていき、<向こう側の人間>になった林さんの<妬みシリーズ>はリアリティーが減速。ついには、今や高みからの視点のシリーズのエッセイに変貌していっています。

そこで、週刊文春の長期連載「よふけのなわとび」に今回のニュースをどう取り上げらるか興味津々です。

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2018-10-13 「みんな大好きおにぎり」

dancyu 2018年11月号

特集は「みんな大好きおにぎり」

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立ち読み。

夕方だったので、頁をめくりつつ腹の虫がなってきました

海苔で覆われたインパクトのある表紙。

行ったことはありませんが、大塚の有名店「おにぎりぼんご」が紹介されていました。

こちらの女将さんは三角形の木型にご飯を詰め込み、ご飯を出したら、3回以上はにぎらないでホワっとさせるのがコツだとか。

同店のもう一人の職人は木型も使わず、直接、炊飯器に手を入れて握る方法。(寿司屋修行から学んだとか)

こちらの店はコシヒカリ使用ですが、先日、

池上彰さんの番組を見ていたら、最近、店頭からササニシキが消えたのは天候の不順に弱いのが理由だとか。

デビュー当時のコント赤信号の18番のコントネタに「ササニシキ ニシキ ニシキ ニシキ・・・」というのがあったが、コントも時代を映し出す鏡かもしれない。

「おにぎりぼんご」→

https://www.onigiribongo.info/おにぎり大百科/

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2018-10-02 北鎌倉落語会「三遊亭円丈の独演会」

北鎌倉落語会「三遊亭円丈の独演会」

11月4日(日) 13:00開場/13:30開演

出演:三遊亭円丈瀧川鯉八 、立川吉笑

プロデュース・司会:植竹公和 ご予約受付中 

http://www.kitakamaevent.com

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2018-09-29 今月号の本の雑誌の特集は<スリップを救え>

今月号の本の雑誌の特集は<スリップを救え>

「(本誌より)スリップをご存じだろうか。そう、購入前の本に挟まっている細長い紙片である。表面が補充注文カード、裏面が売上カードになっている大変便利で本を売るのに欠かせない(はずの)この紙片が、なんといま絶滅の危機にあるという。この春、角川文庫が突如、スリップを廃止、他社にもそれに追従する動きがあるのである」

実際、本屋さんで並んでいる角川文庫を片っぱしから頁をめくり、調査したが、確かにスリップが入ってない。

下着をつけ忘れた文庫本のようだ。

現在、ほとんどの書店はPOSシステム導入で売上げや在庫を管理をしているが、日本の小さい町の本屋さんでは、まだまだ、このスリップで管理している本屋さんもあり、スリップの消滅になると営業に影響が出るというのだ

このスリップの消滅反対運動を書店や書評家の方から狼煙が上がっているそうだ。

この特集に本の雑誌は20頁も割く、力の入れよう。

新しい科学のシステムが生まれると同時に古いものが押し出され、削除されていく 寂しくもあり、恐ろしくもあり。

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2018-09-28 向田邦子さんのドラマのご飯

NHK食堂にて、ざるそば200円を食べました。もりそばも200円。普通の蕎麦屋さんだと、ざるですと

50円割高になるのでお得。

 以前、向田邦子さんと演出家の鴨下信一さんの対談で読んだのですが、ドラマの消えもの(食事のシーンに食べる食べ物)について、向田さんが言うには「食事のうまい局とダメな局があるんですって。(ちなみに鴨下さんはTBS)・・・テレビ朝日が一番味がいいって。だから、テレビ朝日ホームドラマに出ると食事が浮くって役者は喜ぶ」「かなりの高額所得者の役者さんが食費が浮いて助かるって。意外と俳優はケチ」

 関係ないけど、鴨下さんが「川崎敬三さんは一升瓶の水を息もつかずに飲む特技がある」

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2018-09-23 若林 正恭「ナナメの夕暮れ」

お笑い芸人で次の芥川賞にもっとも近い芸人はエッセイ「ナナメの夕暮れ」を読む限り、若林 正恭ではないだろうか。又吉くんもオチオチしていられない文学的容量を蓄積しているようにも思える。

この人、小説をきっとかける。

「ナナメの夕暮れ」は 雑誌「ダ・ヴィンチ」で連載していたものだが、その時からそんな予感がしていた。

山里亮太の「天才はあきらめた」のあとがきも逆説的なその友情に溢れる文才に打ちのめされた。

いろんな芸人が忘れた頃に文才あり、小説をかけると持ち上げらるが、ついに決定打が出たとボクは思いますf:id:sugarbabe49:20180923212953j:image

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2018-09-22 北鎌倉落語会「三遊亭円丈の独演会」

新作落語の帝王が北鎌倉に降臨!この人がいなかったら

志の輔昇太喬太郎新作落語は生まれなかった!

あの新作落語「悲しみは埼玉に向けて」「グリコ少年」の衝撃!

今回、若手に新作落語家の旗手二人も追随!

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11月4日(日) 13:00開場/13:30開演

出演:三遊亭円丈瀧川鯉八 、立川吉笑

プロデュース・司会:植竹公和 ご予約受付中 

http://www.kitakamaevent.com/

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2018-09-21 千葉すず選手の名誉回復

オリンピック前に日本のスポーツ界は大揺れ。

 18年前、日本水連が代表選考の条件の一つ 200m自由形で優勝したにも関わらず、シドニーオリンピック代表には選出されず苦渋を飲んだ

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。先日、パワハラで訴えた体操の宮川紗江選手の先陣として、「スポーツ仲裁裁判所」に訴えた。

 千葉すず選手、今なら、果たして落選されたでしょうか?蒸し返すようですが、一人アスリートオリンピック出場を棒に振ったあの事件、再考する必要があるのでは・・・。

 関係ないですが、千葉すず選手の顔を思い出すと女優の蒼井優さんと

ダブってくる。

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2018-09-12 自伝「アレサ・フランクリン リスペクト」

まだ、喪があけてないアレサ・フランクリン

亡くなって夢にまで出てくる始末。個人的な思いも強く、

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デイヴィッド・リッツ (著), 新井 崇嗣 (翻訳)を再読中。

ビリーホリディの曲「男に逃げられるくらいなら打たれる方がマシ」という歌詞を引用をしたエタジェームスのインタビューコメントがあり、当時、黒人女性シンガーが成功する影には

音楽プロデューサーという名の実質<ヒモ>の存在があったという。

アレサに近づいたテッドホワイトは<ひも紳士>と言われ、嗜みのある男だった。

あのモータウンの社長プロデューサー ベリーコーディも元ヒモから成り上がりだったそうだ

自伝ではあるが当時の米国の黒人社会のフェミニズムについても学べる本でもある。

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2018-09-02 北鎌倉落語会「三遊亭兼好の独演会」

北鎌倉落語会「三遊亭兼好の独演会」

9月15日(土) 13:00開場/13:30開演

三遊亭兼好立川志の春 、立川吉笑

プロデュース・司会:植竹公和

ご予約受付中!

http://www.kitakamaevent.com f:id:sugarbabe49:20180902113229j:image

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2018-08-22 法政大学の落語研究会のOB会

法政大学落語研究会のOB会の司会役を終え、一息付く。

一席披露した10代目金原亭馬生に入門の初音家左橋さんと。

この人、銀座NOWの素人コメディアン道場で大学時代4週勝ち抜き、柳沢慎吾の登場で5週目で敗れる。その時、現場にボクいましたf:id:sugarbabe49:20180819171024j:image

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2018-08-20 松村邦洋さんのイイノホール

松村邦洋さんのイイノホールにてデビュー30周年独演会。うちの北鎌倉落語会では初の独演会を開き、4回近く開催したが、東京では初の独演会。

 彼とは30年の付き合いなので、考え深い。

 休憩中、和田アキ子さんとバッタリ会い、一緒にロスにグラミー賞の仕事で行った時の思い出話。

 展示されていた松村さんの絵では古今亭志ん朝の絵が一番好きですf:id:sugarbabe49:20180818204657j:image

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2018-08-13 女子プロ野球チーム

昨日の日米ソフトボール対決。

惜しくも日本は土壇場で敗れたが、その活躍は目覚しい。

女子ソフトボール卓球に焦点を合わせたテレビ東京の勘は冴えている。

ところで、昭和20年代、日本に実は女子プロ野球チームがあったことが佐野眞一さんの本に次のように書いてありました。

(以下、要約)

日本初の女子野球大会は昭和22年横浜ゲーリック球場(今は公園になっているはず)

スタンドに2万人の観客が入ったそうだ。

この人気に刺激され、銀座にあった「メリーゴーランド」というキャバレー女子野球チームを結成。

このチームと横浜女子商業の混成チーム「東京ブルーバード」が全国興行をするも失敗。

その後、銀座のサロン「ロマンスクラブ」の宣伝を兼ねてチームを作り、これが日本初のプロ野球チーム「ロマンスブルーバード」が誕生したそうだ。

なんだかもっと調べたくなって来ましたf:id:sugarbabe49:20180813220852j:image

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2018-08-12 ポンパドウルが出版「パンの本」

古本屋で掘り出し物。

横浜元町に本社があるパン屋さんのポンパドウルの「パンの本」

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。出版元もポンパドウル

パンを食べたような気になるので、この本は時々、読み返します。

 いろんなパン屋さんのフランスパンを食べ比べましたが、ポンパドウルフォーションパンが好み。

 この本によると、ポンパドウルの由来はフランスに18世紀にいた美食家ポンパドール夫人。(100パターンぐらい店名を考えて、高貴な名前がいいというのでナポレオンという店名もその中には入っていた)

 彼女はフランスで初めて、本格的なパンを焼いた人。

 ポンパドウル店は最初、2人のパン職人をフランスから呼び寄せて徹底的に日本人のパン職人(一流ホテルやレストランの経験者)に教え込む。

 昭和44年元町で開店。

 ポンパドウルの赤い袋のデザインは中尾栄一さん。試作品を女性たちにモニターをさせると赤い袋が支持を得た。

 当時、食品袋に赤い袋はご法度だった。

 一番最後のページにポンパドウル福利厚生がきちんと書いてあったのが出版元もポンパドウルならでは。

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2018-07-28 三遊亭兼好 三遊亭兼便 親子会

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2018-07-20 橋本忍さんの思い出

脚本家橋本忍さんが亡くなりました。

奇しくも今、音声が聴けるJFN PARK ”植竹公和アカシックラジオ”で、みうらじゅんさんをゲストに松本清張をテーマについて語り合ったばかり。

 ご存知のように、橋本忍さんは野村芳太郎監督とタッグを組み「砂の器」「張り込み」に代表される松本清張の原作の数々の脚本を書き、清張ファンにとっては清張同様、神々しい脚本家だった存在。

 そんな橋本忍脚本の清張映画のディテールについても、次回の「みうらじゅん松本清張LOVE」後半戦でみうらさんと語り合っています。

 実はボクはその橋本忍さんのお宅に12年前に電話をさせていただいことがあります。

 電話をした理由は、ボクが元々橋本忍ファンだったこともあった所に、橋本忍さんが「複眼の映像」というシナリオ制作の現場の自伝をその年、文藝春秋から出しのでした。

 かねがね、橋本忍さんのドキュメント番組を作りたいと思っていたので、ボクはこのタイミングしかないと思い、直談判しようとご自宅に大胆にも電話をさせていただきました。

 電話をすると、当時、88歳の橋本さんご本人が電話に出られました。

 そして、ボクは電話で企画の趣旨をお伝えしました。  

 なんだか電話の向こうでドタバタしている音が聞こえて、橋本さんもボクの声を聴き取りにくかったように覚えています

 「ごめんなさい、今、NHKが番組を作るということで来ているんです」と、橋本さんが

おっしゃったのでした。

 しまった!出し抜かれた!と、思いましたが、ボクは丁重に電話を切りました。

 後日、その番組は放送され、確か橋本忍さんの仕事ぶりを自宅でカメラを据え置き、

定点観測する番組でした。

 企画はあと一歩の違いで残念ながら実現しなかったのですが、橋本忍さんの電話を通しての肉声を何分か聴けたことは 大切な

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思い出になりました

 ※正確には「砂の器」は橋本忍さんと山田洋次さんとの共同脚本

 ※収録直前に「砂の器」の主役の加藤剛さんも亡くなり、今回のラジオの企画は虫の知らせかと

 JFN PARK ”植竹公和アカシックラジオ

  https://park.gsj.mobi/program/show/40291

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2018-07-19 生ギターの森林浴

星野源 音楽の話をしよう 」(AERAムック)の細野晴臣さんとの対談で、

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生ギターの匂いをつい嗅ぐという二人のエピソードに、甚く、共感。

 自分の経験では、小学生の低学年の頃、家族付き合いがあった家の10歳年上のお兄さんの生ギターに触り、ギターの中心にあるサウンドホールの中を覗きこみ、穴の底に貼られているメーカー名とギターの名前を確認しては、サウンドホールに鼻を近づけて、やはり嗅ぎ、ギターは木製の生ギターだったので、森林浴効果もあって、なんとも言えない陶酔感を味わったことを覚えています

 同じ頃、サウンドホールにの中に古賀政男さんの顔が印刷されていた「古賀ギター」を手に持ったことがあり、ちょっと恐れ多くて嗅ぐことができませんでした

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2018-07-18 浅利慶太と田中角栄とウエストサイドストーリー

 浅利慶太さんが亡くなった。

今年、浅利慶太著「時の光の中で〜劇団四季主催者の戦後史〜」をたまたま、読んでいた。

この中で、田中角栄さんが登場するエピソードが豪快だ。

浅利慶太田中角栄。不思議な取り合わせだ

 浅利さんは演出家としてもさることなが、そのプロデューサーとしてのバイタリティには驚く。

 31歳の若きプロデューサーは1964年ジェロームロビンスと俳優ダンサーを日本に招聘し、

実に50回の

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の公演を行うことに成功した。

 しかし、当時、このことは至難の技だった。

 そこで浅利氏は政治力を動かすことを考える。

 当時の大蔵大臣田中角栄の力だ。

 しかし、その伝(つて)はない。

 そこで、大学の先輩の朝日新聞政治部長だった三浦甲子二さんに相談。三浦さんは自民党デスクをしていた。三浦さんは「解った、俺が角さんに電話してやるから会いに行ってこい」

以下、浅利さんが角栄さんに会った時のやりとり。

 「これを招くことになったので、なんとか日生劇場外貨の特別枠(今は外国人にドルで払うのは当たり前だが、当時、このことは大蔵省から厳しく規制され、一つの団体で外貨の枠というのがあってそれを持っている団体は文化界の中でも特権階級)をお認めいただけないでしょうか」

「だけどお前、そんな不良の話(ポーランド系アメリカ人の少年非行グループ「ジェッツ」(ジェット団)とプエルトリコアメリカ人の少年非行グループ「シャークス」(シャーク団)が対立する物語をやって、日米関係は悪くならないか」

「それが逆なんです。こういう作品を見れば日本の観客はアメリカン人の芸術的才能に打たれるはずです。戦後アメリカ文化はこういう形で日本に入ってきていません」

「なるほど、そんなにいいものならアメリカが金を出しゃいいと思うが違うか」

ワシントンまで行って掛け合ったきました」

「どうだった」

「駄目だったんです。不良の話には5セントも出さないといって」

以下、いろいろやりとりがあり、田中さんは「話はわかった。なんとかしよう。だけど、お前たちが

道楽する度に外貨が減ってしょうがねえんだ。ほどほどにしてくれよ」

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2018-07-16  ”植竹公和のアカシックラジオ”

ボクがMCの番組JFN PARK ”植竹公和アカシックラジオ”が始まります

JAPAN FM NETWORKが作っているiphoneアプリアプリJFN PARK」

http://park.gsj.mobiホームページ

ダウンロード。(すでに15万人の人がアプリダウンロードして聴いています)無料

 メールアドレスを登録すると誰でも無料で聞くことができる放送(アーカイブも聴けます)

 一回目のゲストはみうらじゅんさんでテーマが「みうらじゅん松本清張LOVE❤️」です 

 ボクも実は清張オタク

 みうらさんの顔が清張顔に接近しつつある日々の苦行とは?清張地獄のボタンとは?

 清張の小説に出てくる崖の意味とは?

 松本清張さんの小説の「夏の課題図書」も列挙!暑苦しい夏は恐るべき清張クーラーです

  アーカイブでも聴けます

 7月20日金曜日から隔週 金曜日 AM10時アップ 

番組を聞いてみたいという方は、

1:iPhone アプリ"JFN PARK"をダウンロード&会員登録をして、

トップページの「完全オリジナル!PARKチャンネル」

→ ”植竹公和アカシックラジオ”をチェックしてください。

(7月19日よりページアップ予定)

2: 8月よりWEBサイト ”JFN PARK”でも会員登録なしで聞くことができます。

http://park.gsj.mobi/

右側の検索ワードに「アカシックラジオ」と入れると番組ページが出てきます。f:id:sugarbabe49:20180713171538j:image

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2018-07-14 33年後の「風をあつめて」

<33年後の「風をあつめて」>

安珠さんの「ビューティフルトゥモロー 少年少女の世界」写真展。そのために、小説を書いた松本隆さんと、曲をつけた細野晴臣さんと終演後、楽屋で。

 お客様からの質問で「松本さんと細野さんで作った曲のベストワンはなんですか?」の質問に両氏、「風をあつめて」と即答。

 当時、アルバム収録時、生ギター一本にドラムを刻むのはとても難しかったと松本さん。楽器する人なら、その難しさが理解できます。

 この曲はメロディと作詞が単にいいというのではない、編曲と演奏と歌のまさに、総合芸術。

 1971年当時、自分だけが、この曲の稀な理解者だと全国で思っていたボクみたいな何千人しかいなかったであろう?「はっぴいえんど」のファンたちが(もっと多かったらすいまさん。ボクには当時、100人くらいしかいないのではと思っていました)ソフィア・コッポラ監督の2004年(33年後)の映画「ロスト・イン・トランスレーション」でこの曲を使用し、今や、世界的な一曲(外国人のファンは松本さんの詞を日本語でカバーしている)になるなんて、誰が思い描いたでありましょうか。

 この曲の魅力におそらく、死ぬまで情緒的ノイローゼ状態で終わる当時からの「はっぴいえんどファンはいることでしょう。この曲は名曲でありながら、病であります

 https://www.youtube.com/watch?v=PfFEPtJE0D4

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2018-07-13 立川志の輔の作「大河への道」

立川志の輔独演会」

立川志の輔の作「大河への道」。伊能忠敬のサイドストーリーの講談テイストの創作落語

ネタバレになるのでこれ以上は言えませんが、虚実一体となった、その見事な出来栄え。

ボクは野暮だが、楽屋で質問して、「ここは創作?」と答え合わせ。合点。

このドラマ(落語)を作り、自分で覚え、語るというのは脚本家の域を超えている。

こちとら、書き手としては嫉妬というより、ねじ付さられて完敗の快感(Mじゃないですw)

この人に大河ドラマNHKドラマ班は書かせて見てはどうだろう?

クドカンだけに頼ってる場合ではない。

この人、落語家生活があるから、時間はかかるが。

書かせてみる価値ありと思いました。

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2018-07-08 全国中学生ジャンケン大会

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 某アイドルが恒例で、毎年、、ジャンケン大会をやっていますが、テレビのバラエティ会議では、大昔から必ず、誰か一人が提案する企画。

 先日、下北沢古本屋にて、一斉を風靡したサブカル雑誌「ビックリハウス」(1974年創刊)のある号の頁をめくっていたら、「全国中学生ジャンケン大会」という企画をすでに紙面上でやっている記述を発見。

 当時、雑誌は力を持っていて、テレビ番組もネタ元を雑誌から借用することが多かったと記憶します。

 「雑誌みたいな番組を作ろう!司会者は編集者という設定で」というような意見をいうプロデューサーも日常茶飯事でした。

 幻のようなテレビ界の史実

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2018-07-06 オウム事件 と富士サファリパーク

オウム事件法務省、松本元代表ら7人の死刑執行

当時、ワイドショーの作家をやっていて、

事件そのものも、恐ろしい事件でしたが、

ワイドショーの現場がスクープをつかむ度に「祭り」のようにスクープをとってきたスタッフと制作スタッフが笑顔で、ハイタッチするかのように活気付く様子に違和感を感じる日々でした。

事件に関係した信者たちのフルネームをまるで、落語黄金餅」の道行きの地名の言い立てをするように、全部覚えていて、言えるスタッフが誇らしげでした。

オウムのネタを放送すると確実に視聴率が取れると、テレビが「はしゃいでいた」異常な年でした。

そんな折、ボクは普段の喧騒を離れて、富士サファリパークに休日に行き、駐車場に車を止めると、周囲に二、三人、シャッターを切るカメラマンと思しき人たちが集まってきました。

ふと、隣の車を見ると、運転席にオウム真理教幹部村井秀夫が乗車しているではないですか!他には誰も乗っていません。

富士サファリパークに、オウム真理教幹部一人が、ぽつねんといる。これこそ、違和感でした。

その後、何日かして、暴力団の構成員に村井が刺殺された時は心の底から恐怖感を感じました

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2018-07-02 「桂歌丸 まだ 生きています」

三遊亭円楽さんが毎年、主催している博多天神落語会の円楽さんのマクラのツカミに、

 

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と切り出し、場内が爆笑したのは数年前でしたでしょうか?

 博多天神落語会の収録番組で博多に行っていた僕はそのツカミが好きで、自分がプロデュースしている会でもことある毎に、ちゃっかり、このツカミを流用させていただきました

  もちろん この円楽さんのつかみは、円楽さん流の歌丸さんへのエールです 

  なんと言っても、円楽さんは生前のうちに歌丸さんに国民栄誉賞を与えようという運動を真剣にやっていた方ですから。

 桂歌丸師匠は国民的落語家であり、国民的テレビスターでした。

 亡くなったような気が未だにしません。

 ご挨拶程度のお付き合いで、目線が合えば、車椅子に乗りながらも、どこのどいつともわからないボクに向かって深々といつもお辞儀をする方でした。

 ボクは大したお付き合いができなかったにも関わらず、親戚のおじさんでもないのに、親戚のおじさんのような気持ちにさせる方でした。

  歌丸師匠は亡くなったのは事実ですが、認めたくない。生きているような気が今もします。

  何より、「桂歌丸 まだ 生きています」という鉄壁のツカミをもう、使えなくなった悲しみがふつふつと湧いてきます

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