夏のひこうき雲 このページをアンテナに追加 RSSフィード

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 はじめに

2017/12/25(月)

 忘れた頃に更新するこのカテゴリー。このカテゴリーの前回の記事は2006年12月30日。じつに11年近くが経ちました。このような書き方もあります。

 これまでの分を見る場合には、記事タイトルの[幸福の王子]というカテゴリー名をクリックしてください。記事が上から新しい順番に並びます。1頁に表示しきれない場合は「前の○日分」というリンクが記事全体の前後に表示されますので、適宜クリックして戻ったり読み進めたりしてください。

 テキスト全体はhttp://www.hyuki.com/trans/prince.htmlからご覧ください。

「ずっと向こうの」と、王子の像は低く調子のよい声で続けました。 「ずっと向こうの小さな通りに貧しい家がある。 窓が一つ開いていて、テーブルについたご婦人が見える。 顔はやせこけ、疲れている。 彼女の手は荒れ、縫い針で傷ついて赤くなっている。 彼女はお針子をしているのだ。 その婦人はトケイソウ〔訳注:(passion-flower)この花の副花冠はキリストのいばらの冠に似ているという〕の花をサテンのガウンに刺繍しようとしている。 そのガウンは女王様の一番可愛い侍女のためのもので、 次の舞踏会に着ることになっているのだ。 その部屋の隅のベッドでは、幼い息子が病のために横になっている。 熱があって、オレンジが食べたいと言っている。 母親が与えられるものは川の水だけなので、その子は泣いている。 ツバメさん、ツバメさん、小さなツバメさん。 私の剣のつかからルビーを取り出して、あの婦人にあげてくれないか。 両足がこの台座に固定されているから、私は行けないのだ」

幸福の王子

<版権表示>

Copyright (C) 2000 Hiroshi Yuki (結城 浩)

本翻訳は、この版権表示を残す限り、訳者および著者にたいして許可をとったり使用料を支払ったりすること一切なしに、商業利用を含むあらゆる形で自由に利用・複製が認められます。

プロジェクト杉田玄白正式参加作品。

<版権表示終り>

幸福の王子

1

 王子の声は低く調子のよい声で続けるが、王子が話すのは、貧しい家の、やせこけて疲れた顔の婦人と、オレンジが食べたいと言って泣いている幼く熱のある息子。王子は、自分の話題に声をひそめることはしない。その光景を、王子は、その時知ったのではない。そのような光景は、王子は、前から見聞きしているのだろう。今さら声を落としはしない。高い声で話すことではないが、王子自身はいまだ、倦み疲れた声ではない。涙を流してはいても、王子には希望がある。ルビーを婦人にあげて、婦人とその幼い息子を助けるという希望が。自分だけでは望めなかった、ツバメと話すことで生まれた、希望。

2

 婦人はやせこけて疲れた顔であり、家は貧しい。刺繍しようとしているのは、女王様の一番可愛い侍女が次の舞踏会に着ることになっているガウンへの、トケイソウの花。貧しく色あせているであろう室内と、ガウンや花のコントラスト。幼い息子が欲しがるのも、鮮やかなオレンジ。王子は紅いルビーをあげようとしている。婦人や幼い息子と対比される、刺繍しようとしていながら、欲しいと思い描きながら、その親子とはほぼ無縁な、それなりにきらびやかであろう衣類、ありふれてはいるがみずみずしくいろどりが目を引く果物。

3

 トケイソウについて訳注は「この花の副花冠はキリストのいばらの冠に似ているという」とあえて注意喚起している、原作でもそのような暗示があるのだろう。幸福の王子の一連の行為をキリストの自己犠牲になぞらえているということだろうか。トケイソウの画像を探すと、紅色から紫色にかけて様々な色の品種があるようだが、たしかに花びらの近くに、細くいばらのようにちぢれたものがある。婦人は貧しいが、その刺繍をされたガウンを着るのは、女王様の一番可愛い侍女であり、舞踏会である。そのような豊かな人と貧しい人のつながり、あるいはつながりのなさは、今の私たちのまわりにもある。自己犠牲を暗示する刺繍のあるガウンを着るのは、女王様の一番可愛い侍女。自己犠牲を思い立つのは、寒空の下の、心臓が鉛でできた、薄い純金で覆われてはいるものの、泣かずにはいられないと低く調子のよい声で言う、柱上の、王子の像。

4

 貧しい家の婦人が、熱があり病んでいる幼い息子にあげられるのは、川の水だけだという。息子は幼いから、川の水だけで我慢したりはしない。川の水だけで我慢できるものではない。熱があるからなおさら、我慢できずに、オレンジが欲しいと言って泣く。病気の幼い息子に何かあげたくとも、欲しがるものはあげられない、川の水しかあげられない、貧しく、みずからはやせこけて疲れた顔をした、婦人。

 息子の父はどこにいるのだろう。働きに出ているのかもしれないし、死んだのかもしれないし、妻と子を見捨ててどこかに行ってしまったのかもしれない。あるいは夜になると帰ってくるのかもしれない(作品中では夜にも帰ってきていないようだが)。いずれにせよ、夫は、父は、助けにならない。

 幸福の王子は、自分のルビーが役に立つことを感じる。しかし、足が動かないから、自分では助けられない。王子の涙をきっかけにしてたまたま話し始めることとなったツバメには、足と翼がある。ツバメがその気になれば、婦人と幼い息子を、助けることができる。涙を流していた幸福の王子には、希望ができた。低く調子のよい声は、ツバメに願いを聞いてもらうためもあるのかもしれない。二人の様子を説明し、自分の代わりに、自分のルビーをあげてほしいと頼む。

 助けたい人を知っていても、ルビーという資源を持っていても、届ける手段がない。届ける手段を持っている人に、託すしかない。そういうことは今の社会にもある。ただ、幸福の王子は、「やろうと思えば自分でもやれるけど現実的にはむずかしい」というのではなく、両足とも台座に固定されており、行けない。無念である。黙って涙を流すしかない。そこにツバメが来たのだった。

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