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sunaharayの日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2017-02-15

[]二つの政権交代

竹中治堅先生が編者としてまとめた『二つの政権交代』が出版されました。私は,「子育て支援政策」について書いています。本書全体としては,民主党政権から自民党政権(第二次安倍政権)への連続性が強いということがメッセージとなっていると思いますが,実は私のところはちょっと違ってて,どちらかというと子育て支援政策における自民党政権と民主党政権の(結果的な)連続性を強調しつつ,その主要部分が再政権交代後の自民党政権(第二次安倍政権)にも引き継がれているものの,民主党が苦しい中で強調した幼保一体化については断絶しているということを議論しています。子ども手当に象徴されるように,民主党は当初子育て支援について非常に包括的な改革を掲げてはいたのですが,それが行き詰っていく中で次第に現物給付に重点を置くようになり,保育サービスの「市場化」を意識しながら幼保一体化を強調するようになっていったという話です。もともとは幼稚園と保育所の重なりや,1980年代頃の育児休業制度や配偶者控除などの議論からスタートしていたのですが,それでは長すぎるということと,本書自体が基本的に2001年を起点にするということで,そのあたりはカットとなりました。しかしまあ子育て支援というと,本来はそのあたりから考える必要があると思われるので,いずれ何らかの形で発表できればよいかなと思います。

他の共著のみなさんは,まさにご専門で論文を書かれてきたところで,それぞれの論文が非常に読み応えのあるものになっていると思います*1。それだけではなく,各章の議論を踏まえて竹中先生が序章と結章を書いて問題提起をしているところが特徴だと思います。論文集だと,バラバラに論文が並べられることが少なくないわけですが,本書の場合は最終的にまとめることになった竹中先生によるエディターシップも発揮されていて,まとまったものとして読めるのではないかと。なお,あとがきにも書かれているように,担当した編集者は『変貌する日本政治』『「政治主導」の教訓』と同じ方でして,なんとなく問題意識がつながっているところがあるわけですが,実は私だけ三作連続での登場となっておりまして,個人的にも思い入れのある本となりました。

二つの政権交代: 政策は変わったのか

二つの政権交代: 政策は変わったのか

変貌する日本政治―90年代以後「変革の時代」を読みとく

変貌する日本政治―90年代以後「変革の時代」を読みとく

「政治主導」の教訓: 政権交代は何をもたらしたのか

「政治主導」の教訓: 政権交代は何をもたらしたのか

*1:たぶん初めてに近いかたちで書いてるのは,竹中先生(コーポレートガバナンス)と私(子育て支援)くらいでしょうか。

2017-02-11

[][]雪・雪・雪

今年のバンクーバーは非常に雪が多かった(らしい)。一年目なので比較できないけども,この数年どころか最近では1980年代以来じゃないかと言ってる人をテレビで見た。一月に一回「雪はこれで打ち止め」みたいなお知らせがEnvironment Canadaから出されたものの,二月に入ってまた雪が降り,昨日は雪と雨がまじってひどいことに…。一応これでおしまいということなので,明日からは平常運転が始まることを願いたい(おかげで受け入れの先生が企画したホームパーティーが二回流れるという椿事が)。

東京はよく雪に弱いと言われるけど,バンクーバーも相当雪に弱い。緯度は北海道よりも高いのに,普段雪が降らないので備えがない。なので雪が降るとバスが動かなくなり僕のような交通弱者は途方に暮れてしまう。ツイッターにも書いたけど,一度,雪の中(すごいパウダースノーだった)バスが全く来ないから,仕方がなく近くにあったシェアカーで帰ろうとしたらそのシェアカーが雪に埋まっててなかなか出れない。近くを通りがかっていた二人組のにいちゃんが助けてくれて何とか出られたけど。しかし車も冬用のタイヤなんてはいてないから,その辺で事故が起こるみたいでテレビだと連日事故の話をしている。

とにかく車を出すのに必死で助けてくれたにいちゃんとは,あんまり話もできなくてちゃんと聞けてなかったけど,彼らはひょっとしたら市で呼びかけてるボランティアだったのかもしれない。市が出してるVanconnectというアプリでは,雪対策のボランティア(Snow angelと呼んでるらしい)を呼び掛けていて,地域(Neighborhood)の雪かきとか,僕みたいに車が動かなくなって困っている人を助ける人を求めているみたい。で,アプリを使ってそういう人を派遣してもらうこともあるらしい。これに限らず,雪についてはそういうボランティアみたいなものに頼ることは多い。同列にはできないけど,たとえば家を持ってる人は,次の日の朝10時までに自宅前の歩道の除雪をしないといけないという条例があるみたい。もちろん,中にはそう決まっててもしない人や空き家でできないということもあるので,左の写真のようにまだらになることがある。でもってとりあえずみんな自分の家の前の除雪をするので,交差点のところに雪がたまってめちゃくちゃ歩きにくい,という事態が生まれる(右の写真)。雪国に住んだことがないのでよくわからないんだけど,日本の場合だとあれどうしてるんだろうか。道路に家が直接くっついている場合はあんまり問題にならないのかもしれない,と思うけど,歩道の雪はやっぱりその前に住んでる人が除雪してるんだろうか。

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テレビで見る限りでは,バンクーバーからフレーザー渓谷を上がっていったところが本当にかなり雪がひどいらしく,木が倒れて電線が切れたり,木や建物から雪・氷の塊が落ちてくるという被害もあるということ。ただ一番驚いたのは,屋根の上に雪がたまってしまったために,屋根を通じて浸水して水漏れしてる話。日本だったらすわ欠陥住宅だ,という騒ぎになるところだと思うけども,テレビでは順番待って片づけるから…みたいな悠長なことを言ってた。まあそういう備えがないという話なんだろうけども。

2017-02-07

[]『現代日本の官僚制』

曽我謙悟先生から『現代日本の官僚制』を頂きました。ありがとうございます。あとがきにもあるように先に読ませていただいてはいたのですが,ちょっと入手に時間がかかってしまい,完成版は2月に入ってから読ませていただくことができました。内容については,山下ゆさんが素晴らしくまとめてくださっているので,そちらをご覧いただけるとよいのかなと思います。個人的には,やはりこれだけのデータを集めたうえで,演繹的な理論に基づいて官僚制を研究するということをここまでできるのか,と非常に驚いたところです。本書の議論に納得するかどうかは別としても,日本の行政がある固有のロジックで動いているというだけではない,ということを示(そうと)した本書は,ここから先行政を研究していくにあたっては,必ず参照されるべきものとなると思います。

理論もそうですが,このようにデータを集めて分析していくことで,「日本の行政に何ができるか」を改めて問うことができたのではないかと思います。それが分析に値する何かだという前提を置きながら日本の行政だけを分析していくと,どうしても優秀な日本の行政には何かができるはずだ,しかしそれがうまく作動しない何らかの原因(主に政治?)があるのではないかという主張や,あるいは,日本の行政はすでに時代遅れで何もできないはずだというような主張につながってしまうところがあると思います。それに対して本書では,他の国と比べて「何ができるのか」と問うていくことで,できていること・できていないことやその背景について分析していくことが可能になったのだと思います。

その中で重要なものは,8章のように,日本の行政が実際にどのような技能を持っているのか,持とうとしているのか,というようなことの分析ではないかと思います。本書では,政治任用の在り方や専門性について特に分析が行われ,いわば調整役として中立に徹することで組織の自律性を確保しようとしてるという指摘がなされています。だからこそ女性比率が低いことに象徴されるような代表制の低さにつながる(9章)という指摘も含めて,理論と国際比較に基づくからこその指摘ではないかと思います。本書でも,労働市場との関係が残された課題ということが示唆されていますが,政策云々ではなく労働者として何ができるか,何をしているのかという分析はいろいろ広がりうるので,政治による統制という無視できない前提を理解しながら,民間企業などとの比較も視野に入れつつ,特別な人が従事する特殊な労働ではない,普通の労働として行政の仕事をどのように評価できるのか,というのがこれからの重要な仕事なのではないかという印象を受けました。

現代日本の官僚制

現代日本の官僚制

そのほかに,研究室や自宅に次の本を頂いておりました。拝読できておりませんがお礼申し上げます。

野田遊先生から『政策実施の理論と実像』を頂きました。同志社の政策系の方々を中心とした研究の成果のようです。以前の『ローカル・ガバメント論』に引き続いての成果ということになりますでしょうか。

政策実施の理論と実像

政策実施の理論と実像

私も以前かかわった東京大学社会科学研究所の「ガバナンスを問い直す」の成果ということで二冊本が出版されていたようです。なお,私がかかわったところは,『ローカルからの再出発』(有斐閣)としてまとめられています。

御厨貴先生から『政治が危ない』を頂きました。日本経済新聞の論説委員の芹川氏(蒲島郁男先生との共著もある)との共著ということです。

政治が危ない

政治が危ない

堤英敬・森道哉両先生から『二〇一三年参院選 アベノミクス選挙』を頂きました。このシリーズも続いていますね。

おそらく著者の松戸先生から頂いたのかと思います。「国家が管理する民主主義は可能か」という副題が魅力的で興味があったのですが,ぜひ帰国してから拝読したいと思っています。

ソ連という実験: 国家が管理する民主主義は可能か (筑摩選書)

ソ連という実験: 国家が管理する民主主義は可能か (筑摩選書)

松本俊太先生から,『アメリカ大統領は分極化した議会で何ができるか』を頂きました。トランプ大統領になって,まさにこのテーマが世界の注目を集めているという時宜を得たご出版だと思います。

2017-01-09

[]日本経済新聞「経済教室」への補遺(というか言い訳など)

1月9日付けで記事を書かせていただきました。「大転換に備えよ」という4回シリーズで,それまでに書かれていたのが猪木武徳先生,白石隆先生,グレンハバード先生,というほんとにビッグネームの先生方がきて僕なので,蛇足の足のところ以外の何物でもありません。しかも読んですぐにミスを発見してしまいました。最後のところ「ライフサイクル」じゃなくて「ライフスタイル」です…校正で何回も読んだのに。

内容は,基本的に今度勁草書房から出版される竹中治堅編『二つの政権交代』を用意しているときに考えていたことやリサーチの内容を反映させたものです。もともと論じたいなあと思ったのは大きく二つあって,ひとつは複数の省庁にまたがる複合的な政策を決定するときにどういう問題があるか,どのように決定するか,ということ。もうひとつはそういった問題への対応という意味もあって実現した(と考えられる)2015年の内閣府改革の成果を紹介したいことでした。後者については,しばしば「内閣府のスリム化」として議論されてきた話ですが,それは単に業務量を減らすというだけの話じゃなくて,背景には各省にわたる調整を首相のもとで実施しようとしていたことがあります。調整案件が増えると首相と官房長官の時間資源がどんどん侵食されていくわけですが,この改革では各省大臣に総合調整の権限を与えることで首相を相対的に身軽にして,代わりに相対的に「重い」大臣を設置する可能性が開かれることになりました。まあまだ明示的に使われているとはいえませんけど,非常に意義の大きい改革だと考えられるわけです。なお,実質的にすでにそのような大臣が出現している可能性を指摘しているのは御厨貴先生だと思います。『政治の眼力』で菅官房長官や麻生大臣,甘利大臣(当時)をシニアミニスターと呼んでいるのがそれにあたります。TPPを担当していた甘利大臣はまさに拙稿で指摘したようなそういう性格を持っていたように思いますが,その辺もう少し分析できるかもしれません。

他方前者については,後者でも問題になっているような調整案件について,他の国ではどうやって処理するんだろうというような問題意識からいくつか調べたような話を下敷きにしています。初めの方で読んだのは,伊藤武先生の「現代イタリアにおける年金改革の政治--「ビスマルク型」年金改革の比較と「協調」の変容」で,社会保障制度改革を考えるときに,昔ながらのコーポラティズム的な政治過程よりも政党政治次元の方が重要になっているというような示唆をいただきました。あと参考になったのは,Silja Haeusermann氏のThe Politics of Welfare State Reform in Continental Europe: Modernization in Hard Timesでしょうか。これは日本に近い「保守主義型レジーム」大陸ヨーロッパで社会保障改革(年金改革)が行われたときに,複数の政策分野をパッケージにして提示するのが重要であったことを論じるものです。あとは子育て分野について言えば,Patricia Boling氏のThe Politics of Work-Family Policiesも参考になりました。

最後の方で「ポピュリズム」の話にちょっと触れてます。これは書いてるときに,「アウトサイダーを政治過程に組み込むこと」とポピュリズムのつながりを意識したからです。しかしながら,最近のアメリカやイギリスでの「ポピュリズム」は,どちらかといえば拙稿で指摘したようなかたちで「アウトサイダー」(=ここでは女性や移民など)を政治過程に組み込んで,それを代表するような政策を実施した結果,従来の「インサイダー」が「アウトサイダー」のようなかたちになり,ある種の「反動」のように見えているところがあるのではないかと考えています。そういう話は,まさにこの原稿を書いてから接した水島治郎先生の『ポピュリズムとは何か』を読んでクリアになったところがあります。まあ水島先生が扱っている大陸諸国は基本的に比例制であって,掲げるパッケージに応じて様々な改革連合を構想することができる(=場合によって「ポピュリズム」を飼いならすことができる??)というのは日本との大きな違いだと思いますが。ただ,小選挙区制を採用する国はもとより,比例制の国でも,国民投票や大統領選挙みたいなゼロかイチかの選択のときにどういう連合形成がなされるかということが「危険」とされる「ポピュリズム」として議論されやすいので,パッケージの話とは少しずれてくるのかもしれませんが…。この辺は今後考えていきたいところです。

2016-12-25

[]年の瀬

北米だとクリスマス前にはもう完全にホリデーシーズンになるんですねえ。最後の一週間は一応仕事でオフィスに行ってたものの,僕以外にはほとんど人がいないような状態で季節を感じました。まあそうは言っても自分の部屋から出たりするわけじゃないので,何にも変わらないわけですが。

暮らしはじめて4か月ほどですが,基本的には快適なところで日本人の移住者が多いのはよくわかります。いろんなことが割とストレスなくできるというか。英語の問題も関連するのでしょうが,感じるのは人件費,人を動かすコストの高さということで,日本ほどにスムーズには物事が進まないようには思います。この年末ツイッターなどでよく見かけた「日本の生産性が低い」という話なんでしょうが,もっとお金を取ってもよいようなサービスなのに,安すぎるので生産性が非常に低いように見えると*1。こちらでは「生産性の高い」人たちに働いてもらうのはなかなか大変なので,それを埋めるようなある種の「好意」がないとほんとにコストが高くなってしまう。その辺がボランティアの強調ともつながってるような気がすると思います。別に悪く言うつもりはありませんが。

今年は在外研究に来たこともあって個人的にもこの問題をよく考えました。そのときによく参照していた議論は,松沢裕作さんの『明治地方自治体制の起源』です。地方政治の話に限らず,市場に依拠した福祉のようなものを成り立たせるために犠牲にしてるものは何だろうか,また,それは持続可能なものなんだろうか,というような話を考えるべきなんでしょう。このあたり,メンバー的にきっと準備されてるご共著(→坂井豊貴先生のページ)で議論されるんじゃないかと思って勝手に期待しています。違うような話だったらすみません。ということで,今年の僕のお勧めの本は松沢さんの『自由民権運動』にしたいと思います。

ひるがえって自分の一年を振り返ると,年初に目標として掲げていた単著の完成と論文の投稿は,恥ずかしいことにどちらもできずじまいでした。単著については今鋭意執筆中で,あと一月ほどで何とかなる予定です。論文はホントは10月に一本何とかと思っていたのですが結局全く時間が取れず(なんの在外だ…)。やはり,4月の異動と8月の在外研究のための準備がそれなりに大変だったようです。夏からいなくなるということは,当然ながらその分の授業が前期に集中するわけだし(それでもかなり緩めにしていただいたことには心から感謝しております),ちょっと甘く見積もっていた自分を説教したいところです。

今年の仕事は,『アステイオン』に論文を書いたのと,来年出版予定の某公共政策教科書に3章分書いたこと,それから子育て支援と市町村合併の住民投票についてそれぞれ一本ずつ本の一章を書いたこと,そしてミネルヴァ書房の『究』に住宅の連載を毎月止めずになんとかやってたこと*2が中心でしょうか。上記二冊に加えてもう一冊震災本への寄稿もあるので,単著と住宅の話がちゃんと来年中に出版されるとすると,2017年の研究業績は割と多くなりそうです。今年は『縮小都市の政治学』『大震災復興過程の比較政策分析』『アステイオン』以外はコラムっぽいものが中心だったので,少しねじを巻きなおすことができた年とは言えるのかもしれません。,次はこれまでに書いてきた自治体再編の話を中心にした単著を考えたいので,うまく出版ができれば来年はそのためのインプットを始めたいところです。

縮小都市の政治学

縮小都市の政治学

*1:この東洋経済の記事では,労働者の「質」という言葉と「生産性」という言葉を使い分けていて上手だと思いました。

*2:原稿書くのもあと3回!→もうしばらくはこの手の連載はやりません