Living, Loving, Thinking

2018-09-12

或る空白

刻々と近づく「はてなダイアリー終焉*1を巡って。

フミコフミオ*2「さようなら、はてなダイアリーテキストサイト界底辺で死にかけていた僕を救済してくれてありがとう!」http://delete-all.hatenablog.com/entry/2018/09/03/190000


たった1つのパラグラフ! その後半を切り取っておく;

(前略)2003〜4年のはてなダイアリーには僕が求めていたシロート的な面白さがあった。正直な感想をいってしまうと、テキストサイトのスターや有名人と当時の平均的なはてなダイアリー利用者では、スキルでは天と地の差があったと思う。だが、下手くそなシロートだけども面白いことやってやるというパンク精神や好きなことについてだけ延々と語る独立精神が当時のはてなダイアリーにはあった(僕の観測範囲では)。当時は「はてな」や「はてなダイアリー」のトップを眺めるたびにパンクのような勢いのあるダイアリーを見つけることが出来た。今の「はてなブログ」は、文化として成熟してしまったからだろうね、ウケる(読まれる)コンテンツみたいな方法論が確立してしまっていて、まあそれは悪いことばかりではないのだけども、正直、《その人じゃなければ書けない記事》は数えるほどしかない。はてなブロガー諸兄は、読まれることを考えすぎなのではないか。いちど、シコシコと自分語りをしてみてはどうだろうか。多くの人から読まれたいというのは結果にすぎない。書きたいことを書くのがブログだと思うし、そうじゃなきゃ続かない。それに他人からの評価を気にするのは仕事や学校だけで十分じゃないか?僕が今、はてなブログでやっていることは、かつて僕が親近感を覚えていたテキストサイトの2018年版だと最近、自分で気づいた。おかげではてなブログでは浮きまくっているけれども、まあ仕方ない。かつてのテキストサイトのスター・有名人はそのままウェブの世界でも有名人になっている方が多くて「スゲー!」と思うけどシンパシーは感じない。彼らは結局のところ芸能人枠なのだ。僕の中で。なんというか違うのだ。僕とは。その距離感は憧れだったテキストサイトたちに違和感を覚えたあの頃からあまり変わらない。あの頃のテキストサイトの空気に似た、はてなダイアリーの雰囲気が僕は好きだった。僕=フミコフミオという存在を作ってくれたのは間違いなくはてなダイアリーだ。僕に居場所を与えて、受け入れてくれたはてなダイアリーには本当に感謝しているし、終わってしまうのはやはりちょっと寂しい。願わくば、はてなダイアリーにあったパンク精神や、書きたいことだけを書きつづけるみたいな風潮が、今よりも少しでもいいので、はてなブログ界隈からも感じられるようになるといい。今、僕は「はてなブログ」で書いているけれども、気分はずっと「はてなダイアラー」のままだ。親しくしていたはてなダイアラーの多くはヤメてしまったけれど、僕はこれからもはてなダイアラーの生き残りとして書き続けていきたい。僕が「はてなダイアリー」を終わらせない!本当に、ありがとう、さようなら、はてなダイアリー。これからもよろしく。

ここだけじゃなくて、blogの前史という感じで、「テキストサイト」というのがよく語られているのだけど、この「テキストサイト」という存在は記憶の空白になっている。だから、、「テキストサイト」って知らないの? あんたあの頃(1990年代後半から21世紀初頭)ネットやってたんでしょ! と言われても、返答に困る。

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