It’s the Sustainability, stupid!

2010-10-05

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昨日のエントリには大反響をいただきましてありがとうございました。正直、びびっております。はてな記法にもまだ慣れていないというのに。

さて、ブコメやコメントを多数つけていただきましたが、そのうち追加の解説が必要だと思うものをいくつか取り上げさせていただきます。なお、idコールした面々については敬称略ですがご了承ください。

id:fromdusktildawn

残り75%は太陽以外の要因ということだが、それが全て人為的要因であることがどうして分かるのかが気になった。その後は、コペンハーゲンコンセンサス的な話になる。

 前段については素人目に見て、おおよそ2通りのアプローチが考えられます。それ以上は専門外なので分かりませんが。

  1. 人為的な影響がほとんどないと考えられる産業革命以前の気候変動が、おおかた太陽の変動と対応していたのでしょう。太陽の11年周期の影響が0.1℃程度の精度で相関していたことを考えると、これはおそらく正しい。0.1-0.2℃の変動幅の内7割とかそれ以上は説明できるのだとすると、太陽以外の自然変動の影響はどう大きく見ても0.05℃を大幅に超えることはない。そのうえで今起こっている温暖化が0.6℃程度だとすると、人為的影響でも太陽の影響でもないものは最高でも10%程度だろうという見当はつけられます。産業革命以降に突然、「その他自然変動」の影響が大きくなったかも知れない、というのは、あり得ない話ではありません(なので研究はなされるべきです)が、若干都合のいい想定ではあります。
  2. 人為的な影響のシミュレーションで太陽以外の変動を説明できたのでしょう。気候モデルは単なる線形の高次関数に係数を付けるような簡単なお仕事ではないわけで、物理学的な基礎を無視した重みづけは当然できないという制約があります。そのうえで太陽+人為の影響で気温の変動がよく説明できたのであれば、さしあたってそれ以外の要因はさほど大きくないと考えるのは、今のところ妥当でしょう。

 そしてコペンハーゲンコンセンサスについては、最近、その主催者であるロンボルグの話がごく一部で話題になりました。

ビョルン・ロンボルグさんという@「温暖化の気持ち」を書く気持ち

ロンボルグが転向。巨額の気候変動対策の必要を認める@気候変動覚え書き

 ロンボルグももともと、気候変動懐疑論というよりは、気候変動対策が得られる効果の割に高くつきそうだ(からそれに投資するのは無駄だ)という主張でした。それが、最近ではもうちょっと対策に対して積極的に投資すべきではないかという論調になっているようです。これまでの議論のどこに修正が入ったのかまでは追えていませんが(割引率の設定が一番もめていた印象があるのでそこかなぁと何となく思っていますが)、ご参考まで。


id:mujisoshina

この記事だけを見て原典を自分で確認せずに納得してしまったのでは、元記事に騙されたのと変わらないんだよね。

 いや全くおっしゃる通りで、そこはぜひとも皆さんにも頑張っていただきたいところ、ではあるのですが。何を以て納得すべきかというとこれもなかなか難しい。みんな相対性理論をどこまで自分で勉強した上で認めているのかというと、相当疑わしい。カーナビ原発相対性理論が正しくないと成り立たないとは言うけれど、それも自分が実験して確認したわけでもない。

 そしてそれは仕方がない事なのだと思います。我々が恩恵を受けている全ての科学技術(人文社会科学の技術も当然含む)について自分で確認を取ったらそれだけで何百年かかるでしょうからね。どこかのタイミングで「確認せずに納得」する必要があるのは、知識爆発の起こってしまった現代ではやむを得ない事です。

 ただ、そういう危うさを多少なりとも補うために、部分的にでも原文引用をおこなったりしてみました。もっと良い方法を思いつかれたなら(自分でもこれで十分とは全く思っていないので、きっとあるはずです)、是非ともお教えください。


id:hamamelon

人間の活動が 地球の平均気温上昇というのは 知っているし対策をしなければいけないが 炭酸ガス排出権の売買なるものは 気温上昇と絡めるのはおかしいと思っている。

 排出権取引についてはまた取り上げる必要があると思っているので詳しくは後の課題ということで、ここでは簡単に説明させていただきます。

 あれを単純な売買と受け取るからいかがわしい印象を受けてしまうのです(日本人はそういう部分で特に潔癖症な部分もありますし)。あれは削減技術に対する投資や、活動縮小による排出量削減に対する補償金をかき集めて支払うための手段なのです。たとえば税金を集めて再分配する代わりに、その過程を市場の仕組みを使って実現しようという事です。ただし、それを理解したうえで実際に有効かどうかを経済学的に分析したらやっぱり非効率だった、ということはあり得ます。元ネタとなった経済理論も相当単純な仮定から出発してはいますので。


id:munioka303

なるほど、、、と思ったけど、この人の他のエントリも微妙に中途半端。懐疑論懐疑論を唱えるだけの人か、、、。なんなんだよもう!

 これは懐疑論への懐疑というよりは単なる是正なので、そこのところは同列に扱ってほしくないなぁという思いはありますがそれはそれとして。

 だって正当な気候変動論をしゃべるならIPCCアセスメントレポートより真っ当なこと言えないんだもーん!というのが正直なところです。いやそういう真っ当な解説も必要だけれど、それはもう私のようなアマチュアではないプロの手になる真っ当な書籍も山ほど出版されているのでそれを読んだ方が良いし、懐疑論にはもちろん行けるわけもなく、懐疑論懐疑論を唱えるのが駄目だとすれば、あとはもう黙るしかないですよねぇ…。

「確認せずに納得」する必要がどこかで生じるとは上で述べたとおりですが、それは自分の責任で行うべきだという事も申し添えておきたいところです。


id:yingze

すいません温暖化問題に詳しそうなので質問なんですが。

ツバルが温暖化に伴う海水面の上昇で水没すると言うのはデマでしょうか?

 まず、そもそも何を以て水没と称するのかが問題です。地理学的な意味で水没するというのが直感的なのと同程度には、人が住み続けられなくなったらその時点で水没、という判断も十分に直感的です。少なくともツバルという国家が水没した、という表現は正当であると私は思います。耕地や住居などがどのように地理的に分布しているかまでは精査していないので何とも言えませんが、人間が住めなくなるのは土地が完全に水没するよりははるかに早い段階であることは言うまでもありません。

 あなたはおそらく地理学的な意味での水没のみをイメージされているのだと思いますが、実際に「水没する」と言っている人が実際にどういう意味でその用語を使っているのかを考えずにあなたの定義だけを振り回すのは、自己満足の域を出ないことでしょう。


 さて、私はこれらの科学分野についてしょせん素人なので、この話が正式な見解だとかお考えにならないようにしていただきたいのですが、そのうえで、IPCCの知見を私が解釈した範囲でお話しします。

1993年から2003年までの衛星観測による海面上昇の地域的なトレンドについては第1作業部会Technical Summaryのpdf(以下TS)の図19をご覧ください。その地図でツバルの位置を確認すると、あまり解像度が高くないので微妙ですが、薄いオレンジか黄色のゾーン、すなわちおおよそ年間3mm程度の海面上昇が観測されている場所にあるようです。これは衛星による絶対的な高さの測定のはずなので、地盤沈下等の相対的な影響はないと考えてよいでしょう。

年間3mmという数値を単純に外挿すると、100年で30cmになります。ツバルの平均海抜をおよそ1.5メートルと考えると、少なくとも今世紀の間にツバルの全陸地が地理学的な意味で水没する事はなさそうです。TS表6が今世紀中の海面上昇予測ですが、全球平均でおよそ20-60cmと、これも整合的ですね。

 しかしそれで終わりというのは早合点。海面上昇が今世紀だけで終わる保証は全くありません。たとえば2100年でバツンと二酸化炭素排出量をカットした時の海水面の変化を予測した図がTS図32です。排出を0にして、気温が実際に2200年ごろをピークに下がり始めたとしてさえ、なお海面は上昇を続けそうだというモデルがいくつかあります(結構ばらつき大きいですけどね…)。いずれにしても、もし温暖化が(人為的であろうがそうでなかろうが)進行し続けたとしたら、数百年後に1メートル以上海面が上昇していてもおかしくないわけです。そうなったとしてもさすがに最高標高の4メートルが丸ごと水没する事態はまずないだろうという予想はしても良いですが、国家として成立するだけの面積はまず残らないでしょうね。

 というわけで質問への回答の結論は、人が住めなくなるレベルでの「水没」なら来世紀以降に起こらないとは限らない、です。特に、人為的な気候変動を抑制しないならばなおのこと。


セレステさん

どっちもどっちという気がしますが。

もう一度、学問の場に戻し、一旦政治は手を引くべきではないでしょうか? 論拠の基になったデータが検証できない(開示されないから)以上そのデータを基にした理論も検証できないのです。 もう一度、今度は検証できる形で再度やり直すべきでしょう。

 論拠の基になったデータが検証できないとの事ですが、件の事件で話題になった以外にもいくつかの気温データセットがIPCCの報告書では利用されており、そのいずれもかなり近い結果を出しているので、検証できないというのは事実誤認ではないかと思います。

 科学的決着が付いていない(…とは思わないですが、ともあれ)問題をいかに扱うべきかについては日本に偉大な教訓が残されています。そう、水俣病ですね。チッソは「原因がまだはっきりとは分からない」といって対策の導入を後回しにし、国も同じロジックでこれを黙認し、被害の拡大を引き起こし、もう少しは安くて済んだかもしれない対策費用以上の損失を招いたわけです。

 まだ分からないから対策すべきという意味ではもちろんありません。ただ、「原因がまだはっきりとは分からないから対策をすべきでない」という言説は、公平で正当に見えるかもしれませんが、実のところ、別に公平でも何でもなく特定の政治的な方向性を持った主張に過ぎないのです。それを念頭に、問題にどう取り組んでいくべきかを考えなければなりませんね。

fromdusktildawnfromdusktildawn 2010/10/06 12:27 コメントありがとうございます。

気になっていることは、他にもいくつかあります。


たとえば、気候変動の非線形性。
たとえば、CO2濃度が増えていくと、ある閾値を境に、気温を下がるファクターが効いてくる可能性もある。
たとえば、北極圏の氷が溶け始めると、その部分の海水の塩分濃度が下がるかもしれない。
そうすると、ある閾値を境に、その場所で海底へ沈み込んでいた海流が、海底に沈み込む速度が急速に下がるかも知れない。これによって、全地球的な海流の流れが変わり、これによって、海全体の対流が弱くなるかもしれない。そうなると、赤道付近の海で上昇していた冷たい水がなくなるから、赤道付近は暑くなる?でも、暖流が北上しなくなるので、寒冷化する国もたくさんでてくる?ヨーロッパなんて、暖流が来なくなったら、すごい寒くなりませんか?
なんでこれが気になるかというと、我々は海の中の海流の性質をそれほど精密に把握しているわけじゃないから、CO2濃度の上昇によって、それがどう変化するのか、どうして予測できると言えるのかが、分からないからです。なんでそんなに自信たっぷりに予測できるんだろう?

それに、海底にどんな物質が堆積しているかも、われわれはそれほど精密に把握できているわけじゃない。たとえば、海底に、われわれが想定しない形で予想以上のメタンが堆積していて、ある閾値を境に、それが大気中に放出され始めたら、メタンが分解されるまでの間、温暖化は予想以上の速度で進むかも知れない。

それから、地球の歴史上、CO2濃度が上昇したことはいくらでもあるけど、これほどの速度でCO2濃度が上昇したことってあるのか、あったとしても、その時何が起こったかが、数十年という粒度で把握できるわけじゃない。

何が言いたいかというと、たぶん、人為的なCO2の濃度コントロールがどのくらいの影響を与えるかの予測の精度は、たぶん、多くの一般人が思っているより、ずっと低いのではないか。一般の人たちは、エライ人たちが、これだけCO2を削減すれば、これだけ気温上昇が防げて、これだけ被害が減らせるって言っているから、そうなんだろうと、漠然と思ってたりするんだけど、そんなアテに出来るほどの精度での予測ができているとは、考えにくいんですよね。

だから、結局、これはギャンブルなんだと思います。そこに全人類が合計で100兆円投資したとして、それによる被害削減効果がいくらになるかの数字を出したとして、その数字の信頼性は著しく怪しい。100年後すら、その投資効果は検証のしようがない。

でも、政治判断なんて、たいていそんなもんですよね。
そもそも、不確実性こそが、意志決定の本質であるわけで。
精密に投資効果が計算できるなら、そもそも意志決定なんて必要ない。精密に得することが分かっているなら、投資するし、損をするなら、投資しないだけ。不確実性が存在しないなら、別に、人間がわざわざ意志決定する必要なんてない。

こういう精度の予測しかできない状況で、温暖化推進論にしろ、温暖化懐疑論にしろ、強硬に主張する人ってのは、十分に精度の高い予測ができると思いこんでいるか、もしくは、単に自分の思いこみを他人に押しつけたいタイプの人か、もしくは、損得勘定から持論を主張しているようにも思えるのです。

sus-edusus-edu 2010/10/06 20:20 >fromdusktildawnさん
 まず、非線形だから予測ができない、ということはありません。いや特定のシナリオを再現できるかと言われれば難しいですが、発生確率を見積もるという意味での予測は結構出来るのです。メタンハイドレートの生成やメタンの放出は非線形ではありますが、どういう条件で何が起こるか自体はよく知られています。ですのでこうした特性を組み込んだモデルを、初期値などを変えて何回も走らせれば、正のフィードバックが暴走する確率なんかが算出できます(こういう推計手法をモンテカルロ法と言います)。これはたとえばメタンハイドレートの埋蔵量に関する不確実性の幅についても比較的簡単に応用できます。
 また、たとえば映画のデイアフタートゥモローな将来があり得るのではないか、という御懸念については、やや明快な答えがあります。定性的にすでに知られている現象については検討されていないはずがない、ということです。将来予測で最も困難なのはまだ知られていない事が起こることであって、定量性に難がある程度のことであれば予測に組み込めないことはありません。
http://www.cger.nies.go.jp/publications/news/vol15/vol15-4.pdf#page=18
これは国立環境研究所の研究者の話ですが、こういうツッコミが入れられるのは、もちろんその可能性がすでに指摘されて検討されたからに他なりません。

次に、今見つかっていないことはおそらくそんなに確率として高くないとして処理するべきかと思います。今はまだ見つかっていない巨大隕石が20年後に落ちてきて氷河期に突入する、地球の歴史を考えてみれば、ありえると思います。ただ、「その対策のための予算」は現実問題としてそんなに多くは出せない。せいぜい、いつ来るかわからないけど基礎研究ぐらいはしておいてね、が関の山でしょう。今から映画のアルマゲドンのようなチームを常駐させておくべきだとはあまり思えません。

>人為的なCO2の濃度コントロールがどのくらいの影響を与えるかの予測の精度は、たぶん、多くの一般人が思っているより、ずっと低いのではないか。

 「ずっと」がどの程度の事を指すのかは分かりませんが、それは正しいのかもしれません。ただ、政策決定者と「多くの一般人」を混同するのはどうなのだろうかと思います。いや、建前上は民主主義ってそれだといかんのでしょうが。

そして、実際にそれが精度が高いのかという疑義については、個人的な信念としてお持ちになるのは構わないですが、それは科学に比べて、政策決定の場には少しそぐいにくいように思います。今までの予測モデルの不確実性が、想定されていたよりも実は大きい、という科学的な見積もりを行ってこそではないでしょうか。
 また、物事を安全側に倒す際にはそうした信念も哲学と呼んで差し支えないと思いますが、だから実際にはもっと排出しても大丈夫なんじゃない?という側に倒すのは、どちらかというと無謀と呼ぶべきものではないかと思います。

fromdusktildawnfromdusktildawn 2010/10/06 20:49 メタンはともかく、海流が気候変動に与える影響がそんなに高い精度で予測できるのは何故ですか?

たとえば、温暖化で北極圏の氷が溶けることで、北大西洋海流がグリーンランド沖のあたりで海底に沈み込む速度が遅くなり、北大西洋海流の流れが悪くなり、それによってヨーロッパの気候が寒冷化する度合いとその確率に与える人為的なCO2濃度の影響が、なぜそんなに高精度で分かるのでしょう?

もし、それが高精度で算出できたとして、その算出が高精度であることと、正しいということは、どうやって証明するのでしょう?
逆に、それの精度が悪いことや、正しくないことの証明は、どうやって行うのでしょう?

結局、これって、その予測精度の「正しさ」って、いったい、何によって保証されているんでしょう?
何しろ、試行回数ゼロ。再現回数ゼロ。その確率になるかどうかの再現性がまったく確かめられていない。

「温暖化で北極圏の氷が溶けることで、北大西洋海流がグリーンランド沖のあたりで海底に沈み込む速度が遅くなり、北大西洋海流の流れが悪くなり、それによってヨーロッパの気候が寒冷化する度合いを人為的なCO2排出制御でコントロールしたこと」というのは、歴史上、試行回数がゼロですよね?

試行回数がゼロのものを、初めて実行するときの確率を算出したとして、その算出が「正しさ」は、「何」が保証するんでしょうか?

sus-edusus-edu 2010/10/06 22:13 >結局、これって、その予測精度の「正しさ」って、いったい、何によって保証されているんでしょう?

これまで積み重ねられてきた科学的知見との整合性によって、ですよ。一番大きなところでいうと、たとえば物理学的に無理な事はどれだけカオスな複雑系でも起こらないということです。
たとえば、温暖化が既知の最大の早さで進んだとして、その結果グリーンランドから溶け出す真水の最大量でも、今後十年やそこらで沈み込みを止めるだけの力とはなりえないということです。どちらも大規模な話ではありますが、所詮25mプールに風呂桶数杯の水を流し込んだところでその影響は限定的、といったところでしょう。量的にこの比喩が正しいかどうかは知りませんがね(というかもっと両者は接近しているはずではありますが)。

もちろん、未知の現象はまだまだあることでしょう。ただし経験則として、見つかりやすいものほど起こりやすさが高いということは言えるでしょう。そういうものを度数分布図の両端に追いやることで、たとえば90%確実ということを宣言するのは、科学としては他にやりようがない程度には正しさの保証されたやり方だと思います。
そして、定量的な影響は分からないけれどこういうイベントが起こりうる、と度数分布図の端から引っ張り上げようとする圧力、これも真っ当な科学です。

そのどちらにも与しない不可知論という立場を取るのは結構ですが、その場合はとりあえずお使いのGPSの理論から自力でご確認になることをお勧めします。そんなもの危なっかしくて使ってられないでしょうから。

fromdusktildawnfromdusktildawn 2010/10/07 00:32 解説、どうもありがとうございます。

わたし的には、いくつか分かったことがあります。

> たとえば、温暖化が既知の最大の早さで進んだとして、その結果グリーンランドから溶け出す真水の最大量でも、今後十年やそこらで沈み込みを止めるだけの力とはなりえないということです。どちらも大規模な話ではありますが、所詮25mプールに風呂桶数杯の水を流し込んだところでその影響は限定的、といったところでしょう。量的にこの比喩が正しいかどうかは知りませんがね(というかもっと両者は接近しているはずではありますが)。

こういう話をされると、グリーランド沖のあたりに流れ込む真水は、なにもグリーンランドだけじゃないのでは?また、北大西洋海流の流れに影響するのは、グリーランド沖だけではないのでは?などなど、いろいろ疑問が涌いてきて、たぶん、僕が納得するまで質問し続けると、sus-eduさんの時間を奪ってしまうので、これ以上ツッコムのはやめておきます。というか、たぶん、ぼくは、海流とCO2の関係を分析している人本人の書いた本を読むか、本人に質問攻めするまで、納得しない気がしますし、たぶん、そこまでの情熱はないので、やらないと思います。気が向いたら読むかもですが。おそらく、そういうような人はけっこういる。。ということは、そういう人たちは、どうやって納得すればいいんだろう?ま、納得しなくてもいいか。

> もちろん、未知の現象はまだまだあることでしょう。ただし経験則として、見つかりやすいものほど起こりやすさが高いということは言えるでしょう。そういうものを度数分布図の両端に追いやることで、たとえば90%確実ということを宣言するのは、科学としては他にやりようがない程度には正しさの保証されたやり方だと思います。

「科学としては他にやりようがない程度には正しさの保証されたやり方」ってことは、他にやりようがないからそうしてるだけで、それは必ずしも、正しさの保証にはなりませんよね。相対的にそれが一番正しいということであって、絶対的にそれが正しいということではない。科学としてはそれが一番正しいのかも知れないが、普通の人は、この話については、相対的な正しさじゃなく、絶対的な正しさが気になると思うんですがね。
多くの物理的現象や物理理論は、たくさんの実験によって確認された再現性によって裏付けられていますが、少なくとも、そういう、再現性の裏付けのある科学理論の信頼性には、遠く及ばないんだな、って感じますね。。

ちなみに、それが「科学」というラベルを貼られているのかどうかは、私は気になりません。中身が同じなら、ラベルはどっちでもいいです。

> そして、実際にそれが精度が高いのかという疑義については、個人的な信念としてお持ちになるのは構わないですが、それは科学に比べて、政策決定の場には少しそぐいにくいように思います。今までの予測モデルの不確実性が、想定されていたよりも実は大きい、という科学的な見積もりを行ってこそではないでしょうか。

予測モデルを作った側には証明義務はなく、それに疑問を持つ人間が反証義務を負っていて、反証できない限り、証明される、という主張ですか?

神を信じる人間が、「神の存在を疑うなら、神が存在しないことを証明すべき」と言っているのと、ロジック的に同じ構造のようにも見えますが、それとは違うんですか?


> そのどちらにも与しない不可知論という立場を取るのは結構ですが、その場合はとりあえずお使いのGPSの理論から自力でご確認になることをお勧めします。そんなもの危なっかしくて使ってられないでしょうから。

なんか、えらく感情的ですね。
別に、わたしは、不可知論にこだわってるわけでもなんでもないですよ。

ほとんどの人がそうであるように、私も、そもそも、この問題に関して、なんらかの「信念」をもったり、「立場」を取りうるほどの知識はないです。いろいろ話を伺ってみて、なんとなく、ふーん、とおもったり、やっぱり違ったか、と思ったり、こうじゃないの?って思ったりするぐらいなもんです。

で、いまのところは、私程度の知能と知識しかない人間にとっては、温暖化懐疑論も、温暖化肯定論も、どっちもそれほどの説得力は感じないなー、という感じですね。

ま、実際の政策決定は、私なんか、足元も及ばないような高い知能と深い見識の人たちがやるので、それで問題ないんじゃないですかね。

私は、ネットでテキトーなこと書いてるだけにします。それが政策決定に影響を与える可能性はないので、それでいいんじゃないかと思ってますよ。

sus-edusus-edu 2010/10/07 01:37 上で水俣病の話を書きましたが、あれと同じで、まだ「証明」されていないから疑わしい、というポジションを敢えて取ることで自分がその事実に直面するのを回避する芸というのは、環境問題においてしばしば行われてきました。自分は中立的だから疑っているんだ、という態度が本当に中立的な態度から生じたとは、経験的に見て考えにくいのです。特に、他人に質問する程度には興味はあるけど自分で勉強して突き詰めて考えたりはしない、という態度を取る人については、その質問ってただのスタンスでしょ?と思っています。

>予測モデルを作った側には証明義務はなく云々

モデルによる予測とは、物理学や統計的な知識を元にした式を作った、それは内部に矛盾はなかった、そして現実をある程度正確に表現できた、ならそれを外挿して出てきた結果はある可能な将来のどれかを妥当に表現しているのかも知れない、そこまでです。このプロセスの内側でしか、モデルへの反証は出来ません。ちなみに、現実をそもそも再現できなかったモデルは他人が批判してやるまでもないですし。
あなたはモデルへの反証が神の実在の反証に似ているとおっしゃいますが、科学という体系の外側での真正性を求めるあなたの方がよほど、科学に対して神の実在の証明を要求しているんですよ。もちろん自覚してはおられると思いますが。

sus-edusus-edu 2010/10/07 01:42 そうそう、
>たくさんの実験によって確認された再現性

なんですが、それってそういう風に誰かが言っているのを聞いただけですよね?そのことをあなたはどうして信頼できたのですか?みんな売名行為や真実を隠すためにでっちあげをやっているだけで、実はGPSは魔法で動いてるんだぜ、という風には解釈しないで、なぜ気候変動の科学についてはそんな厳しく当たるのかな、その本当の判断基準は何なのかな、とは思います。

fromdusktildawnfromdusktildawn 2010/10/07 05:34 いやいや、一般人の「確信」にとっては、「科学の内側か外側か」ではなく、「再現性の内側か外側か」こそが、問題なんじゃないでしょうか。少なくとも、僕はそうです。
別に、科学的に正しいかどうかは、そもそも、科学というものの定義をよく知らないから、あんまり興味ないです。科学的正しさなんて、そんなの、科学の定義次第でしょ、って思うわけです。

でも、再現性によって確認されてるかどうかは、定義を変えれば済む話じゃなく、動かしようがなくリアルな話ですよ。
今まで生きてきた経験上、「再現性」は現実そのもので、それから目を背けるなんて、ありえない、と感じるわけです。

そもそも、「再現性によって確かめられたものかどうか?」は、普通に暮らしていて、普通に気になりませんか?

日常生活において、再現性があるとき、一般人って、けっこう何かを信じると思うんですよね。

「いままで、100回、このやり方でポークステーキを焼いて、100回とも、ジューシーに焼けた」
という経験を持ってる人は、
「101回目も、同じやり方でポークステーキを焼けば、ジューシーに焼けるに違いない」
ということを、ほぼ確信を持つわけです。
いや、これは僕の話ですけどね。最近、ようやくポークステーキが、安定して、美味しく焼けるようになりました。試行錯誤の結果、いくつかの法則性を発見したからです。

でも、これって、厳密に言うと、論理的にはなんの保証もないですよね?
そのポークステーキの焼き方とその結果の対応の関数は、100回までと、101回以降でif文で条件分岐しているプログラムのようなものかもしれない。たとえば、その焼き方でたまたま上手く行ったのは、フライパンがなにか特殊な状態だったからにすぎないからで、101回目以降は、フライパンの劣化が臨界点を超えて別の状態になり、同じ方法では、ジューシーに焼けなくなるかも知れない。

けれども、ぼくは100回の過去の再現性を元に、101回目も、絶対ではないにしろ、ほぼそうに違いない、と確信を持つわけです。

これって、他人がやることも同じで、長い付き合いの他人が、嘘をつく必然性もとくにない場面で、「今まで100回このやり方でやってジューシーに焼けた」と言ったら、概ね信じるわけです。

僕にとっては、相対性理論や量子論だって、これの延長線上です。相対性理論と現実に測定された物理現象の間に矛盾がないか、たくさんの人が検証してみて、いままでたくさん再現性があったと言っている。とくに嘘をつく動機は彼らにはありそうに思えない。そりゃ、概ね信じて良いかな、と思うわけですよ。

再現性による確信ってのは、ようは、日常生活における確信の根拠の延長線上ですから、再現性ベースの話は、直感的に信じられるわけです。

一方で、知人がWebサービスを開発したけど、まだリリース前なので、大量アクセスがあったときにスムーズに動くかどうか、まだ一度も確かめてない。つまり、再現性がまったく確かめられてない。こういう状態では、ぼくは、そのWebサービスがきちんと動くとは、ぜんぜん思わないわけです。たぶん、サーバが何度も落ちながら、修正を重ねて、次第に動くようになっていくんだろうな、と思うわけです。

もちろん、普通の再現性を信じるなら、このWebサービスが動くと信じないのは、論理的にはおかしいですよ。だって、そのWebサービスを構成している、CPU、OS、言語処理系などなど、それを要素還元したものの、個々の要素自体は、再現性が十分確認されているわけですから、それを組み合わせたWebサービスにだって、再現性はあるはずですから。理屈の上では。
でも、「それを組み合わせた」のは人間であって、経験上、人間の論理組み立てにはバグが入り込むことを知っている。単なるコーディングミスというレベルじゃなく、仕様そのもの、論理そのものに矛盾があってサーバが落ちることがあることも知ってる。だから、その組み立てたWebサーバそのものの再現性が実際に動かして確認されるまで、我々は、それが動くことを確信しないわけです。確信どころか、問題なく動いたら、その方がびっくりするわけです。
別に、Webサービスに限った話じゃなく、複雑な論理を組み合わせたものって、たいていそうであることを、子供の頃からの経験で知ってるわけです。

それの延長線上で、テレビで、アメリカのSDI計画を聞いたとき、「あー、それって、本番で動くか、怪しいなぁ」と、直感的に思ったわけです。だって、いままで一度も再現性を確かめられてないシステムが、それも、こんなに複雑なシステムが、動くかどうかって、どんなに精密に積み上げていっても、信用ならん、と直感が告げるわけですよ。

「人為的なCO2排出量を制御することで、温暖化による被害量を制御する」というのも、これと似ていると思うわけです。だって、要は、「複雑なシステムのパラメータをいじることで、そのシステムの振る舞いを制御する」ということをやっているわけでしょう?で、そのモデルは、けっこう複雑。しかも、そのパラメータを制御することで、そのシステムの振る舞いを思い通り制御できるのかどうかは、一度も再現性によって確かめられていない。一度も動かしたことのないWebサービス、一度も動かしたことのないSDIと同じように見えるわけです。

だから、「一度も動かしたWebサービスが、いきなり本番で動く」とか、「一度も動かしたことのないSDIが、本番でいきなり敵の核ミサイルを打ち落としてくれる」のと同じぐらいには信用できるけど、それって、「101回目も、ポークステーキがジューシーに焼ける」ということに対する確信に比べると、かなり、信用度が落ちるわけですよ。

私、なにか変なこと言ってます?


とりあえず、これから、ポークステーキを焼いてきます。たぶん、美味しく焼けると思います。ほぼ「確信」してます。

fromdusktildawnfromdusktildawn 2010/10/07 06:57 これが101回目の温暖化対策だったら、たぶん、私は、101回目のポークステーキがジューシーに焼けることと同程度には、温暖化対策の効果を「確信」するのだと思います。というか、そもそも温暖化対策懐疑論なんて、出てこなくなると思います。

たとえば、200個の並行宇宙があって、それぞれにまったく同じ状態の地球がある。
それらの地球がまったく同じ歴史を辿り、同じ状態になってる。
そこで、温暖化対策をやった地球と、やらなかった地球で、比較実験をするわけです。
その比較実験を100セット繰り返して、ほとんどの場合、温暖化対策をすることによる被害削減効果は、それに費やした投資額よりも多いことが確認されたとします。
そうしたら、まず間違いなく、ほとんど全ての一般人は、我々の地球に温暖化対策を施すことの意義を疑ったりはしないと思います。
一般人の日常経験世界では、「確信」っていうのは、そうやってもたらされますから。
我々は、日常生活において、なにげなく、何度も比較実験に相当することをやってるんですよね。

「処方箋Aが病人に効く」ということを、一般人に信じさせるのも、同じやり方で出来ます。
たぶん、一般人の多くは、double blind testをやるまでもなく、原始的な比較実験を2000人にやった結果、この処方箋が効くことが分かった、と言えば、概ね信じるんじゃないですかね。

でも、実際の温暖化対策は、いままで一度もその効果が、比較実験によって確かめられていないという。
じゃあ、なんで信じられるんだ?という話になってしまうのではないかと。

一般人の感覚からするとこれだけ動くか疑わしいSDIにバカみたいに多額の税金をつっこんでしまったことも実際にあったので、一般人の感覚からすると実際にどこまで機能するか疑わしい温暖化対策にバカみたいに多額のリソースを投入することになることもあるんでしょうが。

sus-edusus-edu 2010/10/07 20:04 気候変動予測に「再現性がない」というのはそもそも事実誤認で、歴史的な観測結果や古気候の変化を正しく再現できるかをすでに検討されているわけです。そういう検証を経たモデルであることをご存じなかったのであれば仕方がないですが、「それは再現ではない」と思われているのであれば、そうですか、とお答えするほかないでしょう。
たとえば隕石の落ちてくる確率や、グリーンランドの氷河の何分の一かが一度に海に滑落する確率まではそうしたモデルは含んでいないと思いますが、それはあなたの買ってきた豚肉に爆発物が仕込まれていたために焼いている途中で爆散して料理にありつけなかったという事象に近いでしょう。あなたはそこまで考えて豚肉を買わないだろうし、それは正当な事のはずです。私が「だってそこに火薬が埋め込まれているかもしれないじゃないか」と言ったところで、あなたの返事は「そうですか」ぐらいのものでしょう。

古気候の観測結果がたまたま我々の実測に比べて不確実性が高い、ということはありますが、それも我々の「実測」の不確実性よりは幅が広いに過ぎません。今年の日本の最高気温参考値となった京田辺の観測のような事は今でも起こっているわけです。

とはいえ、その疑問そのものはさほど間違っているものではありません。ただ、恋人に「お前のことを信じさせてくれ!」と言う人って、いくら理屈で説明したところで納得はしないよなぁ、ということは思います。理屈を聞いて納得する場合というのも現実にはあるけれど、それも大概は理屈の中身ではなくて、説得を試みてくれる真摯さを評価しているだけなんですよね。
あなたに必要なのは多分、「私を信じて!」っていってハグしてくれる恋人、のような役割の人なのだと思いますが、まあ多分それは私じゃないんだろうなと思います。