2006-08-11
■[批評系]上野千鶴子をフェミナチと呼ぶことは許されると思う。
『バックラッシュ!』を読んだ。
ブログの論戦などを合わせてよむと、フェミニズム/ジェンダーフリー/バックラッシュに関わる議論に、「男性弱者/オトコになれない男/メンズリブ系?」のことが混入していて、気になった。いまその辺を少し文章にしている。
それはそれとして、『バックラッシュ!』の最後に掲載されている上野千鶴子へのインタビュー「不安なオトコたちの奇妙な〈連帯〉」には、月までブッ飛ぶ衝撃を受けた。
端的にいって、男はカネと権力に弱い。ホモソーシャルな連帯における最大の価値とは何かわかりますか? それは、男が同じ男から「おぬし、できるな」と評価してもらうことなのです。(388-389頁)
ほとんどの男は、「母」に弱い。(略)だから老いも若きも、知恵があろうとなかろうと、「母」から死ぬまで逃れられないのが男というものでしょう。(391頁)
こういう発言をすると、ゲイの活動家から強烈なバッシングを受けることになるでしょうが、ミソジナスでないゲイという存在を、私は想像することができません。ミソジナスでないゲイとは、男性性を美化しないゲイということになりますが、お目にかかりたいものですね。(398頁)
(恋愛弱者系/オタク系の男性について)ギャルゲーでヌキながら、性犯罪を犯さずに、平和に滅びていってくれればいい。そうすれば、ノイズ嫌いでめんどうくさがりやの男を、再生産しないですみますから。
ただし、そうなった場合、彼らの老後が不良債権化するかもしれませんね。ところが、彼らが間違って子どもをつくったらたいへんです。子どもって、コントロールできないノイズだから。ノイズ嫌いの親のもとに生まれてきた子どもにとっては受難ですよ。そう考えてみると、少子化はぜんぜんOKだと思います。(434頁)
相変わらずといえば相変わらずの上野節なのかもしれないけど、いくらなんでもひどい。最後の引用なんて、思いっきり優性思想(の裏返し)ではないですか。いや別に優性思想でもいいんだけど、そのすぐ前に上野さんは「ピンピンコロリ系のファシズム」を批判しているわけだから(まあ、ある種の「男」どもは子どもを生むな、って断種思想なんだろうから、ロジカルには矛盾はないんだろうけど)。
「こういう発言をするからフェミニストはバックラッシュ派から叩かれて仕方ない、原因は当人たちにもある」と言いたいのでは全くない(論争において「お互い様でしょ?」は最悪の暴力だ、と身をもって知っている)。「バックラッシュ本にこういうトンデモ発言満載のインタビューを載せるのってどうよ」、と言いたいのではさらにない(論集は玉石混交を含め常に多彩な見解が火花を散らしてよいから)。ジェンダーフリーとかバックラッシュとかフェミニズムとか、そういう文脈とは全く無関係に、上野氏の発言は、個人のものとして、全くダメだ。批判すべき部分ははっきりと批判すべきだ。バックラッシュ派が用いる愚劣なレッテル「フェミナチ」は、上野千鶴子氏のような人物にこそふさわしい。







上野がこんなにアホで下品とは思いませんでした。
上野千鶴子をフェミナチと呼ぶことは許されると思いますよ。