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id:surround:20030930#p3 で、上野昂志『肉体の時代』について書いた時、ブックデザイン?を鈴木一誌が担当していることに触れたが、この本のつくりについて触れたいことがまだある。というのも、この本には、ところどころに、見開きの片側のページに写真が配置されている。これは、直接的に文章と関係するようなものではなくて、アーティスティック(と言っていいだろうよう)な白黒写真なのだ。ぶれていたりぼやけていたりざらざらした感じの都市写真(日本の街を歩く人の後姿を写したものや、外国人の人の姿など)だったり。人間の体の一部分が切り取られている写真が結構目に付く。その中には、手にバラを持っていたり、ぬめっている手だったり、ワイヤーでできたオブジェを持っていたり、人ではなくマネキンだったりと、不思議な雰囲気のものもある。クレジットによると、鈴木清という人の写真だという。
西井一夫『20世紀写真論・終章―無頼派宣言』(青弓社、2001、ISBN:478727144X)に「鈴木清へのオマージュ」という章があるのだが、同一人物なのだろう。というのもその西井さんの文章によると、鈴木清は鈴木一誌と何冊も写真集を作っているようだし、そのひとつには上野昂志も文章を寄せているという(こちらは西井さんの『写真的記憶』での記述で知った)。上に挙げた写真とは直接に関係ないものだが、印象深い一説があったので「鈴木清へのオマージュ」から引用する。(これは、西井さんの文章を引用したいという気持ちになったということだと思う。)
第一作の『流れの歌』にもsoul and soulという英語が振られている。そして最後の写真展にもSOULが使われている、鈴木清という"歩行する影"が探していた「シャバ世界を名付けるためのたった一言」はこのSOULだったのではないか?と私には思える。では、SOULとは何か?ということになると、私自信が???となる。たぶん、愛とは、私ではなく、あなたに生きていてほしい、ということだ、というアウグスチヌスの言葉は、SOULという言葉のなかに含まれることだけはわかる。
この一節が収められている『20世紀写真論』のブックデザインも鈴木一誌がやっている。
BBC Radioでやっている、Dreem Teemがやっている番組を聴いていたら、SPACE COWBOY "CRAZY TALK"って曲がよかった。どんなバージョンかが分からんのだけど。ちなみに、その次にかかった曲は、マーヴィン・ゲイのセクシャル・ヒーリングのガラージハウス系ミックスだった。/dreem teem の人が今かけた曲にコメントしている"Absolutely Beautiful!!"だって。ガラージ系の曲のよさを形容するとやっぱこういう感じになりそうだ。
id:surround:20030928#p2 の続きのように書くとして、最近おもしろかった評論と言うと、新刊本ではないが、小谷野敦『反=文藝評論―文壇を遠く離れて』(2003)は、ちまちまちまちまといろんな小ネタが挟み込まれていておもしろかった。小ネタというのは、先行する文学に関するさまざまなテキストへの言及ということなのだが(一番ミニマルなかたちでは、「・・・(人名)は・・・と言っているが」だとか「・・・と言ったのは・・・(人名)」だがというような記述で現れる)。
ところで、この本はあまり書評等で話題になってこなかった気がするが、どうなのだろう。
文芸に関することがらを広く(一つには純文学だけでなく、また近・現代文学以外へのものを参照したり、あるいは外国文学との比較をしたり)公平に取り上げて、語っている、色んな人への好意的言及を文章の中に配している、そしてそれらを組み立てる文体の読みやすさ、という印象がある。
序章では、
しかるべき内容と文体を持ち、かつ一般読者にも「読む」ことが可能な書物
という性質を持つ「人文評論」と総称できるものというくくりが、
に与えられている。
これらの本は、1990年代以降に出版された本の中で、小谷野さんが刺激を受けたものだという。
これらの著者、著作については、一般に文藝評論家と言われるような人々について整理する議論の後に持ち出されている。
また、おもしろいのは(/こういう風にも書けるのかと思うのは)、作品の外の事実と作品(また作品を読むこと)との関係についての記述である。
これは、例えば小説とノンフィクションというようなかたちで持ち出されたり、
川上弘美を扱った章(「川上弘美における恋愛と幻想」)では「・・・私たちは、作者が女であることも、その年齢も、そして少女のような容姿も知っている。」というような記述が飛び出すかたちである。
ちなみに、収められた評論には演劇/戯曲を扱ったものも含まれる。
また、これから読もうかなと思っている文学評論の本としては、高原英理『無垢の力』(2003)がある。
この本は、石川忠司(『文學界』2003年8月号)や斉藤美奈子(『週刊読書人』だったか)による好意的書評が出ている。
また、こちらのサイトでは、上の小谷野さんの本を参照しながら書かれた書評もある。
ちなみに小谷野さんの本の話に戻ると、検索していて見つけた『反=文藝評論』の書評の中に「仲俣暁生あたりと、ガチンコで論争くらいして欲しい」という記述が、あった。
これは、『反〜』の中に収められた「『ノルウェイの森』を徹底批判する―極私的村上春樹論」に関しての記述だが、仲俣さん自身への言及は小谷野さんの本文にはない。
ここ(上のリンク先)で仲俣さんの名前が出されているのは、村上擁護者としてだろうか、批判者としてだろうか。おそらく後者なんだろうと思うのだが。
ちなみに、小谷野さんのこの論文は『文壇アイドル論』に入っている村上春樹論よりは後に書かれている(斉藤さんの論文への参照もある)。
そういえばこの文章には、橋本治の『花咲く乙女たちのキンピラゴボウ』からの引用があって、それが自分もとても好きな部分で自分のサイトにも引用したことのある部分だったのが、印象に残った。
彼は大人であるからして、亜美や朱鷺のように人生全般に対して達観しているようなセリフを吐いている暇はない――だって仕事をしてるんだもん。
というやつである。
nanbakenta
2003/10/03 16:43
お久しぶりです。難波です。鈴木清さんの写真はhttp://www.edagawakoichi.com/suzukikiyoshi.htmlにもありました。