『真奈川恵太 26歳』

 冬の寒さに凍えながら駅から走ってきた。
 実家に帰るのは3ヶ月ぶりで、扉を開ける番号を押すのも新鮮に感じた。
 ガチャリと玄関のドアを開ける。 その響きは3ヶ月前と同じでスグに実家の雰囲気に心が溶けた。
 ズルズルと言う音を聞き、リビングに人が居るのを感知させた。

 龍馬はソバをススッていた。 霧絵さんが作ったのだろう。
 龍馬の食べる姿をほほえましそうに見ている霧絵さんの笑顔にタンポポが笑顔を作る風景をダブらせてみる。 霧絵さんはもう食べ終わったようだが、じっと龍馬を見ていた。

 「おう、恵太、久しぶりだな。 飯はもう食ったのか」
 「あら、恵太さん、お久しぶり。 おソバあるけど食べる?」
 「こんばんわ、霧絵さん。 僕もいただけると嬉しいです」

 霧絵さんは皿を出し、なべからソバとそばつゆを取り、リビングのテーブルに置いた。
 その間に俺は手を洗う。
 箸を取り、「いただきます」と言う。
 いただきます。 と言うことで拒食症と過食症のリスクが減る。 ちゃんと食べたという実感が湧くからだ。
 また食事もおいしく食べたほうがいい。 ごちそうさま。 と心から言えるからだ。

 龍馬の視線に気づいた。 おそらく聞こうとしているのだろう。 何を? その目はどこか遠くを見ているようだ。

 「恵太、お前、でかくなったか?」
 「そうですね、また2キロ体重が増えました」
 「柔術か?」
 「筋トレもしていますしね」

 会話をしながら、なぜそんなことを問うのかと思案した。 そういうことが聞きたいわけではないだろう。 おそらく、無職であることだ。
 もう3年も無職である。 キツイものから全て逃げ、楽なものだけを追い求めていた。
 統合失調症の薬を飲みながら、あとは遊びほうけていた。

 「お前、そろそろ就職なんかしないのか?」
 「就職ですか? 何のためです?」
 「お前、両親の年金頼りに生きていて悔しくないのかよ」
 「いいえ、2年前から仕送りは貰っていません。 自分で稼いだ金で暮らしています」
 「違うだろ、仕送りをしなければいけないのはお前だろう」
 「その通りなのかもしれないですね。 ただ、まだ幾分も余裕がなくて」

 仕送りはしていないが、年に3,4回、旅行などに行き、プレゼントなども渡している、。 両親は何もくれないが、自分は両親に愛を与えている。
 父母に対して、自分が返せるものはないが、せめて世間的に認められる子から親への愛情を送っているつもりだ。
 父母への愛情を感じてやってるものではないが、一般論でいいから、父母を愛している行動を繕おうとはしている。

 「まあいい、定職に早くつけ。 世間はもう待ってくれないぞ、どんどん立場が悪くなる。 お前だって、世間様の役に立つ人間になりたいと思っていただろう」
 「そうですね、今でもそう思っています」
 「じゃあさっさと就職しろよ!」
 「就職だけが、社会貢献とは思いません」

 ガシャリと音がする。 龍馬が茶碗を投げたのだ。 それが右肩に当たり、割れる。
 しかし目は龍馬から逸らさない。 龍馬が立ち上がり、近づく。

 思いっきり、うえから持たれ、投げられた。
 が、しかし、龍馬の股に手を突っ込み、そんなには投げられない。 飛ばない。
 地面にドスンとしりもちをつく倒れ方をする。

 なんだ、龍馬、そんなものか。
 俺は柔術を3年習った。
 素手では負けない。

 一気に相手を寝技に引き込む。
 龍馬、お前には分からないだろ。
 寝技は分からん殺しである。 分からないものはなされるまま殺されるしかない。

 クルリと上下を転換する。 マウントポジション

 「今のはフラワースイープって言うんだ」

 龍馬を見下す。 龍馬、お前はこんなに弱いのか。
 あんなに強い龍馬に勝てる状態であることがわかるが、まったくドキドキしない。
 当たり前だからだ。 知らない技はよけられないのが寝技だ。 ここから、負けることは100%ない。

 「龍馬、強いのは知ってるよ。 棒でも持ってれば剣道では負ける。 だが、素手ならここから俺が勝つよ。 今なら土下座して謝れば許してやるけど?」

 龍馬が憤怒の形相をして立ち上がろうとする。
 させない。 ニーオンベリー。 みぞおちに膝を乗せる体勢を取る。
 みぞおちには横隔膜がある。 ここを踏まれると、息を急激に吐くことになる。
 呼吸ができない。 「ガアアアアア」とほえる龍馬。

 俺はそれが楽しい。 もう無理だ。 龍馬はもう勝てない。 それが分かっている。 寝技とはそういうものだ。


 「やめてええ!!!」 霧絵さんが叫ぶ。

 スッと立ち上がり、龍馬から離れる。 霧絵さんに申し訳ない。 確かにそうだ。
 「すいません」
 「なんでこんなことするの!? あなた達兄弟でしょ!」
 兄弟でも殺しあうことすらある。 家族でも暴力を振るう。 それを霧絵さんは知らない人だ。 一人娘、温室育ちの生活をしてきたのだ。

 「龍馬、ごめんな。 今日は日が悪いみたいだ。 またの機会に会おうな」

 そういって、来た玄関から、俺は帰りにつく。
 ただ、両親を旅行に誘いに着ただけなのになあ……




 渋谷の109を抜け、テクテクと歩く。
 渋谷は浅いようで深い。 街の構造自体は3日も遊べばだいたい分かってしまう。 道玄坂ブックオフ、ラーメン、洋服、本屋。 回ってしまえばスグだ。 しかし、深さもある。 ディスコの裏風俗、イリーガル店、脱法ドラッグ窟。
 今日来たのはその深い中でも比較的合法のバーだ。 木原と近くで待ち合わせしており、しばらく時間を潰すためだ。

 退廃的な音楽と、うつろうようなアルコールの霧、踊り狂う薬物中毒の女と、それを見て下品な罵声を浴びせる観客。
 彼女は踊り狂うことで薬物を得ているが、彼女は彼女の人生を薬物に壊されることをどう思うのだろうか。 冷静になったら後悔するのだろうか。 現状の気持ち悪さなど忘れて、必死に踊るのだろうか。
 それはまるで金のために働く労働者にも似ている。 必死ならば何でも肯定されると思う労働者。 日々の糧を得るというその心意気は、彼女と何が違うのか。 冷静になったら後悔するのだろうか。 現状の気持ち悪さなど忘れて、必死にしがみつくのだろうか。

 ふと、木原が目についた。 約束の時間まで時間を潰している俺とは対照に、女と遊んでいた。 胸をもみながら、酒を飲ませている。 木原が持った酒を、女が無理やり飲まされている。
 これはいけないだろう。

 「木原、やめろよ」
 「お? 恵ちゃんきてたのか。 約束の時間までは好きにさせろよ」
 「彼女、酔ってるだろ、やめろよ」
 「喜んでるんだよ、この女は。 まあ、いいや、お前が言うならやめてやるよ」

 グイと自分で酒を飲む。 女がにらんでいる。 おい、なぜだ。 お前が苦しそうにしたから止めたんだろ。 アルハラは今ではつかまりかねない。
 そもそもアルコールは毒だ。 アセトアルデヒド脱水素酵素が不足している人が飲むと、急性アルコール中毒で死んでしまうこともアル。
 それに精神病などの羅漢率にも大きくかかわる。
 そもそもアルコールを飲むこと事態非生産的なのだ。

 「ちょっと、あんた! なんで止めるのよ!」

 そうか、分かった。 この女、木原に虐めの時しか関わってもらえないような付き合いなのか。

 「うぜえよ、だまれよ」

 木原が女の耳にユビを突っ込む。 女が悲鳴を上げるが、この爆音の中では聞こえない。

 「またせたな、恵ちゃん、行こうか」
 「実は、刈谷も呼んでるんだ」
 「ふうん、令ちゃんもか」

 バーをでて、道玄坂刈谷を待つ。 刈谷は近くの自販機でコーラを買っているところだった。
 刈谷を呼び、静かなバーに移動する。

 「令ちゃんよ、助手ってどんなんだい?」
 「特にどうというデューティーもないね。 ただ毎日研究してるだけだよ。 作業だね。 教授も物分りいいし」

 上司に向かって物分りがいいと言うあたり、さすが優秀な奴は違う

 「さすが令ちゃん、神童っぷりは相変わらずだね。 恵ちゃんにもなんか言ってやってよ、無職で女子高生はべらしてよろしくやってる奴は何の夢もないのかってよ」

 刈谷はグラスに目を落としたまま、やや思案して、微笑しながらつぶやく。

 「真奈川は、最近どうしてるんだ?」
 「相変わらずだよ、木原が言ったとおりだ。 お前達と違って難しいことは何も考えないよ」

 小説家の木原と、天下のT大助手の刈谷。 二人を前にして、無職であることは劣等というのを色濃くする。
 木原は今日話をフリすぎではないか。 酔っているのか。 こいつは俺をどうでもいいと思っているのだろう。 交友関係の一部。 それなのに、なぜそうまでして気を送る。 そういう人間関係のとり方が優秀なのだろうか。
 いや、いつもより明らかに話を振ってくる。

 「なあ、木原、お前こそ何なんだ? 無職ってことは分かってるのに、天下の小説家様が道化じみたことしてるのはおかしくないか?」
 「恵ちゃんよ、お前、そろそろ生意気に盛りが付いてきたな。 ヒモで食ってるとそうなるのか?」
 「ヒモはそんなに悪いかな?」
 「どうしようもねえな、男なら稼がなきゃならないだろ」
 「お前や刈谷と違って、能力が無い人はとは考えないのか?」
 「試そうともせずになにいってんだか。 そういうのの答えはもういくらでもそこらの俗物に考えさせたらいい。 お前、そんなことも分からないのか」

 木原の頭に筋が見える。 それは怒っているのか、何に。

 「俺は真奈川は別に優れていないとも感じないが。 ただ、冷たいところはあるな。 だが、それでも受け入れてくれる人たちに包まれてヒモをしているのであれば、それも一つの解決なんだろうな」
 刈谷が諭すように言う。

 「そうそう、恵ちゃんは能力うんぬん以前に冷たいんだよ。 人が死にそうなときに、死ねばいいとか言っちゃうサイコ野朗だからな」

 3年前のことを思い出す。 必死に2人が心肺蘇生をやっているソバで、俺はなぜそんなことを2人がやっているか分からなかった。
 死刑になってもおかしくない犯罪者をナゼ生かすのかと。
 だが、彼女は被害者であった。 助けるべき人だった。
 それを俺は……

 「そうだな、俺はちょっと冷たいかもしれない。 だが、お前らの俺に対する態度もそうとうなもんだろ?」

 ピキリと鳴った気がした。 それは空気が震える音だ。 この場の空気が割れる音。
 木原が椅子を蹴倒しながら、殴りかかってきた。
 頭をひねり、側頭で受ける。 大丈夫、頭蓋骨はハンマーでも割れない。

 グダっとテーブルにもたれかかる。 確かにボクシングを習ってるやつのパンチは違うな。
 木原がまた距離をつめる。 つんのめるような体勢で近づかれると距離感が分からない。
 俺は後ろによろめくようにバックステップで下がり、しりもちをつく。
 木原がマウントしてくる。

 ガシリと木原の腰を脚ではさむ。 クローズドガードというポジション。
 もう負ける気がしない。 ボクサー相手にこれは詰みだ。

 ふと目の端に刈谷が写る。 こっちを見るな。 木原が壊されるのが不安なのか? そうだな、お前達は仲良しだな。 屋台をやる時も2人は一緒だったな。 俺みたいなゴミとお前らは違うってか……。

 木原が手打ちでパンチをしてくる。 きかないし、よけられる。 そもそもボクサーでも素人でも、パンチスピードは余り代わらない。 引く速度が速いだけだ。

 脚で相手を抱いたまま、上体を起こす。 木原を抱きしめるようなポジション。 そこから一気に後ろに向かって身をひねる。 身をひねるのに、木原はついてきてしまう。
 ヒップスイープという技だ。
 上下が逆転した。
 と、木原が手にフォークを持っている。 ヤバイと思い、一端立ち上がる。

 「木原、フォークなんて持って危ないじゃないか」
 「柔術やってる奴相手に、勝負にならないからな、寝技じゃ」

 分かっているようで、木原、お前は分かっていない。

 ガラリと椅子を持ち上げる。 刃物には椅子がいい。 一方的に勝負ができる。 リーチが違う。 ダメージは与えられないが、刃物相手なら。

 ガチ。
 一発でフォークに椅子が当たり、木原の手から落ちる。

 瞬間、椅子を捨て、木原と距離をつめる。 木原はボクシングのポジション。

 俺は、スライディングをする。 地面を走る動きをボクシングでは捕らえられない。

 両足をクロスする。 鋏のようになった、足で、ちょきんと木原の左足をとらえる。 手は木原の右足を両手でつかむ。
 脚と手で、木原の右足左足を広げる。 股割り状態。
 Xガードの体勢。

 木原は股割りに耐え切れず、前のめりに倒れる。
 即座に手足を離し、木原の背中に回る。 おんぶの体勢。
 この体勢は木原は何も出来ない。 立ち上がれない、攻撃できない。

 「木原、もう終わりにしないか? 俺の勝ちだ」
 「うるせえ!」

 木原の首を後ろから絞める。 裸絞め。
 俺の左腕の肘の裏(肘窩) が木原ののど仏に食い込む。
 木原の耳が赤くなる。

 スッと絞めを解く。
 木原はゲヒゲヒと咳き込みながら、のたうつ。 のどの関節が一部外れたかもしれない。

 「刈谷、悪いな、俺やっぱり帰るわ。 調子悪いみたいだ」
 刈谷にそう残し、帰ろうとすると、刈谷に手をつかまれる。

 「別に、お前がわるいとは思わない。 木原には悪いが、もう一軒つきあってくれないか?」

 刈谷が俺を誘うとはめずらしい。
 木原も立ち上がる。

 こいつは、どうするのだろうか。


 「恵ちゃん強くなったな。 まあ、今回は俺が悪いしな。 わりーけど、のどのどっか怪我したから、今日は俺帰るわ。 またな」

 あんだけやられて、もう熱が冷める当たり、さすが優秀なやつは違うなと感じた。
 木原は泣きながら笑っている。 一般的な人間性を超えた優秀さを感じさせた。 やはり優秀なんだなと感じさせる。

 カランカラン。
 刈谷に連れてこられたバーは看板もない店であった。 出てきたメニューは3品のみ。 あとは酒を自由に頼めるらしい。

 酒のメニューなどなく、バーテンのカウンターを見て注文するらしい。

 「わりとマニアックなのもあるけど、真奈川は何がいい?」
 「俺はわからないから、刈谷が注文したのと同じので」
 「そうか」

 刈谷はなんだか長ったらしい名前の酒を頼んだ。

 「真奈川、喧嘩強くなったんだな、木原より強いなんてなあ」
 「龍馬にも勝ったからね。 木原には勝つよ。 寝技は分からん殺しだからね」
 「そうなのか、そっちのほうは俺は分からなくてな」

 刈谷はやや上目線になって俺を見る。 どこを見ているのか。 甘えたような目つきに、サブいぼが出来そうだ。

 「真奈川は、今だれと付き合ってるんだ?」
 「付き合っているのは、なつめ。 あと、朝宮とも多少ドライブなんかしてるな」
 「朝宮は結婚してるだろ。 不倫と知ってやるのは犯罪だぞ」
 「どちらとも体の関係は無い。 不倫じゃない。 友人としてだ」
 「それは微妙だな……」

 と、酒が来た。 にごりがある、フルーツだろう。 ちびりと飲んでみると、それなりの度数だった。

 「乾杯、してないのに。 まあいいか」
 「もう、さっきの店でしただろ」
 「ふむ、そうだったな」

 刈谷の論理的な思考にやや感情論が混じっているのに気づく。 乾杯など、やらない時点で先ほどの店でのことを思い出して論理で消化するのが刈谷のはずだ。 乾杯になにか感傷的なものを求めているのだろうか。 そのような俺の思考に刈谷は気づいているのだろうか。

 「なあ、真奈川。 ぶしつけなんだが、腕を触らせてくれないか、それに、脚を」
 「別にいいけど、」

 言うが早いか、腕をフニフニと触られる、脚もフニフニと触られる。 「力入れてくれ」といわれ、脚と腕に力を入れると、グニグニと触られる。

 「ふん、弾力があるし、力を入れれば太くなる。 すばらしい筋肉だな」
 「まあ、そういう風になるように鍛えているしね。」
 「そうか」

 刈谷は上目線を下ろし、俺を一直線に見る。 ふと刈谷の背景にバラの瓶が見える。 大きなバラだ。

 「なあ、真奈川、実は俺はお前が好きなんだ。 ホモだ」
 「そうなんだ……」
 
 さもありなん。 刈谷から女の話はまったく聞いたことがない。 体育の時にもパンツが見えないように着替えていたのもいぶかしんだ理由だ。 それに、ションベンを隣の便器でした時も、そそくさと終えて逃げるように出て行った。 そのような記憶から一時ホモを疑ったこともあるが、本当だったのか。

 「それで、それを言うということは、そういうことだよな?」
 「ああ」

 つまり刈谷は俺を誘っているのだ、どこまでだろう。 ホテルなどに行くということだろうか。 しかし、俺に彼女が居ることをしっていながら、どうしてそういうのか。

 「なあ、刈谷、正直に言って、俺はバイだ。 性欲はないが、男ともやる。 男の遍歴は聞く気はあるか? 辛いか?」
 「俺が好きなのは、お前だけど、それでも他の男とも俺はやったよ」

 できるだけ冷静に、しかし唇は焦燥だ。 焦っており、しかも乾いている。

 「刈谷、俺は本当に好きな人は他に居る。 なつめも大好きなんだが、先生を覚えているか? 先生が好きなんだ」
 「先生はもう、亡くなったはずだが」
 「そうだ、死んでいても、俺は好きだ。 ストーカーまがいの生前の調査もずっとしているし、墓にぶっかけたり、お供えの花にぶっかけたりもした」

 刈谷はまゆをピクリと動かした。 多少の話は覚悟していたのだろうが、やや意表をつきすぎだろうか。

 「分かった、俺のことをまだ好きになってくれなくてもいい。 ただ、今夜、とりあえず抱いてはくれないか?」

 刈谷は目線をはずさない。 俺はバラの瓶にスッと目を逸らす。 アナルローズという言葉がある。 日本語に直すと、アナルのバラ。 使用されすぎて腸が飛び出すと、バラのようになる。 その飛び出した肛門のことをアナルローズという。
 この気分はあるいはバラによるものなんだろ。 雰囲気に気分が押されてしまう。

 「ああ、だが、俺が実際に犯ったことある男は、リアルドールだ。 ダッチワイフの男バージョンだよ。 つまり、生きてる男とやるのは、刈谷が初めてって事になるんだが」

 この発言は刈谷とやることを肯定する意味を含む。 刈谷の顔は途中からほころび、口角がはっきりと上がっている。

 「実は、ホテルは取ってあるんだ。 スイートルームなんだ」
 「俺は料金は出すことはできないが……」
 「もちろん、俺が出すよ、真奈川」

 俺達は金を机に置き、バーカウンターから離れる。 その時俺は自然に刈谷と手をつなぐ。 しかし、刈谷は手を解いた。

 「ちょっと歩くから、恥ずかしいから離させてな……」

 刈谷は頬を染めている。

 カランカラン
 俺達は渋谷の街路へ出た。

 カンチョウと、コンドームをホテルの途中で買おうと思ったのだが、刈谷はもう準備していた。
 ホテルにつくと、すぐさま服を脱ごうとする俺を、刈谷が制止する。

 「風呂に入ろう。 カンチョウする時間が欲しい」
 「なあ、刈谷、俺はドールに入れたことしかないんだが、刈谷はどっちなんだ? タチか?猫か?」
 「タチネコはレズの分類で、俺達の場合は受け攻めだな。 真奈川はどっちなんだ?」

 ホモの場合、受けが圧倒的に多い。 攻めの人は余り居らず、ゲイバーなどでも重宝される。 おそらく刈谷は多数派の受けだろう。 カンチョウを自前で用意することを考えると、おそらくそうだ。 仮に攻めならば、俺が使うカンチョウはショップで俺に選ばせたりということを刈谷ならするだろう。
 俺はどちらでもないが、刈谷を慮って攻めということにした。

 「俺は、攻めがいいけど、刈谷はどっちだ?」
 「ちょうどいいな、俺は受けなんだ。 相性がいい」
 「じゃあ、風呂でカンチョウさせてくれよ」
 「いや、恥ずかしいから、俺一人でやるよ」
 「何言ってるんだよ、学ばせてくれよ」

 言葉に、次もあるという含みを持たせる。 刈谷に尽くすのだ。 特段刈谷は好きではないし、刈谷も俺を好きでは無いが、「人に尽くす」ということを俺は重視する。 世の役に立つ人間になれるほど能力は無かった俺だが、能力がある人をサポートすることはできる。
 ダニエル・カールトン・ガジュセックは児童虐待で逮捕されたノーベル賞研究者だ。 彼は同性愛でショタコンであり、多数の児童を南太平洋からアメリカに持ち帰り、最高の教育を与える代わりに、体の関係を結んだ。
 ガジュセックはそのような人格を満足させるものを児童虐待に見たのだろう。 俺も、刈谷のようなすばらしい人格と能力者に資せるならそれもいいと思う。

 刈谷と一緒に風呂に入る。 お互いの体をザブザブと洗う。 自分で洗うと言っていた刈谷だが、俺が後ろから抱きつき、タオルに泡をつけ、胸から洗い出した。
 刈谷の心臓がドキドキ言ってるのが胸を洗うタオルの下から分かる。 背中に、男性器を擦り付ける。 俺のほうも始めてのホモセックスという異常事態に興奮しているのか、勃起している。 勃起は交感神経だ、興奮すると勃起してしまうのだ。 それを擦り付けるのを刈谷はどう思うだろうか。 美少女ゲームのキャラのように、ヒタスラ尽くす。 いや、やったことはないが、おそらくBLゲーのように。

 「刈谷……」
 甘えた声で刈谷を後ろからキスする。 髪、耳、うなじ、ほほ、胸鎖乳突筋、のどぼとけ、眉、目頭、目の下、鼻、耳の穴、鼻のてっぺん。 しかし、唇にはキスしない。
 刈谷はなすがまま受け入れる。

 「刈谷、前を向いて」
 刈谷は正面を向く。

 まだ洗っていない、刈谷のものと、俺のものが、正面で向き合う。
 おもむろに、刈谷の前に正座し、刈谷のものを咥える。

 「まだ洗ってないだろ」
 かまわず咥えて、のど奥までつっこみ、舌で裏筋とカリ首を嘗め回す。 男同士だから、気持ちいい場所は分かる。 バキュームしつつ、何度か首をふり、だが急に口を離す。

 「悪い、刈谷、まだ洗ってないし、刈谷は受けだったっけ」
 「いや、すごい嬉しかった。 受けでも、そっちの気持ちよさは分かるかっら!」
 刈谷が言い終わらないうちに、アナルにユビを突っ込む。
 「ああ、あとでたっぷりかわいがってあげるからな」
 「まだ、カンチョウしてなくて、汚いから、やめとこうな」
 刈谷は頬を染めている。 効いてるのだろう。 ビンビンと男性器もはねている。

 刈谷の体を普通に洗い、俺も体を洗ってもらい、流しっこして、カンチョウもすませ、湯船に入る。

 刈谷を抱きかかえる形で、一緒に風呂に入る。 だっこだ。
 だっこしたまま、俺は下になり、うえからキスを飛ばしてくる刈谷を受け止める。
 刈谷はねぶるように、俺の唇といわず、顔といわず、嘗め回し、吸い付く。 乳首も存分に吸ってくる。 男性器同士をすり合わせる。

 ハアハアとのぼせているのだろうか。

 「刈谷、続きはベットでしようか」
 「うん……」

 うんとは、また、女性的だ。 もうトランスしているのだろか。 T大の先生ともなると、適応がやはり違うな。 数理、科学、理系分野の発展は目覚しい。 ここはハッテン場。 ふむ。

 ベットに移行し、俺と刈谷はまた絡み合う。 真っ裸。 

 お互いの全身を嘗め回す。 正面を向けば目や鎖骨にしゃぶりつきあい、69となれば、お互いのものは当たり前として、アナルも舐めあう。
 タマの毛や筋の一本一本まで嘗め回す。
 ビンビンに勃起しあい、流れ出すカウパーをすすりあう。
 69の体勢からお互いずりずりと下がる。 へそを舐めあう体勢、乳首を舐めあう体勢と下へ下へと動く。
 そうして、お互いのあごを見つめながらの69キス。 むさぼるように下顎をしゃぶりあう。

 「なあ、刈谷、そろそろ」
 「おう」

 刈谷がコンドームを渡す。
 「なあ、刈谷、中出しはダメか?」
 「病気が」
 「そうだな、中出しは下痢とかしちゃうからな」

 ホモのほとんどは中出しを好まない。 中出しをすると下痢をしてしまうからだ。

 「いや、真奈川がよければ、俺は中出しがいい」
 「ああ、俺も入れるのは初めてで。 実はセックス自体初めてで童貞なんだ、だから、初めては中出しがいい」

 嘘だ。 セックスは初めてではないし、中出しも別にしたいとも思わない。 ただ、刈谷のセックスを満足させるためだ。
 童貞と言うほうが、刈谷も性病の心配をしなくていいし、また俺のはじめてをもらえるという喜びもあるだろう。

 そうして、ナマでセックスすることにする。

 ぬるぬると腸液で湿っており、亀頭があっさり飲み込まれる。 入り口の肛門括約筋の閉まりにカリ首を前後させると、刈谷が絞めて来る。 俺を喜ばせようとしているのだろうか。

 肛門括約筋に意識が行っている刈谷を見越して、唇を深く奪い、男性器を一気に突き入れる。

 「くふぅ」
 刈谷が予想と反した動きをされうめく。 前立腺を探し当てると、ゴリゴリと前後させる。
 さらに刺激になれる前に、体制を90度回転させ、横突きに変化する。 前立腺の左右を刺激するために、ヒタスラ、体勢を入れ替え、右突き、左突き。 さらには足のユビを舐めたり、刈谷のムスコをつかんで、玉と一緒にこすったりする。
 タマを持ち上げ、広げ、揉む。 前後左右、上から下から、タマを攻める。

 刈谷のタマがもう小さくなっている。 出す寸前のタマの状態。 ベロベロとディープキスをする。

 「刈谷! 出すぞ!」
 「ああ、きてくれ!」

 刈谷の中で出す。 しかし、腰のフリや刈谷へのしごきは止めない。 俺の射精のぬるぬるを前立腺に感じさせて刈谷に出させるのだ。
 刈谷は、思い切り射精する。 それを俺は鈴口に手をあてて、受け止める。

 出す瞬間に鈴口に抵抗があると、中出しのような快感がある。 それを与えるのだ。
 出し終わった性器に、すぐさま口をつけ、吸い出す。 吸うのも、前から吸うのではなく、横から吸う。 左曲がりに対して、右方向へ吸う。
 そして、飲み込んで、ごくごくとのどをならす。 刈谷のしぼみかけの柔らかくなっている男性器をウインナーのように飲み込む。

 刈谷が俺の頭をつかんで、のど奥へ入れようとする。 気に入ったようだ。



 出した後は、また風呂へ入る。 刈谷がだまったまま俺の体を洗うのを見て、チャチャを入れる。
 「刈谷〜、知ってるか、男は出した後に本性が現れるんだぜ。 出した後優しくする男は本当に愛してるけど、出した後、そっけなくなる男は愛が足りないんだぜ」
 「いや、そんなんじゃなく、俺はただ、真奈川は本当に俺が好きか気になっただけで」
 軽いキスをした。 刈谷が目線を合わせたので、目をつぶった。 キスを求めるのだ。 刈谷はチュっとやってきた。

 その後軽く飯を食べることになった。 まだ宵の口であるので、ステーキでも食べるかとなり、やはり刈谷のおごりになった。

 「悪いな、刈谷、おごらせてばかりで」
 「全然。 愛してるからな」
 ほう、こんなキザな事を言う男であったか。 俺を好きだというのは本当らしい。 どの程度だろうか。 そこらのカップルの張った張られたの付き合った程度だろうか。 まあいいのだろう。 その程度の付き合いでちょうどいい。

 「真奈川、俺はお前のことが本当に気になる。 就職とかはしないのか?」
 「ああ、する意味も分からないな。 本当に」
 「そうか、俺は働いてみるのも悪くはないと思う。 他人と同じ思考を知っておくのも悪くは無いだろう。 人間なんだ、他人との付き合いが必要で、そのためには他人を知っておくと楽になる」
 「刈谷、そのくらいは俺もわかってるんだ。 もう26歳だもん。 むしろ、そうやって効率化した先に何があるんだ?」
 「真奈川、俺は真奈川に真奈川を大事にして欲しい。 いとしいからだ」

 刈谷の言うことに怒りを感じる。 他人に生きて欲しいとはどの面をしていっているのだろうか。 俺に生きていることを申し訳なくさせるだけの言葉だ。
 せいぜいがネイチャーにのることがやっとのレベルの研究者というのは、世界でもトップレベルだ。 しかし、ネイチャーレベルの研究といえども、実際のアウトプットとして生きるものは極々少数。 刈谷、お前の目指す科学分野ってのは、卑小な効果しか世界に与えられないんだぞ。 宇宙と勝負するのがエリートだとしても、勝負できる世界は広大だぞ、宇宙は広大なんだ。

 「刈谷がそういってくれるのは、嬉しいよ」

 ステーキが来た。 以降の話はこれからのつきあいと、たわいも無い会話だった。

晴れ渡った火曜の午前7時. 朝宮の運転する車に乗り,おにぎりを食べている. 朝宮のおにぎりは塩ベースの色々で,食べているとかつて母がまともだと思っていた頃を思い出す. 甘えない子供であったが,そのようなおにぎりを食べたことは素直に懐かしい.
朝宮の整った顔立ちを眺める. 二重まぶた,切れ長の目,ふっくらした頬,たるみのない肌. それに頭もよい. 一流大学を出ている. その彼女が,俺のような男をヒモにしているという非現実的な様相に思考が狂喜する.
朝宮と俺は不倫関係で,今は不倫旅行中. 海に行き,その後一泊して,朝宮は夫の元へと帰る.夫には何と言ってきたのだろう.

高速のサービスエリアで一端休憩する.朝宮もおにぎりだけでなく,そばでも食べようということらしい. 俺もそばをたのみ,朝宮の正面に座る.

「真奈川,そんなに食べられるの?」
「朝宮のおにぎりは別腹だよ」
「それは後で食べるデザートに言うんじゃない」

クスクスと笑う朝宮. その笑顔は本当なのだろうか. なぜ笑うんだ. こんな作った雰囲気と言葉でなぜ笑うのか. 理解できない. 理解はできないが,優しい人はこういうとき笑うことを知っている. さらに,自分に朝宮が好意を向けていることからも一緒にいる時間を楽しいものにしようと楽しめるような雰囲気に持って行こうとするものだというのもありうるということも知っている. ただ,自分が朝宮側だったとしても,自分は笑わないだろう,つまらないことに気を回そうとすると変になってしまうから.
朝宮のあつぼったい唇がそばをすするのを見つめる.綺麗だな朝宮は.彼女は頭がいい.賞などもボロボロ貰っていた.作文,絵,短歌,演劇.その才能余りある彼女,そういう子はどの学校のどの学年にも1人いる感じに思う.だいたい200人に1人くらいの優秀な女.そんな女が朝宮だ.その女が不倫までして自分と付き合ってくれるということは本当に俺に好意を向けているのだということだろうか.それとも彼女なりにいい子でいない自分本位というものへの憧れから俺に心からの懐きを見せているのだろうか.

「何みてるのー」
「唇. かわいいなって思って.」
「ふっふーん,今日は口紅塗ってないからそのほめ言葉は微妙だよ」
「ありのままの朝宮は十分かわいいよ.素顔がかわいいよ」

きざなせりふなのかと思いつつ,自分は自分の気持ちを素直に言うだけだ.朝宮の照れたしぐさはしぐさではない. かわいさだけが引き立つ,冷静さだ. 朝宮はこういう時も馬鹿な媚はしない.男は女が喜んだほうが喜ぶと知っているだろうが,朝宮はそういうことはしない.俺がそれを見抜いているのを知っているから.

「真奈川の目も,雰囲気もかっこいいから」
「ありがと」

対して俺はきざなせりふを言う.女はきざなせりふにドキドキ来ることを知っていて,それを朝宮は見抜くし,そういうのをやられると朝宮はさめることを知っていて,なおかつ自分の心に正直にきざなせりふを吐く. そういう俺が朝宮は好きだということを知っているから.

サービスエリアを抜け,海へ来た.
海の日差しは強い. 風もそれなりにある. パラソルが飛ばされそうだとあわててる人や,風船のようなボールが風に飛ばされて追いかける子供達. 火曜に砂浜で遊ぶ人たちは大学生や親子連れだ.
その中に唯一の成人男性がいる. 俺だ.

「じゃあ,着替えてくるね」
「一緒にシャワー室で着替えようよ」
「エッチだね」

そういうも断らず,二人でシャワー室に行く. 向かい合った朝宮がやや硬くなっている. だがスグシャツを脱ぎ,ブラを取る.

「あ,そこで一端留めて. 下は脱がせて」
「ふふ,なんかあやしくない?」

おっぱいに目を落とす. 左右を見比べる. 目を落とす時は,意図的に朝宮の左胸の乳首を見る. 右からは見ない. あえて見たいほうと逆を見る. そうしてから,見比べる. おっぱいだけに気をとられないためだ.
かがんで服をぬがせる時には,服のしわを観察する. エロではなく,芸術として朝宮の体を捉える. そこには人間性を絡ませず,人類性がある. 人類性などという言葉はないが,俺の作った造語だ. 人でなく,自然をそこに見るのだ.
さらりとスカートを脱がせると,ちょっとシャワー室の水がスカートにつく,朝宮は困るだろうか.
パンツはぴっちりと肌に吸い付いている. ぬれている.エロい汁がパンツに湿っている. これは求めているのだろう. 朝宮が何も言わないあたり,多分見られていいと思っている. もしかしたらそれ以上を求めてるかもしれない.
俺はそのような思考が回りつつ,行動はすでにパンツの大腿を収めてる部分に,ユビを這わせる

「もー,脱がすだけにして! エッチやねー!」
「朝宮ぬれてるじゃん,ちょっといいじゃん」
「だーめ,ここには泳ぎに来たの!」

しかしこんなに濡れていては,性欲のほうが収まりつかないだろう.ほとんど合意と見ていい.パンツを脱がせると,糸を引く,左足を脱がせて,右足を脱がせる時,右足を俺の肩にのっけさせる.
マンコが開いている. クパリと大陰唇が見える. 整形でもしたように綺麗だ. 淡い毛も,多分手入れしてきたのだろう.
じーっとマンコを見る.はっとする.そうだ,朝宮の顔も見なければ. フェラチオは上目
だきしめて,キスをして,線が興奮するという,俺には分からない. だが,女も顔を見られるのが好きなはずだ.
上目線で朝宮の顔をみる. 困った顔,切ない顔といった分類だろか. 恥ずかしくなり,朝宮のへそを見る. 腹筋がちょっと浮いている. そして,マンコを見上げる. もう一度顔を見る.
顔を見たまま,クンニをする. 片足を上げてる姿勢なので,感じるのが難しそうだ.
俺は脚を下ろさせ,朝宮の両足を抱く姿勢で,上目線で朝宮を見つつ,クンニする. 俺の目が好きだとサービスエリアで言われたから.
朝宮は俺の頭を抱えてきた. イラマチオ然としてきた.
吸って,舐めて,クリを開き,キスし,全部を口に含みアマガミし,ずっと朝宮を見る.
しとどに濡れた状態から,ずぶぬれ,あふれ出しの洪水. そして,びくびくと朝宮がイク. いったあとは,優しく息をハーっと吐くように朝宮のマンコを暖め,シャワー室に座らせる.

「朝宮,俺こんなにどきどきしてる」

朝宮に胸を触らせる. ドキドキした鼓動が朝宮に伝わる. これは興奮ではなく,恐怖でドキドキ言っているだけだ. こんなことしてまで人と会っていたくない. そのドキドキだが,朝宮は素直な気持ちと取るだろう.

海に出る

「朝宮,ちょっと疲れてる? 軽くイッちゃったからなー」
「軽くじゃない. 本イキだったし. ちょっと脚がふわふわする」
「うん,ホントか. 海でゆったりしよう」

朝に飲んだ統合失調症用の薬がきているのか,俺も手の感覚が曖昧になっている.太陽はいい.太陽は統合失調症によい影響を与える.まぶしさが気持ちいい.背の太陽が気持ちいい.
海に入る.足で砂を踏むカンショク,砂を持ち上げるカンショク. 朝宮といることが不快に感じてるが,足で砂を持ち上げて遊んでいる.先生に隠れてする手遊びが楽しいのと同じだ.
せっかく背中に太陽の気持ちよさを感じていたのに,朝宮が抱きつく.胸を当ててくる.
恋人然としている.結婚しても恋人然とすることができることは女にとって幸せなんだろう.俺のような男に惚れた朝宮も残念だが,統合失調症のせいだろうか.こんな優秀な女の紐をしているのに俺は今余り嬉しくない. 太陽をあびさせてくれ.

「真奈川,このままおんぶして.真奈川,大好き.真奈川,私のお父さんって感じ.真奈川,好きだよ,真奈川,大好き.愛してる」
「俺も大好きだよ,朝宮」

そういいながら,俺は朝宮の手を握る. 脚を持ってみるもバランスが微妙なので,お尻を手で支えて,海を歩く. 朝宮にお嬢様気分だ. 本当は今朝宮の相手もしたくないし,朝宮に幸せを与えることに不快感がある. しかし,朝宮に尽くすということも快感がある. 朝宮は今幸せなんだろう.そうして,女の幸せを味わっているのだろう.
朝宮が腰を背中にあててくる. 軽いオナニーを俺の背中でしているのだろう.

少々歩いて,朝宮があきたのか,背中からおりる.

「真奈川,大好き.」

だきついて,キスしてくる.公衆の海で,キスなど,この女,頭が沸いているのか.

海でいちゃいちゃと朝宮に尽くしながら,せっかくの太陽への愛をささげられない不満が残り,3時間ほどで海を出た.

午後4時,旅館を訪れ,手続きをする. 家族風呂も用意してもらう. 男女混浴で入れる温泉だ. ただし,俺と朝宮しか入れない.
朝宮もそれを意識しているだろうか. 風呂となれば,エロと.

旅館につくなり,朝宮は障子を開け放ち,海を見る.

「きゃー! 本日は晴天なりー!」

本日は晴天なりというのは,It is fine today の訳だ. アメリカでは,放送の電波が伝わっているかを確認するために言う. あらゆる英語の発音がそこに濃縮されているため,伝達の明瞭具合を伝えられるからだ. それが日本に伝わる. 特攻隊などの象徴でもある. 朝宮は何かに特攻しているようにも見える. 不倫だからか.
朝宮はいそいそと浴衣に着替え,リラックスして椅子に座る.
目をつぶって手を広げている. そういうことなのか.

「俺も浴衣に着替えるからちょっとまってね」
いそいそと俺も浴衣に着替える. ボロンとチンコを出して,朝宮のつぶっている目の前に行き,唇にチンコを当てる.
「えー!! チンチンなのー!! せっかくの不倫旅行なのに,キスのおねだりがチンパクなのー!」

そういいつつも,俺のものを掴み,咥える. 一生懸命しているためか,すぐ大きくなる.
俺は本当は性欲はまったくない.こうやってアバンギャルドな攻めを女にすれば女はエロが急に降ってきて喜ぶだろうと思索したうえで,行動している. 別にフェラなんてして欲しくない. 朝宮を喜ばせるためだ. 自己承認欲求を満たしてやるのだ. 不倫と言う言葉に興奮している朝宮に,エロを提供する. 俺が,朝宮を性的に求めているという図を作る.これで朝宮は欲求が満たされるだろう.

フェラを続けると,出そうになる. 俺は口を離し,ティッシュを取る. 朝宮の手を借りて,しこしこしてもらって,ビュっとでる.

「朝宮,ありがと」
「ふふふ,まだびくびくしてる」

朝宮に口付けする. フェラをした後にキスをするという意味を朝宮は分かるだろうか. 俺はそれほど朝宮を愛しているという証拠だと朝宮が思い至れば幸い. 朝宮は俺からの愛を受け取ったと勘違いするだろう.
全てが朝宮を喜ばせるための演技だ.

 朝宮の背中に泡を乗せていく.桜色の肌,脱ぐのは抵抗があったようだが,俺に晒すのは躊躇がなかった.腹が出たり,脂肪がつきすぎたり,肋骨が浮いたり,脚が太いなどのコンプレックスはまったくないのだろう.均整のとれた体をあらわにする.
 俺は女性の体の美を学ぶために,美しいといわれるAV女優や,海外のエロ動画サイトでトップレーティングの動画をそれなりに研究したことがある.それらの整形ゴテゴテの体と比べても遜色ないほど綺麗だ.その上AV女優とは違い頭もいい.
 背中の次は,大腿を洗う.少し立ってもらい,洗う.女性器もしっかり洗う.大事な事だ.ここで磨き不足があっては,後のプレイでも朝宮が感じきれないだろう,気にするだろう.全身に泡を付けた後は,シャワーで流す.また背中があらわになる.カプリと肩を噛む.受け入れる朝宮.

 風呂では,お互いにハグしあう.ぬれた顔にいっそう朝宮の白とピンクの肌が映える.植物で一番好きなのは,水をやった時に葉の緑が濃くなる時だ.水により屈折率が変わるのだろう,それが俺は好きだ.朝宮のぬれた肌にその美しさを重ねる.そうだ,AVなどの均整のとれたラインではなく,こういう美しさなのだ.もう一つ,石収集のことも思い出す.立派な石は,水でぬらすとエロい芸術性がある.それに似ている.
 朝宮の耳を噛む.耳の穴に舌を入れる.産毛がざらざらと鳴る.朝宮もマネをしてくる.そうか,お前もそういうことを真似する幼児性をまだ持っているのか.つくづく,男にとって最高の女だと思う.

「朝宮,マジでやっちゃっていいの?」
「そのつもりで来てるよ」
キスをする.

朝宮が俺の首を抱き,さらにキスをしてくる.俺は彼女の何なんだろう.恋人というのはたやすいが,不倫関係にあるというのはどういうことだろう.結婚した同士が愛し合っては居ないことは多分にあるだろう.だが,じゃあなぜ愛し合っている俺と朝宮は婚姻関係ではないのだろう.いや,俺は愛していないが,表面的にはそのようなつながりだ.朝宮は夫を愛しているのだろうか.あるいは,高校生や中学生の恋愛の延長なのだろうか.付き合ったり振られたりといった,エンターテイメントとしての恋愛のつもりなのだろうか.多分朝宮からすればそうなのだろう.俺は人生の途中での危険な遊び相手なのだろう.女はヤンキーなどの危険なものが好きだ.俺も危険と言うのですかれてるのだろう.不倫のスリルを超えて俺を愛するという過程が朝宮には楽しいのだろうか.
いや,朝宮は明らかに高校の時から俺に恋愛感情を持っていた.青春のかけらとして,俺を宝石の一種,見て楽しむかつての若気を楽しんでいるのか.
どちらにしろ,俺個人を彼女が好きだということはないのだろう.彼女個人の恋愛感情は,彼女の人生に影響を与えるほどのものではないのだろう.結婚は金や社会的安定を見てやったということだ.相手の人もそれなりにいい人らしい.やはり,朝宮レベルとなると,そういう相手と自然に結婚するのだろう.

「朝宮,俺,なんで朝宮と結婚してないんだろ」
「結婚は,私は生活の安定のためにしたんだと思う.恋愛は真奈川と一番したかったと思う.夫はでも,恋愛じゃなくて,家族だから.子供みたいなものだから」

なるほど.家族か.一生を共にするのは恋愛でなく,確かに家族だ.恋愛感情などなくても,俺は龍馬や父母が好きだ.それと同じなのだろう.
朝宮にとっての家族とは一緒に生きていく共同体.俺とは遊びなのだろう.と,自分の発言に拘泥してしまう自分を発見する.朝宮と結婚してないことを朝宮にさとされてしまったと気づく.俺は朝宮とは人生を共に出来ない.朝宮は夫と子供を作り,朝宮の血は,朝宮の夫と共に子供に引き継がれ,朝宮のヒトとしての生は子供に受け継がれていく.そこに俺の姿は無い.

「残酷だな,結婚は.俺は朝宮の横に居たいのに」
 嘘だ.これは完全に朝宮に媚を売っている.
 しかし朝宮はそれをそのままの意味に受け取ったのだろう,涙をながし,俺の唇にキスをしてきた.

「真奈川,本当に私と結婚してくるの?」
嘘だ.俺にはそんなことは出来ない.朝宮に責任をとれない.金がない.働く気もない.恋愛だけでは無理なのだ.それを朝宮も分かっているが,分かっていても駄々をこねているのだろう.結婚は残酷な制度だ,恋愛での結婚にはハードルが敷かれる.朝宮は好きな俺との子供を作ることができない.俺は朝宮を納得させることができるだけの責任感をもてない.結局,児戯の恋愛で子供を作ることはできないのだ.それは中学生の妊娠にも似た背徳と甘美と,その後の人生の絶望をもたらす.

「結婚はできないだろな.だけど,俺の子供を産んでもらうことは」
「真奈川の子供が,私も欲しい」

ここで,一気にしらけた.この女は何を言っているのだ.俺はお前なんかに恋愛感情は抱いていない.それをだまされて.お前は金づるだ.ただの金づる.頭の悪い俺に金持ちで能力持ちのあんたを貢がせてるだけだ.絶対にお前に中出しなどしない.刈谷にはしたが,お前などには与えない.おとなしく俺となつめの養育費を払ってくれ.

蛋白な愛撫をした.中には居れず,ヒタスラ,愛撫で朝宮をイカセた.手マンでブシュブシュと言わせてやった.おざなりに手コキをしてもらいながら,逝った.朝宮,お前とはセックスはできない.

 
 旅館での一泊が終わった道すがら,膣に入れてないことを思い出す.朝宮とセックスしないのを,朝宮も気づいているだろう.ただ,なぜ入れないかは聞いてこない.聞くと別れそうだという予感をしているのかもしれない.
 ドライブしている.朝宮はやはり美しい.化粧なども薄くしているだけだが,ナチュラルに美しい.このような,200人に1人程度の超絶な美しさと思慮深さを持った女の紐でいることに申し訳なく思う.俺ごときを生かすためにこの女の人生を使わせることを.ただ,俺ではない.俺はなつめや先生のために生きているんだ.朝宮を利用してでも生きる.
 朝宮からは,20万を受け取った.

 刈谷先生の部屋へ行く道すがら,つくしを見た.春の息吹などといわれているつくしに何も春を感じない.季節でなく年齢で時を感じ入る.恵君が龍馬に暴力で勝ったと聞いた.たったの3年.たった3年柔術をやるだけで勝てるようになるものなのか.なるらしい.そういう競技だとネットで検索すれば出てくる.自分もやってみようか.いや,暴力など三流のやるゲームだ.
 しかし,恵君に対する憧れもまた深まる.今までは尊厳を持つ人というマザーテレサのような位置付けで恵君を愛していたが,兄と言う羨望を持つ自分を自覚する.龍馬の暴力には辟易していた.自分は暴力を受けずともその暴力を目にするのがだ.恵ちゃんも龍馬のせいで喧嘩をよく売られていたらしい.
 ガチャリと刈谷先生の部屋を空ける.恵ちゃんと刈谷先生が話している.

 「刈谷は抽象化するのが得意だな.その方面ではかなわないらしい.」
 「恵太はもっと抽象操作の虚実性と実在性を知るべきだね」

 なにやら学術的な話らしい.

 「何を話してるの?」

 ようやく二人がこちらを向いた.部屋に入ったのには気づかなかったのだろうか.
 挨拶をしつつ椅子に座ると,もうコーヒーが置かれていた.

 「恵君,最近刈谷先生となんかやってるの?」
 「いや,遊びを教えてもらってるだけだよ」
 「恵太に遊びを教えられてるのは俺だけどな」

 異常に仲がいい.両者ともそれなりに尊敬すべき人物だが,二人を自分のものにしたいという気持ちが湧く.世界のためだ.このクズな世界に生まれた自分が,というよりクズな両親から生まれた自分を肯定しうるのは,人間性によらない学問だ.学問により人間全体のレベルが上がることが,自分の持てる生きる意味だ.
 そろりと恵君の顔を見る.よく読み取れない.しかし刈谷先生の顔は明らかに恵ちゃんを思慕している.ホモだという噂だ.二人がやっているという噂を聞いたことがある.その噂を聞いてから何度もその妄想でオナニーをした.オナニーは自分の人間性を満足させるだけのゴミのような行為だったが,自分を肯定してくれる知性を持った二人をそれに使うことは自分の覚悟を問う重大な事件であった.しかし自分の人間性は彼らへの好意を露見させた.自分は彼らを愛している,性的に.

 「遊びなら,僕も教えて欲しいなあ」
 「そうか,刈谷,弟をよろしくな」

 恵君がドアへ向かうと,刈谷先生はスッと立ち上がり恵ちゃんの袖を取る.

 「そんな.雅史君と一緒に話そうよ.この三人で話すってのも初めてだ」
 「そうだな,弟が刈谷先生とどんな話をしているかは確かに気になるな.」

 恵君はまた席に着く.今のやり取りはなんだろう.眉の端がかゆくなるが,焦っているように見えるだろうから,掻かない.

 「刈谷先生,多様体解析用の変換式を作ってきました.視てください」

 パラパラと刈谷先生は紙を眺める.幸せの時だ.この論文により,世界は進む.世界が進めば,自分は生きる価値を肯定される.凡俗では自分は生きられない.刈谷先生はこの分野では第一級.自分はそれを抜けるだろうか.微妙なラインだ.

 「すばらしいね.うちの学生の中ではピカイチだよ.ただ,もう少し先まで考えられるね,コレは」
 刈谷先生はさらに先のアイディアを出す.なるほど.進めてみる価値はある.実験系もそれなりに作りやすそうだ.

 「へえ,うちの弟は刈谷先生の教室でもそれなりなのか」
 「うん,ナンバーワンだね.文句無い」

 違う.ナンバーワンは刈谷先生だ.それに兄のレポーター然とした態度は何だ.

 「恵君は,わかんないでしょ.」

 恵君の顔が一瞬白ける.そりゃそうだろうが,なぜ白けるのだろうか.恵君は僕を攻めるだけの学歴がない.

 「なあ,ネイチャーや,ネイチャーメディスンや,サイエンスや,なんやかんやあるけどさ.そもそもT大が出す論文数は年間6000以下.そんで,年間20もネイチャーには乗らないわけだ.そして,そのネイチャーにのった論文が,どう世界を変える?ホトンドの論文はそんなに世間に影響を与えず消えていくだろ.科学ってのは,そういうはかないものなんだ.大河の一滴なんだよ.もちろん,それが人類の源泉ではあるけどね」

 恵君の顔のその諭すような味はなんなんだ.馬鹿にしているのだろうか.いや,馬鹿にはしていない.論理だけなんだ.恵君は論理だけ.論理だけで話している.

 「恵君,今のちょっといいね.確かに,このままじゃ僕はダメだね.海外に行かないと」
 「刈谷先生は海外で通用したからここで先生なんだよ.雅史もまだギャンブルをもう何回かしないと,高学歴ってのはいえても,インテリにはまだだな」

 恵君の言うのも分かる.まだ,ネイチャーにすら乗っていないのだ.勝負をかけなければならない.テニュアトライアル.そこで生き残らなければならない.
 テニュアトライアルとは,アメリカで権威ある職につくためのテストだ.あらかじめ決められた目標を達成すればテニュアが手に入り,大学での職が得られる.ただし,3年などの条件があり,それをクリアできなければ,その大学を出て行くことになる.そしてまた別の大学でテニュアトライアルを受ける.
 それは一種のギャンブルだ.ハーバードレベルの天才達がやって,10人中6人程度しか生き残れない.それに挑戦しなければ本物ではない.
現在大学4年.大学院博士号に行くのはもう決定済みだ.その先のことを恵君は言っている.

 いつの間にか涙がでていた.まだ精選を受けなければならない.恵君は自分の心を分かってくれるか.たかがインテリに23年をついやした自分の気持ちが.

 「俺は暴力で龍馬に勝った.お前はインテリで龍馬に勝て.俺達三兄弟の人生はそういうものなんだ.俺達の青春は,生きるための葛藤なんだ」
 「僕は恵君みたいに死にたがりじゃないよ」
 「久々にあったのに,スグ喧嘩っぽくなっちゃうな.会わないほうがいいんだろうな俺らは」
 「恵君,刈谷先生の前だし,そろそろ帰ってくれていいかな?」
 「そうか,一つ提案なんだが,俺とキスしないか?」

 何を考えているのか.確かに自分は恵君を性的に好きだが,それを刈谷先生の前で言うとは.刈谷先生とホモってるんだろ?自分は世間に逆らわない.世間に逆らうのが恵君たちのやり方なら,自分は自分を曲げても逆らわない.

 「なんで?」
 「俺は,お前の言うように死にたがりだからな.お前との最高の思い出が欲しいんだ刈谷が見てるのは,関係ない.これが最後かもしれないし」

 恵君の言うのは多分本当だろう.恵君は自殺願望があり,イツ死ぬか分からない.それを思うと,涙が自然と落ちる.
目を閉じる.

 硬いものがあたる.目を開けると刈谷先生の手だ.恵君も刈谷先生の手にキスしている.
 恵君が自分にキスをしようとしたのを,刈谷先生が手を割り込ませたのだ.

 「やっぱり,噂は本当だったんですね.二人は付き合ってるんですね」

 「じゃあな」

 恵君は突然にドアから外へでた.
 残された自分と刈谷先生はお互いを見る.
 なんだ刈谷先生,その目は.

 「雅史君,このことは,君の今後とは関係ないのだけど.だけど僕は恵太のことが本気で好きなんだ.だから僕は雅史君と恵太の恋愛は阻ませてもらう」
 「分かりました.でも,僕は恵君が好きですから」

 ドアをでる.つくしの日々はまだ当分先だ.