琵琶の両義性など

http://d.hatena.ne.jp/matsuiism/20100824/p1


このところmatsuiismさんが興味深いエントリーを連発していて、それらに何かしらのコメントを付したいと思いつつも、なかなか暇がない。
上のエントリーを呼んで、劉索拉が琵琶の女性性を強調して、男性の楽器としての古琴と対立させていたことを思い出した(「従遠古伝来的愛情信息」in『口紅集』*1、p.30)*2。ただ、ことはそう単純ではない。上海のプログレ・バンド冷酷仙境*3の琵琶奏者である林笛は琵琶の暴力性を強調している*4。それは「有殺傷力的楽器」である。古来琵琶は戦場で馬上から士気を鼓舞するために弾かれていた。四天王の持国天は日本では武将姿で表現されるが、中国仏教では琵琶を抱えた姿で表現される*5。このことからも、琵琶と武器が等価であることがわかる。
ベートーヴェンモーツァルトに「土耳古行進曲」があるけれど、近代的な軍楽隊の起源はオスマン帝国にある。初めて軍楽隊に出食わしたヨーロッパ人にとってそれは〈大量破壊音楽兵器〉だったということになる。
ところで、冷酷仙境はメンバーのうち2人が一挙に妊娠してしまったために現在バンドとしての活動は休止中。
さて、


少し話は違うが、松本清張氏は『空白の世紀――清張通史2』で、北魏の孝文帝(467年〜499年)が徹底した華化政策をとったことによって、「寒冷な蒙疆(もうきょう)の荒野に粗衣で馳駆(ちく)していた拓跋(たくばつ)部族の強靭な性格はここにおいてけずり落とされ、中国文化のまねにおぼれる軟弱な擬似貴族となってしまった」という「貴族化の弊」を指摘している。そして、「これはわが国でも武士階級の平氏が京都に居住しているあいだに、朝廷や藤原氏の貴族生活にあこがれ、それに同化して軟弱になったのと似ている」という。

 たとえば「源頼朝が鎌倉に幕府を開いたのも京都からはなれていることによって、自分たちの貴族化をふせいだのであり」、また、「頼朝のやりかたを学ぶ徳川家康が江戸から動かなかったのも朝廷貴族の毒素を避けるためであった」と清張氏は見る。

 清張氏はここでは特に女楽に言及していないが、宮廷貴族文化が武装集団を軟弱にする毒素(文化的洗練)を含んでいるという指摘は、逆の意味で興味深い。

中原の文化の真似をして軟弱化したというよりも、草原を離れて中原に深く侵入したことによって、そもそもの遊牧生活の生態学的基盤が失われたということの方が大きかったのではないかと思う(Cf. 王明珂『游牧者的抉択 面対漢帝国的北亜游牧部族』*6 )。それはともかくとして、岡野友彦氏が述べていたように、右翼も左翼も質実剛健というかマッチョが好きだねということも思い出す(『源氏と日本国王』、pp.7-8)*7。そういえば、明治新政府が先ず着手したのは、若い明治天皇を女官たちから切り離し、教育(洗脳?)してマッチョ化することだった(Cf. eg. 飛鳥井雅道『明治大帝』)。
源氏と日本国王 (講談社現代新書)

源氏と日本国王 (講談社現代新書)

明治大帝 (講談社学術文庫)

明治大帝 (講談社学術文庫)