徒然なる備忘録

2009-07-13 「上から目線」って何だ?

日本を滅ぼす「自分バカ」 (PHP新書)

日本を滅ぼす「自分バカ」 (PHP新書)

バカにつける薬 (双葉文庫)

バカにつける薬 (双葉文庫)

最近あちこちで耳にする、「上から目線」っていう言葉。勢古浩爾も『日本を滅ぼす「自分バカ」』(PHP新書)の中で、

「上から目線」「上からものをいう」などというのである。いい歳をしたおやじまでもがこんな言葉を遣うのである。見くびられはしないか、見下されてはいないかと、つねに神経がピリピリしているのだ。(60頁)

って書いているけど、確かに嫌悪感を覚える言葉である。でもなんで嫌悪感を覚えるのかあまりじっくり考えたことはなかった。

昨日の朝日新聞の「オピニオン 耕論」を読んで納得。『バカにつける薬』(双葉文庫)の著者でおなじみ呉智英と、若手評論家の宇野常寛の対談特集である。

呉:

「上から目線」という非難を聞くたびに嫌だなあと感じていた。そんなものがハヤる世の中がね。「上から目線」だという非難は、人間や社会に対する根源的な問いかけを、のっぺりしたものの中に意図的に塗り込めてしまう。

宇野:

いや、これって議論相手への罵倒語なんですよ。昔なら「バカヤロー」と言うところを「上から目線だ」と返すようになった。そのほうがどんな相手にも効果的に反撃できる。

呉:

ええっ?「バカだ」は、議論の中身の至らなさ、能力の無さを、指摘してやってるんだよ。言われた方も次は議論に勝つべく努力しようとするかもしれない。「上から目線だ」という反発は「あなたの主張はともかく、社会は平準化されることを要求してますよ」と言ってるだけ。何も生まない。

この最後の呉の発言を聞いて、「ああなるほど、そういうことか」って合点がいった。要するに「お前は上から目線だ」っていうのは、一種の人格攻撃だったのである。相手の言い分のほうに理があり正論だが、その言い方が気に入らない。だから「言ってることはもっともだけど、そんな偉そうな言い方をするお前の言うことなんか誰も相手にしないよ」っていう意味だったのである。議論じゃ勝てないから「姿勢」のほうを責める。言われて嫌悪感を覚えるはずである。

自分の意見をしっかり持ってそれを主張することは、それ自体「上から目線」である。ある程度の「偉そうな態度」は仕方がない。信念をもって強く言えば、人によっては攻撃的・挑発的に聞こえるだろうし、場合によっては敵もつくる。それなりにリスクがある行為である。それに対して、勝てなくても一矢報いてやろうという態度ならまだしも、日常の一般論のレベルにまで議論を落としてそこで責めるのである。卑怯である。

宇野氏はこう書いている。

現代は常識や世間を背景にした普遍的な「正しさ」が主張しづらい時代です。社会が平準化、フラット化してるからこそ、みんな、その場その場の関係性の中で、ほんのちょっとでも上に立つことにこだわる。『上から目線だ』と言いさえすれば、発言の中身ではなく、態度の面で相手に勝ったという幻想が持てますから。そして一瞬だけ癒される。

(以上、引用は2009年7月12日付・朝日新聞より)

今の世の中、小さなことでもお互いの存在意義を認める相互承認が絶対的に不足していることはわかるけど、そんな卑屈な癒しを求めても承認にはつながらないのではないだろうか。