「ミラノ」の終わり

ORICON STYLE』の記事;


新宿ミラノ座」閉館 58年の歴史に幕

オリコン 2014年12月31日(水)15時37分配信

新宿ミラノ座」閉館 58年の歴史に幕


 東京・新宿区歌舞伎町の老舗映画館「新宿ミラノ座」が12月31日に閉館し、58年の歴史に幕を下ろした。最後の上映作品は『E.T. 20周年アニバーサリー特別版』(スティーブン・スピルバーグ監督)。日本最大の座席数1064席を誇る劇場内には、立ち見客も含めて約1400人が詰めかけ、上映前と上映後に盛大な拍手を贈って一時代を築いた映画館との別れを惜しんだ。


 新宿ミラノ座は1956年12月1日、東京・新宿東急文化会館に「新宿東急(現新宿ミラノ2)」とともにオープン。50周年を迎えた06年に名称を「新宿ミラノ1」に変更したが今年11月、閉館を前に絶大な支持を受けてきた館名「ミラノ座」を復活させた。58年間の上映本数は674本。同じ建物にある「ミラノ2」「ミラノ3」「シネマスクエアとうきゅう」も同時に閉館し、跡地については未定だという。

 1000を超える座席数と巨大スクリーンを持つ日本最大級の映画館として一時代を築いたが、複数のスクリーンを備えたシネコンが主流となるなか、観客減で閉館となった。開場前には映画ファンや幼少期に通ったという観客が列を作り、慣れ親しんだ赤茶色のミラノ座の姿を写真に収めた。

 上映後の午後3時すぎ、支配人の横田浩司氏は「ひっそりと閉館を迎えてしまうのではと心配していましたが、連日多くの方にお越しいただけて、非常に幸せで夢のようでした」と感謝。長嶋茂雄巨人軍終身名誉監督の言葉を借りて「本日、新宿ミラノ座は閉館しますが、ミラノ座という名前と皆様の映画への熱い思いは永久に不滅です」と惜別の言葉を送った。

 「いつかまたこの場所に戻ってきたいと思います」と再会を誓い、最後は場内で観客らとクラッカーを鳴らし、映画ファンからの「ありがとう」という声が飛び交うなか、華やかに幕を下ろした。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20141231-00000301-oric-ent

時事通信の記事;

さよなら新宿ミラノ座=58年の歴史に幕―東京

時事通信 2014年12月31日(水)17時58分配信


 東京都新宿区の繁華街・歌舞伎町の映画館「新宿ミラノ座」が31日、58年間の歴史に幕を下ろし閉館した。国内最多の1064席を擁し、延べ約3000万人が鑑賞した。最終上映の「E.T.」は立ち見客も出るほどの盛況。終了後、横田浩司総支配人(54)が「ミラノ座の名前と私たちの映画への熱い思いは、永久に不滅です」とあいさつすると、場内は拍手と歓声に包まれた。
 ミラノ座は1956年12月1日に開館。「荒野の七人」「大脱走」「マトリックス」など洋画の大作を中心に上映し、82年公開の「E.T.」は、同館で最高となる約53万人の動員を記録した。近年は複数のスクリーンを持つシネマコンプレックスが台頭。建物の老朽化もあり、閉館が決まった。 
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20141231-00000058-jij-soci

「ミラノ座」って、新宿から新大久保に滑り込む手前で山手線から見える映画館だよね。実は「ミラノ座」で映画を観たことはなかった。ロードショーを観るときは日比谷か銀座が多かったので。まあ、記事の中で言及されている『荒野の七人』*1と『大脱走*2を観たのはTVだし、『マトリックス*3はレンタル(汗)。『E.T.』は別の映画館。それよりも、建物自体が壊されて、「シネマスクエアとうきゅう」も閉館なのだ。こちらのショックの方が大きい。何しろこの映画館は(自分にとって)クリント・イーストウッドの『バード』*4という映画と分かち難く結びついているのだった。
荒野の七人〈特別編〉 [DVD]

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今は亡き映画といえば、まさに大作映画を観に行く場所だった銀座のテアトル東京*5飯田橋の佳作座、銀座の並木座*6、それから六本木のシネ・ヴィヴァン*7ということになるだろうか。