不在の島

安藤健二「「実在しない島」を8年間掲載。大学生の指摘で二宮書店が地図を修正」https://www.huffingtonpost.jp/2018/06/24/phatom-map_a_23466565/


曰く、


二宮書店(東京都目黒区)が発行する地図帳に、2017年まで約8年間にわたって「実在しない島」が津軽半島沖に掲載されていたことが分かった。2018年発行の地図からは抹消された。
正直言って、記事に添えられた画像を見ても、「島」には見えずインクの染みにしか見えなかった。まあ、見た時点で、その「実在しない」という知識を得ていたので、そういうバイアスが働いていなかったとは言えない。

問題の「実在しない島」は、津軽半島の西方100キロ沖合いの日本海上に記載されていた島のような地形だ。実在する渡島大島と、渡島小島の南西に位置する。2013年に発行された二宮書店の「基本地図帳 2013-2014」では、63ページにある「日本全図」に載っている。

同様の島はGoogleマップにも掲載されていたが、2013年10月2日に抹消された。国土地理院は「この位置に島は存在しない」と回答。ハフポスト日本版で、この経緯を翌日に報じていた*1

この記事を読んだ早稲田大学探検部の男子学生が2016年12月、島が実際にあるか探検することを検討。同様の島を記載している二宮書店に問い合わせた結果、印刷ミスと判明した。2018年3月発行の「基本地図帳 改訂版 2018-2019」では、問題の島が消えた。


二宮書店の担当者は、ハフポスト日本版の取材に対して以下のようにコメントしている。

「2009年発行の『高等地図帳 改訂版 2009−2010』に掲載された日本全土から使っており、複数の地図帳で使っていた。基本地図帳は2018年版から修正した。この位置に島はなく、印刷の原版を作る際に点が間違えて入ってしまったものと考えられる。今後はこのようなことがないよう、校正する際に注意したい」
なお、iPhoneiPadで使われるiOS純正の地図アプリ「マップ」には6月24日現在も、ほぼ同じ位置に「実在しない島」が掲載されている。二宮書店の地図を参考にしたのかは不明だ。
渡島小島」は、昨年漂流した北朝鮮の漁民が上陸して島にあった色々なものを盗みまくって話題になった無人島。そのときの報道では通称である「松前小島」が用いられていた*2。「渡島小島」に辿り着く前にこの辺りの海域を通過した筈だけど、彼らはこの「実在しない島」を見たのだろうか。
まあ、「ひょっこりひょうたん島*3ということなら、矛盾はないのだけど、その場合、「島」のかたちが問題になる。

「自民族方法論」

フーリガンの社会学 (文庫クセジュ)

フーリガンの社会学 (文庫クセジュ)

別にワールドカップの最中*1だからというわけではないが、ドミニック・ボダン『フーリガン社会学』(陣野俊史*2、相田淑子訳)を読み始めた。


(前略)前述の[スポーツのサポーターの]暴力行為は、実際には「実践的達成」でしかない。つまり長いプロセスの結果でしかないのだが、その長いプロセスは、スポーツ観戦のさまざまな役者たち(サポーター、運営者、警察官、ジャーナリストなど)のあいだにある微妙で複雑な社会的相互作用、アイデンティティーと文化構造の反映であるスポーツ上の敵対意識、挑発、ヴァンデッタ(復讐)などによって構成されている。(後略)(p.14)
「「実践的達成」」には

H・ガーフィンケル『自民族方法論における研究』、イングルウッド・クリフス、プレンティス・ホール社、一九六七年。
という註が振られている(p.14)。ガーフィンケルStudies in Ethnomethodology*3。それにしても、「自民族方法論」という訳語に吃驚! 殆どの社会学の教科書で、Ethnomethodologyというのは「エスノメソドロジー」とそのまま片仮名で表記されているのだろうけど、ちょっと意訳してみると、「当事者による方法(ethnomethod)」についての「論(-ology)」ということになる*4。まあ、訳の正確性とかとは無関係に、下田直春先生が1974年頃に考えた「常民生活研究法」という訳語はけっこう気に入っているのだけど。どうして「自民族方法論」という訳語が生まれたのか推測してみると、多分ethnocentrism/ethnocentrismeの影響じゃないか。この場合、「自分か中心主義」というのは定訳だろう。そこで、Ethno-を目にしたら、機械的に「自民族」としてしまったのでは? 「実践的達成」は英語の原文では(多分)practical accomplishmentだと思う。今時間の都合で、ガーフィンケルの本を直接チェックしてはいないのだけど、初めてこの本を読んだ時にはaccomplishmentという単語はかなり(自分にとって)目立っていたのだった。それまで、「達成」という意味でattainmentやachievementではなくaccoplishmentを使うというのは全然馴染んでいなかったのだった。
Studies in Ethnomethodology

Studies in Ethnomethodology

上に引用したパラグラフの後半部を引用しておく;

(前略)加害者の視点に立つのか被害者の側にいるのか、強者の側にいるのか弱者の側にいるのか、西洋に住んでいるのか戦地国家に住んでいるのか、治安の悪い場所にいるのか「瀟洒な」界隈にいるのか、男性なのか女性なのか、若者か老人かによっても、暴力への認識は変わる。暴力は、主観的にも客観的にもなりうるのだ(ヴィエヴィオルカ、一九九九年*5)。暴力は、その行使と認識の両面において、社会的、空間的、時間的に繋がっている。近代西洋社会で暴力と規定される事柄、少なくとも暴力であると感じられる事柄にしても、他の時代や地域で必ずしも同じ意味合いを持っているわけでない。(p.15)

「大豆」と「体臭」

ボディ・アーティスト (ちくま文庫)

ボディ・アーティスト (ちくま文庫)

ドン・デリーロ*1『ボディ・アーティスト』から引用。


彼女は大豆粉をボウルに入れた。大豆の匂いは体臭とどことなく似ている。そう、足の匂いと、種子を深く宿した大地の正当な生命の匂いとの中間。だが、それではこれを表現したことにならない。彼女は新聞の記事を読んだ。人里離れた場所に捨てられた子供に関する記事。何もそれを表現できない。それは純粋な匂いだ。あらゆる視線から切り離され、匂いとしか言いようのないもの。まるで――そして彼女は次のような趣旨のことを言おうとし、言えば彼を面白がらせるとわかってはいたのだが、言うのをやめた――まるで、おそらくは中世の神学者がすべての既知の匂いを分類しようとし、ひとつだけ自分の体質にうまく合わないものを見つけ、それを大豆(soya)と呼んだかのようだった。ソーヤとは高尚なラテン語にいかにもありそうな言葉だ。が、そんなはずはない。彼女は座ったまま何かを考えていて、それが何かは自分でもわからず、スプーンを口から一センチほどのところに止めていた。
彼は言った。「何だい?」
「何も言ってないわ」
(後略)(pp.24-25)
この小説、冒頭のパラグラフが(訳文でも)美しい。ここだけでも英語で読みたいなと思った。

時は流れているように思われる。世界は生じ、一刻一刻へ開かれていく。そしてあなたは手を止め、巣に貼りついた蜘蛛を見やる。光の機敏さ、物が正確に縁取られた感覚、湾に走る光沢の筋。こういうとき、あなたはより確かに自分が何者であるかを知る――嵐が過ぎ去った後の陽射しの強い日、ほんの小さな落ち葉さえも自意識に刺し貫かれているような日に、風は木々に当たって音を立て、世界は出現する――それを元に戻すことはできない――そして蜘蛛は巣にしがみついて風に揺られている。(p.20)

「低能先生」とか

承前*1

朝日新聞』の記事;


刺殺された岡本さん、「Hagex」の名でブログ
2018年6月25日11時57分


 福岡市内であったIT関係セミナーの男性講師を刺殺したとして、福岡県警は25日、福岡市東区筥松(はこまつ)1丁目の無職、松本英光容疑者(42)を殺人と銃刀法違反の疑いで逮捕し、発表した。松本容疑者は「ネット上(のやりとり)で恨んでいた男性を死なせてやろうと思い、腹と首を刺した」などと話しているという。

 県警によると、松本容疑者は24日午後8時ごろ、福岡市中央区大名2丁目の旧大名小学校跡地の起業家支援施設で、インターネットセキュリティー関連会社「スプラウト」の社員、岡本顕一郎さん(41)=東京都江東区東雲2丁目=をナイフ(刃体約16・5センチ)で数回突き刺して殺した疑いがある。

 この施設では同日午後5時半からIT関係のセミナーが開かれ、岡本さんが講師を務めていた。終了直後、施設内で待ち伏せしていた松本容疑者が、トイレに入った岡本さんを襲ったとみられるという。岡本さんは「Hagex」の名前でブログを書いていた。2人はネット上の関わりしかなく、直接の面識はなかったとみている。

 事件当時、施設管理者が「救急車を呼んでくれ」という声を聞いてトイレに向かうと、血だらけの岡本さんと、松本容疑者が出てきた。管理者が追いかけたが、松本容疑者は自転車で逃走。約3時間後、福岡市東区内の交番に出頭し、「人を刺した」と話したという。バッグの中に血のついたナイフを持っており、県警が事情を聴いていた。

 関係者によると、岡本さんはセキュリティー情報誌「ハッカージャパン」(2013年11月に休刊)の編集者を担当した後、「スプラウト」で、ブログメディアの編集長を務めていた。ブログメディアでは、雑誌時代の人脈をフルに活用し、国内外で起きた最新のサイバー攻撃の実情や、他メディアでは報じられないようなブラックハッカーの生態リポートを手がけて話題になった。

 岡本さんの知人男性は「いつも丁寧に仕事をする人で、みなに信頼されている人だった。正義感も強く、何事にも毅然(きぜん)と対応する強気な一面もあった。ブログの記述などで恨みでも買ったのだろうか。そんな性格が今回の事件につながったとすれば、本当に言葉もない」と話した。
https://www.asahi.com/articles/ASL6T3FHML6TTIPE006.html

ことのあらまし(篠原修司氏*2による)


ネットウォッチャーHagex氏刺殺事件まとめ。容疑者は「低能先生」か?」https://www.kakuhito.net/entry/2018/06/25/121304


Hagexが「低能先生」に言及した5月初めのエントリー;


低能先生に対するはてなの対応が迅速でビックリ」http://hagex.hatenadiary.jp/entry/2018/05/02/112825


また、「低能先生」について;


低能先生についての誤解」https://anond.hatelabo.jp/20180625153915
低能先生の捨てIDをわかる限り集める(2018/5/31まで)」https://anond.hatelabo.jp/20170921212825
lady_joker「hagexと低能先生のネット上での絡み」http://lady-joker.hatenadiary.jp/entry/2018/06/25/130701


様々な反応;


やまもといちろう*3「Hagexに王様はいなかった」https://lineblog.me/yamamotoichiro/archives/13190155.html
くっきー「禿田さんことハゲ子ことHagexの勉強会に参加してきた」http://kukky.hatenablog.com/entry/2018/06/25/064752
@raf00「「ネットウォッチャー」Hagex氏の訃報に際して」https://coziest.net/?p=2780
Koichi Nakano「Hagexに聞けなかった正義」https://www.kotobato.jp/articles/life/justice-for-hagex.html
フミコフミオ「hagexさんの痛ましい事件について」http://delete-all.hatenablog.com/entry/2018/06/25/181500
北沢かえる「それは「正義」だと思った」http://d.hatena.ne.jp/kaerudayo/20180625#p1


また、


「なぜ殺意を向けられたのがHagexなのかを説明する」https://anond.hatelabo.jp/20180625215452

或る和解

承前*1

渡辺一樹「ゲイだとバラされ転落死「一橋大アウティング事件」の裁判で、同級生と遺族が和解」https://www.huffingtonpost.jp/2018/06/25/hitotsubashi-jiken-wakai_a_23467121/


曰く、


「同性愛者であること」を同級生に同意なく口外され、苦しんでいた一橋大学法科大学院生Aさん(男性・当時25歳)が2015年8月に学校から転落死した。「一橋大アウティング事件」として、大きく注目を集めたこの事件の裁判で、同級生だった男性とAさんの遺族が和解したことがハフポストの取材でわかった。

遺族側は、この裁判で一橋大学側の責任も問うているため、大学側との裁判は東京地裁で続行される。

Aさんが生前、同性愛を暴露されて大学側に相談した際、同級生に求めたのはただひとつ「謝罪」だった。和解をした理由について、Aさんの父親は「和解内容は言えませんが、私たちなりに納得をしたので和解に応じました」と、ハフポストの取材に答えた。

新9時羅

NHKの報道;


東京湾にクジラ? 飛び跳ねる映像も 航行する船は注意を
2018年6月25日 17時49分


クジラの目撃情報が相次いでいる東京湾では、24日、クジラが飛び跳ねている映像が撮影されました。海上保安部は引き続き近くを航行する船に注意を呼びかけています。

東京海上保安部によりますと、東京湾では今月18日から24日までクジラを目撃したという情報が相次いで寄せられています。

さらに、NHKに寄せられた動画には、クジラが2回ほど飛び跳ねている様子が確認できます。

この動画は24日の午後2時半ごろ、東京湾アクアラインの「海ほたるパーキングエリア」の北、およそ5キロ付近の海上で撮影されたものです。

撮影した40代の男性によりますと、モーターボートで釣りに行った帰りにクジラが潮を吹いているのを見かけて撮影したということです。

男性は「毎週、釣りに行っていますが、クジラを見たのは生まれて初めてでした。クジラは高さ5メートルくらいのところまでジャンプしていて、大きな音と水しぶきでとても驚きました」と話していました。

東京海上保安部は、目撃されているのは同じクジラの可能性があり、衝突すると事故につながるおそれがあるとして、引き続き、近くを航行する船に注意を呼びかけています。


専門家「ザトウクジラか 近寄らないよう注意」
クジラの生態に詳しい「日本鯨類研究所」の顧問で、東京海洋大学加藤秀弘名誉教授は、NHKに寄せられた動画に写っていたのは、体長が12メートルから13メートルほど、重さが25トンくらいの若いザトウクジラ*1だとしています。

加藤名誉教授は「日本近海のザトウクジラは、冬に沖縄辺りで繁殖活動を行い、日本の北、カムチャツカ半島東岸沖まで餌を食べるために夏にかけて北上する。今回のクジラは北上しているところで東京湾に迷い込んだものと考えられる」と指摘しました。

そのうえで、「日本近海のザトウクジラはここ数年で数が増えているため、このような事例が起こることは予想されていて、東京湾に迷い込むこと自体はあまり珍しくはない。ただ、今回は岸の近くまできていることに驚いた。迷い込んだクジラは2週間くらいはその場にとどまることがあり、今後はこのまま自然に出ていってくれるのを待つのがいいと思う」と話していました。

一方で、「クジラが飛び跳ねている映像を見ると、大型船が近づいたことに反応して飛び跳ねたと考えられる。このような大型船の場合には、エンジンの音を聞いてクジラが船をよけるが、エンジン音の小さな船やヨットなどは、クジラが気づかずにぶつかってしまうことがあるので、見かけても近寄らないようにしてほしい」と注意を呼びかけていました。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20180625/k10011494651000.html

ところで、『シン・ゴジラ*2は鎌倉から上陸したんだっけ?
シン・ゴジラ DVD2枚組

シン・ゴジラ DVD2枚組

銀座ではなく新宿

加藤典洋*1中原中也(3)」『図書』(岩波書店)832、2018、p.41


書き出しに曰く、


とはいえ、不思議なのは、私が一九六六年、六七年には、高度成長のさなかの新宿で、いっぱしのフーテン風俗*2のなかにいたことである。上京してほどなく、女友達に連れて行かれた新宿の風月堂には不思議な匂いが立ちこめていた。やがてそれがマリファナの匂いであることを私は知る。六六年の夏は新宿の東口広場、ジャズ喫茶、二丁目のバー「DADA」、「LSD」などで夜を明かした。サイケデリックという言葉が行き交う夏、私はフランスの新文学などを読んでいた。
ここでいう「風月堂」というのは銀座に本店がある「東京風月堂*3とは無関係。私の世代においては、一つ前の所謂団塊の世代とその対抗文化に対する羨望という文脈において、屡々、北野武ビートたけし)、中上健次といった固有名詞を伴って言及されていた。
「Place(場所の記憶)」という団塊の世代の方が書いたと思われる頁には、

文化拠点として60年頃から70年代前半の時代の象徴的な存在が風月堂でした。滝口修造白石かずこ谷川俊太郎寺山修司三国連太郎岸田今日子天本英世などなどが集まったと言われ、ジャズが流れる文化的な雰囲気というか雑多というか、いい加減さも相当なもので、70年前後からアングラ、反戦運動新左翼の拠点として名声、轟き、一日中コーヒー一杯でたむろできるというのでフーテンの溜まり場となり、ラリって階段を転げ落ちても追い出されなかったと。常時、アメリカやフランス、ドイツなど外人のヒッピーが30,40人出入りしており、マリファナLSDが売られているという噂も立ち、伝説化しました。麿赤児の話によれば唐十郎と初めて出会ったのは風月堂だったと書いています。女性は10人程度しかいなかったとあります。
 週刊誌にも取り上げられ、全国から若者達が押し寄せ、何時間も店にたむろし、芸術的な雰囲気は薄れ、各種のトラブルから73年に閉店に追い込まれてしまいました。以降、二度とこういう喫茶店は現れず、やがて喫茶店文化は衰退していきます。私も何回か行きました。煙草の煙でもうもうとしていました。混んでました。うるさくはなかったですが、静かという雰囲気は欠片もありません。常連さんが多いところは、あまり居やすいものではありませんが、ここは私のように何かあるのでは、という気分で入った人も多かったです。
とあり*4
また、『東京紅團』というサイトの「びーとたけしの新宿を歩く」という記事には、

新宿風月堂は、三越新宿店南館か建っていた土地(現在は大塚家具新宿ショールーム)の北側、中央通りに面した場所にあった。当初,昭和20年(1945)の暮れに世田谷区祖師谷大蔵に創業し、横山三郎、横山正二によって主として経営されていた。風月食品工業のパン工場で焼いた洋菓子を販売するための店として、昭和22年(1947)正月には開店していたという。……大きく発展したのは、昭和24年(1949)夏の改築後からである。クリーム色でモルタル塗りの曲面を持つ壁、唐草状装飾や大きなガラス窓が美しいモダンな外観で、客席90の店内は白い円柱が中程に立ち、漆喰壁に彫刻が施され、様々な照明器具が灯されて、白壁が明るく広がりを感じさせるものだつた。店内には,豊富な種類のクラシックレコードから客のリクエスト曲が流され、横山氏のもう一つのコレクション、日本の洋画と彫刻作品が惜しげなく何点も飾られた。終戦後の侍しい都会の住宅事情、議論や会話で人間同士のふれあいを求めてやまない当時の風潮のなかで、新宿風月堂には多くの人々が集まるようになった。昭和27年(1952)初頭には、店独自の選曲で、レコードを解説付きで名鑑賞する、レコードコンサートの第1回が開かれた.その当時は,一ケ月のうち25日も訪れる常連が客の8割にのぼったという、連日超満員の様子は、およそ20年先の、昭和48年(1973)の閉店まで続くことになる。(「琥珀色の記録〜新宿の喫茶店」新宿歴史博物館より)
と書かれている*5
子どもの頃、親に連れられて何度か新宿に行ったことはあり、ビルが林立する以前の、淀橋浄水場跡地だった頃の西新宿の風景の記憶もあるのだが、初めて独りで新宿をほっつき歩いたのは「風月堂」閉店の翌年の1974年だった。

出版社の思惑など

承前*1

篠田博之*2「あの「ロス疑惑」騒動に似てきた「紀州ドン・ファン」怪死騒動の新展開」https://news.yahoo.co.jp/byline/shinodahiroyuki/20180625-00086958/


曰く、


警察は関係各所に家宅捜索を行うなど精力的に捜査を進めているようなのだが、まだ事件として立件するには至っておらず、現時点ではこれが殺人事件なのかどうかもわからないのが現実だ。しかし、週刊誌やワイドショーは「犯人視報道」と言ってよい大報道を展開している。かつての「ロス疑惑」事件や、和歌山カレー事件を彷彿とさせる騒動なのだが、ここへきて妻が弁護士を雇って疑惑報道を展開する週刊誌を次々と告訴したり差し止め請求の仮処分を申請したりし始めている。報道をめぐるこういう攻防戦も、「ロス疑惑」事件を思い起こさせる。
警察による「立件」以前からの疑惑報道ということではそうなのだろう。しかし、具体的なプロットにおいては、今回は「ロス疑惑*3とはかなり違っているようだ。「ロス疑惑」では、メディアや世間の注目は三浦和義という或る種のカリスマ的人物に集中し、しかも、悲劇の主人公から凶悪犯罪者へという、ジェット・コースター的などんでん返しがのっけからあった*4。それに対して、今回の場合は、あの悪目立ちしているらしい若い女性にしても、まだ大勢の中の一人にすぎないようだ。
さて、篠田さんにとっての、「ロス疑惑」の意味は興味深い;

 1984年の「ロス疑惑」事件は、それをきっかけに今に至る「報道と人権」をめぐる議論が始まったという意味で、エポックメイクな騒動だった。当時ターゲットにされた三浦和義さんの逮捕直後から1年以上にわたって、大報道にさらされる側からマスコミ報道を検証したらどう見えるかという連載を続けたのが、月刊『創』だった。多くの市民はテレビカメラを通して三浦さんを追いかけているのだが、その三浦さん側から見たら騒動はどう見えるのか、というのを連載したのだ。

 これはつまり視点や立場を変えると報道がどんなふうに見えるかを検証するという、メディアリテラシーの実践だったのだが、当時、大量の週刊誌やスポーツ紙、新聞のテレビ欄などを連日コピーして獄中の三浦さんに送り、彼の視点から論評してもらうというその作業のために、スタッフ1人が張り付き、私は毎月東京拘置所に通うという日々が続いた。叩かれている側からマスコミ報道を見てみるというこの視点は、その後の『創』の基本パターンのひとつになったという意味でも思い出深い。

また、この篠田氏の文章を読んでわかったのは、この死亡事件が事件として構築されたことに関しては講談社という出版社の思惑を抜きには理解できないということだ。これも大した根拠はないのだけど、雑誌部門と書籍部門との連携ということでは、講談社は新潮社や文藝春秋の上を行っているのでは?
さて、


木村隆志「「紀州のドン・ファン」過剰な報道への違和感 」https://toyokeizai.net/articles/-/225394


この6月16日付の記事で、木村さんは


最初は「美女4000人に30億円を貢いだ資産家・紀州ドン・ファンが亡くなった」という穏やかな報じ方でしたが、すぐに論調が一変。「55歳年下のモデルと今年2月に結婚したばかり」「愛犬のイブも5月6日に急死していた」「警察が死因を『急性覚せい剤中毒』と発表」などのキナ臭い続報が次々に報じられました。

この手の過激な報道は、週刊誌ではごく当たり前のことであり、特に驚きはありません。しかし、ワイドショーの各番組が、「まるで刑事ドラマでも見ているか」のような報じ方をしていることは看過できないのです。

と述べている。さらに、

 ワイドショーの各番組には、司会者とコメンテーターのレギュラー陣に加え、「元刑事」「元麻薬取締官」「弁護士」などの専門家が登場。これを刑事ドラマに置き換えると、司会者・コメンテーター・専門家は、刑事と捜査協力者に当たり、事件を解決するためにさまざまな考察を展開していきます。

刑事ドラマにおける事件解決への第一歩は、「死因の確定」と「容疑者の浮上」。ワイドショーの各番組も、当初から死因にふれてから、「覚せい剤を自分で打つ量にしては多すぎる」などの不自然な点を指摘することで、さまざまな人物を浮上させていきました。

55歳年下妻、溺愛されていた愛犬・イブ、ホステスのような派手な服を着た家政婦、つい最近まで会話を交わしていた近隣の友人、野崎さんの会社に勤めていた元従業員、親交の深かったデヴィ夫人。刑事ドラマで言えば、容疑者候補のキャストを登場させ、視聴者に「この人があやしい」「きっとこいつが犯人だ」と予想させる段階です。


しかし、ここまでの報道を1時間の刑事ドラマにたとえると、まだスタートから30〜40分の中盤にすぎません。犯人逮捕、犯行方法や理由の解明は、まだ先であり、私たちはそれ以前の段階を長々と見せ続けられているのです。
また、

最後に話を少し広げると、いまだ収まらない日大の騒動*5に関するワイドショーの報じ方にも似た現象が見られます。

選手、監督・コーチ、学長、理事長と、次々に悪役を登場させ、一人一人成敗していくような展開は、まるで勧善懲悪のドラマ。事実、最初に行われた選手の謝罪会見では、ワイドショーのリポーターたちが、怒りや憎しみを引き出すような質問を繰り返して、巨悪をあぶり出そうとしていました。その質問内容はジャーナリズムというより、ドラマ演出のようだったのです。

2013年に社会現象となった「半沢直樹」(TBS系)*6の大ヒット以降、勧善懲悪ドラマが量産され続けていますが、それがワイドショーの演出にも波及しているということではないでしょうか。勧善懲悪ドラマで、真っ先に思い浮かぶのは時代劇。かつて「水戸黄門」などが再放送されていた時間帯に放送しているワイドショーは、時代劇の代替品となっているのかもしれません。

*1:http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180612/1528776405 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180617/1529170865 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180620/1529456375 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180624/1529864176

*2:See also http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20100606/1275795070 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20141208/1418006689 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170329/1490807240

*3:See http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080226/1203991862

*4:起の段階で、まだ承も始まらないのに転が起こった、みたいな。

*5:See also http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180515/1526402283 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180517/1526526344 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180518/1526605124 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180520/1526830731 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180521/1526870676 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180522/1526951457 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180523/1527042148 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180524/1527126099 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180524/1527139574 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180525/1527213239 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180525/1527235507 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180526/1527301904 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180527/1527395126 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180529/1527606338 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180530/1527650525 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180601/1527853486 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180602/1527961419 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180604/1528124480 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180607/1528386339 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180614/1528940243 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180618/1529341695

*6:Mentioned in Mentioned in http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20131112/1384194411 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20140103/1388727355 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20161111/1478849737 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180205/1517756763