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sunaharayの日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2017-01-09

[]日本経済新聞「経済教室」への補遺(というか言い訳など)

1月9日付けで記事を書かせていただきました。「大転換に備えよ」という4回シリーズで,それまでに書かれていたのが猪木武徳先生,白石隆先生,グレンハバード先生,というほんとにビッグネームの先生方がきて僕なので,蛇足の足のところ以外の何物でもありません。しかも読んですぐにミスを発見してしまいました。最後のところ「ライフサイクル」じゃなくて「ライフスタイル」です…校正で何回も読んだのに。

内容は,基本的に今度勁草書房から出版される竹中治堅編『二つの政権交代』を用意しているときに考えていたことやリサーチの内容を反映させたものです。もともと論じたいなあと思ったのは大きく二つあって,ひとつは複数の省庁にまたがる複合的な政策を決定するときにどういう問題があるか,どのように決定するか,ということ。もうひとつはそういった問題への対応という意味もあって実現した(と考えられる)2015年の内閣府改革の成果を紹介したいことでした。後者については,しばしば「内閣府のスリム化」として議論されてきた話ですが,それは単に業務量を減らすというだけの話じゃなくて,背景には各省にわたる調整を首相のもとで実施しようとしていたことがあります。調整案件が増えると首相と官房長官の時間資源がどんどん侵食されていくわけですが,この改革では各省大臣に総合調整の権限を与えることで首相を相対的に身軽にして,代わりに相対的に「重い」大臣を設置する可能性が開かれることになりました。まあまだ明示的に使われているとはいえませんけど,非常に意義の大きい改革だと考えられるわけです。なお,実質的にすでにそのような大臣が出現している可能性を指摘しているのは御厨貴先生だと思います。『政治の眼力』で菅官房長官や麻生大臣,甘利大臣(当時)をシニアミニスターと呼んでいるのがそれにあたります。TPPを担当していた甘利大臣はまさに拙稿で指摘したようなそういう性格を持っていたように思いますが,その辺もう少し分析できるかもしれません。

他方前者については,後者でも問題になっているような調整案件について,他の国ではどうやって処理するんだろうというような問題意識からいくつか調べたような話を下敷きにしています。初めの方で読んだのは,伊藤武先生の「現代イタリアにおける年金改革の政治--「ビスマルク型」年金改革の比較と「協調」の変容」で,社会保障制度改革を考えるときに,昔ながらのコーポラティズム的な政治過程よりも政党政治次元の方が重要になっているというような示唆をいただきました。あと参考になったのは,Silja Haeusermann氏のThe Politics of Welfare State Reform in Continental Europe: Modernization in Hard Timesでしょうか。これは日本に近い「保守主義型レジーム」大陸ヨーロッパで社会保障改革(年金改革)が行われたときに,複数の政策分野をパッケージにして提示するのが重要であったことを論じるものです。あとは子育て分野について言えば,Patricia Boling氏のThe Politics of Work-Family Policiesも参考になりました。

最後の方で「ポピュリズム」の話にちょっと触れてます。これは書いてるときに,「アウトサイダーを政治過程に組み込むこと」とポピュリズムのつながりを意識したからです。しかしながら,最近のアメリカやイギリスでの「ポピュリズム」は,どちらかといえば拙稿で指摘したようなかたちで「アウトサイダー」(=ここでは女性や移民など)を政治過程に組み込んで,それを代表するような政策を実施した結果,従来の「インサイダー」が「アウトサイダー」のようなかたちになり,ある種の「反動」のように見えているところがあるのではないかと考えています。そういう話は,まさにこの原稿を書いてから接した水島治郎先生の『ポピュリズムとは何か』を読んでクリアになったところがあります。まあ水島先生が扱っている大陸諸国は基本的に比例制であって,掲げるパッケージに応じて様々な改革連合を構想することができる(=場合によって「ポピュリズム」を飼いならすことができる??)というのは日本との大きな違いだと思いますが。ただ,小選挙区制を採用する国はもとより,比例制の国でも,国民投票や大統領選挙みたいなゼロかイチかの選択のときにどういう連合形成がなされるかということが「危険」とされる「ポピュリズム」として議論されやすいので,パッケージの話とは少しずれてくるのかもしれませんが…。この辺は今後考えていきたいところです。

2016-12-25

[]年の瀬

北米だとクリスマス前にはもう完全にホリデーシーズンになるんですねえ。最後の一週間は一応仕事でオフィスに行ってたものの,僕以外にはほとんど人がいないような状態で季節を感じました。まあそうは言っても自分の部屋から出たりするわけじゃないので,何にも変わらないわけですが。

暮らしはじめて4か月ほどですが,基本的には快適なところで日本人の移住者が多いのはよくわかります。いろんなことが割とストレスなくできるというか。英語の問題も関連するのでしょうが,感じるのは人件費,人を動かすコストの高さということで,日本ほどにスムーズには物事が進まないようには思います。この年末ツイッターなどでよく見かけた「日本の生産性が低い」という話なんでしょうが,もっとお金を取ってもよいようなサービスなのに,安すぎるので生産性が非常に低いように見えると*1。こちらでは「生産性の高い」人たちに働いてもらうのはなかなか大変なので,それを埋めるようなある種の「好意」がないとほんとにコストが高くなってしまう。その辺がボランティアの強調ともつながってるような気がすると思います。別に悪く言うつもりはありませんが。

今年は在外研究に来たこともあって個人的にもこの問題をよく考えました。そのときによく参照していた議論は,松沢裕作さんの『明治地方自治体制の起源』です。地方政治の話に限らず,市場に依拠した福祉のようなものを成り立たせるために犠牲にしてるものは何だろうか,また,それは持続可能なものなんだろうか,というような話を考えるべきなんでしょう。このあたり,メンバー的にきっと準備されてるご共著(→坂井豊貴先生のページ)で議論されるんじゃないかと思って勝手に期待しています。違うような話だったらすみません。ということで,今年の僕のお勧めの本は松沢さんの『自由民権運動』にしたいと思います。

ひるがえって自分の一年を振り返ると,年初に目標として掲げていた単著の完成と論文の投稿は,恥ずかしいことにどちらもできずじまいでした。単著については今鋭意執筆中で,あと一月ほどで何とかなる予定です。論文はホントは10月に一本何とかと思っていたのですが結局全く時間が取れず(なんの在外だ…)。やはり,4月の異動と8月の在外研究のための準備がそれなりに大変だったようです。夏からいなくなるということは,当然ながらその分の授業が前期に集中するわけだし(それでもかなり緩めにしていただいたことには心から感謝しております),ちょっと甘く見積もっていた自分を説教したいところです。

今年の仕事は,『アステイオン』に論文を書いたのと,来年出版予定の某公共政策教科書に3章分書いたこと,それから子育て支援と市町村合併の住民投票についてそれぞれ一本ずつ本の一章を書いたこと,そしてミネルヴァ書房の『究』に住宅の連載を毎月止めずになんとかやってたこと*2が中心でしょうか。上記二冊に加えてもう一冊震災本への寄稿もあるので,単著と住宅の話がちゃんと来年中に出版されるとすると,2017年の研究業績は割と多くなりそうです。今年は『縮小都市の政治学』『大震災復興過程の比較政策分析』『アステイオン』以外はコラムっぽいものが中心だったので,少しねじを巻きなおすことができた年とは言えるのかもしれません。,次はこれまでに書いてきた自治体再編の話を中心にした単著を考えたいので,うまく出版ができれば来年はそのためのインプットを始めたいところです。

縮小都市の政治学

縮小都市の政治学

*1:この東洋経済の記事では,労働者の「質」という言葉と「生産性」という言葉を使い分けていて上手だと思いました。

*2:原稿書くのもあと3回!→もうしばらくはこの手の連載はやりません

2016-11-25

[]参議院が「地方の府」となるには

参議院で憲法審査会の議論がはじまり,憲法改正議論が行われるのかなあという状況のようだが,そこでまず議論されないといけないことのひとつとして挙げられるのは参議院の位置づけだろう。今年の参議院議員選挙で,徳島・高知と島根・鳥取の合区が行われることになって,特に人口の少ない(=将来的に合区の可能性がある)県などから,合区はよろしくないので参議院を「地方の府」として位置付けつつ,各都道府県から代表を出すべきだという話が出ている。そんなに圧倒的というわけでもないけど,「選挙区は都道府県単位がよい」とする人が多いという世論調査もあるようで。

選挙制度を考えると,参議院の現在の一番の問題は小選挙区制と中選挙区制(それに比例代表制)が混在していて,何がどう代表になっているのかわからない,というところだと思われるので,各都道府県を小選挙区制にするというような話ならまあ望ましいのではないかと思う。他方,小さい県で1議席を必ず確保しつつ,東京とかで6議席とか7議席とかを中選挙区制で実施するというのは絶対に反対で,そんなことするくらいなら合区のほうが全くもって望ましいと思われる。どうせ合区するなら二県でとかちまちましたことを言わずに複数県を合区して複数代表の選挙区を作り,(これだけだと中選挙区制で当選の閾が低くなるので)連記制を導入することもありうるのではないか*1

合区→連記制,というような方向ではなく,あくまでも都道府県代表ということにするならば*2,やはり参議院の機能についての見直しをセットにするべきだろう。今「一票の格差」で違憲判決が出るのは,衆議院と同様の権限を持つ国民代表的な議院として扱われていることによるところが大きいのだから,都道府県代表にして「一票の格差」が出るのを容認するとすれば,衆議院には権限で劣る議院として位置付けるほかない。都道府県代表というからには,基本的には地方自治に関することを集中的に議論する議院として扱うことにして,権限もそのあたりのみにとどめるべきではないかということになる。

このあたりまでは議論として出ているところで,そんなに異論があるわけではないのだけど,しかし憲法を改正してこのような参議院を再構築するということになるとしたら,それでよいのだろうかという感じもある。現状では都道府県が代表を議会に出すという立て付けが必ずしも自明でないわけで,それを憲法的に設定するのであれば,やはり都道府県がそれなりの機関であるという根拠が必要になるのではないか。個人的には,そこで重視すべきは都道府県の役割の(再)定義ではないかと思うところ。とりわけ重要なのは,都道府県という単位である程度完結した自治が成立する−受益と負担のバランスが取れる−ということが大事なのではないだろうか。つまり,ある程度「自治体」として自立してるからこそ参議院という「地方の府」にその代表を出すという設定が成り立つわけで,国からの補助金に過度に依存して仕事をする状態ではなかなか自治とは言えないし,変な話国(というか省庁)から補助を通じて参議院での地方代表に影響力が行使されるという不思議な状態も成り立つように思われる。

何も,今やっている地方の事務をすべて地方税で賄うべきだ,とかいうことを言いたいわけではなく,国と地方の役割分担を見直したうえで,しかるべき事務は国の責任ということに戻し,地方でやるべきとされたことはその自治体の財源で賄うという話であり,国の仕事をするとしたらそれはきちんとした「委任」として補助の制度を再設計するということに他ならない。しかし,地方の仕事をその自治体の財源でやるということは,必要に応じて地方税を上げるということが求められるし,また上からの補助というのではなくて一次的に割り当てられた地方税で豊かな自治体と貧しい自治体の差が大きくなったとしたら地方自治体間での財政調整を議論しないといけないのではないかということになる。そういった国に頼らない自治というのを規定してこその「地方の府」ではないだろうか。そのようにすれば,「地方の府」たる参議院で議論すべき議題というのも自ずとハッキリしてくるわけだし。

しかしそうすると「地方の府」にする道のりは本当に大変そうだ…。単一国家という特徴をきちんと強調していくなら,別に「地方の府」的な第二院が必要とも思えないわけで,個人を選びたいなら上述の連記制にするか,あるいはぐっと権限を落として非公選の有識者を含めた諮問機関(カナダがそんな感じ)みたいなものだって考えられるだろう。しかしそのあたりの話は今のところあんまり出ているようには思えないし,方向性としては「地方の府」というノリがあるように見える。繰り返すように,それに反対というわけでもないだけれども,ノリで「地方の府」にしちゃえばいいじゃない,とかいうのには抵抗を覚えるところ。

*1:公明党は,少なくとも以前はブロック単位の選挙区に編成することを主張していた。それ自体は悪くないと思うが,そこで単記非移譲式にするのは好ましくない。名前を書きたければそれでいいと思うけど,有権者の側に変な戦略投票をさせず,また当選の閾を上げるために連記制にするべきだと思う。

*2:もちろん比例制という選択肢もありうると思うけれども,衆議院のほうを多数制的な選挙制度で選ぶのを変えないのであれば,あんまりいい選択肢だとは思えない。とはいえ二院とも比例制というのもよくわからない。このあたりは『民主主義の条件』で触れた。

民主主義の条件

民主主義の条件

2016-11-13

[][]バンクーバーの車事情

大学にはバスで通っているので車は持っていないのですが,荷物を運ぶ時などたまに車が欲しいと思うときがあります。まあまだレンタカーも使ったことがないのですが,練習がてらバンクーバー(をはじめ北米)で普及しているカーシェアを使ってみました。僕が使ったのはcar2goというダイムラーがやっているサービスで,基本的にはメルセデスが作ってるsmartという二人乗りの車を使うものです。登録したあとは,スマートフォンを使って車の開錠や使用終了を伝えるというものですが,バンクーバーの場合,この車が適当に路駐してあって,それに乗って自分が好きな場所に移動して路駐するという感じになってます。まあカーシェアというより自転車シェアみたいなもんですね。ただsmartは二人乗りなんで,家族みんなで動くときには使えないわけですが。もう少し多くで使う場合にはEvoとかZIPCARというサービスがあるようですが,こちらのほうは決まった駐車場を使わないといけないとかもうちょいハードル高いみたいですね。

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バンクーバー市内に住んでいるので,基本的にはバス,たまに電車(Skytrain),でさらに稀に車,という感じなわけですが,これが市外に出るともう圧倒的に車という感じになるようです。郊外に連れていっていただいたときにお話を聞いたりすると,バンクーバーの郊外にあるリッチモンド,バーナビー,ニューウェストミンスター,コキットラム,ポートムーディー,サレーなどといった自治体から多くの人が来るまで通勤をしているようです。そのために特に朝の通勤ラッシュは結構ひどいもんだと。で,その対応としては電車の延長ということで,リッチモンドのほうはずいぶん電車が伸びていますし(カナダライン),バーナビーやコキットラムについてもある程度スカイトレインが出ています。そして12月に入ってからはポートムーディーの方に行く新しい線(Evergreen)ができるとか。この10年の戦略では,サレーの方につながる路線を出すなど,これから増える可能性はあるようです。

このあたりの郊外を見ると,特に駅の近くは基本的に集合住宅なんですよね。計画としてはそういった集合住宅を増やしてこれから100万人近くでも人口を増やすことを考えているとか。だいたいバンクーバーの広域都市圏(Metro Vancouver)で250万くらいいるので,3割くらいの増加になります。他方で,バンクーバー市内については人口が60万くらいで,しかも一戸建てが圧倒的に多くて住宅不足に悩んでいると。そこで周辺の自治体と電車でつなぐかたちで人口増に対応するということになると,まあ今更ながらどっかで聞いたことがあるような話のような気がします。大阪の経験を思い起こすと,問題はどこまで住宅地を増やすかということと,都心の空洞化を防げるのかということでしょうか。前者については土地規制が厳しいのでやればできなくもなさそうですが,後者は簡単じゃないかもしれません。住宅価格の高いバンクーバーから郊外に人が流出して,今度は都心に人が来なくなると…ということですが,まあ今でもモータリゼーションが進んでショッピングモールだらけなわけですから,そこは日本とはやや問題のタイプが違うのかもしれません。観光都市(というと言い方悪いですが)としてのバンクーバーのブランドをどの程度維持できるか,というところにかかっているような気はしますが。

2016-10-31

[][]ハロウィン

いつの間にかもう10月も終わりということでハロウィンの季節に。ご招待をいただいてかぼちゃ畑(Pumpkin Patch)に行ってみたり,Jack-o'-Lanternを作ってみるなどちょっと北米仕様の日々。いろいろ興味深いんだけど,このあたりは文化の違いもあって,どうやってふるまっていいのかいまいちはっきりしないところ。もちろん僕の英語力の問題もあるんだけど,そもそもどういう言い方や語彙が適切なんだろうか…と思ってしまうと苦手な日常会話ほど喋りにくいという負のスパイラルに…。

海外で過ごすハロウィンはもちろん初めてなので,家の近くで「Fireworks」という幟がある季節限定のイベントショップが立ち並んでいるのを見て,ああこちらのハロウィンは花火をやるのか…と思っていたところどうも違うみたい。全く関係ないわけでもないのだろうけど,こちらのハロウィンであるところの10月31日は,インドのヒンズー教旧正月であるディワリ(Deepavali)に当たるんだとか*1。どこでも同じように花火があるのかと思ったら,うちの住んでいるところは「インド人街」みたいな感じのところなので,どうもそこにお店が集中してるみたい。このディワリでも伝統的にはお菓子を配るみたいで,ハロウィンとの親和性はあるということなんだろうか,Fireworksのお店ではだいたいインド系の人がやってるのにハロウィンのお化けみたいなのをあしらった人形が店の前にあって(うちの次男は異様に怖がる),中ではお菓子とかを売ってるみたい。毎年時期が重なるんだろうか…。ただ,これ書きながら調べていると,バンクーバーではハロウィンに花火をあげるのはよくあることだという記事もあり,謎が深まる。

ハロウィンといえば,"Trick or treat!"といいながら家を回る,ということになっているわけだが,うちの家主さんからは,最近だと子どもにあげるお菓子に変なものを入れるやつがいるから気を付けろ,と厳重な注意もあった。こちらのニュースを見ていても,ハロウィンで人の家を回るのは危ないけど,近隣地域への信頼というものを子どもに教えるのは大事だから一概に否定もできない…みたいな話があったりして。他方,この記事では,"Trick or treat!"のhotspotがどこか,みたいな紹介もされていて,よく見るとうちのある地域(正確にいえばもうちょい東でインド系の人が多いところ)はかなりのhotspotだったりする。記事にあるように,子どもの「猛攻」を受けるところで(単純に子どもが多いので),去年は80人くらい来たとか…。しかしそういう地域でも家主さんのように考えてる人がいるわけでやはり難しい。まあせっかくなのできもち参加できると嬉しいですが。

さて10月に予定していた仕事が一応(こちら時間の)10月に終わり,年末はがんばって本の原稿書きをする予定。それが終わったらようやく持ち込み仕事は一段落になる(はず)。少しこちらでの活動に精を出したい。

*1:10月30日という説明と31日という説明があってよくわからない