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LoS (Locus of Scent)

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sunasand

人生を少し豊かにするための実験室。

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2017-02-19

スズキとヨシダのトリセツ

| 23:29

あんまり面識はないけど気になっている人の主催するイベントに参加した。

スズキとヨシダのおいしい話。#1 「トリセツ」

ぼくのニセモノをつくるには」という絵本の、自分についていろいろな側面から掘り下げていくストーリーにインスピレーションを受けて、参加者が自分のことをワークシートに書き込んでいき、自分の「トリセツ」を作るというワークショップ。
自分を知る切り口は、好き嫌い、できるできないといった表面に表れていることから、感覚過敏やその逆、視覚優位・聴覚優位、継時処理・同時処理、注意など、療育の分野で使いそうな概念を、かみ砕いて説明していた。
内容はかなり盛り沢山だったので、個人的に十分に煮詰められない部分もあったけど、コンセプトも明確で、雰囲気もよく、あと会場やケータリングがおしゃれで、よいイベントだったと思う。

それと、直接関係あるわけではないのだけど、考えたこと。

○インターフェイス
コンテンツがいかに素晴らしく、自分にとって有益であっても、それの入手に大きなコストがかかったり、インターフェイスがとっつきづらいと、享受しにくいし、その前に諦めてしまうことも起きやすい。
ユニバーサルデザインのように、誰にとってもとっつきやすいものを目指すことも可能ではあろうが、誰かにとってとっつきやすいものが、別の誰かにとってとっつきにくいことや、どれだけ資源を投入できるかという制約もある、だから、ターゲットの射程と優先度を意識しておき、どういうデザインにすると、その人たちに上手く刺さるかを考えることが大事なんじゃないかと思う。

2016-10-22

アウェイ感バリバリ

| 23:05


友人に教えてもらって、社会課題の解決に向けて考える学生向けのイベントに参加した。

内容については、それなりに面白いところもあったけれど、何よりしんどかったのが言語障壁。
海外からのゲストスピーカーのスピーチは基本的に英語。質疑応答も英語を奨められる。一応大学院まで出てはいるものの、リアルタイムのコミュニケーションで使えるスキルは皆無と言っていい私にとっては手も足も出ない。視覚的な資料があればまだ理解はしやすかったのだろうが、それもほとんどない。結局、半分以上の時間を何もわからず過ごし、のみならず、周りがそれなりに反応(爆笑したり)している様子にただただ消耗していくばかりだった。
その時に思ったのは、聴覚障害など、情報保障に関する配慮が必要な人たちも、こんなことをしょっちゅう味わっているんじゃないかってこと。みんなが何を話しているかわからない。何が面白いのかわからない。全然ついていけない。聴力がめっきり落ちた祖母も、会食のときに同じことを感じているのかもしれない。聴覚刺激の複数同時処理が苦手な発達障害の傾向がある人も同様かもしれない。私の場合は、日本人学生の大半の人の英語の発音が生理的に受け付けなくて、余計に疲れてしまった。
単に自分がしんどかったのに加えて、企画する側がどういう意図でそういう設計にしたのかもとても気になった。英語の使用に問題のない人のみを参加者として想定していたのか。英語の能力が不十分な人が参加して、理解できなくても問題ないと考えていたのか。なぜ英語での質問を奨励したのか、気になった。もしかすると、そのような情報はホームページや案内メールに書いてあったのかもしれないが、見つけられなかった。

それから、見通しが持てなかったのも相当につらかった。
タイムスケジュールが元々の予定と大きく変わったり、事務局では詳細に決めてあっても、それが参加者には直前まで説明がなかったり、質問しないと説明がなかったり。これも、英語でアナウンスがあって、自分が聞き取れなかったんじゃないかと思うと、なかなか聞きづらい。状況に合わせて臨機応変に対応するのは、より良いイベントにするために必要だと思うけれど、それを共有することももっと力を入れてほしかった。

なかなか知る機会のないゲストと関わったり、似たような関心を持つ人たちが対話するとても面白そうな機会だっただけに、そのプラットフォームとなるイベントのデザインで消耗しきってしまったのは残念だった。自分の関わり方次第でもう少しよりよくその場にいることもできたのではないかと、今後のことを考えてみる。

2016-10-16

開いても交われない

| 01:56

わたしはまだ、じっくりと推敲をしてブログの記事を書く、うまいやり方を見つけられていない。自分の中に熱を帯びているものに意識を向けながら、それに対応する言葉をそれを表現しうる言葉を探していく。自分との対話なのだ。それはどっぷりとした感情だったり、あいまいな考えだったり、単に言葉あそびの延長上にあるものだったりする。わたしに注意を向ける。そして、それを、切り替える。

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オープンダイアローグのシンポジウムに参加した。オープンダイアローグとは、急性期の統合失調症の治療として、フィンランドで開発された方法だ。わたしは、なぜわたしがオープンダイアローグの本を読んだり、イベントに参加しているのかが、やんわりと強烈な違和感を伴って気になっている。それは、オープンダイアローグの中心にあるであろう、統合失調症という現象への距離感だ。それを抜きにして、本当にコミットできるのだろうか。統合失調症は単なるひとつの表れ方であって、本質はそこでないのか。あるいは、人はそれぞれ多様な関心を持っているのだから、おのおの自分の関心に引きつけて接近したり、解釈したらそれでいいのではないか。確かにそれも正しい気がする。ただ、なんとなくそれは、キャリコンマインドでない気がする。なんでそこでキャリコンが出てくるのか。よく、わからない。でも、それはわたしにとって、とても大切なことのように思える。

2016-09-07

薄気味悪い距離感

| 00:57

介護離職しない、させない

介護離職しない、させない

kindle版で読んでいる。
以前勉強会でお世話になった和氣さんの著作。
文章はちょっとクセがあるけど、読みやすい。
実際に介護に直面してはいない私が、この話題はなんか引っかかってやまない。かといって正面からなにかするモチベーションが涌いてくるわけでもない。
でもなにか、これは悲しすぎるし、なんかおかしいと思っている。
最後まで読んだら、もう少し内容に触れて感想を書きたいと思っている。

2016-08-26

デザインて

| 17:45


最近知り合った方が企画している、障害者福祉施設に美大の学生がコンサルとして関わる活動の打ち合わせに同席させていただいた。
福祉×デザインをテーマに、パンフレットやお菓子(作業所で作成したもの)のパッケージなどを検討する。
ビジネスもデザインも素人で、障害者福祉もそんなに詳しくはない中、なにかコメントができる立場にないというのはわかってはいたけれど、ついつい口を出してしまって帰り道に自己嫌悪に陥ったりしていた。
オシャレだとか、売れるだとか、そういう観点から直していくのはできるだろうが、それは当事者の人たちが大切にしている価値観を理解した上にオンされるべきじゃないかとか、受け取り手がお金を出すという前に、どんな体験をすることを目指すかに焦点を当てるべきじゃないかとか、ほんとうに思いつきで言ってしまい、顔からフィが出そう。

あーあ。
専門外のことは語るべきでないという話はよくきくが、では語れるような専門分野があるかといったら、自信を持って言えることは思いつかない。
そのあたり、軸足を育てていかねばならないんだろうな。