Pfote/Hand(メモ)

多和田葉子『言葉と歩く日記』*1からメモ。


わたしが今ドイツ語にしている『雪の練習生』という小説。まず冒頭部から大変困ったことがある。それは、人間なのか動物なのか分からないまま話を始めたかったのに、ドイツ語では、動物の手足と人間の手足をさす単語が異なっているので、すぐに動物のことだと分かってしまうことだった。動物の足、特に前足を「Pfote」と言う。この単語は人間には使えない。絶対に使えないわけではないが、使えばおどけた口調になってしまう。同じ哺乳動物でも馬のように蹄のある場合は、また単語が違う。人間の口と動物の口も「Mund」と「Maul」で単語が違う。人間の顔を「Gesicht」という単語も動物の顔には使わない。
人間の手「Hand」と動物の手「Pfote」を組み合わせて「Pfotehand」という単語を自分で作ってみたが、読み返しているうちにそれもうるさく感じられ、結局、人間用の単語を使うことにした。その理由は、動物が人間の言語を使って一人称で自分のことを語る時に、自分の手を「Pfote」と呼ぶのが妙に感じられたのだ。熊でも人間の言語を使っている時は人間語族である。わたしがドイツ語を使っている限り、自分の手を「手」と呼ばず、「Hand」と呼ぶのと同じ理屈である。(pp.95-96)
雪の練習生 (新潮文庫)

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