坂本博之『ちくしょう魂』書評

4回戦の頃から大好きだったボクサー、坂本博之の書いた本である。巻末の「坂本博之全戦績」を見て、本当に懐かしく感じる試合もたくさんある。しかしそれほど昔から坂本の試合を見てきた自分にとっても、全く知らなかったエピソードや坂本本人の試合に対する思いがこの本には書かれており、自分が見てきた試合の単なる回想ではなく、新たな意味や発見をも生み出す本であった。

坂本の文章は、彼のボクシング・スタイルと同様、余計な飾り気は全くなく、極めてストレートな表現になっている。それがむしろ読んでいる者を引き込む力を持っているように思う。必要以上に感情を発露して過激な表現になったり、逆に曖昧な言葉で軽々しく一般化したりすることが全くない。おかげでますます坂本が好きになった。

さて、坂本が本書を書く直接の契機となったのは、畑山隆則戦での敗北である。この試合は坂本が初めて「倒されて」負けた試合である。このことは本人にとっても大きなショックであったようだ。「『おれが倒れるはずはない。おれは倒れる人間じゃないんだ』と信じきっていた。」「ボクシングに限っては、『おれは怪物だ』と思っていた」。(15頁)しかし試合後ビデオで自分がKO負けしたのを見て、「初めて、『あぁ、おれも倒れるんだ』と、思った。」「初めて人間らしい部分が自分自身にもあることを知った」。(15頁)

畑山が坂本戦の前と後で以下のように話していることを考えると、坂本も認めている通り、自己認識において畑山の方が数段上だったと言ってもいいだろう。

ボクはパンチが弱いんです。坂本選手はパンチが強いんです。ボクはアゴが弱いんです。坂本選手はアゴが強いんです。だから勝てるんです。(182頁)

僕はパンチがないから手数を出した。僕はアゴが弱いからしっかりガードした。坂本選手はパンチは強いけど、手数は多くないし、ガードも甘い。パンチをしっかりガードして手数を出す。コツコツ当てる。だんだん弱る。そのうち倒れる。だから僕は勝てたんです。(同上)

打たせずに打つというボクシングの基本を「どこかに置いてきてしまった」(186〜187頁)坂本は、「ボクシングの怖さをあらためて思い知らされ」(186頁)、深く反省する。今の階級ではかなり減量がきついことは知っているが、文字から伝わる坂本の決意に、今後まだまだ何かが起こり得る気がするのは自分だけなのだろうか。

最後に、少年期からどん底を経験してきた坂本が言う次の言葉は、決して不幸な生い立ちを背負ってきたというだけでは生じ得ない、坂本ならではの自信と重みのある楽観が現れているように思う。

いままで四〇戦を戦った中ではどん底の状態で試合をしたこともあった。だが、おれは思う。いまでは頂上にもっていく方法はわかっているが、それがわかったのは、やっぱりどん底の状態で試合を迎えた経験があったからだ。そういう経験をたくさんしないとコンディションのもっていき方はわからないのだろう。(25頁)

動揺するようなことがあっても、『だから、どうした』というほどでないと、やっていけないのではないか。(27〜28頁)

補遺
これは数年前に書いたレビューであり、このレビューを書いたあと坂本選手は勝ち負けを繰り返し、また現在は長いことリングから遠ざかっています。しかし今年の5月12日に復帰戦を行うことが決定しており、全盛期に「平成のKOキング」「和製デュラン」と恐れられた強烈なフックが健在かどうか今から非常に楽しみです。坂本、がんばれ!