今年の○冊

もう2010年も暮れようとしていて,最近はTwitterに押されつつあるブログ界隈でも,いろいろと「今年の○冊」という紹介が多くて,興味深く読んでいるところです。僕も「今年の○冊」をやろうかなぁ,とも思ったのですが,読んでる本の範囲があまりに狭すぎて面白くないので,印象に残った本を選ぶというよりも,印象に残った本のまとまりを紹介してみようかなぁ,と。
なぜだかよくわからないのですが,2010年は主に博士論文をベースとした,若手の政治学研究者が出した本が非常に多かったのではないかと思われます。単なる印象というだけなのかもしれませんが,僕が研究を開始してからたぶん去年あたりまでは,博論をベースにした政治学研究者の単著ってそれほど数が多いわけではなくて,例えば戦前の政治史みたいに特定の分野で継続的に出版されているような印象がありました。それに対して今年は,明らかに現代政治(特に日本政治)を扱っている若手研究者の本が多い。というわけで,これをまとめてみようかと。もちろん僕が全部きちんと把握しているわけではありませんので,当然抜け漏れがあるかと思います。なお,ここで「若手研究者の本」というのはだいたい30代の方あるいは博士論文をベースにした単著,ということでして,落ちているものがあったとしても,それは単に知らない/忘れただけで,別に他意はありませんので…。
基本的には出版順ですが,まず年のはじめのほうには,同じ研究会(行政共同研究会)のメンバーの皆様の本が並ぶところ。2月の益田さん(『アメリカ行政活動検査院』),手塚さん(『戦後行政の構造とディレンマ』),3月の三田さん(『公共事業改革の政治過程』),4月の喜多見さん(『地方自治護送船団』),と続きます。手塚さんのご研究は,東京市政調査会の藤田賞も受賞されています。

戦後行政の構造とディレンマ―予防接種行政の変遷

戦後行政の構造とディレンマ―予防接種行政の変遷

公共事業改革の政治過程―自民党政権下の公共事業と改革アクター

公共事業改革の政治過程―自民党政権下の公共事業と改革アクター

地方自治護送船団―自治体経営規律の構造と改革

地方自治護送船団―自治体経営規律の構造と改革

それから,3月には桃山学院大学の小宮京先生の『自由民主党の誕生』も。これは総裁公選に焦点を当てながら,自民党の創設について論じた政治史の研究ですが,扱っているのはまあ現代といえば現代ですし,最近の僕の関心からいうと政党システムの形成においてリーダーの公選というものが非常に重要な意味を持つと思われるわけで,これも一緒に紹介させて頂こうかと。
自由民主党の誕生―総裁公選と組織政党論

自由民主党の誕生―総裁公選と組織政党論

5月はもはや若手とお呼びすることはできないところですが,竹中治堅先生の『参議院とは何か』。ここでご紹介するまでもなく,様々な資料を意欲的に集めて参議院とは何かを歴史的に描いた本で,今年の大佛次郎論壇賞を受賞されるなど高く評価されています。既に三作目ということで本当に見習いたいところ。また竹中先生以外にも,このブログで以前にご紹介したように,上川龍之進先生河村和徳先生がそれぞれ8月,10月に二作目の本を出版されています。
参議院とは何か 1947~2010 (中公叢書)

参議院とは何か 1947~2010 (中公叢書)

小泉改革の政治学

小泉改革の政治学

市町村合併をめぐる政治意識と地方選挙

市町村合併をめぐる政治意識と地方選挙

7月はちょっと空きますが,8月には斉藤淳先生の『自民党長期政権の政治経済学』。この本も,ここで紹介するまでもなく高い評価を得られた本で,「逆説明責任」というキーワードで自民党の長期政権を大胆に捉える枠組みは非常に魅力的なところです。単なる偶然だとは思いますが,今年の後半は,記述的な分析だけでなく量的データに焦点を充てるものが続いておりまして,8月に出版された馬渡剛先生の『戦後日本の地方議会』,山本健太郎さんの『政党間移動と政党システム』(10月),坂本治也先生の『ソーシャル・キャピタルと活動する市民』(11月)があります。馬渡先生の本は,おそらく地方議会についての初めての包括的な研究書で,本当に凄いとしか言いようのない,地方議会について収集された豊富なデータをもとに,地方議会の特性や地方議員のキャリアについて描き出されています。山本さんの本も,やはり1993年以降の国会議員の政党間移動という非常に膨大なデータの分析に取り組まれた射程の広い研究で,同じ時期に同じところで勉強した人間としては非常に刺激になります。某Twitterでも流れてましたが,この前合評会で書評する企画をやってきましたので,そのうち感想を上げたいところですが。そして,坂本先生の研究も,ソーシャル・キャピタルという注目されつつも分析が難しい対象に取り組まれて(僕も以前挫折しましたので…),都道府県・市町村を通じた非常に膨大なデータを使用した研究となっています。
自民党長期政権の政治経済学―利益誘導政治の自己矛盾

自民党長期政権の政治経済学―利益誘導政治の自己矛盾

政党間移動と政党システム―日本における「政界再編」の研究

政党間移動と政党システム―日本における「政界再編」の研究

ソーシャル・キャピタルと活動する市民 -新時代日本の市民政治

ソーシャル・キャピタルと活動する市民 -新時代日本の市民政治

ここまではだいたい読ませて頂いているものですが,今年の後半には,菅原和行先生の『アメリカ都市政治と官僚制』(10月),井上正也先生の『日中国交正常化の政治史』(12月)も出版されています。読まなくてはいけない,と思いつつも自分自身の研究と微妙にズレているのでまだ読めておらず,とりわけ600ページ以上の超大作という井上先生の本は厳しそうですが,勉強させて頂きたいところです。
アメリカ都市政治と官僚制―公務員制度改革の政治過程

アメリカ都市政治と官僚制―公務員制度改革の政治過程

日中国交正常化の政治史

日中国交正常化の政治史

こうやってみると,やはり月に一冊以上は「若手研究者の本」がコンスタントに出版されていたわけで,「昨今の出版不況」という枕文句の中で,これって結構すごいことだと思います。これがバブルではなくファンダメンタルであるように,僕自身も見習って続いていきたいところですが(一応来年の早い時期には…と)。
改めて考えると,近年の就職難に伴う若手研究者の論文出版をめぐる競争環境の激化が,本の出版という一定の成果に結びついているところもあるのかもしれません。もしそうだとすれば,就職難自体は非常に厳しい問題ではありますが,個人にシワ寄せがいかないようなかたちでどのように競争を促すか,というのは政治学研究の分野においても重要な制度デザインの問題であることが,改めて強調されるべきであるように思うところです。