徒然なる備忘録

2018-08-15 北原みのり『毒婦。 木嶋佳苗100日裁判傍聴記』引用

「見知らぬ男女が出会う婚活サイトは、身も蓋もないほど「自分が商品」であることを意識させられる場だ。年齢、年収、住んでいる場所、家族構成に顔写真。プロフィールの情報が全て「条件」として交換されていく。」(p.46)

「佳苗のドライさと、その結婚観は、女にとっては、奇異に映るものではないのかもしれない。実際に婚活サイトを見ても、女性が手料理自慢をしたり、自らを癒し系とアピールしたりなど、分かりやすい女らしさを売りにし、高所得男性を求めるのが、“一般的”である。対して男は、「白馬の王子様、ここにいるよ」という50代や、「手料理、食べたい」とかいう30代フリーターが、自分より10も20も若い女性を求めるなど、現実離れした状況が横行している。まるで全ての男性がカモであるかのような気すらしてくるほどだ。」(p.87)

「男は佳苗が不美人故にこの事件に関心を持たないが、女は佳苗が不美人だからこそ、関心を持つのかもしれない。この社会に生きていれば、不美人であることの不遇を、女は痛いほど感じている。女は、男のようにブスを笑えない。自分がブスだ、と自虐はしても、他人のブスは笑わない。それは天につばするようなものだから。そんな社会で、佳苗は、軽々と“ブス”を超えたように見えるのかもしれない。容姿を自虐することなく、卑屈になることもなく、常に堂々と振る舞う佳苗。不美人を笑う男たちを嘲笑うように利用したのは、不美人の佳苗だ。そこに女は、佳苗の新しさをみる。」(p.88)

「絶対に潤うことのない欲望を抱え、キリキリした思いで、だけど身の丈と理想が追いつかないちぐはぐな佳苗。欲望を満たすために佳苗が取った「援助交際」は、ある世代にとって、この社会との“付き合い方”でもあった。だから女たちは、佳苗に、自分に、問うのだ。佳苗の罪は何だろう。私と佳苗の違いは何だろう。」(p.91)

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2014-12-22 ゾロ

「災難てもんは、たたみかけるように続くのが世の常だ。言い訳したら、どなたか助けてくれんのか?死んだら俺は、ただそこまでの男。」(One Piece、ゾロの名言)

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2014-11-17 米本昌平『地球環境問題とは何か』(岩波新書)

地球環境問題とは何か (岩波新書)

地球環境問題とは何か (岩波新書)

「この本の中で私は、地球温暖化論の科学的根拠が曖昧であることを指摘はするが、それは私が、それを理由に、世界が地球環境問題の対策に邁進することに反対であることを意味しない。それどころか、私の意図するところはその逆である。歴史のうねりは、その時代その時代の多くの人々が確信し共有する価値や世界観によって作り出されてゆく。そして長い時間をおいてみれば、どのような価値観や世界観が選びとられるのかについても根拠は、あいまいである場合が多い。それゆえ、地球環境問題の対策に没頭する社会に突入することに疑義をさしはさむような立場、たとえばコスト・ベネフィット論、つまり放置しておいた場合の害とこれへの対策のための投資コストを比較考量するような立場に、私は与しない。現代社会は、地球環境問題という新しい課題を発見し、これへの対応をやれるだけやってみたらよい。こういう視角から社会も国も企業も個人も揉まれ、もう一段高い質の社会に到達すればよいのである。世界がこの良性の恐怖から当分醒めないことを望むのみである。」(48頁)

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2014-05-24 映画『ツレがうつになりまして。』

日々修羅場のはずなのに、それをイラストでユーモラスに客観視しているところが強いなあと思った。

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2014-03-12 Black Hawk Down

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観終わったあとで、Hootの下のセリフの意味が理解できました。

Hoot: "When I go home people'll ask me, "Hey Hoot, why do you do it man? What, you some kinda war junkie?" You know what I'll say? I won't say a goddamn word. Why? They won't understand. They won't understand why we do it. They won't understand that it's about the men next to you, and that's it. That's all it is."

「地元に帰ればみんな俺にこう聞く。『お前はなんで戦争なんか行くんだ?戦争中毒なのか?』俺は何も答えない。彼らにはわかりっこないからさ。なんで俺たちが戦ってるのか。俺らは隣りで戦ってる奴のために戦ってる。ただそれだけなんだ。」

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2014-03-09 鳥飼玖美子『国際共通語としての英語』書評

国際共通語としての英語 (講談社現代新書)

国際共通語としての英語 (講談社現代新書)

「文法か?コミュニケーションか?」という二項対立は不毛で、「会話のためにこそ文法は必要」という筆者の主張の根幹は、前著『TOEFLTOEICと日本人の英語力』(講談社現代新書)から一貫していて、首肯できる。「グローバル化した世界で必要なのは、読む力と書く力」(121-123頁)、「『間違いを気にせず自分の英語で=テキトーな英語でよい』ではない」(72頁)というのも、その通りだと思う。

ただ、教え子の教育実習を参観して「ショックだった」と述べているくだりは、教育現場がどんなに悲惨なことになっているのかは結構有名な話なのに、今までそんなことも知らないで「文法は重要」と発言していたのかと知り、逆にショックだった。

高校生たちは百パーセント受け身で授業を受けており、熱心な生徒は板書をノートにひたすら写し、大半の生徒はつまらなそうにぼんやり聞いているだけ。発言の機会は授業中に一回あれば良い方で、ほとんどの生徒は何も英語を口にすることなく授業を終えていました。(31頁)

なーんだ、そういうこと。教育実習というシステムは従来型の指導方法を再生産することになっていて、英語教育の改革などは教員養成制度から変えない限り絵に描いた餅なのだ、とショックを受けました。(31-32頁)

また、「国際共通語としての英語」が必要であることを示す例として、自身の博士論文を出版する際の海外の人々とのやりとりの話を述べている点(78頁)も、一般の人にとってはほとんど全く縁のない話で、あまり説得力は感じられない。言語学の最先端の先行研究についての解説も、新書がターゲットとする一般読者を遠ざける要因になり得る。

要するに、「あまり教育現場に詳しくない学者が高所から語っている評論家的英語教育論」の観が拭えないのである。主張していることは論理的でその内容のほとんどには同意できるものの、教育現場にいて何とかしなくてはと思いつつも、再生産システムから抜け出せず苦悩している教員からも信頼されるような議論を、これから展開してくれればと著者に期待している。

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2014-03-08 英語ができないのは自分のせい

目にあまる英語バカ

目にあまる英語バカ

日本の英語教育が正しい、とはいわない。だが、あなたね、そもそも「中高大と一〇年も習った」のに、というのが真っ赤なウソなのだ。というより、あまりにも人口に膾炙しすぎた錯覚なのである。ちょっと胸に手を当てて、考えてみて。あなた、ほんとうに「一〇年間」ちゃんと英語を勉強しましたか。毎日一時間でも二時間でもいい、一〇年やったですか。一年でもいい。やったですか。どこの人間だ、おれは。いやわずか半年でもいい。やっちゃおらんでしょうが。

英語ができないのは教育が悪いからだ、と責任転嫁してもなにもならない。はっきりいっておくが、英語ができないのは自分のせいである。できる人間は自分で勉強したのである。英語教育が影響ないとはいわない。教師によって科目に興味が持てなくなる、ということもたしかにあろう。あるが、所詮、それもまた責任転嫁でしかない。嫌いな教師がいても、自分で勉強するという道が閉ざされたわけではないからである。ようするに、自分が勉強をしなかっただけである。そう自覚する以外にない。先生が悪かろうと、教育がなってなかろうと、自分ができない責任をかれらがとってくれるわけではないからである。ただ自分に言い訳をしているだけだ。

(勢古浩爾『目にあまる英語バカ』150〜151頁より)

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2014-03-07 僕と妻の1778の物語

こんな完璧な妻が、この世のいったいどこにいるのだろうか…。笑

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2014-02-22 「わたしはマララ」

「どの子がマララだ?」男が厳しい声でいった。

みんなは黙っていたけど、何人かの目がわたしをみた。それに、顔を隠していないのはわたしだけだった。

男は黒いピストルを構えた。あとでわかったけど、コルト45だったらしい。何人かが悲鳴をあげた。モニバがいうには、わたしはモニバの手をぎゅっと握った。

友だちの話によると、男は続けざまに三発撃った。一発目はわたしの左目のわきから首を通って、左肩のあたりで止まった。わたしはモニバのほうに倒れた。左の耳から血が流れた。残りの二発はそばにいた仲間を襲った。一発はシャツィアの左手に、もう一発は、シャツィアの左肩を貫通して、カイナート・リアズの右上腕部に当たった。

あとで友だちからきいた。男のピストルを持つ手は震えていたそうだ。

病院に着く頃には、わたしの長い髪も、モニバの膝も、血まみれになっていた。

どの子がマララかって? マララはわたし。そしてこれがわたしの物語。

(20頁より)

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2014-02-16 思考停止する「浅はかな」日本

朝日新聞2014年2月15日のインタビューでの是枝裕和監督の言葉より。『誰も知らない』の時からのファンですが、本質が見えている数少ない方の一人だと思います。

http://digital.asahi.com/articles/DA3S10979945.html?_requesturl=articles/DA3S10979945.html&iref=comkiji_txt_end_s_kjid_DA3S10979945

「昔、貴乃花が右ひざをけがして、ボロボロになりながらも武蔵丸との優勝決定戦に勝ち、当時の小泉純一郎首相が『痛みに耐えてよく頑張った。感動した!』と叫んで日本中が盛り上がったことがありましたよね。僕はあの時、この政治家嫌いだな、と思ったんです。なぜ武蔵丸に触れないのか、『2人とも頑張った』くらい言ってもいいんじゃないかと。外国出身力士の武蔵丸にとって、けがを押して土俵に上がった国民的ヒーローの貴乃花と戦うのは大変だったはずです。武蔵丸や彼を応援している人はどんな気持ちだったのか。そこに目を配れるか否かは、政治家として非常に大事なところです。しかし現在の日本政治はそういう度量を完全に失っています」

「例えば得票率6割で当選した政治家は本来、自分に投票しなかった4割の人に思いをはせ、彼らも納得する形で政治を動かしていかなければならないはずです。そういう非常に難しいことにあたるからこそ権力が与えられ、高い歳費が払われているわけでしょ? それがいつからか選挙に勝った人間がやりたいようにやるのが政治だ、となっている。政治の捉え方自体が間違っています。民主主義は多数決とは違います」

「政治家の『本音』がもてはやされ、たとえそれを不快に思う人がいてもひるまず、妥協せずに言い続ける政治家が人気を得る。いつから政治家はこんな楽な商売になってしまったのでしょう。『表現の自由』はあなたがたが享受するものではなくて、あなたが私たちに保障するものです。そのためにはあなたの自己表出には節度が求められるはずです」

同調圧力の強い日本では、自分の頭でものを考えるという訓練が積まれていないような気がするんですよね。自分なりの解釈を加えることに対する不安がとても強いので、批評の機能が弱ってしまっている。その結果が映画だと『泣けた!』『星四つ』。こんなに楽なリアクションはありません。何かと向き合い、それについて言葉をつむぐ訓練が欠けています。これは映画に限った話ではなく、政治などあらゆる分野でそうなっていると思います」

「いまの日本の問題は、みんなが被害者意識から出発しているということじゃないですか。映画監督の大島渚はかつて、木下恵介監督の『二十四の瞳』を徹底的に批判しました。木下を尊敬するがゆえに、被害者意識を核にして作られた映画と、それに涙する『善良』な日本人を嫌悪したのです。戦争は島の外からやってくるのか? 違うだろうと。戦争は自分たちの内側から起こるという自覚を喚起するためにも、被害者感情に寄りかからない、日本の歴史の中にある加害性を撮りたい。みんな忘れていくから。誰かがやらなくてはいけないと思っています」

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